コブサラダ:1930年前後、ハリウッドのレストランオーナーのボブ・コブ氏が常連さんのために、
ありあわせの素材で作った「まかないサラダ」が原点。
コブサラダ:一護は知っている篇
映画の前売りを貰ったから、一緒に見にいかねぇかと、一護は雨竜を誘った。
最初は逡巡していたものの、しょうがないな…と、昼に奢られたカフェオレに雨竜は折れて、次の日曜日に一護と出かけることになった。
付き合っている、といっても、傍から見ればただの、ぎこちない友達同士のようで。
まだまだ『友達』にすらなっていないかもしれない。
それでも、一緒にいられることに関しては…内心、互いに言わずとも、嬉しかったりした。
普通じゃない出会いで、普通じゃない関係だとしても、中身は普通の純情高校生である。
好きな相手といられるのは、やっぱり、嬉しい。
映画の始まる時間から逆算して待ち合わせして。
席を取ってから、その合間に買い物や食事をするかと、取りあえずの計画を立てて、二人は歩き出す。
晴天の日曜日は、家族連れや恋人たちも多く、友達同士も多かったので、男二人でいることには余り違和感はなかった。
それに紛れてしまえば、人というものはよほどでない限り他を見ることはなく、気にするほどのことでもなかった。
けれど、どうしても雨竜が気にするので、手を繋ぐ、というのは、なしになったが。
「…別にいいじゃねーかよ…腕組むんじゃねーんだから」
「ッ…時々君、変な理屈捏ねて、おかしなことするよね」
「おかしなことって…だってオメー、人ごみ慣れてなさ過ぎて、ほっといたら流されてっちまいそうだから…」
「流されても、こんな鮮やかなオレンジ頭が、わからないわけないだろ?! それに姿が見えなくなっても、
馬鹿でかい霊圧で判るから、君を見失うわけないじゃないか!」
「…いや、それはそれで嬉しいけど…」
「ッ……ほんッと……バカじゃないのか、君」
そんな問答を打ちながらも、腹が減ったなぁーと、ぷらぷら駅前を歩いていると、美味しそうな匂いが、一護の鼻を擽った。
「あー…なんか、ベーグルの焼けたいい匂いがする…」
「ベーグル?」
「へ、オメー知らなかったっけ?」
「知ってるけど……パン屋も大変だね…これからどうするんだろ…」
「いきなり現実的な話すんなよ」
「経済を考えてだよ。何、あれって美味しいのかい?」
「俺もたまーにしかってーか、殆ど食べたことねーけど」
「…食べたことないのに、匂いには反応するんだ…」
「…なんだその、犬みたいって顔は」
どうするよ? と、聞いてくる一護に、うーんと、雨竜は口元に手をやって考え込む。
「…単価が上がる前に、食べておきたい気は、するかな」
「…正直に『食べたい』ッつったら、いいのに」
「ッ、なんだよ、それっ」
「いや、言葉のまんま。俺も食いてーから、あそこの店でいいか?」
「…そこまで決められてて、僕に反論の余地はないと思うけど」
「嫌なら変えるぞ?」
「……変だ、君」
甘すぎないかい?
小さく呟かれた言葉に、一護は一瞬止まるが。
「……デートしてんだから……甘くねーほうが、おかしいと思うけど」
やけにあっさりと、けれど、本当にそう思っているように返してきた。
その言葉に、雨竜は絶句する。
「でッ、でッ……」
「はいはい。オメー、ヘンなとこで驚くよな」
甘い、甘くないなんて、よくわかんねーけど、と、さり気なく一護は雨竜の腕を引き、その店に向かう。
「く、黒崎っ!」
「早くしねーと、席無くなっちまうだろ?」
雨竜の言葉も何処吹く風、さくさくと一護は進む。
(まったく…ッ)
引かれるまま、雨竜も歩を進めるが、よく見たら……うっすらと赤い耳に、強張った手である一護に気づいて…
(……バカ、だな…)
小さく、口元だけで、雨竜は笑う。
指の力を込めて握り返せば、こわばりが解けて。
一瞬、一護が振り返る。
「…急がなきゃ、駄目なんだろ?」
ほら、前向け、と、雨竜が促すと、そ、そうだなと、一護はまた前を向いた。
店に着くまで、その手は握られたままだった。
ランチタイムのピークは過ぎていたせいか、店の回転が速いのか、店にはすんなり入れた。
入り口付近で、手を繋いでいたことに改めて気づいて、慌てて離した。
……惜しいなぁ…と思いつつも、店中まで手を繋いだままいく根性は…ない。
それに多分…そんなことしたら、『弧雀』で射られる。
周りはサラリーマン、OL、友達同士、カップルなど、街中の人々と代わり映えしない感じで、気にすることもなさそうだった。
まぁ、これで代わり映えするような人たちがいるとしても、まぁ、関係ないといや、関係ない。
こちらへどうぞ、と進められ、着席する。
同時に水と、メニュー、ナフキンを置かれ、ご注文が決まりましたらおよびください、とアルバイトらしきウエイターが去っていった。
物珍しげにけれど、きょろきょろせずに店内を見る雨竜に、一護はちょっと笑ってしまう。
(…こういうとこ、初めてか?)
