小組曲ピアノ連弾のための - ドビュッシー

組曲の4番目(コーダ)「バレエ」だけのつもりで始めた連弾曲、あっちもこっちも増えてきてしまいました。
先生、ごめんね、今まで練習曲との合計2曲でレッスンしていただいてたところを、全4曲、5曲になったら、レッスン時間が倍に 延びちゃうに決まってるよね。でも連弾って楽しいんだよぉ。ソロとは違う楽しさがあるんだよぉ。ただ、私だって家での練習時間、 倍になっちゃったんだよ。←だからなんだ?自業自得。

T.小舟にて

「湖面のさざ波」を感じる優しい響きです。「アラベスクT」とか「月の光」の遺伝子入ってますよね。
楽譜の解説には「静かな波に、若い恋人をのせた小舟がただよっている」と書かれています。(著作権があるだろうため 表現は一部変更しています) 私は「恋人」つまり「人」や動物はあまり意識できません。あゝ、中間部の動きのある音、 太古から湖に住む魚やアメンボなどの小動物は受け入れられてるかな。

あさぼらけ。空が白んでもうずいぶん経つような‥それとも時間という概念に管理されない領域なのか‥  鳥も虫も目覚める前。湖。ぼんやりとモヤがかかった湖。向こうにかろうじてうっすらと見える木々の緑から、 今が初夏であることを思い出す。
冷たい風とともにすーっと視界がはれる。水面に小さなアブクが1つ、あちらにもまた1つ。湖の深くにひそむ ナマズがあくびをしたのかもしれない。 モヤは一瞬押し出されただけなのだろう、波が押し返されるようにもどってきて、あたりは一面もとの静けさをとりもどす。

3/5記:ちょっと待った!ピアノ曲を弾いているかぎり「一面もとの静けさをとりもどす」イメージだったんだが、 オーケストラ版を聴くと「出だしよりも晴れ間がある。”朝が来た”」になっている。しかも、これはプロローグ(序曲) であり、次につなげる役割を担う必要性を考えると、「もとの静けさ」に戻ってはいけない。それではエピローグに なってしまう。出直してくるので、待ってて!

「独り連弾」は↓こちら。低音部の音をとってないから、最初のちょこっとだけ。

聴く (2/4録音)

この曲は「純粋に美しい清い音」が求められていると思います。人員募集の要件が「美人、色白、身長165cm以上」だったりして、 「一生懸命頑張ります!」だけじゃどうにもならない感じ。「音」そのものの「美」。 厳かな気持ちにさせてくれる曲です。

U.行列

ホントはすぐにでも始めたかったんだー、これ。ツェルニーで丁度「3度の移動」を習っていて(30番の23番)、 すでに苦労してたし、というか、互いの手(指)が邪魔して弾き方がわからなかったし、その時はじっとこらえた。 でもさぁ、好きな音なんだよねぇ。11小節目からのスタカート、ワクワクするよ。 で、ツェルニーが進んで、「これ以上持ち歌(持ち曲?)増えてどーする?」と思いつつ音取りして、先生にリクエスト。

日本語で「行列」というと、大名行列や軍隊の「右へ〜習えっ」が頭に浮かんだり、なんだか堅苦しい気分になるけど、 英語で「マトリクス(メトリックス)」だとイメージしやすい。 ある区画の中に何かが入っていて、それぞれの法則によって並べられている。数学で習う「行列」しかり。 1小節内、フレーズ内、フレーズ間で幾何学的な音の配列をしています。
行列、高音部 primaは1小節16分割(16部音符)を基本形に、符点、3連符、タイで再分割+再構成。右手左手1音ずつで横方向 (左右)の動き。
行列、低音部 secondaはまず1小節4分割(4/4拍子)して、そこから細分化。両手合わせて5音・6音の和音が多く、縦方向(上下)の動き。
私さぁ、符点とかタイとかいっぱいあると、1小節が5拍子になったり3.5拍子になっても平気な顔してる。 最近思うに、私ってリズム感に欠けるみたいです。

