紅い、紅い霊絡が、身を過ぎる。
それはぎりぎりの、自分に触れるか触れないかの位置にあり、
こちらが少しでも動けば…消えてしまいそうなものだった。

いやになるほど赤いのに、弱くある存在。
そのときはそう思い、感じた。

消えてしまいそうだ、と。
自分の前から、いなくなる、と。

気づけば、本当に守りたいものだった存在はもうすでに無く。
守りたいものは…守りたいのに手をすり抜けてゆく。

運命だの宿命だの因果だの。
そんなものは後々のこじつけにしかならない。

何がどうなろうが、自分が関わらなければ関係のないことなのだ、すべて。
自分が動かなければ動かないものならば、動かなければいい。

わざわざ赴いて、貸さなくてもいい手を貸して起こった事柄が…
自分を何に導くのかわかったものじゃない。

けれど……一度は信念を持って握った手を放すのは、癪に障る。
自分はそれだけのための人間だった…と思われるのが。

それだけの人間なんて、見渡せば数多くあるのに埋もれていたくないと思う、
思わせる相手に…そう思わせたくないのだ。

対等に、対等でいたい。
ただその信念だけが、互いを繋いでいるのかもしれないなら、なおさら。

指先でなぞった、紅い霊絡。
ふと、相手の体温を思い出し、焦って離せば、
そうと知ったかのように、伸びて手首に絡みついた。

「……ッ…」

 貴様は、馬鹿か。

胸中で呟くも、振り払うことをせず、その紅い霊絡ごと、手首を自分の頬に触れさせた。

 …きっと、馬鹿は自分だろう。
 離して、しまえないのだから。

「……反吐が出る」

 自分の、捨てきれない甘さに。

そう嘆息した頃にはもう、自分を掴まえていた紅い霊絡は、消えていた。
そこにはいつもの色彩をたたえた院長室があるだけだった。



桜日和
 〜記憶〜



……もともと心配など、皆無な相手だ。
しても無駄なのは……この20数年、変わっていない。

人を助ける立場である以上、心配をする、かけるのは問題外だ。
研修医や開業し始めならまだしも、従事してまだ不安が残るなら…
医者なんか辞めてしまえと思うほど。

まぁ、仕事の腕に関しては…信用しているし、信頼している。
昨今の、頭ばかりでかい役立たずと違い、ちゃんとしたことの出来る医者だ。
当たり前だが。

それでも特殊な因縁のある…つながりのある相手、だから。

「…下らん」
院長室を出、病院の外へ。
懐からタバコを出し、口にする。

一息入れるためとはいえ、喫煙室は院長室より遠くにある。
面倒なので見つからなければよいと、外に出て吸う。
ようは病院内に煙を入れなければいいのだ、と結論付けて。

ふぅ……と吐けば、煙が立ち上って消えていく。
まるで、先ほどの紅い霊絡のように。

何故、今更探ってきたのだろう。
病院と医院は、ある意味近く、そして、出入りもしている。
いくらあの馬鹿が関わってるとはいえ。

それにわざわざ、自分に逢いにくるなど。

「………………」

いろいろ、詰ることは出来た。
死神の姿でまた、現れたときに。
親が親なら、息子も息子だ、わざわざ何故、人を巻き込むのだ…と。

けれど、息子たちの関わりなど知るはずも無く、
あれほど離しておきたかった世界に迷い無く進んでしまった息子を…
少し羨ましくも感じ、馬鹿とも感じる。

「……………」
突っ走れるのは、今のうち。
そのうち現実が見えてきて、項垂れるしかなくなる――――
そう思い、尸魂界に行ったことも黙認したが、力を失った姿を見るのは忍びなかった。

滅却師の力を未熟な思いで失ったとはいえ、まだなお、
滅却師であろうとする誇り高さが……憎かったのか、それとも。

「……………」

くだらない自問自答は、あの時繰り返して疲れ果てた。
それしか見えていないのに整合性を求めた――――あの日。

“馬鹿だろう、貴様!!”
“あぁ、馬鹿で結構。
 お前の命をくれてやるよりはるかにいい”

霊子を集める霊力さえ残り少ない自分を守るその黒い背中は、とても力強く、大きかった。

自分の今までを吹き飛ばしてしまいそうなそんなものを感じ、今、
その背が力を振り絞って自分を守っている。

“止めろ! 犬死する気か!”
“する気は毛頭ないねぇ。
 これからまだまだ先、お前と付き合ってくんだからな”

 簡単にはくたばらんさ―――――

制御された力を振り絞り、斬魄刀が白く光って、一陣の風を起こした。
それはすべてをなぎ倒し、飲み込み霧散させた。

しかし、それは新たな問題を生んだ。

霊力の飽和。
滅却師の収束力も追いつかないほどの霊力が溢れ出し…柱になった。

“死神!”

近寄るも弾かれて、触ることすら出来ない。
愕然と柱の中、倒れている姿を見てるだけ。

夥しい力は、尸魂界も現世も歪ませる。
下手をすれば……もっともっと中央にまで。
そんな力を…限定解除なしで、無理やり解放したのだ。
調節が利くはずも無く、魂魄も……残るかどうか。

“死神、死神!!”

天地を繋ぐ柱に向かって必死に叫ぶのが、自分としては珍しいと思った。

“勝ち逃げか? 許さんぞ…ッ”

何とか発動させたゼーレシュナイダーでこじ開けた柱の先、
触れた手は光を放っており、まるで…溶けていくように見えた。

バチバチと、力の種類の違いに弾きあうがかまわなかった。
指先が傷つき、血が流れてもかまわなかった。

外科を目指しているなら、致命傷ともなるのに、それほどまで………自分は。

「………」
1本を吸い終り、もう1本を口にする。
…まだ、往診まで数分ある。

 もう少し、浸っていたかった。

「………」

 我ながら、少々感傷的になっていた。

息子の所業が、あの頃の自分を思い出させる。
自分の意志で、思いで、誰かを助けること。

あの馬鹿のような、滅却師としてのあり方ではなかったが、ある意味、滅却師らしい、死神との、あり方。

馬鹿と罵り合いながらも、背を預けたこと。
死神と滅却師でなく、黒崎一心と、石田竜弦として。

「…………」

あの時結んだ約束は、胸にある。

誰にも漏らさなかった、約束。

“また、あの桜、見ようぜ”

光の柱の中で、見た姿は。

「…本当に、馬鹿だ。貴様は」

そう呟いて、竜弦はタバコを消した。









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