『滅却師』と言う字面を見て、お前はどう感じる?
ふと、そんな言葉を、投げつけられた。
滅却師など、金にならんといった、男から。
滅却師。
虚を滅ぼし取り除く、軍団。
『師』と言う字は、今でこそ、学問、技芸を教授する人、師匠など敬うような言葉になっているが、中国の語源によれば、
それは集団を指し、彼らが兵士であることで、軍団と言う呼称であった。
そういう意味でつけられたなら、そのままの意味だろう。
字面、に突きつけられる残酷さは、意味にも表れている。
虚を滅ぼし却す、兵士たち。
それは、今の自分、そのものだ。
虚を滅ぼすために、守るために戦う、兵士。
名づけた人間は、いったい何を思って『滅却師』と言う、漢字を、つけたのだろう。
いや、多分、もともとは『Quincy』で、字はもしや、尸魂界が彼らを表すものにふさわしいと、
この字を当てたのだろうか。
いろんな技、武器の語源は、ドイツに帰しているのは間違いない。
響きといい、語感といい、滅却師が生まれたのは、ヨーロッパのあの、奥深い森の中なのだろうと、想像してしまう。
戦争と主義と壁によって、41年間、西と東に分かれた、あの、国で。
戦争以前からの自然現象で、滅却師は、派生したのか。
滅却師という存在に、歴史というものは、あるのか。
そこから、何がどうなって、今、このようなことに、なっているのか。
皆目も付かないが、脈々と継がれた細い細い血脈が、今、自分の中にも、ある。
昔の歴史を顧みれば、戦争の中、ドイツと日本は同盟を結んでいた。
そこから流れ着いたものが、この国に、滅却師を伝えたのか。
けれど、滅却師は、歴史と照らし合わせればとうに滅ぼされている。
自分の回顧録で見れば、滅却師殲滅は、約200年ほど前。
きっと日本ではまだ、死神のように刀を差している時代だ。
いや、それ以前に、それこそ『滅却師』と言う名を持たないもの達が存在し、それらの存在を認識した尸魂界が、
総称してそのような力を持つものを、そう呼んだのか。
何もかも、定かでなく。
伝えられるものは、何もなく。
ただ、伝承で、口伝で、滅ぼされた経緯を、知るだけだ。
後に残されたものは。
そうやって、受け継がれていく。
痛みも悲しみも、悔しさすらも、擦り切れて、崩れた、真実だけを、伴って。
Lacrimosa
〜やさしい竜の殺し方 5〜
そんな残った真実も よく見れば 感情だけかもしれない
――――護りたかった
ただ それだけ
そう、何を言っても、やっても、残るのは。
結果という状況と、心の中にあるかもしれない、何か、だ。
曖昧なそれを見せることはできず、結局は、見えるそれしか信じられない。
あぁ、それが当たり前だ。人ならなおさら。
生きるものに害をなすものがいた だから 滅ぼした
そこには、何が介在することもない結果がある。
それがたとえ……関わった人間の目から見た、ことだとしても。
何もいらない、何も。
在った人間のことなど、どうでもいいのだ。
この世界は……何も、求めていない。
ただ望むのは、いつまでも続く、平穏。
人と人が殺しあおうが、貶しあおうが、滅ぼしあおうが、世界が保てるなら。
