本の感想
ホラー小説編
きつねのはなし
森見 登美彦著・新潮文庫
平成21年7月1日初版 定価500円
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4つの短編から構成される、京都の街を舞台にした怪異譚。
いずれも大学生を主人公にした話なのであるが、同じ作者の『四畳半神話体系』のような軽いタッチのおちゃらけた文体ではなく、落ち着いた文体で書かれてお
り、主人公達もひねくれてはおらず、皆没個性的という位真面目な性格に描写されている。日常から少し脇道に逸れた処にある、古都の闇とでもいうべきものが共通のテーマ。
4つの短編はそれぞれ別の話なのであるが、いくつかの箇所で微妙にリンケージしており、特に表題作「きつねのはなし」に登場するナツメさんという女性が、他の2編では・・・という感じで描写されるのが何とも摩訶不思議で面白かった。
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とはいえ、結局どの話も種明かしやオチのような物は語られる事はなく、謎は謎のままで終わる。
まさしく「狐につままれたような」読後感なのである。
自分としては、「きつねのはなし」と「果実の中の龍」の結末はそれなりに良かったと思うのだが、「魔」と「水神」は消化不良というか、結局なんかよう分らんまま終わったな、という感じであった。(平成24年2月3日読了)
夜市
恒川 光太郎著・角川ホラー文庫
平成20年5月25日初版 定価514円+税
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妖怪たちが様々な品物を売る不思議な市場「夜市」。ここでは望む
ものが何でも手に入る。小学生の時に夜市に迷い込んだ裕司は、自分の弟と引き換えに「野球の才能」を買った。野球部のヒーローとして成長した裕司だった
が、弟を売ったことに罪悪感を抱き続けてきた。そして今夜、弟を買い戻すため、裕司は再び夜市を訪れた――(背表紙より)。 表題作の『夜市』は、日本ホラー小説大賞受賞作。書き下ろしの短編『風の古道』が合わせて収録されている。
ホラーと銘打ってはいるが、両作品ともむしろファンタジー(=本来の意味での「幻想小説」)なのではないかと思う。
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『夜
市』は、夏祭りを訪れた兄弟がふとしたきっかけで、この世の物ではない世界に足を踏み入れてしまう、という和風怪異譚。どこか懐かしくて、切なさを感じさ
せる、幻想的な雰囲気の漂う作品で、同時にちょっとした「仕掛け」もあって後半から展開が変わるところは巧いと思った。
『風の古道』。
こちらは、我々の住む世界と並行して存在する「古道」を舞台にした、柳田国男風の異界譚とでも言うべき作品。
どちらも平易な文体で書かれており、読みやすい半面、文章や表現にそれ程の深みは無い。でも、表現や台詞の一つ一つに抒情詩的な味わいがあって何故か引き込まれてしまう。
こういう世界観や雰囲気はこの作者独特の物であり、新鮮に感じられた。機会があれば他の作品も読んでみることにしよう。(平成23年10月3日読了)
秋の牢獄
恒川
光太郎著・角川ホラー文庫
平成22年9月25日初版 定価514円+税
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十一月七日水曜日。女子大生の藍は秋のその一日を何度も繰り返している。何をしても、どこに行っても、朝になれば全てがリセットされ、再び十一月七日が始まる。
悪夢のような日々の中、藍は自分と同じ「リプレイヤー」の隆一に出会うが…。世界は確実に変質した。この繰り返しに終わりは来るのか。表題作他二編を収録。
名作『夜市』の著者が新たに紡ぐ、圧倒的に美しく切なく恐ろしい物語(背表紙より)。
上で取り上げた『夜市』が実に面白かったので、手頃に読めそうな短編集のこちらも買ってみた。
「秋の牢獄」「神家没落」「幻は夜に成長する」の三作品が収録されていて、いずれも読みやすく、内容の方も期待を裏切らない出来だった。
「平易な文章で、日常から少し脇に逸れた幻想的な世界を描く」というのは恒川作品の特色であり、読者は作品世界の中へ自然と誘われる。 |
表
題作の「秋の牢獄」は、作中でも取り上げられているケン・グリムウッドの名作SF『リプレイ』のオマージュ的な内容ではあるのだが、繰り返すのが「1日だ
