お江戸みやげ

【見どころ】
のんきなおゆうと、締まり屋のお辻。ふたりの人物設定が、まず面白い。
ユーモラスなやりとりにクスクスと笑えます。
締まり屋のお辻が、惚れた男の幸せのためにと金を投げ出すところも見どころ。
お辻にとっての江戸みやげとは・・・。心にじんとくる芝居です。

【あらすじ】
「湯島松ケ枝」
湯島天神境内の宮地芝居が美貌の役者坂東栄紫を迎えて好調な入りである。
芝居茶屋を兼ねてる茶屋の松ケ枝も、参詣客やら芝居の見物客やらで大賑わいだ。
そこに、常磐津の師匠をしている文字辰が養女のお紺を捜しにやってきた。
そのお紺、実は松ケ枝の奥にいた。親が進めようとしている妾話などまっぴらで、
互いに好きあう栄紫と上方へ行って所帯を持とうと約束しあっていたのだ。
さてさて、そんな松ケ枝でひと休みしていた中年の女行商人ふたり。
万事におおらかなおゆうと、万事金勘定が先に立つお辻の、凸凹コンビだ。
江戸みやげにと、栄紫の「お染の七役」を見ることにする。

「松ケ枝の座敷」
舞台を見て、なんと堅物のお辻の方が、すっかり栄紫に惚れ込んでしまった。
栄紫にひと目逢いたいと松ケ枝の女中に頼んだら、逢えることになったと有頂天
こんなことは一生に二度とないだろうから御祝儀もケチケチしない、と
まるで人が変わったようだ。やがて、栄紫が部屋にやってきた。
あこがれの役者を前に、緊張して堅くなり、お辻はペコペコと頭を下げるばかり。
そんなお辻の手を栄紫が取るから、あまりの感激に震えてしまうお辻。
酒を酌み交わしながら話をしているうちに、栄紫もお辻に好意を抱くようになる。
と、そこへ、「見つけられた」と言って、お紺が飛び込んできた。
あとを追って文字辰も踏み込んできて、「かどわかしだ」といきり立ち、
「今すぐ二十両出せば許してやる」と栄紫に無理難題をふっかけた。
もちろん栄紫にそんな大金が出せるわけがない。そのとき、
「ふたりを夫婦にしてくださいまし」とお辻が財布を差し出した。
財布の中には十三両三分二朱。お辻が汗水たらして稼いだ虎の子のすべてだ。
栄紫やお紺はもちろん、かけつけたおゆうも心配して止めるが、
お辻は、一世一代の心の狂いだから、と財布を投げ出すのだった。

「湯島天神境内」
生まれて初めて男に惚れたのだから金なんて惜しくない、
と満足気に自分に言い聞かせるお辻。そのお辻を追いかけて栄紫がやってきた。
ひとかたならぬ親切に礼を述べ、長襦袢の片袖を引き裂いてお辻に渡すと、
お辻は小娘のように喜んで受け取った。栄紫の片袖がお辻の江戸みやげとなった。

【うんちく】
昭和三十六年(1961年)初演。作者は川口松太郎。
お辻たちが見物した宮地芝居というのは宮芝居とも言って、
晴天百日という約束で興行を許され、臨時に小屋掛けされた芝居一座です。
常設の大劇場であった江戸三座に比べたら格下ですが、入場料も安かったみたいで、
庶民に人気だったようです。そんな宮地芝居を見るのに
二朱(今のお金に直すと約9400円ぐらい。こちらで換算)払うと知って
腰を抜かしたほどのお辻が、初めて惚れた男のために
十三両三分二朱(現代だと約966,000円ほど)もの大金を投げ出す。
そういう話なんですね、これは。現代と江戸時代では世の中の仕組みからして
えらい違うので単純換算はできないらしいのだが(詳しくはこちらとかこちら)、
決して安くはありませんよね〜。
ましてや、後家の身で汗水たらして貯めた金ともなれば、なおさら。
でも、惚れた男のためなら惜しくない、って心根が気持ちいいじゃぁござんせんか。
あと、最後に栄紫が片袖を引き裂いてお辻に渡すシーンがありますが、
片袖を渡すというのは、夫婦や恋人、友人などの間で
堅い契りを交わすときなどに行われる儀式のようなものなのか、
たびたび歌舞伎の演目の中で見ることができます。
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