勝手にマイベスト<旅情編> 年間ランキング '95〜'99

<旅情編>と名付けたのに特別な理由はないのですが(^^;;)人生はたぶん旅のようなもので、過去を振り返ってその年一年間に読んだ本の中から印象に残っているものをピックアップするという行為は<旅情>と表現してもいいのではないかな、という気がして…
でも実のところ
<旅情>と<慕情>という言葉の響きがいいから名付けたのだったりします。ちなみに「勝手にマイベスト」はサザンの「勝手にシンドバット」からいただきました。言わなきゃ誰も分からない元ネタですね(^^;;

では、読書記録をつけはじめた
95年から昨年99年までの年間ランキングです。(慕情編はこちら)


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(1998年以降は力尽きています。中途半端のままですがUPしました。お許しを。。。<(_ _)>


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1999 1999*Best5*   '99に読んだ約70冊の本の中から選びました
1 共犯者 山崎永幸 新潮社クライムノベル
2 盤上の敵 北村 薫 講談社
3 二進法の犬 花村萬月 光文社カッパノベルス
4 てのひらの闇 藤原伊織 文藝春秋社
5 ムジカ・マキーナ 高野史緒 新潮社

☆1999年☆
色々と思い悩むこともあり色々と忙しかった年でした。大袈裟に言えば人生の分岐点に立たされた年でもあったかな。月によってたくさん本を読んだりほとんど読まなかったり(読まなかった月はきっと悩んでたんですねー)、とバラツキはありましたが数えてみたら約70冊。だいたい月5冊がここ数年のペースになっています。

1'99年、何といっても忘れ難いのは『共犯者』。これはもう衝撃の一冊でした。珍しく手を伸ばしたノンフィクション、実際の事件が書かれているだけに強烈な印象を受けました。
埼玉の愛犬家連続殺人事件の共犯として3年の実刑判決を受けた(主犯の関根元とその愛人には死刑の求刑がなされている)作者による手記。カバーに血痕のイラストが描かれていたり、各章ごとの見出しには文中からインパクトの強いものを選んであったりと、どこかワイドショー的な、出版社のあざとさが感じられるつくりで、実際私も本書に手にした理由が興味半分・好奇心半分の覗き見的気持ちからであったりするのだけど、読み出したら一気読み、それこそ貪るように夢中で読んだ。

実際にあった事件の手記というのは、そこに書かれていることが真実かどうか誰にも確かめる術がないだけにフェアーではないと思う。いくらでも都合のいいように書けるとの意地悪な見方も出来るから。だからあくまでこの手記も書かれていることは山崎氏の主観に基づく<事実>であり<真実>では決してないと思うのだけど、それでも山崎氏が地獄を見たのだろう、そのことだけは真実の重みとして伝わってくる。4人もの死体遺棄に手を貸した、と新聞やニュースで単に知った限りではどこかで引き返せたのじゃないか、犯罪に加担することをやめることもできたのではないか、と感じるけれど、この手記を読んだ今となっては彼を責めることはできない気がする。
たぶん人生には別れ道がたくさんあって、あのときああしていれば、と思える瞬間がいくつもあるのだろう。けれどそれは後で振り返ってみてはじめてわかることであり、別れ道のまさにその上に立っている時には自分で気づかないものなのかもしれない。山崎氏が関根と出会い、深く知るにつれ嫌悪し見下しながらも縁を切ることが出来ず、しまいに悪魔に魅入られたように死体遺棄に手を貸してしまうその道のりは、まざまざと人間の弱さを知らされる道のりでもある。出会いを悔やみ深く関ってしまったことを悔やみ、それでもなお関根と決別できない自分を悔やみ、自分の保身の為に犯罪に手を染めてしまった自分を悔やみ…でも人間誰しも、そんな弱い部分は必ず抱えていると思う。後悔は先には立たないから、人間は後悔しながら生きることしかできないのだろう。悲しいけれど。

何よりこの『共犯者』を読んで一番恐ろしいと思ったのは、人はなかなか主犯にはなれないものなのだろうけれど<共犯者>になることの、いともたやすくあっけないことか。堕ちることはたぶんとても簡単なのだ。いつかある日自分が共犯者になってしまうかもしれない、その怖さ。山崎氏と同じような立場になったとしたら共犯者になってしまうだろう、そのことをきっぱりと否定できない自分の弱さが、怖い。「事実は小説より奇なり」だなぁ、一気に読みました〜、では済ませられない<ノンフィクション>としての重みがずっしりと胸に残る。小説―フィクション―として書かれたものは、そこに書かれている世界がどんなに凄惨なものであっても<つくりごと>として安心して読むことができるけれど、この『共犯者』に書かれていることは紛れもない事実なのだから。

