一つのものを護れるように、と、つけられた名前。
幼い頃に聞いた、名前の由来。
難しくてあの頃はよく判らなかったけれど、母に守られて、妹たちが生まれたときに、
湧き出てくるように心に浮かんだ、決意に似ていた。
護りたい。
自分を護ってくれる母を。
護りたい。
自分より後に生まれた、幼い妹たちを。
そして、転機。
雨の日。
余計にその決意は、大きくなった。
そして、あの日の夜。
俺は、死神の力を手にした。
かくて運命は 舞い降りた
〜やさしい竜の殺し方 4〜
全てが決まっていたことなら、覆すまで。
正しいとか、正しくないとか、そういうんじゃなく、ただ、己の信念にかけて。
その突き進んだ信念の結果がそうだったなら、仕方のないことだ。
俺は、後悔なんてしないし、出来ない。
したら、俺に背中を預けてくれた奴が。
それも、驕りなのだと、わかっていても。
思わずにいられないんだ。
「でやぁぁぁっぁぁぁっ……」
斬月を振り下ろした後に逆巻く、突風。
霊子を孕んだ風は、少し、空間を歪ませるようで。
ぴりぴりと、肌に、違和感を感じさせる。
あぁぁぁぁぁぁ……と上がる咆哮と、浄化され、霊子に戻っていく姿。
そのそばに、うずくまる、小さな姿。
「大丈夫か?」
自分を見上げる姿は、幼く。
強すぎる霊圧に押されているのか、身体を縮こませていた。
「あ…うん」
斬月を背に、相手の目線に合わせてしゃがむと、ほっとしたのか、頷いた。
「びっくりしたろ?」
「…うん」
ぐしゃ…と泣きそうに崩した顔に……昔の自分を、思い出す。
(あの頃は)
一護。
優しい手が、自分の頭を撫で、癒してくれた。
「遅くまで、遊んでるからだぞ」
心配すんじゃねーか……そういって、一護は、少年の頭を撫でる。
「判ってるよ。でも、オレ、探さなきゃ駄目なんだ」
「探す?」
「うん。約束したんだ、あいつと」
「ふーん」
ぎゅっと口唇を噛む仕草に、一護は目を細める。
もしかしたら向こうかも! と駆け出す姿を、一護はゆっくり、追いかける。
がさがさと草むら辺りを探る少年は、独り言のように呟く。
「絶対、探し出してやるって。じゃないとあいつ、絶対許してくれねーよ」
「あいつ、ねぇ…」
好きな奴か? なんてからかえば、バカじゃねーの? と、冷めた目で返される。
「バカって、お前なぁ…」
「そんなの関係ないよ! でも、大事な、大事な……」
友達なんだ。
風に掻き消えそうな言葉はしっかり、一護の耳に届いた。
「…でも、お前のこと、心配してるぞ…?」
「でも、オレ、オレ……」
悲壮な声に、一護はまた少年の正面にしゃがみこみ、まっすぐ、視線を合わせた。
「大丈夫だって。お前がそんなふうにちゃんと探したって事、あいつは知ってるよ」
「え……?」
おっさん、あいつのこと知ってんの?
