目が合う、の意味は、まぐわう、と言うのが、変わったものなのだと、囁いた。



「まぐわう…っつーのは、その……そーいうことを、するっつーか…」
「あぁ……肉体関係を持つって意味?」
「んなはっきり言うなよ、ったく…で、目があったら、それをしたって言う意味になるからっつって」
昔の貴族のお姫さんたちは、御簾越しでしか会えなかったんだとよと、古典の教科書を広げて呟く。

「まぁ、顔が見れるのが、ソン時だけ…ってのもあるかららしいけど…」
彼の呟く妙な薀蓄に、ふーんと相槌を打ちながら、さらさらと、原文を訳していく。

「それよりも明日、当たるんだろ? 予習しなくていいのか?」
勉強場所の確保までさせておいて何のつもりだよ…と、柳眉を逆立てれば、
悪い悪いと、再び一護は教科書に向かう。
「手芸部の部室だからといって、そうほいほい使えないんだぞ」
人の出入りの少ない教室だからとはいえ、なかなか確保は難しいのだ。
その苦労を何だ、と返せば、でもお前、部長だろ? と、返された。

「二年になってまで部長やらされるなんて…お前、案外面倒見いいんだな」
「…エスカレーター式にならされただけだよ。
それに、他の人に回すと、僕が気になるだけなんだ」
「その辺が、面倒見がいいってんだよ」
面倒だって言って嫌がりそうだったのにな…と、すらすらと文を書いていく。

 案外、綺麗な字、だった。

「俺がぎりぎりだったとき、助けてくれただろ? あれはマジ、助かった」
昨年の冬前のことを言っているのだと、判る。
「あれは……しょうがないだろ。でも君、よく進級できたね…日数、かなりぎりぎりだったんだろ?」
「まぁな……その辺は越智さんに、感謝してる」

勉強に付き合えといわれたのが、昨年の冬。
いろんな騒動がやっと収束して…何とかなった矢先のこと。
しかし、現状はテストすら受けられていない状態で、進級も危ういところまで行っていた。
休みも返上し、ぎりぎりの位置で…学校生活を送り。
何とか、みんなと共に進級できた…というのは、ある意味奇跡だった。

(頼む、助けてくれ)
両手を合わせて拝まれれば、こちらとしてもどうしようもない。
こちらもぎりぎりではあったが、相手はもっと、やばかった。
そのごたごたも知っているからこそ余計……手を、伸ばさざるを、えなかった。
(サンキュ)
その名残で今だ…顔を突き合わせている今の状況は、
おかしいような…当たり前のような、空間で。
最初は驚いたものの、いつの間にか雨竜にとっても、なじんだ時間だった。

「…にしても、今の時代じゃ考えられないね。
子供ですら、キスしても子供が出来ないって知ってる時代だから」
これ、漢字間違えてるよとシャーペンで指せば、あ、と、消しゴムで消す。
「君、国語は得意だって言ってなかったっけ…?」
「まぁそれは置いとけ。でも…なんか、色っぽくねぇか?」
「色っぽい?」
また何を言い出すんだか…と、揶揄しながら視線を返せば、
その、よ…と、困ったときの癖で掻く頭に、なんだよと返せば、じっと……見つめてこられた。

「……目が合っただけで…愛しあってる、好きあってる…って意味に、とられんだぜ?
和歌とかを交わしたり、夜に訪れたりして…既成事実を、作る時代だってーのに、
目が合っただけで、そういう関係だって思われるのなんて…なんか」

 仲が深い気が、するってーか。

静かな声が、耳に響く。

目も合わなかった相手と、不意に、目線が合うと。
…繋がった、と、思ってしまうときがある。
何が、ではなく、何を、でもなく。

ただ。

一瞬、触れるような、気が、するのだ。

相手に。


「……何となく、意味は掴めるけど。でも、何でそれを、僕に言うし、聞くかな」
……ずっと見つめられているのを、感じて。
逃げたくて逸らしたいけれど…じっと見ていたい衝動に、駆られる。

薄い茶色の、奥。
其処に……どんな感情が、あるのか、と。

「…なんてーか…まぁ、俺、お前んこと、知らなかったし…」
「そうだね。あの時、僕が喧嘩を売るまでは」
その状態で、昨年の青葉茂る頃を、思い出す。
「あーれは、印象に残りすぎたな」
苦笑される。
「……だって、そうまでしないと…」

 君の視界には、入れなかったじゃないか。

そうやってじっと……もう一度、見つめた。


「……そんなふうに見んなよ…ほんと……色っぽいから」

呟き。

一瞬、逸らして…でも、見たい、とばかりに、こちらを向いて…照れて、笑う。
苦笑にも見えるかもしれない、けれど…険の取れた、顔。

初めて見た、彼の、笑顔。

……どきりと、した。


「…そういうのは、女性に言う言葉だろう?」

 色っぽいって、なんだよ。

それになんだか……衝かれて。
視線を、逸らしてしまった。
「そっか? 綺麗な奴には綺麗、色っぽい奴には色っぽいって、
当たり前のこと言うだけじゃねーか」
あっけらかんと言う姿に、こっちが呆気にとられる。

「…ほんとに、あほか、君は…」
「正直に思ったことをあほと言われた俺は、どーなんだよ」
返ってきた返事に、笑ってしまう。
そのとき、相手の霊圧が、揺れた気がしたのは、気のせいか。

「……やっぱ、色っぽいよ…」
「…………」

掠れた声に、一瞬、時が止まった。

「…いったい、君の常識はどうなってるんだ黒崎」
「さぁな。俺も、俺の常識に驚いてる」
止めた、とばかりに教科書を片付ける一護に、雨竜は、まだ終わってないじゃないかと返せば、
いや、終わっとくほうがいいと、肩を竦められる。

「終わっとくほうがいいって、何」
「いや、深く追求するな…」
鞄にその他もろもろを放り込んで、一護は椅子から立ち上がる。

「そろそろ時間も時間だし…帰るぞ」
「帰るぞって、何だそれ?!」
学校に人引き留めといて、その態度は何だ! と、座ったまま雨竜は一護を睨む。

だから…と、それを見て…一護はまた、髪を掻く。
夕日が差して…教室全体が、オレンジ色の空間になる。

「今言われて、気づいた俺が、馬鹿なんだけどよ…」
馬鹿ってーか、鈍い? ってーか…と、背を向ける一護に、何がだよと、雨竜は声をかける。

「ほんとに意味わかんないよ……どうしたんだよ、黒さ…」
立ち上がり、振り返らそうとしたとき。

「!」
雨竜の身体は、一護に抱きすくめられていた。





次へ