意外と思った。
珍しい、とも。
けれど不思議なことに、当たり前のようにも受け取っている自分がいて。
それはその、一緒にいることが、多くなったからで。
これからはそれすらも、当たり前のように、なっていくんだろうと思う。
くすぐったいような、安心するような、時間。
それが、本当は、自分が欲しかったものなのかも、しれない。
それは甘く優しく そして苦く儚い
「…いらっしゃい」
「…おう」
これ、遊子と夏梨から差し入れ…と手渡された紙袋の中には、暖かな甘い香りのもの。
「…クッキー?」
「あぁ、ほら、もうすぐ…あの、かぼちゃのお祭りみてぇな…」
「あぁ…ハロウィン?」
「おお、それ。それで配るお菓子の練習で、うまく出来たから、お前にって」
「へぇー…珍しいね、ハロウィンをするなんて。ご町内で?」
「あぁ。まぁ、何かしらお祭りやってっからなー、このあたりも。珍しい気はしねぇけど」
「君も参加するのかい?」
どうぞ、と促されて、一護は靴を脱ぎ、揃えてから入る。
「いや、俺は見回りに立つだけ。親父が行きたいっつってたけど、学会と重なったってよ」
「…大変だね、お医者さんも」
「…人ンこと言えんのかよ…空座総合病院でパフォーマンスするって聞いたぞ」
「…僕には関係ないよ」
「へーへー」
言われる前に、手洗い、うがいを済ます。
寒くなってきたから用心するに越したことはないと、最近言い募るようになったからだ。
季節はやっと、あの暑い夏から、涼しい秋に変わった。
運動も読書も、裁縫もしやすい季節。
でも、涼しい…というよりは、どちらかといえば、寒い。
ほんの少しだが、日が落ちるのも早くなっていて。
気づけば、もう10月も下旬に差し掛かっている。
そろそろ…紅葉が映える時期になる。
「とりあえず……こんなもんはどうかって、持ってきたけどよ…」
「ありがとう。図書館で本を借りたくてもまだまだ回ってきそうになくて、読む本がなくて退屈してたんだ」
ずいっと差し出したもう一方の袋を開いて、雨竜は口元を綻ばせる。
それが面白くなくて、一護は口を尖らせる。
「…だったら、たまには俺の相手をしてもいいんじゃね?」
テーブルに頬杖を付いて返すと、じろっと、一護は雨竜に睨まれる。
「…それこそ、冗談。君の相手なんてしてたら……身が持たない」
さらっと返された言葉を聞いて、ちぇッと思ったが、そういうつもりで言ったのではない。
「…俺、そういうつもりじゃねーンだけど」
「あーうるさい、黙っててくれ!」
自分でも失言に気づいたのだろう雨竜は、黙らせるために、そこらにあったハードカバーで、一護の頭をどついた。
一護には見えなかったろうが…その頬は少し、赤くなっていた。
「ってぇー………」
「君が悪いんだよ、君が! それに、君の相手をするって言ったって…」
「デートもなかなか、ままならねぇけどな」
「!…悪かったね」
「悪いなんて言ってねぇだろ」
いちいち言葉尻取るんじゃねーよと返せば、しょうがないだろと、眼鏡のブリッジを上げる。
「こういう性分なんだ」
「…あっそ」
そこでいったん喧嘩は引き分けになった。
喧嘩といっても、単なるコミュニケーションに違いないが。
「…じゃぁ、とりあえず、僕はこれ」
そういって手に取ったのは、映画化、舞台化もした時代小説。
作者だけは見たことあるが、まだ自分は読んだことのない本。
「…俺は…何となく」
横文字が入った、難しそうな小説。
これもまた、名前だけは見たことある。
「へー、黒崎、スパイ小説読むんだ?」
「へ? これって、そういう奴なのか?」
「へって…知らないのかい?」
「…あっちこち、書斎とか本棚とかから持ってきたからよ…何があるのか、よく解ってねぇんだよ」
「じゃぁ、これは?」
雨竜が自分が手にしたものを指すと、名前だけは知ってると返す。
「シェイクスピアもいいけど、日本の本も面白いぞって、いつの間にか買ってあった。
でも、時代小説ってよくわかんねぇから…背表紙と、あらすじ見ただけ」
「呆れた……結構有名どころばかりだよ。君が持ってきたの」
「ふーン」
「ふーんて……まぁ、この機に読んでみたらいいんじゃない?」
「読んでみたら…って、読むために持ってきたんだろうが」