おっさん、と言う言葉に少し傷つきつつも、あぁ…と一護は笑う。
「だって、お前を助けてくれって俺んとこに来たのは…」
向こう際、野球帽を被った少年と……その子を誘導する、雨竜の姿。
「あ……」
「あいつだろ?」
違うか? と尋ねる一護に、大人って意地悪だ…と、口を尖らせる。
「あ……」
パタパタと駆け寄る少年に、野球帽の少年は、相対して。
「バカだろ、君!」
すぱこーんと、駆け寄った少年は野球帽の少年にいい音のする平手を、頭に食らっていた。
「おーおー……」
「黒崎っ」
その状況に慌てる雨竜に、一護は、おもしれーやと、腕を組んで静観した。
「この、考えなし、あんぽんたんっ、すっとこどっこいっ!!」
「…今どきあんぽんたんはねぇよなぁ……」
「君はッ! あぁ…大丈夫?」
叩かれた少年の頭を、雨竜はさする。
一方叩いたほうの少年は……じっと、下を向いたままだ。
「…ば、かじゃないの、か? 僕が本当にここで落としたのかのだってわかんないのに、こんな、こんな遅くまでうろうろして…!」
「バカでもいんだよ、オレが、そうかもしんねーって思っただけなんだから」
「ッ…ほんッと、バカだ…」
「あーもー泣くなよッ! また怒られんじゃんっ」
「誰が泣くかぁッ!」
ぎゅっと口唇を噛み締めて、野球帽の少年は、少年を睨みかえす。
「…ほらよ」
「ん?」
少年の握った手のひらが、野球帽の少年の前に突き出される。
「…あ」
「ちゃんとあったろ?」
これ。
その手のひらの中にあったのは、光によって色を変える青い…ビー玉。
「これで勘弁しろ。な、もう泣くな」
「……うー……」
ぽんぽんと頭を叩かれて…野球帽の少年は、気が抜けたのか。
堪えていた涙を、止めることはできなかった。
「うー……ばかー……」
「はいはい……」
男が泣くなってんだ…と、宥める姿は、お兄ちゃんのようだ。
「…石田」
「ん?」
そのそば、二人突っ立って、少年たちの様子を見ていた一護は、不意に雨竜に伝える。
「…ありがとな」
「……別に」
助けるのは君じゃなきゃ出来なかったから…と、雨竜は上げていた霊圧を、奇麗に収めた。
虚の霊圧を感じたのはほぼ同時だったが、場所は雨竜のほうが近かった。
何とか虚を誘導し、攻撃をしても大丈夫な位置にまで追い詰めたのは、彼の尽力のおかげだ。
滅却すことも出来たのにしなかったのは…少しでも、命を帰らせたほうがいいと思ったからに、相違ない。
戻れるなら、命は、命のまま。
「別に…1、2体滅却しても、大丈夫だと思うけどな…」
「滅多なこと言うな、君は。しかも死神代行なのに」
「…時々……消え去りたい奴も、いるんじゃねぇの…?」
少し陰りを帯びた一護の声に、雨竜は目を見開く。
「俺たちっつーか、死神は…魂の運行を任されてる。魂の行く先も、知っている。
その先に、何があるかも、どんなところかも。
けどそれが必ずしも…いいところだとは、とてもいえねぇンじゃねーのかな、って」
この世を儚んで、命を落とすことは、駄目なことかもしれない。虚になるのも。
けれど、その先も、似たようなことが待ち受けているのなら……魂などに拘らず、霊子となって、漂っているほうが楽なのではないか、と。
「…珍しいね、君が、そんなこと」
静かな雨竜の囁きに
「…ちょっと、ヘンかもな」
そろそろ、魂葬してやっか…と、静かに、一護は少年たちに歩み寄る。
「おーそろそろ泣き止んだか?」
「うるさい、おっさん!」
「おっさん…て、俺、まだ17だぜ?」
「…老けてんな」
「…このクソガキ……」
「駄目だよ、ちゃんと、お礼言わなきゃ」
「ウ……」
さっきまで泣きじゃくっていた少年が、今度は仕切るように少年に向かい合う。
「本当に、ありがとうございました」
「お、おおう……」
お辞儀までする少年に、一護は面食らった。
「…そんじゃ、時間だ」
行くぞ、と二人に言うと、ぎゅっと…二人は手を繋いだ。
それはまるで、ずっと一緒だ、とでも言うように。
「オレ、もっともっと強くなって…あんな奴、けちょんけちょんにしてやるんだ」
にかっと笑う少年に、オウと、一護は笑う。
「で、みんな、みんな…こいつも、絶対、守るんだ」
「僕だって…強くなるんだッ!」
「……そうか」
二人の頭をくしゃくしゃと撫でて、一護は、背中から斬月を取り下ろす。