私は幸運なことに犯罪の被害者やその家族という立場になったことはない。もし私が被害者の遺族であったなら、主犯もその共犯も憎むべき存在であり、主犯・共犯であるかはあまり大差はないと感じることだろう。どちらも犯罪に手を染めたことに変わりはないのだから。だから、山崎氏が実刑判決を受け服役し罪を償った後でも、それで罪が清算できた思わないで欲しい、とご遺族の方は思われるのではないだろうか。それがきっと正直な心情なのではないかと思う。この手記を出版するにあたって、出版社も山崎氏もそのような感情も当然予想もしていたに違いない。それでもあえて出版するだけの理由がこの本にはあると思うのだ。ご遺族の方にしてみればどれほど辛い思いをしたかも分からないくせに分かったような口を利かないで、と思われても仕方がないけれど、でももし私がこの事件の遺族であったとしても、『共犯者』を読んだら山崎氏を赦すことはないにしろ、憎しみの感情はずいぶん少なくなるのでないかという気がする。
何の罪の意識も感じずに人を殺すことができ、自分が手にかけたその人を鼻歌まじりに解体できる、そんな人間を悪魔と言わずに何と呼べばいいのだろう。今までに行った殺人を自慢気に語り、人をこの世から消すことなんて簡単だと豪語する、そんな人間に「お前も消してやろうか」と言われて冷静でいられる人がどれだけいるのだろう。・・・山崎氏の自宅の風呂場で遺体の解体の作業中はいつも、大量の血を洗い流すためにシャワーの水を出しっ放しにしていたそうだ。床を叩くシャワーの音が雨を連想させて、雨の日になるとそのときの光景が嫌でも思い出されるのだと手記の中にあった。山崎氏はたぶん、この世界中で最も雨の日が呪わしいと感じる人間のひとりだ。雨が屋根や傘をたたく音に耳をふさぐことはあっても、雨音を楽しむことはきっと一生ないに違いない。何日も暑く晴れた日が続いたあとに降る、誰もが待ち焦がれる雨を、恵みの雨とは思えないのではないだろうか。『共犯者』を読んだ今となっては、山崎氏が地獄を見た、そのことだけは何よりも確かな真実に私には思える。

2帯に<極上の北村マジック!!>とある北村薫『盤上の敵』。まさに極上、それでいて今までの北村薫の作風とはがらりと違う、予想外の展開とラストに驚かされた。
北村作品を読んで感じるのは、北村さんは人間が好きなんだなーということ。難解な殺人事件の謎をいわば<神>の視点で解決する今までの推理小説の探偵役とは異なり、『空飛ぶ馬』シリーズの円紫師匠は登場人物たちと同じ<人>としての目線で物事(謎を含むすべての物事)をとらえているように私には感じられた。『空飛ぶ馬』『覆面作家』シリーズなどで、北村 薫はほのぼの路線の作家だと認知されているという気がするけれど、どれもが悲しいまでに残酷な物語であると私は思う。ヒトがヒトであるがゆえに犯してしまう過ちを優しく、でも厳しく冷静に解き明かしていく探偵役の姿は、知らないまま分からないままでいることの方が幸せなこともあるのに、なぜそこまでして解決せずにはいられないのか、と訊ねてみたくすらなる。知らない方が幸せであることもきっと分かり過ぎるくらい知っている、それでも事件の謎を解決せずにいられない探偵としての悲しみが物語から溢れているように私には思えてならない。人間は愚かで弱い生き物だけれど、それでもやっぱり人間が好き、そう言える優しさと強さを北村作品の登場人物たちはきっと、持っていると思う。

