オレンジが、だんだん深い色になっていって。
赤い、赤い夕日になっていく。

赤い色は、あまり好きではない。
…血の色を髣髴とさせるし、赤は、死神の霊絡を思わせる。

けれど好きな赤は、ある。

赤というより、紅。
鮮やかな、鮮やかな………彼の、霊絡の色。


がらりと開いた引き戸に、気づかなかった。
何よりも、気配に聡いはずの自分が、霊圧の大きい彼が近づいているのに気づかなかったのが可笑しすぎる。

目の前の、小さな気配を辿ることに、夢中になっていたのか。

「………何、してんだよ」

引き戸を空けたまま、相手が呆然と立っているのが解る。
そりゃそうだろう……自分が忘れた上着を、届ける処か抱きしめていたのだから。

「……何、してんだろうね」

気持ち悪いと、拒絶されると、思った。
先ほどのあれは…冗談なのだと、笑って、逃げられるのだと、感じた。
女みたいに見えるから、抱きしめてみたけど、感触に我に返ったとか。

彼が急に現れて、へんに、現実が見えてきた。

夢みたいなことを、思っていたから。
そんな、視線だけで…恋が出来るわけ、ないじゃないか。
愛し合えるわけ、ないじゃないか。

そもそも……視線が、合うだけだ。

上着を持つ手が、震えだした。

「……さっきの、報復、かな」

 誰かさんが、急に抱きしめてきたから。

声が震えないように、何とか息を飲んで言った。

「報復?」
笑う声。
近づいてきているのが、気配で解る。

…視線を合わすことが、出来ない。

「そう、報復。びっくりさせられたから、びっくりしかえしてやろうかと」
「……俺が戻ってこなきゃ、意味ねーだろ?」
「…そうだね」

近くまで、来た。
霊圧なんて辿らなくても、彼が発する体温に…自分の肌が、反応する。

“……馬鹿みたいだ…”

好きだと気づいたとたん、さっきのは冗談でしたと、笑ってしまわれそうな気配なのに、
変に先ほどの接触を思い出して…鼓動が高鳴るのだ。

“近づくな……ッ”

それでも、相手は…背後に近づいていた。
自分の心は、引き裂かれそうだった。

「……あのな、石田」
振り返らない背に、かかる声。
「何だよ黒さ………」
相手の言葉に返事を返そうとしたとき……あの時感じた感触を、また、感じた。

「………ッ……」
「………逃げねーで、聞いてくれ」
背中から、上着ごと包み込まれるように、抱きしめられて。
耳元で、囁かれた。

「………好きだ」
「……………」
「……石田、俺は、お前が好きだ」
「…………ッ」
優しく、優しく…囁かれた。
鼓動が重なって……同じように、激しく叩きあっているように、思える。


「………何、言ってるんだ…」

 きっと、夢なんだ。
 この言葉も、声も、感触も。
 目を閉じたらきっと、消える。

声が、震える。
酷すぎる、報復だ。

「石田」
「からかうのは、よしてくれ。さっきのことなら、笑って流せばいいじゃないか」
「石田」
「は…なしてくれ……」

泣きそうになった。
ああ、これだから、恋愛慣れしてない人間は駄目だな、
そもそも、恋愛ってなんだよ、恋って…と、ぐるぐる思いが巡る。

「石田」
「そもそも、君が馬鹿な話をして、馬鹿な行動をしたから、こんなことに…」
「石田」
「離してくれ、いい加減に!」
「石田ッ!」
「っ!!」
腕の中でぐるっと回転させられ、一護の正面に向かされる。

「……俺の目を見て言えよ」
「な、何言って…」
「………俺は、お前が好きだ。鈍すぎて笑えねぇけど、好きだ」
「…………」
視線を外さないように、頬を包まれて向かされる。
何とか、視線を逸らして、瞳を薄く開く。

そんなの、逸らせるわけナイだろ…と、胸中に思いながら、目を閉じて口唇を噛む。
そんなことしなくても………見ずには、いられないのに。

 …好き、だから。

「お前は? 石田、お前は……どう、なんだ」
掠れた声。
頬を包む手のひらが…震えてるように感じて。
それに比例して……霊圧も、揺れている気がする。

先ほどの、揺れに、似ていた。

“……そんな”

あのときの揺れは、まさか。

「…さっき、あんなことして、今も…こんな状態で、聞けることじゃ、ねぇけど…」

声が、震えている。

それに気づいて…閉じた瞳を、開けば。

「…………ッ…」
酷く切羽詰った…熱い瞳が、自分を見つめていた。

「石田」

その声が、愛おしい。

「石田」

その視線も、手のひらも、目の前にある存在すべてが…愛おしくてたまらない。

「…ほんと、馬鹿なことしてくれたよ」

 本気だ。
 見てきたから、知ってる。

 この視線の、意味。

「石田?」

揺らぐのは、不安だから。

「………君があんなことしなきゃ……気づかないで、すんだのに」

声が、震えてる。
うまく、言えるかな……。

「…………僕も…君が好きだよ」

 宝物のような、言葉を。

「君が、好きだよ……黒崎」

頬を、何かが伝う気がして。
それを拭う、温かい指先を、感じて。

思わず、笑った。

笑ったら。

当たり前のように柔らかく…抱きしめられて。
当たり前のように、キスをした。





息が止まる。
抱きしめられる温度と、口唇に感じる温度に、焼き尽くされて。

「ふ……」

髪に触れる指先も、腰を引き寄せる、強い腕も。

夢じゃない。

「……悪りぃ…」

離されたときには、動けなくて。
どころか痺れていて、黒崎の支えがなければ、立っていられないほどだった。

「………なんか、なんてーか…」
「…………」
「……好きだ」
「…ッ」
「…好きだ」
「………」

甘く、甘く…囁かれる。
優しく大事に抱きしめて、触れながら、囁く。

「好きだ」

囁いて、もう一度、口唇で触れてくる。
力の入らない指先を、黒崎の背に回してシャツを掴むと、口唇の端をあげて笑う。

「好きだ、石田」

そしてまた、深いキスをした。











(好きだ)

あの声音は。

(好きだ)

消えない。





「………卒業、出来るかな、僕は……」

呟いた言葉は、風に浚われた。