パスコンって何?  2006.04.29



・ はじめに
 
パスコン(バイパスコンデンサ)って 何のために必要なのか?・・・ 普段、余り考える事の無いパスコンの 「役割」 に付いて少し考えて見ます。

まず不思議なのが呼び名です。英語では condenser ですが、英語のマニュアルにこの表記はまず見つかりません。普通は capacitor が使われています。 condenser にもかろうじて? 「蓄電器」 という意味はあるようなのですが・・・このあたり、詳しいことをご存知の方がおられれば教えていただきたいものです。

次に 「パイパスコンデンサ」 の 『バイパス』 とはどういう意味なのでしょう? 何をバイパスするのでしょうか? bypass は日本語だと迂回(路)の意になるようですが、 bypass には 「遠回りする」 意味はなくて、あくまでも 「近道」 (ショートカット)としての迂回路を指しているようです。

パスコンとは無関係にも思えますが、実は深いつながりのある 「電源」 から少しづつ考えていきます。

・ 電源はどこ?
  基板上の電子回路を動かす 「電源」 はどこにあるのか? スイッチング電源です!って?・・・ でも、スイッチング電源が自分で発電しているわけではなく、家の壁の AC100V コンセントから電気を得ています。結局、電子回路は発電所からの電気で動いているわけです。(まぁ当然ではありますが…)

京都市内にある我家の場合ですと、例えば、若狭湾(日本海)の発電所(原発?)から電気が送られてくるわけで、おおよそ 100Km 近い距離があります。

送電経路
こんなに 「いい家」 じゃないやろ! …というのは…まぁ置いといて…



でも、本当はここで問題が発生します。というのは 『電気を送るには時間がかかる』 からです。
でも 「電気は光と同じスピードやから充分速いやろ?」 と考えてはマズイのでしょうか?
(本当は色々あって光速より少し遅くなるのですが…、まっ、細かいことは無視しましょう)

・ 光は 100Km をどれくらいの時間で移動できるのか?
 
光は秒速30万Kmのスピード! 1秒間に地球を7回り半…という事で、とても速いイメージがあるのですが・・・ 100Km を移動するには

  100Km ÷ 300000Km = 0.000333…秒 かかります。 (333μS)

これは、とても短い間時間のように見えますが、単位を変えると 333uS ということで、 H8 などの CPU にとっては相当に長い時間です。 CPU の Clock が 20MHz であれば、 CPU は 0.05uS 〜 0.1uS を時間単位として動作していますので、その差は 3000 倍 〜 6000 倍にもなります。SH のように内部逓倍型だと更にこの何倍にもなります。
(電気には 「行き」 だけじゃなくて 「帰り」 もあるやろ!というのは、また後で…)

単純に考えると、H8-CPU が何かの仕事をしていて負荷を駆動する場合、急に沢山の電気が必要になったとします…、が、これでは時間的にとても間に合わない…わけです。何とかしなくては・・・
そこでコンデンサの出番がやってきます。

・ 電源ユニットの役割  ( AC100V から +5V とかを作る電源)
 
これはもうご存知の通り、 AC100V の交流から直流( 5V とか)を作るためのものです。
でも、それ以外に「内部の(大容量の)コンデンサへ電気を溜める」役割を持っています。

別の見方をすれば、「電子回路が、発電所から 『直接に』 電気の供給を受けていたのでは(距離が離れすぎて)時間的に間に合わないので、回路のすぐ近くの(電源ユニット内の)コンデンサに溜まった電気を供給している」 という事になります。

実際に電子回路で使われている電気は電源ユニットのコンデンサに溜められた電気であり、発電所は、まぁそれを充電する充電器という位置付けでしょうか。

まとめると、

 1) 電子回路で使う電気は電源ユニットのコンデンサが供給

 2) 発電所は電源ユニット内部のコンデンサへの充電器


ということです。これで、電子回路へは 100Km も離れた発電所からではなく 「すぐ近くの電源ユニット(のコンデンサ)」 から素早く電気の供給が行えるようにになりました。

・ ちょっと待てよ…電源ユニットから基板までのケーブルの長さは?
 