け」というところがポイント。よって、『リプレイ』のように、株やギャンブルで大儲けして大富豪になる事はできないのである(笑)。
また、ただ毎日を繰り返すだけではなく、リプレイヤー達に恐れられる「北風伯爵」なる不気味な存在がアクセントとなっているところがよく出来ていると思う。
自分的には、自ら外に出る事の出来ない「家」に閉じ込められた男を主人公にした「神家没落」が三編の中では一番面白く読めた(あの「家」の中で生涯隠者として暮らすのもある意味悪くはないかもなどと思ってしまったが・・・いや、やっぱり暇すぎて飽きる可能性大)。(平成25年5月14日読了)
粘膜人間
飴村 行著・角川ホラー文庫
平成20年10月25日初版 定価514円+税
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「弟を殺そう」―身長195p、体重105sという異形な巨体を
持つ小学生の雷太。その暴力に脅える長兄の利一と次兄の祐太は、弟の殺害を計画した。だが圧倒的な体力差に為すすべもない二人は、父親までも蹂躙されるに
いたり、村のはずれに棲むある男たちに依頼することにした。グロテスクな容貌を持つ彼らは何者なのか?そして待ち受ける凄絶な運命とは…。第15回日本ホ
ラー小説大賞長編賞を受賞した衝撃の問題作(背表紙より)。 「エロ・グロ・ナンセンス」という言葉は、今となってはもう死語だろうか。
しかし、この作品はまさにその言葉を地で行く内容なのである。
上記の紹介文に出てくる「ある男たち」というのは「河童」なのだ。憲兵や徴兵制度が存在する戦前戦中の日本風の社会(*)で、河童と人間が同居する世界。
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こ
の小説、受け付けない人は最初の10ページ位で放り出すのではないだろうか。だって、河童への依頼の仕方を教えてもらう為、村外れに住む脱走兵?の「ベカ
やん」を訪ねた中学生の兄弟に対し、ベカやんは教える代わりに「しこってくれ」といって(ストレート過ぎだろ・・・)、自分の陰茎への自慰を要求するので
ある。まあ、こんな感じの下ネタ描写は他にも山程出てくる。
そして、第弐章でしつこいくらいに描写される、同級生の少女への拷問シーン。
巻末に掲載されている、ホラー小説大賞選考委員の林真理子氏の選評には
「まるで悪夢のような拷問シーンが実に不愉快で、作者はかなり危険なところに近づいている気がする。パソコンを打ちながら、このシーンに酔っているのではないか。といっても、ストーリーづくりのうまさ、文章力は認めざるを得ない」
と書かれているが、確かに自分もこの場面を読んだ時は「この作者、大丈夫か?」と思った(笑)。
作者の飴村氏というのは一体どんな人物だろう、と思ってネットで調べてみると、見かけはごく普通の真面目そうな人で、歯科大を中退した後、アパートで一人暮しをしながら工場での単純労働に明け暮れる底辺生活を転々として色々苦労された人らしい。
そ
れはともかく、重要なのは林真理子氏の書評の後半部分であり、この作者の文章は別段技巧を凝らした物でも何でもないのだが、簡にして要を得た実に読み易い
文章で、ストーリー構成も抜群に上手くて、いったん読み始めると作品世界に引き込まれてしまい、ページをめくる手が止まらなくなってしまう(本好きであり
ながら遅読なのが悩みの自分でも、この本は3日程で読了した)。
何か高尚なテーマがあるわけでもないし、読み終えた後
で色々と考えさせられる訳でもない。ただ単に「娯楽作品として、面白く読める」――そういう意味では最高のエンターテインメント作品であろう。続編の『粘
膜蜥蜴』『粘膜兄弟』というのも刊行されているらしく、そちらも読んでみたいと思った。(平成23年7月24日読了)
*解
説の池上冬樹氏は、はっきり「戦前の日本がモデル」と書いているが、自分には必ずしもそうではないのでは?と思える箇所がある。例えば、ベカやんが持つ銃
は、「五二式自動小銃」で、これは三十年前の旧式銃という設定である。しかし、戦前戦中の日本では自動小銃は極めて部分的にしか実用化されておらず、当然
の事ながら「三十年前」などにはどこの国でも実用化されていない(もっとも、第参章でベカやんが銃の撃ち方を説明する場面を読んでいると、これは「自動小
銃」ではなく「ボルトアクションライフル」なのではないか?とも思えるが・・・)。
この「五二式」が仮に皇紀年号だとすると、1992年。これが三十年前だとすると、つまりは近未来の日本が舞台であるという解釈も可能である、というのは穿ち過ぎだろうか?
