影が伸びて、オレンジ色に、染まって、包まれて。
ほんの少し、自分より高い体温を、感じた。
少しは伸びたと思った身長も、一護よりは低く。
その体勢で見えるのは、オレンジの髪と、閉じた瞳の睫の長さ。
暑いわけでもないが、邪魔だからと上着を脱いでいたせいもある。
シャツ越しに伝わる温度は…全体に、広がっていく。
「…く、ろ…崎…?」
辛うじて出た声は、掠れていて。
言葉になったのかすら、わからなかった。
それが聞こえたのか、ぴくっとして、気が付いたかのように、一護が離れる。
「わ、あ、そ、の……帰るなっ」
「へ? は、ちょ、黒崎!」
ぐいっと離され、雨竜は目を丸くする。
「じゃぁなっ」
そう叫んで、鞄を持って、一目散に一護は教室を後にした。
なんなんだ、いったい!!
普通、こういうことされたら、逃げるのはこっちじゃないのか?!
「まったく………なんなんだよ、いったい……」
顔が、赤くなってる気がした。
見送った相手の背は、オレンジの光でよく判らなかったけれど…耳まで赤かった気がする。
「……驚くじゃ、ないか…」
一人静かに椅子に座って、雨竜は呟いた。
…まだ、心臓がバクバクいってる…
驚いていたのか、改めて自分の胸を押さえてみると、鼓動が激しく、飛び出るのではないかのリズムを刻んでいた。
「……収まんないな…」
どうしよう。
息をついても、なんだか…なんともいえないような、感じで。
瞼を閉じても、浮かぶのは、あのオレンジで。
“……驚いた、けど”
あの一瞬に似た接触が。
酷く愛おしく感じて、自分で自分の身体を抱いてしまう。
「………僕の常識も、どっかオカシイかもね」
釣られて解るなんて。
一人ごちて。
帰ろうかと、片付ける準備をしようとしたとき。
椅子に掛かったままの一護の上着に、雨竜は気が付いた。
「…………」
いつから、だったのだろう。
いつから……この想いは、胸に生まれていたのか。
「……ほんと、慌ててたんだな……」
掛けっぱなしの上着を、腕に取る。
ほんの少しだけ……彼の気配が残っている。
高校に入学して、彼の霊圧に、気づいてか。
その彼が、死神になったからか。
それとも、その彼と、共闘したからか。
それとも、その彼と……死線を、乗り越えた仲間として、在ったからか。
つり橋論にも近かったあの頃の現状に、理性は働いていたのか。
「…………」
何処からこの感情が始まったのか、皆目付かない。
自覚もないままに、今日まで来てしまった。
「………」
でも、きっと。
「………」
目が、合う、ということで。
解りきっていたように、思える。
「………ッ…」
あの頃以上に、彼が、視界に入って。
気づけば、見ていて。
気づかれて、逸らされないことに……震えるような心地を、覚えていた。
「………」
彼の言っていたあの言葉の意味が、本来の意味なら…きっと、そうなのだろう。
自分たちは、知らぬ間に視線で愛を語り、思いを育てていた、と。
「………いつの時代の、人間だよ……」
言葉の接触も、肉体の接触もないのに、愛し合ってる、なんて。
「……いや」
そうだからこそ。
抱きしめられたことに驚いたというだけで、不自然ではなかった、ということだ。
ぎゅ…ッと、一護の上着を抱きしめる。
愛おしくて、たまらない。
「………好きだよ、黒崎」
宝物のような、言葉に思えた。
慌てて教室を出て、落ち着こうとしたものの…一息ついたとたん、忘れ物に気づいた。
「げっ…」
上着忘れた。
がっくりと肩を下げ、もう一度戻ろうと踵を返すが……飛び出した原因を思い出し、足を止めてしまう。
「………」
さらりと落ちる黒髪。
オレンジに染まった白い肌。
笑った、顔。
抱きしめた……薄い、華奢な、身体。
「…………」
どッかに拳をぶつけたいような、頭をぶつけたいような衝動に駆られる。
単純に打ち解けられたのが嬉しくて。
あんなに嫌われていたから、懐に近い場所まで入れてもらえたことが、嬉しくて。
じっと見つめても………逸らされないことが、嬉しくて。
「………ほんと、馬鹿かもな、俺」
子供のような、感情で。
ただ、ただ、嬉しかった。
…時折、他にも同じ態度をとることがあって……むっとしたことは、あったけれど。
「……あれが、あれか……独占欲」
小さいころ、結構、あったようなこと。
兄妹での、母親の取り合い。
学校間での、友達の取り合い。
他はどうだか知れないけれど、自分にはあまりなかったものだった。
見かけのせいもあるだろうが、そんなに自分に近づいてくる奴もいなかったし、
面と向かって喧嘩を売ってくる奴も、いなかった。
何より。
「……あんなに俺のこと、じっと見てる奴なんて……いなかったもんな」
大抵関わりたくないから、目を逸らす。
自分も、関わらせたくないから、目を逸らす。
自分も知っていて、相手のことも知っていたら、成立するけれど、知らないもの同志の間では、ありえない。
ありえないのに………見つめてきていた、視線。
(僕は、死神を憎む…)
気づかなかっただろう…と、あの強い光を帯びた視線をぶつけられた。
そして、その後の、ちょっとした関わりだけで…どれだけ、見ただろう。
相手の、変化を。
「………収まんねぇよ…」
どーなってんだよ、これ。
胸を抑えて、息をつくも、落ち着く気配はない。
ずっとずっと…どきどきしている。
「…飛び出したりしねぇだろうな」
これ。
小さく、ごちる。
いつからなんて、解らなかった。
憎むと言われたあの日からなのか。
巻き込んだあのときなのか。
戦う力を失ったとショックを、受けた頃なのか。
理屈や理性で動くような自分じゃないから、本当にわからない。
ただ。
「………」
自分が、相手に気づいて。
見るように、なって。
見る視線に……視線を、返してくれるように、なったから。
「………」
見せる視線が……とても、綺麗で真っ直ぐで。
その視線がとても……愛おしくて。
抱きしめたく、なった。
「…………」
自分で語った薀蓄に、気づかされるなんて、本当に馬鹿だと思う。
「…………」
あの言葉の意味が、本来の意味なら。
自分たちは、知らぬ間に視線で愛を語り、思いを育てていた、なんて。
「…今時の人間じゃねぇよ…」
言葉の接触も、肉体の接触もないのに、愛し合ってる、なんて。
「今日日、お子様でもキス、するぜ……」
言いながらも、赤くなってるだろう顔色を誤魔化すためにぐしゃぐしゃと、髪を掻きやる。
それでも、触れるのは、躊躇う。
躊躇うのは………嫌われるのが、怖いからだ。
「…マジかよ、俺…」
一護はその場にしゃがみこんでしまう。
ここまで鈍いの、ありかよ、とか。
馬鹿じゃねぇ、俺、とか。
脳裏をぐるぐる巡る思考は、あれど。
抱きしめた感触が、消えてくれない。
消えてほしくない。
「………でも、解っちまったんだよ……好きなんだって」
あいつが。
腕の中に納まった、感触。
温もり。
感触を伴って自覚した、鈍い思い。
「だー………あんなことしたから…また、嫌われっかも、しれねぇけど」
ちゃんと、言いてぇ。
そう思い、一護は、また来た道を引き返した。
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