本の感想 SF小説編
蒲生邸事件
宮部みゆき・文春文庫
2000年10月10日初版 定価895円+税
|
予備校受験のために上京した受験生・孝史は、二月二十六日未明、ホテル火災に見舞われた。間一髪で、時間旅行の能力を持つ男に救助されたが、そこはなんと昭和十一年。雪降りしきる帝都・東京では、いままさに二・二六事件が起きようとしていた―。(背表紙より)。
話の最初の方で殺人事件が起きるけれども、この作品はミステリーではなく、SFである。それで、「日本SF大賞受賞作品」との事なのだが、正直これはよく分からない。何故ならSFとしてはタイムトラベル物のありふれたネタの使い回しで、真新しさは特に何もないからだ。
とはいえ、キャラクターの造形やストーリー運びなどは非常によく出来ており、そういう意味で優れた小説であることは確かだと思う。
|
主人公の寄宿する蒲生邸の主の蒲生
陸軍大将(架空の人物)は皇道派の重鎮という設定で、皇道派と統制派の過去の因縁を巡る話と並行して、蒲生家の様々な家庭内問題が現在進行形が描かれてい
くのだが、特徴的なのは主人公は二・二六事件に関する知識を何も持っていない、ということ。よって、主人公は蒲生家の内部事情や使用人の若い女性には関心
を示しても、当時の歴史そのものには関心を示さないのである。
蒲生家の住人は、「我が侭な令嬢」「帝大出のインテリ長男」「財産目当ての胡散臭い部外者」とか、まるで横溝正史作品からそのまま持ってきたかのような時
代がかった配役で、かつラストのオチもありきたりと言えばありきたりだけど、こういったある意味パターン通りのストーリーでも、作者の手腕によって面白い
小説に仕立て上げることができるという見本のような作品なのかもしれない。
華竜の宮(上・下)
上田早夕里・ハヤカワ文庫
2012年11月10日初版 定価各740円+税
|
ホッ
トプルームによる海底隆起で多くの陸地が水没した25世紀。人類は未曾有の危機を辛くも乗り越えた。陸上民は僅かな土地と海上都市で高度な情報社会を維持
し、海上民は<魚舟>と呼ばれる生物船を駆り生活する。青澄誠司は日本の外交官として様々な組織と共存のため交渉を重ねてきたが、この星が近い将来再度も
たらす過酷な試練は、彼の理念とあらゆる生命の運命を根底から脅かす―(上巻背表紙より)。
陸地の大半が水没した未来社会を舞台にしたスケールの大きな作品である。
映画『ウォーターワールド』のビジュアル+ストーリーは眉村卓『司政官』風。自分はそういう印象を持った。
|
科学と想像力との融合という点では実に良く出来ていて、また主人公の外交官・青澄とそのアシスタント知性体・マキを始めとするキャラクターも皆立っているし、電脳関係の描写もなかなか面白く読めた。
逆に自分がどうかと思ったのは、「展開に起伏が少なくその反面枚数は多いのでいささか冗長に感じられる」のと、「主人公があまりにも理想主義すぎて青臭く思えてしまう」ところ。
もっとも、後者については「絶望的な状況の中でも希望を捨てずに生きる人々を描く」というのがこの作品の根底にあるテーマのようなので、そこにケチをつけるのは野暮かなという気もするが。
そういった人々の思惑を全て飲み込むかのような形で到来するラストは・・・自分的には結構気に入っているのだけれど、ちょっと賛否の分かれる所かも(平成25年2月24日読了)
ペンギン・ハイウェイ
森見登美彦・角川文庫
平成24年11月25日初版 定価629円+税
|
ぼ
くはまだ小学校の四年生だが、もう大人に負けないほどいろいろなことを知っている。毎日きちんとノートを取るし、たくさん本を読むからだ。ある日、ぼくが
住む郊外の街に、突然ペンギンたちが現れた。このおかしな事件に歯科医院のお姉さんの不思議な力が関わっていることを知ったぼくは、その謎を研究すること
にした―。少年が目にする世界は、毎日無限に広がっていく。第31回日本SF大賞受賞作(背表紙より)。
