じょうしゅうみやげひゃくりょうくび
上州土産百両首

【見どころ】
この芝居、たぶん、あまり上演されることはない気がするので(実際、初演以降
たしか3〜4回しか上演されていないんですぅ)泣かせる芝居ですよ、とひと言だけ。
わっちが見たのは、正太郎を猿之助さんが、牙次郎を勘九郎さんが演じたものですが、
両者ともにとてもよくて、ハンカチびしょ濡れでしたー。

【あらすじ】
正太郎は板前のいい腕を持ちながら、スリの子分から足を洗えないでいた。
そんな正太郎に転機が訪れる。幼なじみの牙次郎との再会がそれだった。
実は、牙次郎もまた空き巣狙いやかっぱらいなどをして暮らしていたのだが、
十五年ぶりに再会した正太郎の懐から紙入れをすってしまった自分に嫌気がさし、
また同様に正太郎も自分の懐から財布をすっていたことを知って、
互いに足を洗おうと正太郎のところにすすめにやって来る。
弟のように可愛がっていた牙次郎の財布をすって後味の悪い思いをしていた正太郎は、
親分与一の「縁を切ろう」の言葉にも勇気づけられ、堅気になる決意をする。
しかし、兄弟分の三次は正太郎の気持ちが理解できずに、
「お前の足を引っ張っても仲間に戻す」と、出ていく正太郎に塩をまく。
聖天様の森にやって来た正太郎と牙次郎は、死ぬ気になって地道に働こうと誓い合い、
10年目の今日、ここで再び会おうと約束すると別れていくのだった。

それから10年近い歳月が流れた。悪事を積み重ねて江戸にいられなくなった
与一三次は館林を通りかかり、「たつみ」という料亭に入った。
田舎には珍しい江戸前の料理が食べられ、すっかり気分の良くなった与一は、
板前にやってくれと祝儀を弾む。なんでも元は流れ者の板前らしいのだが、
腕はいいし、真面目でよく働くので、料亭の主人も娘の婿にと思っていると言う。
その板前が祝儀の礼にやって来た。見れば、なんと正太郎ではないか!
だが与一は他人のふりで「可愛がられているところが人間一生の死に場」と話す。
ところが、三次は「あとで来るぜ」という言葉を投げつけるではないか。
その夜更け、正太郎の帰り道にあらわれた三次は、金をゆする。
あまりのしつこさに、正太郎は縁を切ることを条件に、二百両という大金を渡す。
実は、その金、何をやってもドジな牙次郎のことだから、
いずれは自分が一生を面倒を見てやらなきゃならねぇ、と貯めてきた金だった。
ところが、縁を切ると約束した舌の根も乾かぬうちに、
三次は「銭がなくなりゃまた来る」と言うではないか。このままでは・・・。
正太郎は思わず、持っていた包丁を逆手に持ち身構えるのだった。

約束の十年目も間近、御用聞きの勘次の家に牙次郎はいた。
十年前に堅気になるにはと考えて、百八十度道を変え、勘次の手下になったのだ。
が、生来のドジは相変わらずで、役立たずのままだった。
そこへ、首に百両もの賞金のかかった下手人が、江戸に向かっているという知らせが。
正太郎に会う日を前にして、何とか手柄を立てたいと思った牙次郎は、
頭を下げて勘次に頼み込んだ。その一途な思いを汲んで、勘次は十手と握り縄を渡す。
そして十年目の約束の刻限。聖天様の森で再会した正太郎と牙次郎は、
互いの無事を喜びあう。土産を持ってきたと言う正太郎に対し、
「兄貴に会えたのを百人力に、今夜手柄を立てるから喜んでくれ」と話す牙次郎。
それを聞いた正太郎はかぶっていた笠をとって、「牙次、縄ぁかけてくれ」。
なんと正太郎の額には、賞金首の人相書きと同じキズがあったのだ!
まさか兄貴が・・・! 牙次郎は「堪忍してくれ」と逃げ出してしまった。
やがて呼笛の音がして、大勢の捕手に囲まれる正太郎。
さては牙次郎が売ったかと恨み、抵抗するが、ついには縛られてしまった。
自分の首にかかった賞金を牙次郎への土産に、ここまで逃げて来たと言う正太郎。
牙次郎としては、欲しいと思った百両が兄貴の首にかかっていたとは思いもよらず、
逃がしたいがそうもいかず、他人の縄にかかるよりはと仲間を呼んだのだった。
十手と縄を捨て、兄貴の罪が決まったら後から一緒に行く気だと言う牙次郎の言葉に、
正太郎は勘次に向かって「牙次郎の手柄にさせてくれ」と頼む。
が、牙次郎は牙次郎で自主させてやってくれ、と頼む。勘次は黙って縄を解いた。
牙次郎と正太郎はふたり並んで歩き出す。「あの世までもの道連れ」と言いながら。

【うんちく】
昭和八年(1933年)、六代目菊五郎と初代吉右衛門で初演。
作者は川村花菱という劇作家で、大正から昭和にかけて新派の作品を手がけ、
「金色夜叉」の脚色をはじめ数多くの作品を残したそーだ。