「あまり好きな曲想じゃないなぁ」と早々にやらない宣言!していた「メヌエット」ですが、先生からいただいた オーケストラ版小組曲(編:アンリ ポール・ビュッセル)を聴いて「あら、きれいな曲じゃないのっ」といとも簡単に 意見を翻しました。今となってはどこを聴いて好きじゃないと思ったのかさえわかりません。m(_ _)m

フランスの片田舎を思わせる素朴で郷愁的な響きです。
長いスカートをゆらしながら少女は歩いています。朝、お母さんに結ってもらったおさげはゆるんで、 糊でパリッとしていたブラウスのフリルもくたびれました。学校からの帰り道。来た道を戻ることを、大人は「帰り道」と 呼ぶのでしょうが、お花に沿って歩いたら‥目の前をうさぎが横切って追いかけたら‥遠くで鳥の声が聞こえたら‥。  やがて少女は初めて見る丘へたどりつきました。膝の高さほどもある草があたり一面草原をつくっています。風はときに 鋭い音をたて、やわらかい草は形を変えます。彼女はしばらく草原の協奏曲に心うばわれます。襟元を少し開けて、 冷たい風を招き入れました。「わかってる。誰にも言わない。」
少女は母の待つ家へと駆けだしました。

ドビュッシーの作品で「水」をイメージさせる曲は何度か聴きました。これは「風」を想わせます。 中間部の鮮やかなフレーズ、向かい風に腕を広げてみて、次に強く風が吹いたらきっと大空を飛ぶことができる。
メヌエット、低音部、草 これは、「大空を飛び交う」一部なんだけど、左手の音符を見つめてくれる?デコボコデコボコ。なんだか「やわらかい草原の草」に 見えてきませんか? では、楽譜(画像)をクリックしてみて。ほら、ネ?
もう1つ。すごーく不思議な現象を発見。
メヌエット、雷 上がprimaで下がsecondaの楽譜。 このトリルは「雷さまの音」。雷がゴロゴロ鳴るように聞こえます。 トリルだけ弾くと当たり前だけど「ラシラシラシ♪‥」と聞こえる。 左手を追加しても同じ。primaの右手を追加してもやっぱり「ラシラシ♪」。ところが、全部合わせると、「ゴロゴロゴロ‥」 に変わる。ピアノは音階があるから、どんなに低音でもティンパニーのように五線譜に描ける音だと思っていました。でも この組み合わせ、バスドラになります。しかも全然低音じゃないのに。日常のいろんなところで、目の錯覚を利用した視覚効果 が使われているけど、「音の錯覚」もあるのかしら。

この「メヌエット」と次の「バレエ」を組み合わせると「パスピエ」に似てる と、初めて聴いたときに思いました。 なんと!作曲した年が同じ。(1888:小組曲開始、1889:ベルガマスク組曲初稿完成)スルドイでしょ。関係ないかな。

「まだ続くのぉ?」って感じのエンディング。この曲単体だと「ため」すぎ、と思う。でもこれが「バレエ」に入るための 準備。この「対比」が弾きたい! あー、心がはやる。

「メヌエット」と「バレエ」の間

もし私が舞台の照明係だったら、「メヌエット」は青と緑のライトで薄暗くして、 モヤなんかかけちゃったりして、で、「バレエ」に入る直前に白(無色)と黄色の全面ライト、バチッて照らすんだー。舞台のそばの 観客が熱を感じるぐらいの強いライト。照明の変化に観客がハッと緊張した瞬間に「バレエ」が始まるの。

W.バレエ

ネットをお散歩してたら‥ すっごく!はまってしまいました、小組曲「W.Ballet」。 その午後、用事があってデパートへ行って、楽譜も少し置いてある本屋コーナーへ寄ったら、 なんと!楽譜がこっち向いて笑ってた。あぁ、あなたも私に会いたかったのね。(*^.^*)  これが私とドビュッシー「小組曲」との出会い。