これは本に限らず他のメディアにも言えることだが、「視聴した時の環境」というのはその作品への印象に
影響を与えるものだと思う。定期試験の前夜に勉強を放り出して読んだ本は大したことのない内容であっても実に面白く感じられ、それが記憶に残っていたりす
るのはその一例だろう。
|
管理人はこの本を、パチンコ屋のグランドオープンの整理券取りで寒中3時間半並ぶ中読了した。
一体何が悲しくて、会員証の発行だけで3時間以上も並ばにゃならんのか。寒いし腰は痛いし、ノイズキャンセリングイヤホンでも完全に防げない程大声で莫迦騒ぎしている集団が後ろの方にいるし・・・てな環境下で読み終えたのであった。
そういった中での読書というのは周囲の喧騒を遮断したいという潜在意識が作用するのか、結構集中できて、かつ作品世界の中に素直に入り込む事ができるのである。
なので、主人公の少年の独白として描かれる切なくて余韻を残すラストシーンは年甲斐もなく感動してしまった(と同時に、「で、結局○○の正体は一体何だったの?」という煙に巻かれたようなすっきりしない感覚も残ったが)。
森見氏の作品にしては珍しい、「京都が舞台ではない」作品(郊外の新興住宅地が舞台である)。
「日本SF大賞受賞作」とのことで、こちらの「SF小説」に区分けしたのだが、自分としてはこれはSF的なガジェットを多用しているというだけで、本質的にはむしろSFというよりファンタジーなのではないかなあ、と思えた。ちょっと不思議で、心温まる良い話である。(平成24年12月15日読了)
機龍警察
月村了衛著・ハヤカワ文庫
2010年3月20日初版 定価720円+税
|
大
量破壊兵器の衰退に伴い台頭した近接戦闘兵器体系・機甲兵装。『龍機兵』と呼ばれる新型機を導入した警視庁特捜部は、その搭乗要員として姿俊之ら3人の傭
兵と契約した。閉鎖的な警察組織内に大きな軋轢をもたらした彼らは、密造機甲兵装による立て篭もり事件の現場で、SATと激しく対立する。だが、事件の背
後には想像を絶する巨大な闇が広がっていた…“至近未来”警察小説を描く実力派脚本家の小説デビュー作(背表紙より)。 警察+ロボット物というと真っ先に「機動警察パトレイバー」を連想するのだが、アクション面ではどちらかというと地味〜な作風でむしろ警察内部でのドラマに重きを置いた「パトレイバー」と違い、この作品に登場する「機甲兵装」は完全なる兵器として登場する。
バレットライフルを装備し、背負い式のウェポン・ラックに対戦車ミサイル・AGM-114L(ロングボウ・ヘルファイア)を装備した機体なども出てくるのだ。
イメージ的には「ガサラキ」に登場する小型人型兵器タクティカル・アーマーに近いのでは、と思えた。
|
というか、本書には挿絵やイラストが一切挿入されていないので、機甲兵装や龍機兵については終始曖昧模糊とした印象のまま実体が掴めないのである。
読者のイメージを優先させる為にわざとこういう作りにしているのかもしれないが、自分には「せめてイラスト1枚だけでもあれば随分違っていたのになぁ」と残念に思えてならなかった。
作者の月村氏は元々TVアニメの脚本を仕事にしていた人のようで、言われてみると確かに短い文章から成る「絵」的な場面が多いように思うが、警察内の組織対立や過去の回想シーンを織り交ぜながらテンポよく進むストーリーは手慣れた感じである。
ステレオタイプなキャラクター設定が多いのは御愛嬌といったところか。
続編も刊行されているようで、いずれ読んでみたいと思う。(平成24年10月3日読了)
ハイペリオン(上・下)
ダン・シモンズ著・ハヤカワ文庫
2000年11月30日初版 定価940円+税
|
28世紀、宇宙に進出した人類を統べる連邦政府を震撼させる事態が発生した!時を超越する殺戮者シュライクを封じこめた謎の遺跡―古来より辺境の惑星ハイペリオンに存在し、人々の畏怖と信仰を集める“時間の墓標”が開きはじめたというのだ。
