つゆこそでむかしはちじょう
梅雨小袖昔八丈

【別の名前】
    かみゆいしんざ
通称 髪結新三

【見どころ】
いろいろあるんで順に言ってくと、まず、新三が忠七の髪をすくところ。
忠七と言葉を交わしながら、手が器用にしゃかしゃか動いて、実に小気味いい。
髪結という職人の手際のよさを、だんどりじゃなく自然に見せてくれるとグッドです。
次に、永代橋で、悪人に豹変する新三。さんざんに傘で忠七を打ちすえて、
踏みつけながら言う傘づくしのせりふは聞きどころになってます。
片手で傘をバッと開いて引っ込むくだりは、悪なんだけど粋でカッコいいです。
新三の家では、新三の出の前に季節感たっぷりの演出があります。
ほととぎすは啼いたが鰹売りの声はまだ聞かないと人が話しているところに、
「鰹、鰹」と鰹売りの声がする。新三の家の縁先には青葉もあって
「目に青葉 山ほととぎす 初鰹」の句どおりになってるって寸法でする。
注意していないと、うっかりやりすごしてしまいますから気をつけて。
で、いっちゃん面白いのは、やり手の家主との交渉のくだり。
新三役の役者さんと家主を演じる役者さんとの息がピッタリあっていると、
すんごーく面白いでするー。ここはもう、実際に見て感じてくだされ。

【あらすじ】
材木商の白子屋では主人が病死して以来、後家のお常が店を切り盛りしてきたが
女の細腕ではどうにも店を建て直すことができない。
その白子屋で姪を娘同然に育ててもらい恩義を感じていた出入りの車力の善八は、
五百両の持参金付きの婿を世話したのだった。
ところが、一人娘のお熊は、それを知らされて嘆き悲しむ。だって、お熊は
手代の忠七と思い思われる仲になっていたから(でも、当時は不義の仲なんだけどねー)
母親のために、いったんは納得したものの、忠七に「連れて逃げて」と頼む。
そうした様子を立ち聞いていたのは髪結の新三。忠七の髪をすきながら、
「自分の家にかくまってやるから、お熊を連れて逃げろ」とけしかける。
新三の親切を信じた忠七は、先にお熊を駕籠で新三の家まで送り、
あとから新三と連れ立って永代橋のたもとへとやってきた。
と、にわかに新三の態度が一変した。
新三は「お熊は俺の女だから、連れて逃げてやったのだ」とふてぶてしく言い放ち、
すがりつく忠七を傘でさんざんに打ちすえると、さっさと行ってしまった。
だまされたと悟っても遅い。途方にくれた忠七は、思いあまって
身投げをしようとするが、通りかかった侠客の弥太五郎源七に止められる。
そして翌朝。
新三は、いい気分で朝湯を浴び、長屋住まいには贅沢すぎる初鰹を買うなど
大きな稼ぎを当てにして、白子屋が話をつけにくるのを待っている。
が、やってきた弥太五郎源七は、十両でお熊を返せと言う。
その高飛車な態度も気に入らない新三は金を叩き返すと、源七に毒づくありさま。
面目を潰され、遺恨を残して源七は帰っていった。
入れ替わりに来たのは家主の長兵衛。やおら「三十両で了見」しろと言う。
百両はとるつもりの新三は納得せず「上総無宿の入墨新三だ!」とすごんで見せるが、
それを逆手にとった長兵衛に「入墨者を長屋に置いておくことはできないから
出ていけ」と言われて仕方なく引き下がる。
さらに「かどわかしの罪で訴えるか、三十両で承知するか」と詰め寄られては、
新三も納得せざるを得ない。しぶしぶ三十両でお熊を返すことにした。
さて、お熊を白子屋に送り返した後のこと。
長兵衛は「鰹は半分もらったよ」と言うばかり。いったいぜんたい何のことやら。
それより金だ、と新三が催促してやっと金を出す長兵衛。
しかし、十五両まで数えると、またもや「鰹は半分もらったよ」「???」
納得いかない新三が不足を言うと「わからねぇやつだ」と再び同じことを繰り返す。
どうやら、半分の十五両はもらうよ、と言うのである。おまけに
滞った店賃も二両とろうとする強欲ぶりに、さすがの新三もぐうの音も出ない
十七両と初鰹の半身を巻き上げた長兵衛が帰ろうとしたところに、
大家の家に泥棒が入ったという知らせ。新三はやっと溜飲を下げるのだった。
そして、それからしばらくの時が過ぎ・・・。
ある夜のこと。賭場帰りの新三を待ち受けていたのは弥太五郎源七。
例の一件以来、新三にあちこちで意気地がないだの腰抜けだのと言いふらされ、
侠客としてのメンツを潰されたことを恨みに思っていたのだ。
ふたりは男の意地をかけて、刃の火花を散らすのだった。

【うんちく】
明治6年(1873年)初演の世話物。河竹黙阿弥の作。
外題「梅雨小袖昔八丈」の「昔八丈」って何?と思ったら、
安永4年(1775年)の浄瑠璃「恋娘昔八丈」の世界を借りているからなんだって。
「恋娘昔八丈」というのは、白子屋という材木商の一家が
婿を殺害しようとしたという実話を劇化したものらしいのですよ。
大岡裁きの一例として文献も残ってるそうで、江戸人には有名な事件だったみたい。
で、その白子屋の娘のお熊が捕えられて、市中引き回しされたときに着ていたのが
黄八丈の小袖で、そりゃぁたいそうな美しさだったと記録にもあるらしい。
なんでも、その後、江戸では黄八丈が流行ったとか。いやはや、
時代は変われど大衆の興味の持ち方は変わらないということでしょうか・・・。
というのは置いといて、つまり「昔八丈」というのは
「昔、黄八丈の小袖を着ていた娘の話ですよー」という一種のサインなんですね。
そうした話を土台に、黙阿弥は黙阿弥流に、白子屋に出入りしていた
髪結の新三という悪党の話につくりかえたというわけです。
なお、劇中、新三は初鰹を三分で買います。
今のお金になおすと56,250円!(換算はこちら)いくらなんでも高い!
でも、それを躊躇もせずにスパっと買っちゃうあたりに、大金を当て込んで
気持ちがデカくなってる新三がよく表現されている気がします。