レストランで食事をしていたらかわいい曲が流れていて、「すいませーん。なんか書くもの貸してください」。 ほんの一部の譜を写したものの、いったいどうやって探したらいいのでしょう、根性!根性!ど根性! 私が聞いたのはモーツァルトソナタ K.V.333の第3楽章でした。
実は第1楽章は子供時代に習ったことのあるものでしたが、「ソナタとしてまとめる」ことの悦びを知ってしまった以上、 最初から習わない手はありません。今回も宝物が見つかるといいな。
第1楽章のイメージは11歳のあどけない少女。
2楽章は歳の離れたお姉さん、ただ今17歳。
3楽章は家族の親戚中の人気者、末っ子8歳の男の子。
そう、3人はきょうだい。どうしてきょうだいかって、それぞれ趣きが違う曲にもかかわらず、フォルテへのもって行き方や
休符の使い方が実によく似ているんです。だから「きょうだい」。
第1楽章のイメージは11歳の女の子。周りのみんなより頭ひとつ分小さくて、ちょっぴり照れ屋さん。 でも、押し付けられて厭々だったグループ研究の発表役が、目を見張るほどしっかりしていて、考え込んだ横顔が いつもより大人びて、あれぇ?いつまでも子供じゃぁないんだね。
再現部の第一主題が終わってすぐ「誤ってもう一度繰り返しちゃった? あれ、何やってるの?」な音がある。 「道草」。まっすぐ行かずに遠回り。 古典派で許されることかどうかわからないが、ちょっとゆっくり弾いてみたい。たまにはみち草もいい。
2楽章は17歳のレディ。大人でもなく、子供でもない、大人でもあり、子供でもある。
右手に多用される細かい音は子供っぽさの残るキラキラ感☆を、 左手から持ち上げてゆくフォルテのフレーズは、妹や弟が憧れる「さすがお姉ちゃん」の貫禄を出せたらいいな♪と思う。
3楽章は末っ子、8歳の男の子。
やんちゃ☆でお調子者★で、家族の、親戚中の人気者。実はものすごく賢いのだが、今は形を潜めている。
かわいいので今はモテるが、その頭の良さが表面化すると生意気とも見える。でも当人はいつでも自然体、将来は大成する。
おどけた音や、我侭な拍割りは8歳の現在を、ダイナミックな響きは将来の姿を見るように、弾いてみたい。
モーツァルトの変奏には毎回驚かされます。
互角だと思った運動会の「玉入れ」で、赤組がとうに最後のボールを数えてしまったのに
白組はいつまでもいつまでも投げるボールが残っている感じです。そしてカゴからは白一色ではなく、緑や青や虹色の玉が
飛び出すのです。
度肝を抜かれたのは、曲の最後に選ばれたのが、あまりにもシンプルな音であったこと。
曲の終わりを飾る音、ソナタ全楽章の終わりを飾る音は派手なものを想像しがちです。なのに、ここまで削ぎ落とされて、
削ぎ澄まされて‥ 「マイナスの美」とはこういうことをいうのでしょうか。