時を同じくして、宇宙の蛮族アウスターがハイペリオンへ大挙侵攻を開始。連邦は敵よりも早く“時間の墓標”の謎を解明すべく、七人の男女をハイペリオンへと送りだしたが…(背表紙より)。
←生頼範義氏の手になるカバーイラスト。
それぞれの巻に登場する主役キャラが描かれ、上下巻を合体させると怪物シュライクが中央に浮かび上がるというなかなか凝ったデザイン。
|
1994年にハードカバーの翻訳版が出版され、傑作と名高かった本作。
「いつか読みたい」と横目で眺めながらその分厚さに恐れをなして手が出なかったのであるが、この度遂に意を決して読んでみた・・・・結果、上下巻読了するまで1年以上かかってしまったのであった(笑)。
管理人は寡聞にして知らなかったのであるが、19世紀イギリスにジョン・キーツという早逝の詩人がおり、彼の手になる『ハイペリオン』なる作品があって、本作はそれを元にして書かれたものらしい。
7人(より正確には6人)の巡礼者が、自分の物語を順に語り、それが相互に絡み合いつつ次第に全体が明らかになっていくという構成である。
それぞれの物語はアラビアンナイト的でバラエティに富んでいるのであるが、自分は最初に語られる「司祭の物語」が一番面白く読めた(背徳的かつ救いようのないところが琴線に触れました)。
良くも悪くも「重厚な」内容で、決して読み易くはないけれど、ストーリーテリングの巧さという点では抜群で、読み終えた後は満足感があった。
・・・・のであるが、ストーリーは、6人の話が前座として終ってさてこれから、というところで終了する。というのは、続編の『ハイペリオンの没落(上・下)』とワンセットになっており、これだけでは前半部分にすぎないからである。
うう・・・それは最初に教えて欲しかった。これを読んだ以上は『〜没落』を読まない訳にはいくまいが、さていつの事になるやら。(平成24年9月4日読了)
水の中、光の底
平田真夫著・東京創元社
2011年3月25日初版 定価1.500円+税
|
赴
任した先の地方の町の高校には、校庭の中央に路面電車の終着駅があり…酒場にボートを貸してもらいワイン片手に海へ出ると、月を隠した夜空の雲が凝集して
小爆発を繰り返し…酒場の地下深く、小さな部屋に穿たれた四角い水面。それが、そこにしかないという「海」であり…全面ガラス張りのカフェでは、大雨に水
没して帰れなくなった男女が時間をつぶし…少しずつ重なり合った十の物語世界を、一人の酒場の主人がつなぐ。ノスタルジックな、日常のSF幻想
(Amazon紹介文より)。 80代の一時期にブームとなった「ゲームブック」。
今でも根強いファンは多く(管理人もその一人である))、復刻や新刊の発売なども細々と行われているのであるが、そんなゲームブックの名作の一つに森山安雄氏の『展覧会の絵』という作品があった(創土社から復刻再販されている)。
記憶を失った主人公の吟遊詩人が、ムソルグスキーの『展覧会の絵』をモチーフにした異世界を旅していくという、当時主流であった「剣と魔法のファンタジー」とは異なる、どこか不思議で抒情的な作品であった。
|
|
|
9編+終章の全10編からなる短編集。
酒場とその主人は共通して登場するものの、舞台設定等はぞれぞれ異なっており(一部共通している話もあるが)、言うなれば日常から少し離れた、幻想的な
ショートストーリー集である。「SF」と銘打たれているものの、これを”サイエンス”フィクションに分類するのはややアバウトに過ぎるかもしれない。
どの話も起伏は少なく、特段何か事件が起こる訳でもなく、終始淡々と描かれて静かに幕を閉じる。この一種独特の、幻想的で居心地の良い読後感は、ああ、言
われてみると確かに25年前に学習机やベッドの上で『展覧会の絵』の世界を旅していた頃と似ているなぁと感じ、実に感慨深かったのであった。
小説の方はこれ一作で終わることのないよう、次の作品を期待している。(平成24年6月29日読了)
戻る
|