ソナタ 作品10−1 - ベートーヴェン

ピアノを習い始めてすぐに挑戦した「悲愴3楽章」は散々な結果となりました。 でも「好きな曲だから・指が届くから‥だけで弾いても辛いだけ。勉強すべき時期というものがあるのだろう」 ことは学んだように思います。
あれから2年余り。ツェルニーは30番から40番へ変わり、モーツァルトのソナタでは古典派の愉しさも味わいました。 「そろそろやる?」「う、うん」 ・・・ 大きな挑戦の始まりです。

第1楽章 Molto Allegro e con brio

長調か短調か、でいけば間違いなく長調派だけど、ガンガン行く激しい短調の音、嫌いじゃないかも。というより、好きかも。 というより、大好き!かも。
数え切れないぐらい踊ったバレエの中でいちばん夢中になったのは、ベートーヴェン交響曲6番「田園」の第4楽章「嵐」です。 黒のオールタイツにイナヅマ光るマントを振りかざし、飛ぶ・跳ねる・回転するがこれでもか!と続く振り付けでした。 「ジャンプの高さを魅せつけたかったら、空中で止まってみせて。ジャンプの前と後での「静けさ」を見せて。」 あの頃何度も注意されたメリハリは、ここへ来て言葉を変えます。「休符を魅せて。音がないことを聴かせて。そして思い切った フォルテで攻めて。」 同じ意味ですね。

ベートーヴェンの曲は「荒々しく男性的」と聞きますが、この第1楽章を弾いてみる限りは「力強さからこぼれ出る弱さ」 のほうが印象に残ります。大きな音を出していてもメロディーが優しかったり・はかなかったり、つまり「女々しい」。 まぁ「女々しい」は男性に対して使う言葉なので、結局「男性的」となるのかもしれませんが。

問題の「ベートーヴェン、気持ち新たに第1弾」ですが、感想は第3楽章が終わるまで待とうと思います。 って、終わるとこまで行くのかな。

第2楽章 Molto Adagio

「2楽章はあまり弾かれない曲なんだけど、どうする?やってみる?」「はい、急ぐ旅じゃないですから‥」
ってとこまでは格好良かったんだけど、譜読みを始めた途端後悔が始まりました。 4声なんです。頭は1つしかないのに4声。手は2つしかないのに4声。ぅえ〜ん。ホントはね、すごく美しい曲なんですよ。

ところで、この曲の出だし、少し前に習ったモーツァルトK.574の第2楽章と似てるんです。でも調が違う。 これがまた混乱のもと。妙な黒鍵押さえちゃったりしてね。

3楽章を習ったら通して弾くのが夢なので、引き続き努力したいと思います。

第3楽章 Prestissimo

1楽章と同様、オーケストラを想像させる曲です。 1楽章が安定した低音(楽器)の上で踊り狂う高音だとすると、3楽章は低音楽器vs高音楽器の戦い、競い合って調和します。 華やかさはさすが!終楽章だと嬉しくなります。

なぜ、この3曲(1〜3楽章)が1つのソナタなのか。他のソナタの中から1曲取り替えたらダメなのか‥  時に、CDで聴くだけでは疑問に感ずることが、弾いてみると、習ってみると、な〜るほど‥と納得します。
例えば、3楽章出だしの8分休符、これは1楽章の休符の捉え方と同じものだと思います。また、3楽章に現れる柔らかい音色は 2楽章の透明感を連想させます。1楽章ごとに愉しめて、セットとしての愉しみも加わって、ソナタってばすごい!です。

「気持ち改め、ベートーヴェン初挑戦!」の結果は、個人的には満足しています。 ほとんど愉しむことができなかった「悲愴3」に比べたら、十分に愉しめましたから。  指が身体がちょっぴり強くなったようで、大きな音も出せるようになりました。 ピアノとは、私が意志と誠意をもって接すれば相応に応えてくれる楽器のようで、なんだか生き物みたいですよね、 ますます楽しみになりました。