この世界は、かまわないのだ、きっと。
いや、関わらないのが、当たり前、なのだ。
知らないのが、関わらないのが一番、幸せだったのだ。
世界が血塗られていることを知ることも無く、生きていることが。
(眩暈が、する)
息が、できないような。
(は、やく……)
ここから、出たい。
「石田……ッ」
叫んで駆け寄ってくる姿がある。
霊圧を読むのも億劫で、吐きそうな口元を拳で押さえた。
知っている気配、知っている、色。
紅い紅い、霊絡。
―――死神の。
「石田、おい、しっかりしろ、石田!」
女性の声、ああ、朽木さんか。
目の前が、霞んでいく。
(…触らないで、くれ)
霊力を消耗した自分には、痛い霊圧だ。
いや、霊圧が痛いのじゃない、死神の霊圧が痛い、のだ。
酷く、痛いのだ。
(畜生……)
自分が、情けない。
(……馬鹿野郎……ッ……)
罵倒したい相手は、もう、いないのに。
そのまま、雨竜は意識を失った。
生かしたいのに、滅ぼしたい。
相反するものが、渦巻いていた。
とてもとても大切な存在なのに、何かが何処か引っかかって。
これは滅ぼすものだ、食らうものだと、声がする。
力が真実だ、力が、正義だ。
そう生まれついた、と、誰かが言っていた。
戦うために、そうあるように、と。
生まれ落ちたのだ、と。
青白い月が やけに眩しかった
「オマ、エ…滅却師カ?」
甲高い声が、上から降ってくる。
冷たい手のひらが、脈打つ首を捉え、ゆるゆると、締め上げてくる。
寝入りばなを襲うとは…と、予想はしていたが余りにも単純すぎて、笑うしかない気もした。
「キャハハハハハ…ッ、ザマァネェナ、所詮ハ人間、カ」
反転した、金色の瞳。
狂気を孕んで…顔を近づけて、見てくる。
瞳の色が変わっただけなのに、纏う雰囲気が違うだけで、こんなにも、変貌するものなのか。
「『コイツ』ガ意地ニナッテタカラ、興味ヲ覚エタガ…」
タダノ感傷カァ?
嘲笑うような声に、胸を衝かれた。
感傷? 何が。
最初は、そうだったかもしれない。
けれど、今日まで歩んで積み上げてきたものは、そんなものでは、なかった。
なのに、時々、感じていた。
感傷じゃない、憧憬。
そうありたいのに追いつけない、焦燥にも似た、何か。
違いすぎることに対しての。
「……感傷? それこそ……くだらない」
首を絞められながら…口唇の端があがるのが、わかった。
声になるなら……嘲笑だ。
その反応に、少し、相手の手が緩んだ。
「というか、虚である君に、感傷という言葉の意味が判るって言うのが、おかしいね」
一言言うと、雨竜は膝を曲げ、一護の鳩尾を、思い切り蹴り上げた。
「グァ……ッ」
肉体を伴っている所為か、動きは少し鈍い。
それが意味することに気づきながらも、雨竜は冷静に語る。
「…戦闘に特化してるのは…黒崎を見てきたから、わかるよ。だからこそ」
防御が甘いのもね。
隙をつき、雨竜は一護の下から逃れ、壁際に退く。
窓から差し込む月光が、雨竜の顔を白く浮かび上がらせた。
逆に一護は暗闇で、瞳だけが煌々と、金色に輝いていた。
「クッソ……ォォ」
「人だから、侮ったのかい? それとも、死神に滅ぼされた種族だからかい?