粘膜蜥蜴
飴村 行著・角川ホラー文庫
平成21年8月25日初版 定価667円+税
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国民学校初等科に通う堀川真樹夫と中沢大吉は、ある時同級生の月ノ森雪麻呂から自宅に招待された。父は町で唯一の病院、月ノ森総合病院の院長であり、権勢を誇る月ノ森家に、2人は畏怖を抱いていた。〈ヘルビノ〉と呼ばれる頭部が蜥蜴の爬虫人に出迎えられた2人は、自宅に併設された病院地下の死体安置所に連れて行かれた。だがそこでは、権力を笠に着た雪麻呂の傍若無人な振る舞いと、凄惨な事件が待ち受けていた…(背表紙より)。 前作『粘膜人間』が面白かったので、続編のこちらも読んでみた。
まず、前作の感想の最後に書いた「近未来の日本なのでは?」という自分の推測についてであるが、本書の解説によると「元原稿の際には並行世界の未来日本の話」だったそうな。
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しかしその後改稿されて戦前日本の設定になったとの事で、本書はより明確に大東亜戦争開戦前の日本が舞台となっている(もっとも、「ジャイロ」と呼ばれる回転翼機が既に実用化されていたりと、並行世界的な設定は散見されるが)。
日本が、ドイツによるフランス本国の降伏に付け入る形で進駐した東南アジアのナムール国――これは明らかにベトナムをモデルにしているのだが、ここに生息する蜥蜴人間「ヘルビノ」が今作の影の主役である。
前
作のスプラッタ描写はやや控えめとなり、今作は主人公・雪麻呂の失踪した母親を巡るミステリー的要素に加え、湿地帯の巨大肉食ミミズなどが登場するナムー
ル国における秘境冒険譚的な展開も加わって、相変わらず凄いスピードで物語が進行していき、ラストまで失速せずに面白く読み終える事が出来た。
ホントにこの作者の「読み易くて面白い小説」を書く才能は一級品だなと改めて感じた次第である。
最後に一つ。
ラストの真相は結構意表を突かれたのだが、そうであるなら読んでいて思わず笑ってしまった「フレフレぼっちゃん〜」の応援歌の場面は一体どう解釈すればいいのだろうか(^^;。
(平成24年10月17日読了)
粘膜兄弟
飴村
行著・角川ホラー文庫
平成22年5月25日初版 定価743円+税
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ある地方の町外れに住む双子の兄弟、須川磨太吉と矢太吉。戦時下の不穏な空気
が漂う中、二人は自力で生計を立てていた。二人には同じ好きな女がいた。駅前のカフェーで働くゆず子である。美人で愛嬌があり、言い寄る男も多かった。二
人もふられ続けだったが、ある日、なぜかゆず子は食事を申し出てきた。二人は狂喜してそれを受け入れた。だが、この出来事は凄惨な運命の幕開けだった…
(背表紙より)。
「粘膜」シリーズ第3作。
前2作と直接の繋がりはないけれど、設定は共通しており、一部巻を跨いで登場するキャラ(?)もいる。相変わらず読み易くて面白いのだけど、今回のこれは500ページ弱の厚さとなっている事もあり、特に中盤の戦地での描写の辺りはちょっと冗長かな、と感じた。 |
拷問シーンなどは相変わらず読んでいて痛々しいし、豚と交わるのが好きな飼育係の老人「ヘモやん」の個性が強烈だったりするが、まあそういう所がこの作者の持ち味なのだと思うし、グロテスクな描写自体は巻を重ねるごとに控えめになっている感じではある。
ただ、ラストのオチはちょっと呆気なかったかな・・・。
全体を通した感想として、「悪くはないんだけど、前作・前々作を超える程ではないなぁ」といったところである。(平成25年7月2日読了)
粘膜戦士
飴村
行著・角川ホラー文庫
平成24年2月25日初版 定価590円+税
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占領下の東南
アジアの小国ナムールで、大佐から究極の命令を下された軍曹。抗日ゲリラ、ルミン・シルタと交戦中、重傷を負い人体改造された帰還兵。複雑な家庭事情を抱
え想像を絶する悲劇に見舞われる爬虫人好きの無垢な少年。陸軍省の機密書類を盗み出そうとして捕らわれた2人の抗日分子。そして安住の地を求めて山奥に辿
