滋賀報知新聞 平成19年5月14日(月)の記事
         

一人息子を失った母の決意
映画「ゼロからの風」公開へ
=東近江地域での自主上映も模索中=


◆東近江・竜王◆
 愛する家族が、突然、目の前から消えたら―。飲酒・無免許・無車検の暴走車に一人息子の命を奪われた鈴木共子さん(57)=神奈川県=をモデルとした映画「0(ゼロ)からの風」が、十二日から東京の早稲田松竹で公開中だ。関西では、六月三十日から大阪のなんばパークスシネマでの上映が決定しており、現在、交通事故で長男を亡くした竜王町橋本の田中博司・とし子さん夫妻が東近江地域内での自主上映を目指し奔走している。 【櫻井順子】

●癒えない心の傷
 映画のモデルとなった鈴木さんは、最愛の夫に病気で先立たれ、生きる希望だった一人息子の零さんをも失った。早稲田大学入学を喜び合った七年前の春、免許失効中の加害者が泥酔状態で運転する暴走車に、何の罪もない零さん(当時19歳)の命を奪われたのだ。

 やり場のない怒りと一生癒えることのない心の傷、息子の無念さを抱えながら、鈴木さんは、同じ苦しみを背負う被害者遺族と立ち上がり、刑法の厳罰化を成し遂げ、さらに息子の代わりにと早稲田大学入学も果たす。

●社会を変えなければ
 被害者の生まれない社会にしなければ―。造形作家でもある鈴木さんは、理不尽に命を絶たれた犠牲者たちが等身大パネルのメッセンジャーとなってよみがえる展示会「生命のメッセージ展」を企画。遺族も逃げ出したくなる現実と常に向き合いながら、メッセンジャーを通して奪われたものの大きさや残された者の悲しみ、命の重みを伝え、同じ悲劇が繰り返されないよう一人ひとりの心に警鐘を鳴らし続けている。

●映画化を熱望
 鈴木さんに関するニュース映像を見て、塩屋俊監督は「この人の挑戦を映画化しなくてはならない」との衝動にかられたという。「一人息子の父親である自分に『もし同じ境遇だったら』と自問自答したとき、『不可能』だと思った。だからこそ映画化することで、彼女の心の旅の源泉を探りたかった」と語る塩屋監督。四年の歳月をかけた作品は、鈴木さんの人生を題材にしたフィクションで、主人公の視線に監督自身の思いを盛り込み、制作費すべてを寄付金で賄った渾身(こんしん)の一作。

●愛する人を思う
 衝撃的な事故のシーンや遺体安置所で変わり果てた息子と対面する母の姿、父が託したわが子への思い、謝罪に訪れた加害者との対面、光を失った母が息子の命をつなぎ二人分を生きていくと決意し行動に移すまでが生々しく描かれ、被害者・加害者・周囲の人々の心の動きが痛いほど伝わってくる。また、愛する人と送るありふれた日常生活こそが一番の幸せだと気付かされる作品でもある。

 鈴木さんから「私以上に私に似ていた」と評された母親役の田中好子さんは、映像の中の自分の眼力に驚き「今日ほど責任を感じた作品はなかった」と明かした。息子役を演じた杉浦太陽さんは、零さんと同い年で「自分の母と重ねながら演じた。一人でも多くの人に見てもらい、一人ひとりの意識が変われば」と語った。

 息子そして家族が映画の中でよみがえる感動とともに悲しさも感じたという鈴木さんは、「夢中で生きてきたことが映画に凝縮され、改めて『よく死なないで生きてきた』と自分を少しだけ褒めている。生きるということや母・家族の愛、人とつながることなどさまざまな側面を持った映画なので、見た人の心の琴線に触れるところがどこかにあると思う。それが、社会を豊かにすることにつながってほしい」と願う。

 エンドロールに生命のメッセージ展のメッセンジャー百二十一人の名前を入れた塩屋監督は「ゼロからの風を大きく育てて、全国に広めたい」とし、映画上映を新たなゼロからのスタートに位置付けた。

 映画上映による純益金は「生命のメッセージ展」の運営に寄付される。上映スケジュールなど詳しくは、「0からの風」公式ウェブサイト(http://www.zero-karano-kaze.com/)で紹介されている。

生命のメッセージ展 11月 近江八幡市で開催
 鈴木さんが発案した「生命のメッセージ展」が、十一月十六〜十八日に近江八幡市にある県立男女共同参画センターで開かれる。テーマは「今そして未来を生きる」で、命を尊ぶ心を取り戻す機会を提供する。

 今回、交通事故で長男を亡くした竜王町橋本の田中博司・とし子さん夫妻の呼び掛けで集まった旧友や被害者遺族ら約二十人が、今年四月に立ち上げた“生命のメッセージ展in滋賀二〇〇七実行委員会”が運営を担う。

 現在、半年後の開催に向けて会議を重ねており、会場借用費やメッセンジャーのパネル運搬費、チラシ印刷代など必要経費ねん出のため、約五十万円を目標に活動趣旨に賛同する企業・団体・個人からの寄付金を募っている。また、ボランティアスタッフも同時に募集している。
 詳しくは、同実行委員会事務局・田中さん(58―0373)へ。


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