映画の感想 社会派・文芸作品編


「太陽の帝国」
(1987アメリカ、スティーブン・スピルバーグ監督)


『ヴァーミリオン・サンズ』などの作品で知られるイギリスのSF作家、J・G・バラードの自伝的小説をスピルバーグが映像化した作品。
どちらかというと文芸映画の趣が強いので、こちらに分類することに。

時は20世紀前半。
主人公は上海租界に住むイギリス人少年で、飛行中の零戦を見ただけで三菱製か中島製かを見分けられるほどの飛行機マニア。
使用人付きの豪華な邸宅で何一つ不自由の無い生活を送っていたその少年が、日本の第二次大戦参戦によって家族と離ればなれになり、他の上海在住欧米人と共 に日本軍の収容所へ入れられ、辛苦に満ちた生活を余儀なくされることとなるのであった。

この作品、実は管理人もつい最近まで知らなかったのであるが、主人公の少年を演じているのは新生バットマン三部作で主演をつとめたクリスチャン・ベールなのである。
自分が20年以上前に見た当時の記憶を掘り返しても、ブルース・ウェインにあの少年の面影は全くと言ってよい程残っていないのであるが・・・。 

ま あそれはともかくとして、主人公の少年はそれからずっと日本降伏の日まで収容所生活を続ける訳だが、この映画に登場する日本の軍人は、軍刀の柄に手を掛け て「貴様!」と怒鳴るようなステレオタイプの描写がなされており、対照的に日本軍パイロット達は「素直で純朴な好青年たち」として描かれている(ガッツ石 松や伊武雅刀が軍人役で出演)。

終盤、夕陽を背景に零戦が特攻機として出撃していくのを主人公が讃美歌を歌って見送る場面が、この作品のクライマックスであろう。何とも言えない趣があっ てなかなか良い場面なのだが、その零戦が離陸直後いきなりP-51に撃墜されて爆発するという実に衝撃的な展開となる(その後に続けて展開される同機の飛 行場襲撃シーンは、全般的に地味で静かな場面が殆どのこの作品の中では場違いとも言える大迫力である)。

このP-51は当然本物で、「プライベート・ライアン」でも大活躍していたところを見ると、スピルバーグはこれが大のお気に入りのようだ。でも、日本人としての視点で見ると、やっぱりこの場面にこのタイミングで登場するのは「無粋な闖入者」としか思えないのだが。(平成24年11月21日)


「優駿」
(1988日本、杉田成道監督)


宮本輝の同名小説を映画化した作品。
この小説は、自分も学生時代に読んで大いに心を打たれた。
オラシオンという一頭のサラブレッドと、その周囲を取り巻く人々が織りなす人間ドラマを描いた不朽の名作である。
未読の方は是非読んでみて欲しい。

さて、これはその映画版として製作されたものであるが、オリジナル要素等は特になく、設定は基本的に原作に忠実となっている(端折っている箇所は非常に多いが)。

主演は、オラシオンの馬主の娘・和具久美子役の斉藤由貴。彼女に憧れる牧場の息子・渡海博正役に緒方直人。

和具の秘書である多田や、オラシオンの主戦騎手・奈良のエピソードは完全にカットされ(両方とも自分は好きだっただけに残念)、和具の私生児である実の闘病と臓器移植の話に多くが費やされている。

ラストにしてクライマックスである日本ダービーの場面。
ここでは実際にダービーを6馬身差で圧勝したメリーナイスをモデルに撮影しているのだが(根本騎手も出演)、なんというか、ただ単に最後の直線を独走するオラシオン=メリーナイスをアップに写しているだけで、はっきりいって臨場感に乏しい。

こ れはこの作品全般に言える事なのだが、北海道の原野や、牧場、トレセンでのサラブレッドを写した場面は映像として綺麗で、「サラブレッドの美しさ」を見事 に表現していると思う。しかし、取って付けたようなレースシーンはいかにも「VTRを編集して即席でそれっぽく作りました」という感じで、その駄目っぷり との落差が激しいのだ。
「人間ドラマに重きを置いて、レース場面は軽く流す」というスタイルは原作がそういう構図だったので仕方がないとしても、必要最低限の描写まで端折ってしまうと、そもそも何の話なのか分からなくなってしまう。

例 えば、劇中でオラシオンが皐月賞やNHK杯に出走する描写は皆無。皐月賞1着後、東京コースを経験させる為に強行ローテーションでNHK杯を使った事が、 本番での苦戦に繋がる、という原作の流れは完全に飛ばされており、従ってラストの斜行による審議のシーンも唐突で浮きあがっている。審議になりました→審 議の結果失格には至らず、オラシオン優勝で万々歳・・・って、なんじゃそれは?原作のラストはそうではないだろうに・・・。


「沈まぬ太陽」
(2009日本、若松節朗監督)

日本航空がモデルの「国民航空」を舞台にした、山崎豊子の同名社会派小説の映画化作品。
3時間以上の長編である。日本アカデミー賞最優秀賞受賞と世評も高かった。
・・・それにケチを付ける訳ではないのだが、正直自分にはそこまでの作品とは思えない。

冒 頭で、経営陣を相手にした労組交渉の場で、賞与4.何ヶ月分を声高に要求する渡辺謙演じる主人公・恩地。組合委員長として経営陣を敵に回した事を恨まれ て、本来出世コースを歩む筈であった恩地は途上国勤務を転々とさせられ、日航のその体質がやがて御巣鷹山123便墜落事件に繋がっていく・・・という筋書 きとなっている。
が、そもそも、例え当時が高度経済成長期だったとはいえ、賞与4.何ヶ月分がどうのこうのという要求は、少し前の日航経営破綻時に問題となった社員の高給 体質の一角ではあるれども、その要求が通らなければ乗員の士気低下に繋がって安全運航に支障を来す、いう物ではないだろう。

ま た、日航の体質の問題と123便墜落事件との関連性についても、(ここが原作の一番大事な箇所だと思うのだが)殆ど触れられていない為、脚本がテーマを見 失っているように感じられる。遺族の悲哀を延々と描写するのは良いが、単なるお涙頂戴物に終始してしまっては駄目だろう。(もっとも、自分に言わせれば、 日航の社内体質の問題と123便墜落事件とは本来全く別次元の話である)。 

自分が一番疑問に思ったのは、ストーリー があまりにも勧善懲悪すぎて幼稚に思えてしまうところ。主人公・恩地(と彼の周囲の理解者)だけが正しくて御巣鷹山被害者遺族達からも受け入れられ、彼に 敵対する側の人間は皆腹黒くて腐敗した存在として描かれる。これではもはや社会派作品というよりはTVの60分時代劇の世界である。
自分は原作小説は未読につき、どれだ原作を忠実に再現しているのかは知らないが、原作通りにせよ、映画独自の脚色にせよ、その辺りはもう少しどうにかならなかったのか、というのが正直な感想であった。


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