り着いた脱走兵…。戦時下で起こる不可思議な事件。目眩く謎と恐怖が迫る、奇跡のミステリ・ホラー!(背表紙より)。
「粘膜」シリーズ第4作にして、初の短編集。
『粘膜人間』の”ベカやん”を主人公にした2編や、『粘膜兄弟』の”ヘモやん”が謎めいた役どころで登場する短編などが収められており、お馴染みのナムー
ルの蜥蜴人間も登場し、バラエティに富んでいて面白い。逆に言うと、シリーズを全て読んでいないと楽しめないのでは?と感じた。 |
自分が一番気に入ったのは、表紙イラストにもなっている負傷兵を人体改造した「機動斥候兵」が家族の元へ帰郷する「肉弾」。救いようのないストーリーがいかにもこの作者らしいというか何というか・・・。(平成25年8月24日読了)
屍鬼
小野不由美著・新潮文庫(全5巻)
平成14年2月1日初版 定価743円+税(1巻)
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人口わずか千三百、三方を尾根に囲まれ、未だ古い因習と同衾する
外場村。猛暑に襲われた夏、悲劇は唐突に幕を開けた。山深い集落で発見された三体の腐乱死体。周りには無数の肉片が、まるで獣が蹂躪したかのように散乱し
ていた―。闇夜をついて越して来た謎の家族は、連続する不審死とどう関わっているのか。殺人か、未知の疫病か、それとも…。超弩級の恐怖が夜の
帳を侵食し始めた(背表紙より)。ハードカバーで発売された時から随分と話題になり、自分もいつかは読んでみたいと思いつつ、そのあまりの分厚さに恐れをなして敬遠していた作品。その後5冊に分けて文庫化され、持ち運びも便利になったので、小旅行の供にと思って第1巻目を購入。
紹介文の通り、閉鎖的な集落の中で展開される和製吸血鬼もの。作者はスティーヴン・キングの『呪われた町』をかなり意識して書いたらしい。
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第1
巻目を読んだ感想。ひたすら長くて、そしてかったるい・・。色んな人間が登場し、それぞれの生い立ちから現在の状況までが詳細に描かれるので、そもそも誰
が誰なのか区別がつかずに混乱する場面も度々。序盤〜中盤にかけては、村で不審死が起き始め、それが徐々に拡大して、やがてはもうどうしようもない位に村
人が死んでいく状況となる。
この辺りは、読んでいて本当に救いようがない。誰が死んで、次はまた誰が死んで・・・というのを読者はひたすら延々と読まされることになる。
しかし、文庫版4巻辺りからストーリーは転換点を迎える。主要登場人物の一人である医師が「屍鬼」の正体を付きとめ、彼を中心として人間側が反撃を開始し、やがて「屍鬼」の謎が明らかになっていく。
自分は1巻〜3巻を読むのに半年以上掛かったが、4巻と5巻は1週間で読んだ(^^;。それ位に後半部分は盛り上がりを見せるのである(特にラストの5巻
は今までの流れとは一転して、「狩る人間」と「狩られる屍鬼」という構図に変わり、かなり悲劇的な話となる)。
読了して、やはり世評に違わぬ面白い小説だったと感心させられた次第である。
唯
一、自分が違和感を感じたのは、主要登場人物の一人である「結城
夏野」という少年の位置付け。この人物はストーリー序盤〜中盤に掛けては主要人物の一人として描かれ、そのキャラクター造形(都会育ちで斜に構えた高校生
という設定)と相まって、おそらく多くの読者は彼が中盤〜終盤部分でのキーマンの一人として活躍することを予想し、またそのように感状移入する事であろ
う。
しかし、彼はストーリー中盤で唐突に作品世界から退場し、結局ラストに至るまで1度として再登場することはないのである。
では、今までくどい位に彼にまつわる描写を重ねてきたのは一体何だったのだろうか?
物語のラストでは、張り巡らされた伏線が収束し、同時に何とも言えない余韻を残すエピローグを迎えるのであるが、彼の扱いに関する部分だけが自分にはどうも釈然としなかった。
(自分は未読であるが、コミック版では彼がその後も「人狼」として活躍するというオリジナルな展開になっているらしい)。
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