『盤上の敵』はその題名のとおり、物語がチェスになぞらえて進行されていく。物語はまず、<白のキング>末永純一が、狩りに向かう途中の商店主から猟銃を奪い殺害した凶悪犯<黒のキング>が、<白のクィーン>妻・夕貴子を人質に家に立てこもっているのを知ることからはじまる。繊細で傷つきやすい純粋な心を持つ夕貴子と、その彼女をひたすら愛し守ることが今の自分の人生の生きがいであり喜びであると信じている純一。このふたりの出会いから、やがて結ばれ現在に至るまでの道のりを過去から順に辿っていくパートは、何とも北村薫らしいな、と思いながら私は読み進めていた。夕貴子には暗い過去があるらしくその為に他人に心を開けずにいたが、純一との出会いそして愛によって心が癒されていくその変化は、花の固い蕾がだんだんと綻んでいくのを見ているようで感動的でもある。が、物語が中盤に差し掛かり夕貴子の過去がだんだんと語られていくに至って、これは今までの北村作品とは趣が違うんじゃないかと戸惑いを感じはじめた。夕貴子を助け出し救うために純一が取った行動、そしてそのラストは驚き以外の言葉はなく、北村薫がこの物語をあのように着地させるとはほんとうに予想もしなかった。人間の<負>の部分、黒い感情が凶器のように胸を刺す本だ。北村作品の優しくほのぼのとしたところが好きだった人には、この作品は受け入れられないかもしれないと思う。
ただ、今までの北村作品と違う、と思うのは私の感じ方であって、今までの作品もこの『盤上の敵』も根底に流れているものにきっと変わりはないと思う。人のダークサイトをそうっとフィルターにかけてさり気なく散りばめるか、はっきり濃く表現するかの違いではないだろうか。確かにこの本は人の悪意に満ちている。それでも読み終えて本を閉じるとき、やっぱりこれは北村薫らしい作品だな、という想いが後になるほど強くなってくるのだ。最終章<白のクィーンは夢見る>のその夢を想像したとき、胸が痛くて切なくて仕方がなくなってしまう。何があってもどんなことがあっても人間は愛しい存在だ、、、北村薫の本はいつだってそこに戻っていくのだろう。

3今まで読んだ花村萬月の本の中でベストを選ぶとしたら(と言うほどたくさんは読んでいないけど(^^;;)間違いなく『二進法の犬』を挙げます。
すべてを白か黒で割り切る乾組組長の乾 十郎、その娘・倫子。乾のもとで働く中嶋。彼らの生き方には少しの迷いもなく、その強さ、潔さが羨ましかった。それに対し、倫子の家庭教師である鷲津は猫の目のように感情が揺れ動き、読んでいて苛立ちを感じることも多かった。読み終わった当時は中嶋がいいキャラクターだなーと思ったけれど、時間が経った今、中嶋の生き方は楽なのかもしれないと思うようにはなった。乾の命令に絶対服従であることは、何も考えずに済むということであり、自分で何かを迷う必要がないのだから。乾の命令なら実の親すらも殺せるまでに乾に忠誠を誓えるのなら、乾に関すること以外の感情のスイッチをオフにしてしまえばいいのだから。乾の命令で倫子のペットを猛犬の檻に投げて殺した時、中嶋はためらい命令の実行後もひそかに後悔していたけれど、中嶋にとって乾の命令は絶対であることに揺るぎが無いのなら、何かをした後で起きる感情は一時のものであり、その感情を飼い慣らす術を身につければいいことなのじゃないだろうか。じゃあそこまでの信念を持って誰かに忠誠を誓うことが私はできるか、と言えばたぶんとてもできなくて、どんな偉い人の命令であっても肉親でなくても誰かを殺すことはできないと思う。

鷲津の性格が読んでいて苛立ちを覚えたのは、自分の中にある優柔不断さや自信の無さ、コンプレックスなどを目の前に突き出された同族嫌悪であると思う。誰もが持っている弱い部分をつなぎあわせて作り出されたのがきっと鷲津のキャラクターなのだろう。鷲津のどこにどう転がるか分からない心の動きはそのまま私に当てはまる。ちょっとしたことで迷って自信を無くして落ち込んで、他の誰もが自分より優れていて見えて、でもどこかで誰かを馬鹿にして、世界が輝いてると思える日もあれば、地球なんて今すぐに滅びてしまえばいいと思うときもある。自分で自分がわからない、自分の感情をもてあましてしまうような、でもそれがきっと生きていくってことなのだろうと最近思うようになった。どうして生きていくのはこんなに難しいことなのだろうと嘆きたくはなるけれど。
倫子を狙撃した人物を前に拳銃を構え、引き金をひけば倫子の仇がとれると引き金に力を込めようとした瞬間の、鷲津のためらいが今なら少しわかるように思える。読んでいる時は、どうして撃たないのかと鷲津を罵ったものだけど。仇は取りたい、でも捕まるのは嫌―――なんて都合のいい、でも正直な気持ちなのだろう。鷲津にためらいなく引き金をひかせることは簡単だけれど、あの逡巡が、鷲津のそして私の、根底に流れるものなのだ。鷲津は「闇」を知った、とその場面で書かれているけれど、誰でも「闇」は抱えている。光が当るところには必ず闇が存在するように。
ころころと変わる鷲津の感情に振り回され、やがて迎えた物語のラストの鷲津の慟哭は私には想像もつかない。何かを喪うことの悲しみではなく、喪った後の虚無の悲しみはできることなら知らずにいたい。それでも人は生きていかなくてはいけないのだから。
あと印象に残ったのは、野際の奥様の「パイチューして」でしょうか(爆)。いやー、この一言は笑いました。なんというかいいなーというか、誰もそのセリフでは誘わないでしょ、と思わず本につっこんでしまいました(^^;;