私が人生の中で一番気に入ってる曲、沢田研二さんの "TOKIO" なんです。♪そ〜らを飛ぶ♪ってやつ。 そう、あたり!能天気な音が大好き。ふざけてなくて真面目に一生懸命「ナツメロ風にダサくて、 能天気で、潔い」響き。
なんかこの曲に通づるものありません?「能天気」って言葉はよくない?じゃぁ「うかれポンチ」。

みなさんは音を聞いたときに何を思い浮かべますか。物語?絵画?風景? 感覚としては どれに近いですか。味覚?嗅覚?知覚? 私は踊りの振り付けがまず浮かびます。 体が自然と動いて次から次へとステップが沸いてくる感じ。
この連弾曲はとってもコミカルな動き、おもちゃ箱の人形たちが、ガラスケースに収まった優美な フランス人形じゃなくて洋服破れて手や脚に噛み跡のあるようなブサイクなおもちゃ達が、真夜中に 抜け出して、おしゃべりにダンスに夢中になる様を感じています。中間部のワルツ、ほらね、 踊るとみーんな「シンデレラ」になれる。 ドレスはおんぼろだけど、体型だって若くないけど、踊るとね、’夢’を見られるんだよ。ううん、 ’夢のような現実’なのかもよ。

メンデルスゾーン「紡ぎ歌」を練習しなきゃならないんだけど、5分やったら、次の15分は 「バレエ」の楽譜を眺めてしまい‥ で、とうとう先生に打ち明けました。
それにしても先生ってすごいんだよぉ。「んー、これ知らない」って言ってたのに「じゃあ合わせてみよっか?」って、 楽譜初見で、強弱もペダルも見事にこなして、「その音あってる?」って私の弾いた音まで聞いている。

子供の頃、一度だけ連弾をしたことがあって‥曲名は忘れたけど、低音部の先生が伴奏、高音部の私が メロディーってはっきり分かれていたと記憶しています。「バレエ」は、メロディーがPrimaとSecondaを 行ったり来たり、二人が対等な関係なのが興味深い。物理的に二人の手が重なったり交差したりってのは ソロピアノでは味わえないチャレンジです。
あとさ、知ってた? ピアノって二人でたたくと2倍の音量になる。f(フォルテ)の音量がいつもの倍だよ。 p(ピアノ。二人がppで弾いたらいい?)とf(フォルテ)の差も2倍だよ!だって指が20本だよ!

ダウン症で全盲のダンサーの番組をテレビで見たことがあります。規律の厳しいクラシックバレエに慣れている 私には、洗練された動きとは見えない、でも彼の体は「音楽」そのものだった。視覚を使って「見る」のでは なく、体の全ての器官で「感じる」べき踊り。
別の番組でやっていたのは、知的障害者学級の音楽会でした。舞台での本番は、興奮状態で、結果的には 音もリズムもバラバラ。ただ、生徒たちの顔は輝いて、体全体が楽器であるかのようでした。
彼らほどの感受性や表現力は私にはないにせよ、これは思う存分楽しみたい曲です。

これ↓は音に慣れようと思って試してみた「独り連弾」なんだけど‥ secondaの音取りをして、録音したものを 電子ピアノに出力しながら、私のパートであるprima部を弾きました。やってることに無理があるものの‥これはこれで 楽しかった。

聴く (2/2録音)

secondaを弾いてみたら、低音にラ♪がいつも響いてることに気づきました。このラ♪は「お釈迦様の手」だと 思います。他の3つの手がどれだけハチャメチャな音を奏でても、しっかりと受け止めてくれる、大きくて暖かい お釈迦様の手。
この曲がどこか懐かしくてホッとするのは、お釈迦様に守られているからかもしれません。