でも、電源ユニットから基板までの 「せいぜい数十cmのケーブル」 の長さが問題になるのでしょうか? 念のために調べてみます。

ケーブルが30cm(300mm)とすると、電気の移動時間は

  300mm ÷ 300000Km = 0.000000001…秒 かかります。 (1nS)

これは 20MHz で動作する CPU の時間単位 50nS 〜 100nS に対して充分に小さい値です。が、本当に大丈夫なのか? CPU の出力波形を確認してみます。

以下は、秋月電子の基板 AKI-3694 で H8/3694-CPU の出力 (P87:無負荷) 波形を観測したものです。水平(時間軸)は 2.5nS (オシロは 2G サンプル/秒)なので、プローブは注意して当てたのですが、どこまで信用できる波形なのか?ちょっと辛いところです。でも、おおよその雰囲気は解るのでは?という事でご了承下さい。

  H8/3694 I/O ポート動作波形  2.5nS/div, 1V/Div
     

これで見ると、 L→H は約 5nS 、 H→L は約 2.5nS で変化しています。これに対して 30cm の電源ケーブルでの「遅れ」 1ns は厳しい値ではありますが、何とか動くレベルに思えます。仮に問題があった場合、 30cm のケーブルをなるべく短くする…のではなくて、実際に電気を消費している IC のすぐ近くへコンデンサを追加すればいいわけです。(段々と 「パスコン」 の話題になってきました:笑)

電子回路への電気はコンデンサが供給 しているわけですから、より電子回路に近い場所へコンデンサをつければ、電源ケーブルは多少長くなっても問題無いことになります。

それにしても、 電子回路( H8 )の動作って 「速い!」 と思いませんか?
H→L の変化時間 約 2.5nS というのは 『光が1m進む時間』 より短いんですから!

・ 電源電流の変動
 
やっと 「供給時間の問題」 には見通しがついてきましたが、これで一息…というわにはいきません。

CPU に供給されている電源は ほぼ一定電圧の直流 5V ですが、その電流は CPU 内部の動作状態とか負荷の駆動状態により絶えず変化しています。イメージとしては下図のような感じでしょうか。時間の経過で変化する電子回路の消費電流から、一定レベルの直流成分を引いてやると 「変化ぶん」 (交流成分)が残ります。

交流+直流
 
例えば H8-CPU が動作している場合、5V の電源から常に一定の電流が流れているわけでは無く、その動作内容によって瞬時にその増減を繰り返しています。負荷を駆動する場合、それまで 5mA だった電流が急に(数nS後に) 10mA になったりするわけです。また CPU のように内部が 「クロック同期」 で動いている IC は、 「クロックの変化エッジ毎に瞬間的に大電流を消費」 します。この時、電源供給がその変化( nS 単位)に追従できないと回路は正常に動けないことになります。

実際にはこの消費電流の急激な変化に対して、電源ユニットのコンデンサから電流が供給されるわけですが、ここでコンデンサが 「理想通りに動作してくれない…」 事が問題となります。(まっ、世の中、理想通りなんてまず無いわけですが…)

・ コンデンサが「抵抗」になる?
 
コンデンサを交流(成分)で使う場合、インピーダンスというものが出てきます。 「インピーダンスってなんじゃい?」 ということですが、簡単に言えば 「交流に対する抵抗値」 という事です。

えっ、 CPU の電源は 「直流」 5V なのに、なんで交流に対する抵抗値が問題になるんや?
それは、前の項にあったように電子回路の動作によって高速に変動する消費電流の 「変化ぶん」 は 「交流」 と見なせるからです。というより、実際に 「交流」 としても振舞うわけです。

じゃ、実際にコンデンサは交流に対してどう振舞うのか? パスコンとして一般的に使われる 104 (0.1uF) のインピーダンスを見てみます。(詳しくは web でムラタ製作所などのデータシートをご覧下さい)

C104インピーダンス
104 (0.1uF)
黒:チップタイプ
青:リードタイプ
 
このグラフ、周波数の変化でコンデンサの抵抗値(インピーダンス)が変わる様子を示しています。
オレンジ色の線は 「理想的な 0.1uF のインピーダンス」 です。
理想的なコンデンサのインピーダンス(高校で習った?)は Z=1/2πfC ですので、周波数が高くなるとともに限りなくゼロに近づくハズなのですが・・・実際にはそうなりません。

C等価回路これはコンデンサに寄生するインダクタの影響です。教科書では 「等価回路なるモノ」(右図)で説明されていますが、ほんのわずかな長さの配線でも確実に 「インダクタ」(コイル)になりますので、この影響から逃れることは出来ません。
 
で、上のインピーダンスのグラフですが、同じ容量( 104 : 0.1uF )で外形が異なる2種類の代表的な特性です。青色は足が出ているリードタイプで、黒色がチップタイプです。

