心の窓
 「画用紙の右上隅に太陽が半分欠けた状態で描かれています。おそらくこの子供にとって父親の存在が薄いのでしょう。」その幼稚園の造形指導の先生がそう言いました。すると担任の教師は驚きました。「すごいですね、確かにこの子供の父親は単身赴任なんですよ!」子供の絵の表現から、その家族の問題までもずばりと言い当てたその眼力にすっかり惚れ込んでしまったのです。
 そこで、その教師は別の絵を出してきました。「先生、この子供は空に太陽を二つ描いています。お父さんが二人いるんでしょうか?」などと真顔で聞いたそうです。
 絵は「心の窓」と言われます。前回お話ししましたように子供が無意識に使う色彩によってその心理を診断するようなことも随分と行われてきました。
 そのために、必要以上に子供の絵から心理を読みとろうとしたり、一つ一つの作品に一喜一憂したり、教師も親も中途半端な判断に翻弄されたりすることが少なくないのです。
 年少組のあやちゃん(仮名)は、大きな四つ切り画用紙に人物らしき絵を描いていました。すみっこの方に弱々しい線で描いたかと思うと悲しそうな顔をしてそれ以上描こうとしませんでした。次の日、あやちゃんは少し強くしっかりした線で赤色のクレパスを握って顔を描いています。今度はすごく満足そうです。
 実は、前日の絵は「みんなはお母さんのどんな顔がすき?」との投げかけで描いた絵でした。でもあやちゃんはその日の朝「ぐずぐずしてる」と怒られて幼稚園にきました。「あやはお母さんの笑っている顔が好きなんだけど、思い出せない」と涙ぐんでいたのです。それが、今回は「あやのお母さんはね、赤い色が好きなの、だから赤い色で描いてあげた」と嬉しそうに話してくれました。一見しただけではまだまだ弱々しく幼い表現で、何を描いているのかわかりにくいのですが、あやちゃんのお母さんへの「思い」がいっぱい詰まった大切な大切な絵なのです。
 こんな子供の思いに気づかないまま、「なんでみんなと同じように大きく描いてくれないんだろう?」とか「うちの子ほかの子より絵が下手だわ」などといった目で見てしまっていないでしょうか。子供の表現を見栄えだけで見てしまうからです。せっかく開いてくれた「心の窓」なのに、これではあまりにも我が子に申し訳ないことですよね。

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