お花ぎつね

 近江の長浜の町に、御坊さんというえらい立派なお寺があった。
このお寺にはいつのころからやろか、きつねが住み着いておった。
きつねはお花というた。
子供もたくさんおった。
お花はなかなかかしこいきつねやった。

お寺の窓が開いていたり、閉まっていたりするので、町の人が坊さんに
「ごくろうさんやなあ」というたら「しりまへん」という。
ようみておったら、晴れる日は開き、雨になる日は閉まっとる。
つまりお花が、天気の具合を、知らせとったわけや。
町の人たちは、お寺の窓を見て、洗濯をしたり傘を持って外へ出かけたもんや。
「ありがたいことや」

かしこいのもええけど、いたずらもしてくれる。
お正月前のことやった。
町の呉服屋に、きれいな娘がやってきて、「紅木綿一反くだされ」
番頭が「どちらさんです」と聞いたら「お寺のもんです。お花です」というた。
「御坊さんなら、安心や」番頭さんはすっかり信用して紅木綿を渡したのや。
ところが月末になって、お金をもらいにいったら坊さんが、
「買うた覚えはありまへん」というやないか。
「そ、そんな。確かにお花と言いました」番頭さんが口を尖らせる。
「さ、さては!」みんなでお堂の裏へ行ったら、お花にもろたのやろか、こぎつねたちが、
紅木綿を首に巻いたり、体にかけたりして、遊んでおった。
「しもうた。やられた」

一番ひどかったのは、御坊さんの引っ越しの時やった。
御坊さんへは、毎日大勢お参りがあるので、
「こんな町はずれでは不便や。町の真ん中へお寺を移そう」ということになった。
皆でわいわいがやがやいうて京都の本山へ頼みに行くことになったのや。
それで、反対の人たちが急いで行ったら、途中に大きな川があった。
川は雨も降らんのに大水が出て渡れんかった。
「水が引くまでゆっくりなさいまし」茶店の娘が引きとめる。
かわいらしい娘やった。お花、という名前の娘は、愛想もええし、世話もようしてくれる。
皆も気分がええので、何日も泊まってしもうた。
やっと水が引いたので、「えろう遅なったわい」川を渡って、京都へ走った。
ところが、本山へ着いてびっくりした。
一日前に、引っ越しを賛成する人達が、船で琵琶湖を渡ってやってきて、話を決めてしもうた後やった。
「川さえ早く渡れたら、間に合うたのに!」
がっかりしてすごすご帰ってきた。
ところが、どうしたことやろ。
あんなに大水やった川はからからや。
それに、お花のいた茶店も、どこにもあらへん。
近くの人に聞いても、「ねぼけたことをいうたらあかん」笑われてしもうた。
「これはひょっとすると!」
そこで、初めて、きつねのお花の仕業やと気がついたのや。
「ちぇっ!またやられてしもうた」
もう後のまつりやった。

そういうたかて、お花は悪いいたずらばっかりはせなんだ。
ある晩のことや。
坊さんが寝ておったら、夜中に急にきつねたちが騒ぎ立てるのや。
いつもとちょっと様子が違うので、「うるさいなあ」
坊さんたちが外に出てみると、いっぺんに目が覚めた。
「えらいこっちゃ、火事や!」
「みんな来てくれ!」
早鐘をついたら、町中の男やら女やら、飛び出してきて、手助けしてくれた。
夕方燃やしたごみがちゃんと消えてなんだそうや。
やっとのことで火を消したが、もし、お花たちが知らせてくれなんだら、大火事になるとこやった。
「ありがたいこっちゃ」

それから長浜の人達は、御坊さんへきつねの大好きなあぶらげを供えるようになったんやて。
今でも、お花ぎつねの孫のそのまた孫たちが、町やお寺を守っとるという話や。

参照:滋賀の昔話Dおはなぎつね(京都新聞社発行)


ながはま御坊表参道には、おはなぎつねをモチーフにしたものが
いろんなところにあります。
ぜひ、探してみてください。


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