4『ひまわりの祝祭』はイマイチ感がぬぐえなかった藤原伊織だけれど、珠玉の短編集『雪が降る』を読んで、一気に新刊が待ち遠しい作家になった。『てのひらの闇』は男のひと、特に40代以上の人が読むと一番はまる本なのではないかと思う。自分が男に生まれなかったことをこれほど残念に思う作品には久しぶりに出会った。『てのひらの闇』の世界を語ろうしてもうまく言葉にできずにもどかしくて、自分が男でまがりないにも自分の仕事に誇りを持っていてこの本が読めたのならもっと良かったのに、男としてこの本を読むことができたならと切に思った。できることなら次は男に生まれたい。

5高野史緒は難解でとっつきにくいイメージが私の中にあって、ずっと気にかかってはいたものの『ムジカ・マキーナ』は読まずにいました。が、読み出したら面白いの何のって!小説の世界に馴染むまでに少し時間はかかったけれど、慣れてしまえばあとはもう最後まで惹きつけられっぱなしでした。<究極の音楽>がテーマだったので、音楽の授業なんか大嫌いだった私にはついていけないかもと心配していたのですが、音楽に疎い私でもじゅうぶん楽しむことができました。舞台が二転三転しロンドンに戻ったときは、予想もしていない展開だったので唸りました。終盤で知らされる物語の核心はおぞましいものであるのに、ラストの着地点が神聖で美しい。ラストの一文を繰り返し繰り返し目でなぞった。

 

1998 1998*Best3*   '98に読んだ約50冊の本の中から選びました
1 雪が降る 藤原伊織 講談社
2 風車祭(カジマヤー) 池上永一 文藝春秋社
3 光の帝国―常野物語― 恩田 陸 集英社


・・・1999年で力尽きてしまいました。すいません(平謝り)。どうしてその本をその年のベストに選んだのかその理由や、その本のどこに魅力を感じたのか、といったことを今後書き足していく予定ですので、呆れずにまたのお越しをお待ちしております。

 

1997 1997*Best5*   '97に読んだ約60冊の本の中から選びました
1 OUT 桐野夏生 講談社
2 狐罠 北森 鴻 講談社
3 メドゥサ、鏡をごらん 井上夢人 双葉社
4 ターン 北村 薫 新潮社
5 プリズンホテル春 浅田次郎 徳間書店

 

1996 1996*Best5*   '96に読んだ約70冊の本の中から選びました
1 蒼穹の昴(上・下) 浅田次郎 講談社
2 奪取 真保裕一 講談社
3 名探偵の掟 東野圭吾 講談社
4 ノーペイン・ノーゲイン 山本甲士 角川書店
5 家族狩り 天童荒太 新潮社ミステリー倶楽部

 

1995 1995*Best10*   '95に読んだ約120冊の本の中から選びました
1 バガージマ・ヌパナス 池上永一 新潮社
2 少年時代(上・下) R・R・マキャモン 文藝春秋社
3 ガダラの豚 中島らも 実業之日本社
4 迅雷 黒川博行 双葉社
5 パラレルワールド・ラブストーリー 東野圭吾 中央公論社
6 いつか森の中で 草薙 渉 読売新聞社
7 陋巷に在り(1〜5) 酒見賢一 新潮社
8 夏の災厄 篠田節子 毎日新聞社
9 ホワイトアウト 真保裕一 新潮社ミステリー倶楽部
10 龍の契り 服部真澄 祥伝社

 


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