本を手に一護が口を尖らせると、そうだね、と辺りを片付け、クッションを背もたれに、雨竜はいそいそと読む準備に入っている。
それを横目に見て、一護も胡坐をかいて、壁にもたれて読む体制に入る。
「別に漫画でもよかったのに」
笑う声を横で聞いて、それを早く言えよと思ったけれど、本を読むことは苦痛ではなかったから、別に良かった。
「でも、お前がなんか本持ってないかって聞くから…」
「君ん家、結構本があったから…何かないかなって、思っただけなんだけど」
「…図書館代わりかよ」
「当分は?」
医学書でもよかったんだよと笑いつつも、大事に本を扱う姿を見て、それでもいっか…なんて、単純に思う。
「じゃぁ、漫画でもいいなら、今度持ってくるぞ?」
「僕の読めそうなものならね」
「あーたぶん読める。お前、ミステリィ好きだよな。今59巻まで出てるぞ」
「…それは、君が持ってくるのが辛いんじゃないかな」
「あ……」
「分散してどうぞ」
くすりと笑って、ぱらりとページを捲り出したから。
会話はそこで終わってしまった。
くしくも、ときは読書週間で。
絶好の、読書日和で。
最初でこそ、なんだかとっつきにくく感じた内容だったが…いつの間にかのめりこみ。
二人して、読書に没頭していた。
ふと、時計を見ると、3時前。
昼過ぎに来たから、ご飯は食べていたとはいえ、お茶を忘れていた。
自分としたことが、どうにも…本を読みたくて読みたくて仕方なかったらしい。
…活字中毒者な自覚は、少々…あるけれど。
横目で見た相手も、シェイクスピアが好きとか言うだけあって…結構本を読むのだと感じた。
まぁ、シェイクスピアが好きだからといって、本が好きとも限らないが。
どちらかといえば、音楽のほうが好きそうな気がする。
洋楽とか詳しいし…と、本から目を離して思う。
そろそろ、目を休ませなくてはいけない。
パソコンの液晶画面やテレビの画面とは違いつつも、じっと見つめるということは、目を酷使することだから、休憩しなくては。
自分だけならこのまま行くけれど、一護がどうかは解らない。
様子見もあって、雨竜は本から改めて、目を離した。
「黒崎」
「んー?」
生返事にも似た声が返ってくる。
ふと見ると、いつの間にか寝転がりながら読んでいる。
「黒崎、行儀悪い」
げしっと踵で脛を蹴ると、いてッと、脚が挙がった。
「人のこと行儀悪いっつって…おめーはどうなんだよ」
「部屋の主に逆らうのかい?」
「え、いや……」
オマエ、時々怖ぇよなぁ…と、一護は起き上がり、居住まいを正す。
「何、飽きてきちゃった?」
それ読むの…と、途中まで広げられた本を指すと、そうじゃねぇんだけどよ…と、一護は頭を掻く。
「難しいって言うか…なんつーか……」
「…読んでてだんだん、ワケが解らなくなったと?」
「…それが一番近いな」
あーと、遠くに目線をやるあたり、読む本を間違えたなと、感じた。
「じゃ、いったん休憩する? してからまた挑戦してもいいし、違うのに変えてもいいし」
「別にかまわねーよ。ちょっとこんがらがってるだけで」
ぽりぽりと頬を掻く一護に、雨竜は溜息をついた。
「とにかく、お茶にしようか。淹れて来るよ、何がいい?」
本に栞を挟んで雨竜が立ち上がろうとすると「淹れてやるよ」と一護が立ち上がった。
「へ…? あぁ…じゃぁ、お願いするよ」
あまりに突然だったので、一瞬あっけに取られたが、台所に向かっていったので、その背に返した。
「大丈夫か?」
「へーきへーき」
かちゃかちゃと、音がする。
インスタントを淹れるだけだからすぐに来るだろうと思ったけれど、なかなか出てこない。
あちっって声も上がって、何だ、大丈夫か…と思いつつ、待つこと10分。
やっぱり気になって、どうしたのかと立ち上がりかけたとき、遅くなった、とマグカップを二つ持って、現れた。
「あちって言ってたけど…火傷、してない?」
「ン、あぁ…大丈夫。ちょっと掛かっただけだ」
「ならいいけど……」
「なんだよ、心配したか?」
「心配って言うより…物壊してないか気になって…」
「そっちかよ」
口を尖らせて一護が、マグカップをこちらに寄越す。
両手で受け取ったカップから仄かに香るのは、いつもと違うものだった。
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