学校では見られない姿に、ちょっと、得をした気分になる。
(…まぁ、また違うかもしんねーけど……いっか)
そう感じ、一護は持ってこられた水を、一口飲んだ。
(…オシャレなカフェって感じか……)
いつの間にできてたんだろ…と、周りを見てしまう。
余りこちらには足を運ばないけれど、一護と一緒に行動するようになってからは、少し、行動範囲が広くなったので、おのずと覚えておくようになった。
(…スピーカー下なせいか、ちょっとBGMの音が大きいのが、難点かな?)
ふむと、再び口元に手をやって納得していると、それを見てたらしい一護が笑うのに、雨竜は気づいた。
「…なんだ、黒崎」
「いや、別に。そーいや、何食う?」
取りあえず、食事をしに入ったのだ。店の偵察に来たわけではない。
本来の目的を思い出して、雨竜はテーブルに広げられたメニューに視線を移す。
「へー…ベーグルって言っても、たくさん種類があるんだねー」
「そーだな。それにサンドイッチタイプにするか、そのままにするかでまた、変わってくっしな…」
これとこれのセットもあるし、これとこれでセットにしたら、こうなるから、単品ではこの値段のドリンクでも、セットにすりゃ安くなるぞと、財布との相談を頭で始めた雨竜に気づいてか、一護は苦笑して指でセットを指した。
「それに、今日は俺のおごりだから、かまわねーぞ」
「…へ?」
「…へ、って…なんだよ…不服か?」
「べ、別に……」
「月末だしな、ヤべーんだろ? 奢りが嫌なら、貸しでもいいし」
「…一生の不覚だ」
「んじゃ、決まりだな。ほら、早く決めろ」
ホレ、と、メニューを一護は雨竜に渡す。
黒崎は? と目線を雨竜が返せば、俺はもう決まったから、と、一護は水を飲んだ。
(いつ、気づかれたんだろ)
そろそろやばいってこと。
メニューで顔を隠しながら、雨竜は溜息をついた。
自分のほうが一護を見てきたんだ、と言う自負が勝手にあるだけに、どうにも、面白くない。
けれど同様に、そんなとこまで見てるんだ…と、感じる心もある。
(…とにかく)
今回は、相手に勝ちを譲っておこうと、改めてメニューに雨竜は視線を移す。
(コブサラダ…か)
海草のサラダかな。身体にいいかも。最近、ミネラル取れてないし。
あー裁縫してて目が疲れてるから、トッピングはブルーベリーのクリームチーズかな…
飲み物は…と、今の自分の体調やいろんなものを省みて、もくもくと、雨竜はメニューを繰っていた。
「決まったか?」
ふと掛けられた声に顔を上げると、これまた一護が面白そうに見ているのが、気に食わない。
(…いつもは眉間に皺、なのに)
何でそんな、腑抜けた顔を…と、睨みを利かさずにはいられない。
「とりあえずね」
そういって、雨竜はパタンとメニューを閉じた。
「何怒ってんだよ」
「…別に」
「そ。すいませーン」
気にも解さず、一護は手を上げた。
(…なんだか)
視線が痛いような。
ふと周りを見回してみると…なんだか、お姉さん方の視線が、痛い気がする。
(……判る、わけじゃ、ない、けど)
オレンジ頭で大きな声で、いったい何者だ、と思って怪訝に見るけれど、そこにいるのは…結構、まぁ、言うのも嫌だが、いい感じの男、が、いるわけで。
(OLのオネーさんのぶしつけな視線にも気づかないなんて…)
何処まで鈍感なんだ、君は…と、目の前にいる一護に対して、雨竜は胸中に舌打ちする。
友達に対する甲斐甲斐しさも見ていたならば…余計、高感度は上がったことだろう。
(…面白くない)
飲み込むように雨竜はまた、水を一口、口にした。
なんだか、視線が痛い。
ちくちくするような、ガンを垂れるようなのにも似たものが、自分の肌を刺す。
(あー……後姿じゃ、わかんねーもんな)
雨竜の後姿は、本人には申し訳なくて言えないが(いったら最後、射殺される(いや、それもまた違うが))
華奢で、遠目には女性に見えたりもする。
それが時々勘違いされるのか、不躾に刺さる視線は、羨望や嫉妬に似たものが多い。
特に、同年代のヤローの。
自分がやに下がっている、といったら、聞こえが悪いが、雨竜に「ヘンだ」と言われるくらいなのだから、締りのない顔になってるのは、自覚がある。
コンが入ってるときよりおかしいんじゃないかってッぐらい。
でも、嬉しいモンは嬉しいから、別に、締めようとも思わねぇ。
たとえ、後で、「バカじゃないのかっ!」と、蹴りを食らっても。
ウエイターを呼んで、注文をする。
ぱっと見で、何となく食べたいものは決まっていたので、それにした。
雨竜はどうやら悩んでたようだが、納得をしてメニューを閉じたから、いいのだろう。