緩やかに布が解け、鋼が月光に浮かんだ。
「だったら、向こういっても二人一緒に…頑張れるな?」
頷く二人に、そうかと、一護は笑う。
「…また、向こう行ったら…遊んでやるよ」
「いらねーよ、おっさんなんか」
「おい」
「ははは…」
柔らかなオレンジの光が、三人を包む。
「…じゃぁな」
ゆっくりと、斬月の柄尻を、二人の額に押しやる。
額に浮かんだ紋章は、青白く浮かび上がり、その光は、少年を包む。
「…………」
「…………」
静かに、一護と雨竜は、少年たちが光に解けていくのを…見る。
『ありがとう、おっさん』
憎まれ口を最後に残して。
黒揚羽につれられた二人は、淡く消え去った。
「………」
「……お疲れ様……黒崎」
静かな静寂の中、雨竜の声が、響いた。
数週間前、この場所で、通り魔事件があった。
犯人は現行犯逮捕されたが、学校の登下校の途中、下級生や友達を庇って、二人の少年が、刺し殺された。
兄弟のように仲のいい、何処でも一緒の幼馴染だったそうだ。
犯人いわく『全てが憎かった。ガキの笑い声が特に』。
その彼が狙いを定めたのは、小さな子供、女の子。いうなれば、自分より力の弱いもの。
集団登校で帰っていたその子達を庇うように、一人が身体を張って、一人が誘導して。
そして駆けつけて、押さえ込んだはいいものの、やはり、成人と少年では力が違いすぎて。
「出血多量で、空座総合に運ばれたときにはもう」
「………やり切れねぇな…」
ただの正義感で、と、言うけれど。
守りたい、と言う気持ちは、子供心にも、あふれているのだ。
「未練が残ってたってワケじゃないけど……離れがたかったのかな」
一人じゃ。
雨竜の言葉に、一護は視線を伏せた。
事件の現場から少し離れた公園に幽霊の気配はあったけれど、後で魂葬してやろうと思っていた矢先、虚が現れて。
襲われそうになっていたところに遭遇したのが、雨竜だったのだ。
「だー、にしても、おっさんはねぇよな、おっさんは」
俺、まだ17だぞの声に、小さい子にはみんな、年上はおっさんに見えるんじゃないのか?
と雨竜が返せば、お兄さんだろ、普通はよと、一護は口唇を尖らせる。
「オメーはお兄ちゃん、なんてあの子に言われてたのに…なんで…」
「……気にした?」
「ベーつにー」
そばに放っておいた身体に戻って、今、家路についている。
手にはコンビニの袋を提げたままで、戻ったときは少し、痺れた。
「…眉間の皺、何とかしたら…?」
「標準装備だ」
「なるほど?」
くすりと笑って、雨竜は口元に手をやる。
夜はまだ肌寒く、上着が欲しいぐらいだが、吹く風は春を伴っている。
近所を見渡せば……月光に、白い花弁がけぶっている。
「…なぁ、石田」
「ん?」
「…花見、すッか?」
「はぁ?」
「…せっかくここまで来たしよ……勿体ねぇじゃん?」
「もったいないって、君……コンビニ行くって、抜け出してきたんじゃ…」
「買い物は済んだし、これは急ぎじゃない。
で、偶然石田に会って、偶然用事が出来たから泊まるって、電話する」
「っ! なんだそれっ」
電話する時間帯も時間帯だし、それに偶然な用事って何だ! と雨竜が返すと
「お前に関しちゃ、うちの奴ら、甘いからなぁ……俺は恩恵に預かってるけど」
「黒崎っ」
「いいじゃん、花、見るぐらい……」
「まったく………」
知らず、絡んだ指先に手を取られ、雨竜は口を噤む。
「なんか……一緒にいたいって、思ったんだ」
ずっとずっと。
手を繋いで、昇っていった魂。
もし、向こうの世界で離されるようなことが、あったとしても。
彼らの絆なら…探し出せるんじゃ、ないかって。
思わず、願った。
「黒崎…?」
「……久しぶりに魂葬なんてしたから……あれなのかもな」
自分は、戦うことでしか、今、居られないから。
戦うことでしか、存在できないから。
「…何、湿気た顔してんだい」
「てっ!!」
「…帰るよ」
「へ」
「……ちょっと寒くなってきたから…しんみりしちゃったんだよ」
帰ってお茶にしよう。
そういって、今度は雨竜が、一護の繋いだ手を引く。
「お、ちょ……」
「桜を見たかったら、桜茶がある。それでいいだろ?」
「いいだろって、おーぼーだな」
「コンビニのでよければ、桜餅も買えばいい。寄ろう」
「って、オイ、石田!」