残念ながら、そんな人間でも、躊躇いなく君たちを、滅却すことは出来るんだよ」
右手に力が集中する、当たり前に形作られる……戦うための、武器。
「頭を打ち抜けば瞬殺だ。―――違うかい?」
至近距離で、雨竜は弧雀を一護の額に向けた。
金色の瞳は、目の前の痩躯を睨み上げる。
圧倒的に自分が有利だったことを覆されたことに、腹を立てているように感じられる。
「キサマァ…」
「戦うかい? 僕と。そうなれば僕は、全力をかけて、君を滅却す」
無に返す
漆黒の瞳は細められて、静かに一護を見る。
左手の震えは、ない。
確実に仕留められる……と、身体に流れる血が、そう囁く。
自分の存在意義を改めて思い出し、きぃんと空気が緊迫するのを感じた。
それを聞いた…もう一人の一護は。
何を言っているのか判らないようだったが…不意に、にやりと笑い出した。
―――多分、笑った意味も、自分は、解っている気がした。
「ダトヨォ……俺ラヨリオッカネェ人間ダナァ、一護ォ……」
そういって高く笑い。
がくりと、その身体をくず折れさせた。
「…………っ」
バチバチと、火花が弾けあうのもかまわず、雨竜は一護を抱きとめた。
「………」
さっきとは違う雰囲気、そして、感じる、温度。
「……黒崎……」
身に絡まる痛みよりも、何処かが、酷く、酷く、痛かった。
あの時、身に負った、甘さの代償。
それは今も身のうち深くに息づいていて、時折苛む。
お前は愚か者だ、と静かに囁くのだ。
痛む、左手首。
変わらず手は、自分にあるのに、幻のような感触。
いったいどうしたら、この左手には、血が通うのだろう。
時々痺れては、正確さを鈍らせる。
それが、お前はもう、戦っても意味がない人間なのだ…と、訴えてくるようで。
お前が戦っても、護れるものなどないのだと、知らしめているようで。
斬ってしまいたくなる。
時折ぞんざいに左手を扱う僕を見て、眉を顰めたのは黒崎だった。
無意識だったのか、本当に気づかなくて、止める手が、うっとうしいぐらいだった。
なのに、掴まれた時だけ、その手には温度が戻った気がした。
“やめとけ。……痛いだろ”
何が痛いというのだろう。
無様な証としか思えないのに。
傷を負った彼女を余計に傷つけた、証なのに。
君を、傷つけた、証なのに。
何より、護り通せなかった、証なのに。
“…井上の前では、そんなこと、すんなよ…?”
付き合いだしてもそれは続いて。
二人きりのときは、その都度、両手で包み込んでは、祈るように額に当てた。
釣り橋論かもしれない、感傷かもしれない。
互いに負った傷の舐めあいかもしれない。
それでも、それでも。
「………」
あの頃はそう思っていなかったかもしれない。
今はなおさら、それしか見えていないからかもしれない。
それでも。
僕は、黒崎を大事に思っていたんだ。
だから。
「…黒崎」
決めたんだ。
「―――――黒崎」
――――決めたんだ。
今度こそ、滅却師たれ、と。
無慈悲な、までに。
滅ぼす民で、あれと。
「黒崎」
君が誰かを傷つけるのであれば、僕は君を滅却す、と。
右手と身体全体で一護を抱きしめ、左手に力をこめて、雨竜は呟いた。
“人だから、侮ったのかい? それとも、死神に滅ぼされた種族だからかい?
残念ながら、そんな人間でも、躊躇いなく君たちを、滅却すことは出来るんだよ”
遠い意識の中、聞いた声。
鋭く光のようにそれは差し込んできて、自分を刺激した。
“戦うかい? 僕と。そうなれば僕は、全力をかけて、君を滅却す”
(あぁ)
滅却して、くれるのだ、彼は。
安堵にも似た気持ちが、馬鹿みたいに自分の中で広がる。
あのときや、あのときや、あのときの、ように。
ぼろぼろに、なっても。
彼は、自分を、見つめていて、くれるのだと。
死に様すら。
(だから)
好き、なんだと。
心底思ってしまう。
傷を負っても、護ろうとする心を捨てずに、足掻きながらも立ち上がる、その姿が。
(あいつらしくて、好きなんだ……)
人から見ればきっと、哀しく切ない、孤独な姿なのだろう。
けれど、自分は、憧れてやまない。
一途に不器用に生きる彼が……愛おしくてたまらない。