両タイプとも波形が下へ落ち込んで(ディップして)いる部分がコンデンサ(と寄生インダクタ)の 「共振点」 になります。大ざっぱですが、この 「共振点」 より左側(周波数が低い方)では本来のコンデンサとして動作しますが、右側ではインダクタ(コイル)としての動作が強くなり、周波数の上昇と共にコンデンサとしての働きは失われていきます。

リードタイプは 「リード線が即インダクタ」 になるので、足の無いチップタイプに比べて、周波数的にはだいぶ劣る結果となっています。それでも、 20MHz 時には 1Ω 程度であり 200MHz でも 10Ω弱 と思われますので、大電流でなければ何とかなりそうです。
(というか、一般的には 104 のリードタイプでちゃんと?動いている現実があります)

チップタイプは流石に優秀?です。共振点が 20MHz を超えていて、まず問題無さそうです。
・ ・ ・ と思いきや、実は上のグラフには 「ちょっとしたトリック?」 が隠れていました。

・ リードタイプの足は何センチ?
 
積セラ104私がいつも使っているパスコンです。→
あっ 104 の後に付いている 「 K 」(±10%)ってのは、ちょっと見栄を張ってしまいました…すみません。いつも使っているのは 「 Z 」(-20%〜+80%) です。 (汗)
 
ここで疑問点が一つ・・・ 上のインピーダンスのグラフで 「 リードタイプ 」 がありましたが、その 「 リード線 」 は 何 mm で計測したものなのでしょう? (まさかカットして無い状態で… なんて事はあり得ませんよね。きっと)  多分、JISとかで決まっているのかも知れませんが、想像では 「足は極力短くカットして」 だと思います。でも確証が無かったので、ちょっと調べてみました。

コンデンサの足を短くカットして足の先端どうしを半田付けし、足を 「ループコイル」 にして、共振周波数が6MHz付近に合う足の長さを探してみました。で、その結果は 「やっぱり!」 というものでした。
積セラ104共振5.8MHz
右の写真は 約 5.8MHz で共振した現物の写真です。

大きさの比較のため、DIPの04とスケールを入れていますが、なんと短い足になったことでしょう。

前のインピーダンスのグラフの「計測条件」って、足の長さは 約10mm と想像できます。足の長さが10mmって、両方の足を伸ばすと「DIPパッケージの電源ピン間の距離とほぼ同じ」です。
 
で、この 10mm (2本で 20mm )の足のインダクタンスを f=1/2√LC から計算すると、約 7.5nH となり、「理想的なインダクタンス 7.5nH 」の特性を前のインピーダンスのグラフへ重ね書きすると、下の図で水色のラインになります。 104 のコンデンサは、20MHz 付近より周波数が高くなると 「コイルとしての振舞い」 が強くなり、コンデンサとしての役割(回路へ電源を供給する働き)は少しづつ弱くなるわけです。

C104インピーダンス
 
でも、「 100MHz で数Ωなら問題ないじゃん!」… とはなりません。何故なら、実際に配線した場合、コンデンサからICの回路(シリコンのダイ)までの 「距離」 はこのグラフの計測条件よりもっと長くなるからです。

・ DIPパッケージへの電源供給
  Dipとパスコン
DIP の 74HC04 とパスコンを右の写真のように配置した場合の電源供給について考えてみます。
Dipのリードフレーム
74HC04 の内部は、2本の電源ピンと中心のチップ(ダイ)がリードフレームで接続されています。
  この状態で、コンデンサから「チップ」(ダイ)までの距離は・・・

  コンデンサからICのVccピンまで      6 mm
  Vccピン(ハンダ面からパッケージまで)   4 mm
  パッケージ内部のリードフレーム(Vcc側)  8 mm
         〃       (Gnd側)  8 mm
  Gndピン(パッケージからハンダ面まで)   4 mm
  ICのGndピンからコンデンサまで     21 mm
  -------------------------------------------------
                   合計 51 mm

と、なんとも 「とんでもない?」 長さになってしまいます。

・ 実際のインピーダンスは?
 