ずるずるひきづられ、一護は慌てる。
「石田っ」
「……一緒に、いたいんだろ?」
「っ!」
「……だったら……桜なんかに、見惚れてないで」
僕を掴まえてればいい。
背中越しに伝えてくる言葉ははっきりと、一護の耳に届く。
きっと、顔は赤いのだろうなと思うと、笑えて来るのと同時に…泣きそうにも、なる。
あぁ、本当に。
「ッ……お前なぁ…」
「…なんだよ」
「それ、ある意味、俺が花盗人だわ」
「は?」
「だってオメーは……」
「え?」
なんだよと、雨竜が聞こえないというふうに、心持振り向いて一護の言葉に耳を傾ける。
それに気づいたのか、小さく笑って、一護は雨竜の耳に囁く。
お前は、俺にとっては、花だから。
「ッ……」
一護の言葉が伝わったのか、自分の言ったことがやっと脳に回ったのか、雨竜は再び顔を赤くする。
「…ホント、君、バカだ」
早く帰るよ、と、耳朶を赤く染めたまま、雨竜は一護をほうって歩き出す。
「ちょ、オイ…ッ」
「…早く来ないと、逃げるよ?」
そういって振り返り、笑う姿に、白い花弁が掛かった。
月に照らされた、淡い、花弁。
浮かび上がる、消えそうな、けれど、鮮やかに残る、姿。
触れられる、愛しき幻。
消えないでくれ、消えないで。
消したくない、消したくない。
耐えられず、ぼろぼろになって、白く消え行くあいつなんて……見たくない。
そして、それを見て…笑うだろう、もう一人の自分も、見せたくない。
日増しに大きくなる。
あのときより、ずっと、ずっと。
確実に俺は、俺じゃ、なくなるんだ。
「オウ、起きたか、一護」
「…平子?」
「なに寝ぼけトンじゃ、ボケ! …浦原が呼んどる」
平子の声に起こされて、一護は夢を見ていたことに気づいた。
ここは、あの、地下の勉強部屋だ。
「…俺……」
「タラッタラしとったら、蹴倒すぞ!」
「……うっせーよ」
前をずかずか歩く平子に一護は毒づく。
「夢、か……」
優しい夢だったと、今更ながら、思った。
夢でなく、実際の出来事なのだが、それはなんだかもう、遠いものに思えて。
それほどまでに、自分が、希薄になってきているのかと、一護は口唇を噛み締めた。
「…ままなりませんね、早すぎる」
進行が。
呟かれる声に、何も言えなくなった。
『仮面の軍勢』を発症すれば、二度と元には戻らない。
以前、平子に言われたことだ。
それを発症したものは…内なる虚に取り込まれて虚になるか、何とか折り合いをつけて、コントロールするしかないようだ。
前者は知らないが、後者は…俺が世話になったあの八人が、そうらしい。
霊子を分解して人間程度にしてしまう義骸に入り、尸魂界の様子を伺っていたと、すべてが終わるだろう頃に打ち明けられて。
また前の…ルキアのときと同じことになって。
何度同じことが繰り返されるのだろうかと、呆れもした。
そしてそれに関わる、自分にも。
「感じられる霊圧も…殆ど虚です」
霊力を安定させるには、死神になっちゃ駄目ですよ、黒崎さん。
嗜めるような浦原の声。
けれど、それすら信じてもいいものかと、疑ってしまう。
『仮面の軍勢』の前例が平子たちにあるとはいえ、未だに全てが明かされているわけでなく、
しかも自分は特殊な死神だ。
人でありながら、その霊力の強さと素質で、死神になった。
力を手にした過程が特殊で、また、戻した過程も特殊な、自分の力。
元を質していけば、もしかしたら…と思うことも、ある。
いろいろ聞いた話の審議は定かでないにしろ、いろいろ考えた後に浮かぶ答え。
それが、情けないほど、怖くて聞けねぇ。
揺らぐ、自分自身。
自分がいったい何者で、どんななのか、わからない。
死神だ…と、思ったのに、今はもう。
「死神になっちゃ駄目だ…って言われても、俺は死神だ。
虚から、みんなを護んなきゃなんねーんだ」
俺から、みんなを護んなきゃ。
そうじゃねーと、俺の存在価値は。
「護る、護るって簡単に口にしますけどねぇ。
黒崎さん、あなた、それの本当の意味、わかってますか?」
相変わらず読めない表情は帽子に隠されて、鋭い眼光だけが、一護を見つめる。
慣れたつもりであってもやはり、潜り抜けてきたものが違うのか、それは深く、そして静かに、自分を見ていた。
「護るって言うのは、並大抵のことではないんですよ?
