本の感想 その他の小説
(ミステリ・ファンタジー・一般文芸等)


煌夜祭
多崎礼著・C・NOVELSファンタジア(ノベルス)
2006年7月25日初版 定価900円+税


十八諸島の世界を巡り、世界各地で話を集め、他の土地へと伝え歩 く。それが我ら語り部の生業。冬至の夜、我らは島主の館に集い、夜を通じて話をする。それが煌夜祭―年に一度の語り部の祭。お話ししよう。夜空を焦がす煌 夜祭の炎壇でも照らすことの出来ない、真の闇に隠された恐ろしい魔物の物語を…廃墟となった島主の館で、今年もまた二人だけの煌夜祭が始まった―!第2回 C・NOVELS大賞受賞作(背表紙より)。

タイトルは「こうやさい」と読む。
ファンタジー小説なんぞ10年以上ご無沙汰だった自分が、書店を徘徊していてふと手にした1冊。そういえば昔何かのランキングで上位に入っていたのを目に した事があるし、ちょうどエコポイントと引き換えに貰った図書カードもあるので、ということで買ってみた。

1年に1度行われる「煌夜祭」の夜、2人の仮面を付けた語り部が無人の領主の館で邂逅し、焚火を挟んでお互いの「持ち話」を語り合う、というアラビアンナイトのような構成の短編集。
何の関連性も無いように見えるそれぞれの短編が、張られた伏線の一つ一つとして次第に絡み合っていき、同時に仮面で顔を隠した2人の語り部の正体も徐々に明らかになっていく――こんな感じの内容である。

2人の語り部の正体というのは、まぁ途中まで読めばなんとなく予想は付くし、別にミステリー小説ではないので、その辺の叙述トリックやら何やらにこだわってはいけない。
(でも、○○○○が実は○だったというのは予想外だったけど)。
作者はこれがデビュー作ということであるが、文章も手慣れていて読み易く、「手軽に読めて、そして面白い」というノベルスの見本のような作品だった。


四畳半神話大系
森見登美彦著・角川文庫
平成20年3月25日初版 定価667円+税


私は冴えない大学3回生。バラ色のキャンパスライフを想像してい たのに、現実はほど遠い。悪友の小津には振り回され、謎の自由人・樋口師匠には無理な要求をされ、孤高の乙女・明石さんとは、なかなかお近づきになれな い。いっそのこと、ぴかぴかの1回生に戻って大学生活をやり直したい!さ迷い込んだ4つの並行世界で繰り広げられる、滅法おかしくて、ちょっぴりほろ苦い 青春ストーリー(背表紙より)。

京都の四畳半一間で下宿生活を送る大学生の日常をコミカルに?描いた作品。とはいえ、凡百の青春小説の類とは趣を異にしており、「主人公が新入生の時にどのサークルに入る事を選択したか」によって、並列世界的に4つの章が独立した構成となっている。

もっとも、主人公の周囲を巡る登場人物は4つの章共に共通しており、主人公の身の回りで起こる事象も同じ時系列に沿って展開されていく。
若干ネタバレ気味に書くと、結局どの選択肢を選んでも、主人公の憧れる「薔薇色のキャンパスライフ」とは程遠い、四畳半下宿先での平凡な日常が倦むことな く繰り返されるだけなのだが、この辺は何か妙にリアルで面白かった(この種の大学幻想というのは、言うなれば砂漠の蜃気楼のようなもので、受験生〜新入生 の時期をある程度過ぎれば、大半の学生はそんなものは空想の産物に過ぎなかった事に気付くと思うのだが・・・)。

この作品のオリジナリティというのは、主人公の一人称で書かれたシニカルかつ硬派な文体なのだと思う。ストーリー的には「孤独な大学生の平凡な日常の中で起きるちょっとした騒動」に過ぎず、並行世界をテーマにしたSF的なガジェットも、別段真新しいものではない。
要は、二十歳そこそこの若者の心中を古風な言い回しの独白形式で書いているところが、妙に不似合いで面白く感じられるのだろう。
京都で学生生活を送っている&送った経験のある方が読めば、なお一層面白く読めると思う(しかし、三条大橋のたもとにある「たわし店」というのは、まだあるのだろうか?)


ダークゾーン
貴志祐介著・祥伝社
平成23年2月20日初版 定価1.800円+税


“軍艦島”を舞台に描く、悪夢の世界!
情報科学部学生で日本将棋連盟奨励会に属するプロ棋士の卵である塚田は闇の中で覚醒した。十七人の仲間とともに。場所も状況もわからぬうちに始まった闘 い。人間が異形と化した駒、“敵駒として生き返る戦士”などの奇妙な戦術条件、昇格による強力化――闇の中、廃墟の島で続く、七番勝負と思われる戦いは将 棋にも似ていた(Amazon紹介文より)。

「軍艦島を舞台にした(怪物化した駒を使っての)人間将棋」とでも言うべき、一種のゲーム小説。
紹介文にもあるように、状況が分からないままに主人公は「王将(キング)」として駒を動かす立場に置かれ、敵将(同じ奨励会の棋士)との七番勝負を戦う事を余儀なくされる。
この不条理な「ダークゾーン」の正体が何なのかについては、結局ラストにならないと分からない。とは言え、断章として主人公達の現実世界でのストーリーが合間に挿入される構成となっており、何となく予測は付くのであるが。

このダークゾーンでのゲームについてなのであるが、基本的には将棋をベースにしているものの、「経験値を積んだ駒は上位の怪物に昇格する」等、『マスター・オブ・モンスターズ』ライクなところもあってなかなか面白い。
主人公は棋士という設定で、また作者の貴志祐介氏も随分と将棋が好きらしく、専門用語も頻出し、将棋的な思考によって対戦が進んでいく。

