★南迦巴瓦峰★・・・1992年10月30日初登頂・・・
ナムチャバルワ峰(7782m)は、ヒマラヤ山脈の最東端に位置する。当時、世界最高未踏峰として、
世界中の登山家の垂涎の的だった。中国隊による初偵察より30年を経ており、その間の多くの登山活動は
複雑な山容が生み出す劣悪な天候と未踏なるが故に全て退けられてきた。
西端の高峰ナンガパルパットと同じく”魔の山”の名を冠し、その聖域を頑として明け渡すことがなかった。
1990年の偵察より3年、数々の困難にもめげず卓越した登山技術とあくなき執念で、1992年、日本・中国
合同隊のナムチャバルワ峰登頂はとうとう成功した。この成功の年に第一次登攀隊長として頂上を踏む栄光に
浴したことは、本当に幸運だったと思う。膨大なハイテク技術と機材等を駆使したこの登山には、実に多くの
人達の支援と努力そして犠牲が払われていたのである。
<ナムチャバルワ地図>
<登山活動>・・・日本出発から帰国まで・・・
<1992>
9/02日本隊成田出発 9/06 日本・中国隊合流(ラサ) 9/10 本隊BC入り 9/15 第一次隊C1(4,350m)建設 9/16 第一次隊C2(4,800m)建設 C2周辺、昨年秋より雪少なし 9/19 第二次隊C3(5,600m)までルートを伸ばす 9/23 日中合同隊C3(5,600m)建設 9/24 気象ロボットC3に設置 9/30 C4(6,200m)建設 10/01 C5(6,900m)予定地までルート工作をする 10/03 全隊員C3で休養 荷上げ用隊荷の整理 10/06 C5まで約100kg、C4には約600kgの隊荷を上げ、C2まで下山 10/08 アタック隊の編成を決める 一次隊:山本一夫、ジャブー両登攀隊長他4名 二次隊:重広、サンジュ両隊長他4名 10/09 第一次アタック隊C3入り 快晴 10/10 〃 C4入り 快晴 10/11 〃 C5建設 快晴 10/12〜20 悪天、降雪のため全隊員C3,C4に停滞 10/22 アタック態勢の立て直し 24日行動開始、29日登頂予定 10/24 アタック活動開始 第一次隊C3再建 10/25 第一次隊C4再建 C4上の斜面を偵察、ルート工作 二次隊C3入り 10/26 〃 C5再建 テントの掘り起こしに5時間掛かる(一本のショベルが窮地を救う) 10/27 〃 C6(頂上稜線とのコルの6,700m地点)建設 二次隊C5入り 10/28 〃 7,200mまでルート工作(頂上に続く垂壁) 10/29 〃 7,600m付近でビバーク (風、降雪なし) 10/30 午後0時9分、一次隊全員登頂! 午後2時30分ニ次隊5名登頂 午後7時過ぎ、一次隊C5帰着 二次隊C6帰着 11/02 登頂隊員11名BCに下山 11/03 全隊員BC集結 11/06 日本隊スポーツ功労者の受賞が決まる 11/18 ナムチャバルワ合同隊の日本隊帰国
<帰国後>・・・表彰状をいただきました。。登山人生30年にして初めてのことでした。
★ 国より・・・スポーツ功労者賞★ 県より・・・スポーツ特別功労者賞
★ 市より・・・大津市体育特別賞