いろんな戦いで…あなたが一番、身に染みてるんじゃないんですか…?」
「ッ………」
自分で選んだであろうことが、踊らされていたこと、とか。
望む思いに力が追いつかなくて無力さを、知った、こととか。
思い当たる節は多すぎて、言葉なんて、出てきやしねぇ。
「…進行が早いといって、不安がらせたアタシも、悪かったです。
ですが、コトはあなたが思うほど、簡単じゃないんですよ、黒崎さん。
あなたがそうやって願えば願うほど……」
呼応するように、あなたの力が強く、奪われていくんですよ。
そう言われて、一護は拳を胸に当てた。
死神になって身体を抜けるたび、解放される気になる。
自分は人なのに、自分の中の何処かが、人ならざるものだから。
重く苦しい身体を断ち切って、自由に何処か…戦いに向かいたいと、息巻いているんだ。
それを繰り返せば繰り返すほど…身体との連携はずれていって。
義骸を着たルキアのような感じに、なるんだ。
人の身体は、ろくに動けない。
空に足場は作れない、高く飛べない。
何より、力を振るうことが出来ない。
そう感じるように、なっていた……俺の、何処かが。
「願いは強い力になるっちゅーけど…お前の場合は逆効果やな、一護」
浦原と一護の会話を見ていた平子が、呆れたような口調で返す。
まるで「どないするかなぁ」と。
「力が合うから、ゆうて、俺らとやりおうてたんもアカンかったかも知れんけど、やっぱりお前は、特別なんやな、一護」
特別、と言う言葉に、一護は口唇を噛む。
特別、って、何だ。
この力のことか? 体質か?
…求めはしたけど、傷つけるためじゃ、なかった。
護るため、だった。
「俺らは元は死神で、元を質せば霊子の塊や。せやから、まぁ、どっかに滑り込めるし、霊圧押さえたら何とかなる。
たとえ死んだとしても…霊子に還るだけや。でもお前は…今、を生きとるからな……」
ややこしいこと、この上ないわ…と、慰めにもならないことをいう。
「…だったら、俺が、今、を放棄すりゃ、何とかなるとでも言うのかよ…」
噛み締めて言葉を返せば、また答えも、噛み締めたようなもので。
「…なりませんねぇ」
「ならんな。もう、死神、ゆう時点でな」
ただの霊力の高い人間なら、どうにでもしようはあった。
本人の知らぬところで封印を施し、現世に対応させる。
そうやって、滅却師殲滅の二の舞にならないようにと、尸魂界は対処するようになったらしいのだ。
それでも、雨竜のように、やはり、特別、な人間は、いるわけで。
「15歳までなら、何とかなったのですが…」
成長期や精神状態をいろいろ考慮した結果ですが…と返す浦原に
「ま、尸魂界も、忙しいっちゃー忙しいし?」
消失騒ぎは起こるわ、反乱はと余計な騒動は起こるわ、てんてこ舞いやしなぁ。
嫌味口調で、上を向いて言う平子に、また伝達されても知りませんよと、浦原が閉じた扇で叩いた。
今更何言われてもかまわんわ、知るか…と、平子は頬杖を付く。
「あんたの設立した技術開発局。ほんま微妙やもんな」
しかもあんまよーない噂、だいぶ聞いたけど?