ただ、これをシミュレーションゲームとして見た場合、私見を述べるなら、
「1体の天敵以外には絶対に倒されない鬼土偶(ゴーレム)―青銅人(ターロス)の存在は、ゲームバランスを崩壊させているのでは(天敵が何かの拍子に取られると、基本投了となる訳だし)」
「昇格した駒があまりにも強くなりすぎる」
という辺りはどうかと思う。
また、七番勝負なので似たような展開が続き読んでいるうちに少々ダレてくるのと、開始当初は互いの知恵を駆使した頭脳戦だったのが、終盤にはたいてい滅茶 苦茶な殴り合いと化してしまう展開が多いのも少々残念に思えた(シミュレーションゲームとして見ればある意味現実的なのだろうが、将棋として見た場合、プ ロ棋士というのは最後まで理詰めでスマートに勝利するものだと思うので)。

という訳で、決して面白くない訳ではないのだが、好きな貴志祐介氏の作品という事で期待して買った割には少々期待外れだったかな、というのが正直な感想である。(平成23年3月3日)


新世界より
貴志祐介著・講談社ノベルス
2009年8月6日初版 定価1.995円


1000年後の日本。「呪力」こと、念動力を手に入れた人類は、「悪鬼」と「業魔」という忌まわしい伝説に怯えつつも、平和な社会を築いていた。しかし、学校の徹底した管理下にあった子供たちが、禁を犯したため、突然の悪夢が襲いかかる!
崩れ去る見せかけの平和。異形のアーカイブが語る、人類の血塗られた歴史の真実とは!?(背表紙より)

ノベルスで950ページという長編。枕に出来る位のその厚さは、同じ講談社ノベルスからかつて出版されていた京極夏彦の一連のシリーズを想起させる。
しかし、京極作品が「どうでも良い事をダラダラと書き連ねる」描写が多くて辟易させられるのに対し、こちらは書くべき事を書いていくと必然的にこれだけの
厚さになったという感じであり、ストーリー展開も早く、一気に読むことができた。

紹 介文にもあるように、1.000年後の日本が舞台であるのだが、そこで描写されるのはどこか牧歌的で原初的な「日本の田舎」といった光景なのである(例え ば、魔除けの注連縄が張られていたりする)。主人公達が学校で学ぶ「呪力」というのも、「真言を唱えてその法力を実体化する」といったいささか漫画的な物 で(孔雀王か?)、学校の日常風景もさながら「日本版ハリーポッター」の世界である。

こう書くとなんだかチープな作品 のようであるが、さにあらず。この世界の隠された秘密と、その謎に迫っていく主人公達、そして緻密な世界設定(及び登場する奇怪な生物達)と後半から急加 速するストーリー展開の巧さはこの作者ならではであり、エンターテインメントとしては最高の出来である。
そして、ラストで明かされる驚愕の真実・・・というのは少し大袈裟だけど、読んだ時には確かに衝撃的であった。いずれにせよ、活字好きであれば誰にでも読めて誰にでも楽しめる、という万人向けの名作小説であろう。


硝子のハンマー
貴志祐介著・角川文庫
平成19年10月25日初版 定価743円+税


上記の『新世界より』とほぼ同時期に読了した、貴志祐介氏の作品。
こちらは割と正統派?のミステリー小説となっている。

セキュリティによって厳重に警備されたビルの一室で起きた殺人事件を巡る密室殺人物。
前半は探偵と助手役の推理パート、後半は犯人の視点で描かれるパートという構成になっており、後半部分は同じ作者の『青の時代』っぽい作りとなっている。

面 白くない事はなかったのであるが、ミステリー小説としては、これは正直どうなのかなぁ、と思ってしまう。というのも、赤外線センサーをすり抜ける侵入方法 や、実際の殺害方法があまりにもテクニカルすぎて、タネ明かしが終わった後も「ふ〜ん、そうなの」という感じなのである。ミステリー小説に必須(だと思 う)の、「成程、そうだったのか」という意外性がないのだ。
むしろ自分には、後半パートの主人公の逃亡劇の話の方が印象深く読めた。

なお、この作品に登場する「弁護士・青砥純子と防犯コンサルタント・榎本径」のコンビが活躍するシリーズは、本作の後にも刊行されているようで、いずれ機会があれば読んでみたいとは思っている。


奇偶
山口雅也著・講談社文庫(上・下)
2006年10月13日初版 定価各752円・571円+税



確率論や量子力学といったペダントリーを延々と散りばめたミステリー小説.(?)。
自分としては興味を引かれるテーマであり、この作者の作品はその昔に、『ミステリーズ』や『日本殺人事件』などをなかなか面白く読んだ記憶があるので(一 風変わったミステリー小説の書き手であると認知していた)、文庫化されたのを期に購入して読んでみた。

上下巻のかなりの長編なのであるが、まず上巻では話の本筋と関係があるのかないのか分からない「確率」に関する衒学的な会話が延々と繰り広げられる。
事件が起きるのは下巻に入ってからで、そこからは一種のメタ小説的な流れとなり、そして結末は・・・・う〜む、結局、最後の最後までそう持ってくるのか・・・。
自分はテーマに興味があったから読み始めて、その点では満足しているのだが、これははっきり言ってミステリーとしては読めないだろう・・・。

かつて読んだ山本弘氏のSF小説『神は沈黙せず』を想起してしまった(どちらもペダンティックな小説であり、あちらがSFとすれば、こちらはミステリー)のであるが、『神は〜』がメタ小説の形式を上手く使ってSFとしての完成度が高いのに比べ、こちらがミステリーとしてそうなのかと言うと・・・自分は甚だ疑問に思えてしまうのである。


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