「…と、豆乳ベーグル。それから、アボガドとサーモンのコブサラダでお願いします」
「判りました」
そしてウエイターが復唱して、その場を去っていった。
「オメーがアボガドなんて、珍しい…」
「一度食べてみたかったんだ。調理法は知ってるけど、実際どうなのかわからないしね」
「毒見か?」
「まさか。ここぞとばかりに珍しいものを食べてみようと思っただけさ」
それがどうかしたかい? とふんと顎をあげて、怒ったように見てくる。
「別に、どうも…」
「だったらどうでもいいじゃないか。それよりも君、気づいてないのかい?」
「何が?」
「……これこそ別に、どうでもいいけど」
「ちくちく感じはすッけど、別に喧嘩ふってくるわけじゃねーし、いいんじゃねぇの?」
「君は…ッ、呆れる」
「それよりちゃんと、貸したビデオ、見たんだろーな?」
「取りあえずは。結構意外だった、君がファンタジー見るなんて」
「遊子と夏梨につき合わされたんだ。でも、まぁ…なんてーか、面白れーかなーって、思っただけで」
「妹さんたち、押入れかクローゼット、開けなかったかい?」
「あー遊子は開けてたな。夏梨は『あるわけないじゃん』なんつってた」
そんなふうに食事の後、見に行く映画の第一弾の復習を、一護と雨竜はした。
「おまたせしました」と言う声と共に、同時に運び込まれ、テーブルは一杯になった。
改めて手を拭いて、ナイフとフォーク…と思えば、ほらよ、と当たり前に渡された。
「…あ、ありがと」
「どーいたしまして。ほら、食おーぜ」
頂きます、と手を合わせて、一護は湯気の上がる野菜に、フォークを立てた。
「…頂きます」
そう呟いて、雨竜もフォークで、アボガドとサーモンのサラダをついた。
(あ、ちょっとピリッとして、でもまったりして……美味しい)
ざくざくとレタスも一緒にして、ゆっくり、口元に運ぶ。
(これなら……僕にも作れるな)
混ぜ合わせるドレッシングを少しアレンジすれば、もっといいかも…と、黙々と食べる。
合間、暖められたベーグルを、最初は何もつけずに食べ、次にクリームチーズをつける。
(これも、美味しいなぁ…結構、カフェの食事もバカにできないな)
そう思って、ゆったりと、雨竜は食を進める。
しかし…サラダを食べながら、ふと、疑問に思うことが、あった。
(…あれ?)
行儀が悪いなと思いつつも、フォークで少し、サラダの中をかき回してしまう。
(…おかしいな)
入ってないのかな……と、考え込むそぶりを見せた雨竜に一護が気づいて、声を掛けた。
「おい、どうした?」
「え?」
「なんか、入ってたのか? 入ってたんなら、店の人に言って、交換してもらったほうが…」
「ううん、入ってないんだ」
「は?」
「探してるんだけど…これ……昆布が入ってないんだ」
「…はい?」
「『コブサラダ』っていうんだから…昆布が入ってないとおかしいのに…風味的にも食材的にも、味覚的にも、昆布がないんだ。だから、おかしいなって思って…」
「へ?」
「だから、昆布……」
何呆けたこと言ってるんだい? と目くじらを立てて雨竜が見てくる。
ようはこうだ。
コブサラダ、というぐらいだから、このサラダには昆布が入ってるだろうと。
けれどそれが、姿形、味覚もありはしない。これはどういうことだ、ということだろうか。
「……く…ッ」
「黒崎…?」
取りあえずフォークを置いて、一護が口元を隠すようにそっぽを向いたことを、雨竜は怪訝な顔で見やった。
「…おめ、それ、違ぇよ」
「は?」
一護の声に、雨竜はますます機嫌の悪い声を返した。
「コブサラダってのは、アメリカのコブ何とかって人が、食べやすいように食材を細かく刻んで作った、ありあわせのもので作ったまかないサラダのことで、昆布の入ったサラダじゃねーんだよ」
「…へ?」
今度は雨竜が呆気に取られたように、一護の言葉に止まった。
「だから、そのコブって言うのは、人の名前であって、昆布じゃねーんだよ」
「……え……そうなの?」
「信用できねぇ?」
一護が見てくるのに、雨竜は、ウッと詰まった。
「なんなら、携帯で検索でもすっか?」
おもむろにポケットから携帯を出して、一護が操作しようとするのを、そこまでしなくてもいいよ! と、雨竜は慌てて止める。
「いったんこの場では、それでいいよ。後で詳しく…」
「判った。それより、早く食べようぜ。お前ただでさえ遅いんだから」
「遅いは余計だ……あっ、勝手に人のを取るなよ!」
「おー、ホントだ。昆布の味しねーな」
「ッ……うるさいっ」
そんなこんなで、賑やかな食事の時間は過ぎていった。
後にお互いに残ったのは、手の温度と。
穏やかな笑顔の記憶、だった。
こんな日も、悪くない。