「……きちんとする前に、早々に追い出されましたからね」
なんとも、後手後手です…と、帽子を探り、浦原は溜息をついた。
ちらりと一護を見、改めて…何かを飲み込んで、溜息をつく。
「…だいたい、あの世界の秩序は、矛盾しています。
いやその矛盾した中にいたアタシが言うのもなんですがねぇ。
わかる節もあるし、そうしなければならないこともある。
けれど、それすらも…そうなるようにと、仕向けられていたとしたら」
アタシでもお手上げです。
苦々しく返す浦原に、一護はただ、沈黙を返した。
魂魄のために成り立つ世界、尸魂界。
それに携わる、霊力を持つ、死神。
世界の秩序、魂魄の安定のために、死神たちは、ある。
実のところ、現世に生きる人のためでなく、世界の秩序が優先なのだ。
笑えるほど、矛盾している世界。
ルキアと関わって、知った世界。
そして、思い知った、世界。
余りにも、違いすぎる世界。
“200年前に、滅却師は死神に滅ぼされたんだ”
改めて知りたいと、雨竜の口を開かせたのは、いつだったろう。
自分が知ることじゃない、知る必要はないと突っぱねて、何にも言わなかった。
力を無くしたことも、力を無くした過程も、何もかも。
その重い口を、何とか、何とか、開いてもらって。
あくまで、僕が聞いた話だよ、と言う前置きの元、話された滅却師のことは。
実際は、よく判らなくて、飲み込めなくて。
けれど、感情的には、よく判って。
どうして滅ぼされなければいけないのか、というのも、頭の中では、冷静に判っていた。
あいつが、余りにも淡々と、告げるから。
伝承か、口伝であるにしても、それが真実なのだと、思うのだ。
魂の還し方が違って。
力の使い方、表し方が、違って。
死神同士でも違うんだから、死神と人間は違って、当たり前で。
まして、尸魂界で生きてる死神と、現世で生きている人間の生活は、違いすぎて。
同じ目線で、見ることなんて、難しい。
それでも『魂の調整』と言う名の下、滅却師は、滅ぼされた。
死神に。
違うものだから、排される。
それは、現世でもあることだ。
世界中、いや、生きている限り、ある。
逆も、然り。
けれど、それでも。
滅ぼさなければ、ならなかったのか。
滅却師は。
何処かに滅却師の生き残りがいて。
死神の目を逸らして、生きていたとする。
それがまた、あいつのように、また、別の意味で、死神を憎んで。
自分の子供が、生まれたとして、また、あの歴史を、口伝で伝えるのだろうか。
それとも…滅却師なんてのはもうない、と、消し去るのだろうか。
もう、自分が最後だと、消えてゆくのだろうか。
何も、残さず。
何も、残せず。
「黒、崎……?」
「悪りィ……起こしまったか?」
「…いや」
もぞりと、雨竜が毛布ごと、腕の中で振り返る。
ありがとう、と囁かれ、え、あ、あぁ…と、一護は笑う。
今のところは、影響はない。
が、手を伸ばし触れようとすれば、間で弾けあう。
雨竜を、傷つけるわけにはいかない。
けれど、触れたくて、抱きしめたくて。
抱きしめて、感じていたくて。
包めば何とかなるか、なんて思って。
「…なんで、こんな…ぐるぐる巻き…?」
「へ…あ、あぁ、寒そう、だったから」
「そう? これから、暑くなるのに」
君のほうが寒いんじゃないのかい? と、身を寄せられ、腕を伸ばされる。
「ッ……」
「黒崎?」
バチッ!
弾くような音が、雨竜の指先からも起こった。
「痛…っ」
「石田!」
慌てて電気をつけて、一護は起き上がる。
騒がしいよ、と目を細めて、雨竜は、弾かれた指先を見る。
「何のことはない、ただ、赤くなってるだけだよ」
「そ、か……」
「黒崎?」
「……悪い」
「……何が」
君がこんなふうに僕を包んじゃうからじゃないのか、と、もぞもぞと雨竜は毛布から抜け出す。
「それに」
「ん?」
「気が触れ合って、バチバチ散るのも、当たり前のことなんだよ、黒崎」
じっと、眼鏡のない姿で雨竜は、一護を見る。
「へ?」
「君ほどの霊力と接触するんだから……これくらいの衝撃は、当たり前なんだよ、僕には」
「い、し……」
「……やっぱり、図星、か」
君、へたれる前に、勉強したほうがいいかもしれないよ。
呆れた口調で、雨竜が返す。
「石……」
「僕を毛布で包んでみたり、恐る恐る触れてみたり…ホント、見え透いたことするね、君は」
バカを通り越して、阿呆だよ。
「おま、あほって…」
「とりあえず、まだ寝られるよ。このごろ、眠れてないんだろ?」
「ッ……」
「君が僕を騙そうだなんて、百万年早いよ」
出直しておいで。
黒い瞳を揺らめかせて、雨竜は笑った。
あぁ、だから、だから。
俺は、俺は。
なくしたくないんだ。
伸ばされた腕の感触に、目の前が、滲んだ気がした。