104 (0.1uF) へ 50mm の足(ループコイル)を付けたものの 「共振周波数」 を調べてみました。次がその写真で、コンデンサの容量値は全て 104 です。左と中のチップタイプ・コンデンサは 3216 と 2012 でやってみました。ループの内側の(オレンジ色の)数字は 「共振周波数」 です。
積セラ104+50mm
 
チップタイプの方がリードタイプより周波数が下がっているのは、たぶん、容量の誤差ではないか?と想像されます。 というのも、リードタイプの誤差範囲は K(±10%)ですが、チップタイプは共に Z(-20%〜+80%)だからです。 誤差範囲 Z のものは、+30% 付近へロットの中心値を持ってきているのかも知れません。

ともあれリードタイプを見れば、メーカの公式資料では 6MHz 弱だった共振周波数が 2.6MHz まで落ちているわけです。 50mm のループコイルのインダクタンスを計算すると、約 37nH となります。 ここでネットワークアナライザを持っていない私は、そのインピーダンスカーブは想像するしか無いのですが…、だいたい次( )のようなグラフになりそうです。 (紫色は「理想的な 37nH 」のインピーダンスです)

C104インピーダンス
 
周波数が大きくなった場合のインピーダンスは 5倍 高くなっています。これは、急激に変化する電流を回路へ供給するとき、電源ラインの電圧変動が 5倍 になるという事です。(実際の基板では「誘電率」などの影響があるので、空中と同じではないのですが…)

そして、パスコンとしての総合特性が悪化するのはチップタイプも変わりません。共振周波数が 2.2MHz というのは、メーカ公表の資料より 1桁 も周波数が下がっています。

このグラフから判断できるのは・・・ DIPタイプのICを使う限り、(特性の優れた)チップタイプでもリードタイプでもパスコンとしての働きに大きな違いは無さそう… という事のようです。

・ 大切なのは 「パスコンからチップまでの距離
 
結論として 『 パスコン としての働きは、チップまでの 距離 が重要 』 という事になります。

ともあれ、DIPタイプを使って組立てる限り、パスコンの特性は 「 長くなる配線 」 の制約から逃れられないわけで、ほぼ上のグラフのようになると予想されます。そして、 20MHz 程度までならこれで何とか動くわけです。(注意深く設計すれば、DIPでも普通のデジタル回路だと 50MHz 程度なら全く問題なく動きます)

最近、流行?の 「 究極のパスコン 」 と評価が高い 「 プロードライザ 」 ですが、これとて 「 距離 」 が離れると効果は半減します。

パスコンは 「 距離 」 が全て ! と言っても過言では無さそうです。

・ 手組の回路は辛い・・・
 
パスコンならぬパソコンのCPU(Pen4とか)は、 MHz ではなく GHz の世界で動いていて「パッケージにパスコンが付いて」います。少しでもパスコンとチップの距離を短くしないとパスコンからの電源供給が苦しくなる…という事なのでしょう。(基板上のパスコンからでは距離が離れすぎて無理がある?)

試作とか趣味で「手で組立てる」場合、「パスコンからチップまでの距離を短くする」ために「より小さく組む」というのはとても有効なわけで、DIPよりSOP(いやSSOP?)の方がいいわけです。

実際に手で組立てられる限界としては、1.27mmピッチの基板へSOPパッケージを載せてパスコンはチップ部品・・・というあたりだと思われます。QFPパッケージはピッチ変換基板を使うしか無さそうですが、パスコンを最短距離で実装しようとすると苦しいものがあります。

C付きQFPそういう時のために、こういう感じ(笑)で  →
市販のICも、パッケージの上面に「パスコン用のパッド」を出しておいてもらいたいものです。(ついでにパスコンが実装されていればなお良いのですが…)

もっとも、最近の CPU などはどんどん省エネになってきて、フルスピードで動いていても数mAしか消費しないものもありますから、あまり神経質にならない方がいいかも知れません。 CPU に外部メモリとかを接続した場合、そちらにも電気は流れるわけで、全体の電気の流れを考える必要があります。ここでも「電気が流れる経路」を短くするのはとても有効です。

・ ・ ・ ・ ・

電気(電流)が流れると、フレミングの法則にあるように 「 周りの空間へ影響を与える 」 わけですが、電子回路の場合、通常は 「 好ましくない 」 影響がほとんどです。そして、電気(電流)が流れる距離を短くすればその影響を少なくすることができます。本当なら 「 遠くで発電する 」 のではなく、必要な場所で必要な量だけ発電する…のがいいのでしょうが、現在ではまだまだ難しそうです。

ICチップが内部で発電できるようになる(?)まで、実質的にICの電源であるパスコンをできるだけICの近くへ実装する…という日々が続きそうです。(笑)


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