彼がいるから…まだ、自分は、自分でいられる。
人間で、いられる。
(ずうずうしいやつだ、俺………)
最初は、家族を護るため。
次は、クラスメートを護るため。
次は、ある意味、自分の誇りを護るため。
そして、山ほどの人間を護りたいと、あいつに、言ったのに。
(一番に護りたくても護れねぇあいつが、一番だもんな)
あいつ自身を。
あいつを取り巻く、全てを。
虚からも、尸魂界からも、俺、からも。
護りたいのだ。
(呆れられるよな……)
誰かを護るために一途に生きてきた、人間に。
簡単なことじゃない、と。
(簡単じゃ、なくても)
全身、全霊、全てを、掛けて。
(ぜってー……護る)
今度こそ。
「………」
「目が覚めたかい?」
覚めたとしても、また眠らなきゃいけない時間だけど、と笑う。
「…俺」
「…どんな夢見てたか知らないけど…暴れないでくれるかな」
君みたいな体力バカと、こんな時間に格闘する気は毛頭ないよと、溜息を付かれる。
「…悪い」
「……妹さんたちに迷惑掛けてなきゃ、いい」
汗掻いてる、とタオルを渡され、一護は額を拭う。
「石田」
「え?」
「手、どうした」
包帯で巻かれた手を指して、一護が問うと、あぁ、これ…と、雨竜は手元を見る。
暗がりの中、白い包帯は、光を吸って浮かび上がってるように見えた。
「なんか感覚が鈍ってるのかな…わかんないからチカラ込めてたら」
「…バカか、オメー…」
「黒崎に言われたくないな」
「俺以外に誰が言うってんだよ」
労わるように、一護は両手で左手を包み込む。
「……誰だろうね」
皆目付かない、と言った顔をする雨竜に、一護は、ふと笑い。
「…誰かは、思ってるだろうよ」
「え?」
その応えに、雨竜は、驚いた。
「…暗くて…よく、見えねーな」
「電気、つける、かい?」
君はそちら側なんだけど…と、右手で指すも、襟を直すように自身の首元にやられた。
「…いらねー……」
雨竜が首元を掴む右手に、何となく、察したものがあった。
うっすらと残っている……感触。
(……やべーんだな、もう)
見境がなくなってきている。
「って、ちょ、黒さ……」
「んー?」
当たり前のようにパジャマのボタンを外す一護に、雨竜がうろたえた。
「君はそっち側だろ? さっさと…」
「なんか目、冴えちまってさ。後は…何となく?」
「え、うぇぇっっ?!」
ゆっくりと押し倒されて、雨竜の黒髪が、青白く浮かび上がる布団に散らばった。
「何、考え…」
「何も」
きっと紅くなっているだろう首筋に、一護は口唇を寄せる。
もちろん、雨竜の手は、柔らかく握り締めて。
「…ッ…」
「感じてーだけだよ、お前を」
動物が、傷口を舐めるように、癒すように。
「ッ……ぁ」
「全部」
覚えてたいんだ、と。
そんな呟きは、静かに溶ける。
「…自分のしたことを忘れるなんて、ボケ老人かい?」
観念した雨竜の手が、するりと、一護の首に回される。
「寝ぼけるのも、大概にしなよ……」
そのまま、いい子いい子と言ったように、頭を撫でられる。
「あんまり呆けてると、いい加減、僕も怒るよ」
「…カンベンしてくれよ…」
おっかねぇ、と返せば、そうかい、と笑った。
優しく、抱きしめながら。
そう、戦ってきて心底、知ったのは。
泣いても叫んでも、祈っても。
世界は無慈悲なんだということだった。
そしてそれが、当たり前で。
自分たちが、当たり前から外れていたって事だった。
普通だった、あぁ、普通だった。
なのに、世界は歪んでいって。
『特別だから』といった、愚かなもので排除しようとし始めていた。
―――――笑っていたかった。
当たり前に、時を過ごすのだと。
そんな些細な願いも、空には届かないことを、知った。
ゆっくり、ゆっくり進行する病のように、絶望と未来を行き来しながら。
互いの嘘に、気づきながら。
でも、思った。
あの世界に、僕が、君を渡したくないだけなんだって。
あの世界の住人に、君を傷つけられたくないんだって。
絶対に、渡したくないって。
だから、君を、滅却すって決めたのも。
僕の我侭なんだ。
君の死にすら関係したいと思うなんて――――僕は何処まで我侭なんだろうね。