慣れたような、慣れないような。

腕に力が入らなくなる。
なのに震えて、しがみつくしかない。

倒されて背に、畳を感じても、世界が揺れてるようだ。

薄い皮膚の感触と、柔らかい、濡れた感触。
頬に触れる大きな手のひらに、腰を抱きこむ、強い腕の感触。

「ッ…ふ……」
何とか息を継いだとき、口唇を離される。
ぼんやりと見える…相手と自分の間に伸びる、銀色の糸。

「く、ろ……」
さ……言葉を発するまもなくまた、深く貪られる。

熱い舌が、口腔を撫でていく。
宥めるようなそれが、余計に自分を焦らしているように思える。

「んんっ……」
上顎を舐められて、ゾクリときた。
腰が動いたのに、気づいてるはず。

「あ…っ…ゥ…」
口唇が離れて、頬に、濡れた感触を覚えた。
その後を辿って、柔らかい感触。

「……なんて顔、してんだよ…」
「…ッ………ぁ」
低い声が、耳奥に届いて。
苦しくて、噛み締めていた口唇を開いた。

指先は、身体の線をなぞるように触れていく。
触れるたび、びくりとして、相手の肩を掴む力が、強くなる。

「ふ……」
口をついて出る息が、酷く熱い。
首筋を辿る口唇が…冷たく感じられるほど。

「ん…ッ」
じわじわと、視野が滲んでいく。
それを相手の舌に舐め取られて、また、滲んだ。

半ば脱げたシャツが、肩の辺りにわだかまる。
それを追うように、口唇が肩を滑り落ち、指先が背筋をなぞった。

「ッ……」

止めろとばかりに相手のシャツを引くと、笑ったように見えた。

 止められるわけねーだろ。

そんなふうに。


雨が降っている。

雨音が、開いた窓から大きく聞こえる。

“…閉め、なきゃ……”

窓。

雨の雫が入る。

そして。

声が、聞こえる。

「ま…ど…」
痺れた唇を動かして、何とか言の葉を紡ぐ。
力の入らない腕を上げて、相手の後ろを、指す。

自分のシャツを脱ごうとしていた手を止めて、相手は後ろを振り返る。
「窓?」
「窓……し、め…」
「…メンドクせーよ」
腕を取って、また、優しく口唇を落としてくる。

その……キスを待ってるんじゃ、なくて。

“だ、から……ッ”

流されてしまいたいのは、ある。
このまま…と。

でも、でも……!

まだそこまで、自分は溺れられない……


「ツ……」
「黒、崎…ッ」
腕を抓られ、口唇が離れた。

「窓……閉めてくれ……ッ」
 
 頼むから。

「………わーったよ」
泣きそうな顔にそそられるも、ここで襲おうものなら、
後々恐ろしい目にあうので、素直に離れて動いた。

「そ、それ、から…」
電話、しなきゃ…と、ふらふらと、石田は黒崎の鞄を取る。

「おい」
閉めたぞ、と、振り返れば、石田は、ようやく見つけたかのように携帯を取り出し、
画面と睨めっこしていた。

「おい」
「……見えないんだよ」
君んちの番号…と、何とか短縮番号を当て、ボタンを押した。

「………」
先ほどまでふにゃふにゃとしていたのに、背筋を伸ばして、
携帯に耳を集中させている。

ほんの少しして、繋がったのか、あっ、というような顔をして、石田は顔を上げた。

「あ、もしもし、すみません、石田です」
何とか整えて、紅い口唇から、いつも用の声を、出している。
よく聞けば……少し、色香が混じっているようにも、聞こえる。

「………」
「あ、うん、そうなんだ…ちょっと台風の影響で…うん…ごめんね、連絡が遅くなっちゃって」
電話の相手はきっと、遊子だろう。
このごろは言葉も砕けて、とても柔らかくなっている。

「…………」
「…謝らなくていいよ、邪魔してきたのは黒崎なんだし…」
話の内容は大体読める。
遊子が「お兄ちゃんがこんなときにすみません」なんて言ったのだろう。
それを受けての答えだ。

「………」
大体、俺が休みのときに行くと場所ってーのは決まってッから、いちいち言わねーだけなのに、
石田はきちんと連絡を入れろという。
もし、おじさんがいなかったら、女の子二人だけで残すつもりか、と怒るのだ。

(君、仮にもお兄さんだろ? 妹たちを不安がらせるんじゃないよ!)
目くじらを立てて、怒る。
…もしかしたら、遊子か夏梨辺りが、愚痴ったのかもしれない。

いや……夏梨の件も、あるか。

「………」

俺にも言わないことを…石田には、言うから。

「………」
嬉しい誤算のような、関係だけれど。

……面白く、ナイ。

「あーそっか…ご飯、作っちゃってたか…んー、それだったら、置いといて、次の日、アレンジしたらいいよ。
お弁当のおかずにもいけるし…うん。いいよ、いいよ、大丈夫。大丈夫だから」
気にしないで、と、電話に向かって柔らかく返す。

“……何が大丈夫なんだか”

さっきのキスで、だいぶ……反応していたのに。
窓を閉めろって言ったときも…瞳は、潤んでいたのに。

“……堪えられる、って言うのかよ”

自分に背を向けて、無心に石田は電話に向かう。
頷くたび、髪が揺れて…白い項が、見え隠れする。

「…ッ…」
寛げた襟から覗く、白い肌。
せっかく脱がしたのにまた着てしまっていることを腹立たしく思い…
けれど、そういう奴だよなぁと、頭を掻く。

「………」
見えないのに、ちゃんとした姿で相手に相対する。

そういうところが、好きなのだ。

“ただし…滅却師衣装は、別だけどな”
あれはまた違った意味で、いろいろ、思うけど。

すぐ切るだろうと思って、少しその背を見ていたが…
邪魔された気分も相成って、どうにも……悪戯をしたくなった。

“ようは電話の邪魔をしなきゃいーんだよな、ようは”
自分で結論を出して、そろっと…電話をする相手の背後に、近寄った。




「うん、うん…ちゃんと戸締りはした? え、あぁ…こっちは大丈夫。
心配しなくていいよ、ありがとう」

電話をしたことである意味理性が帰ってきてしまい…どうしようかと、内心雨竜は思った。

“でも、なぁ……”

身体の奥、わだかまっているものは、まだある。

“……どうしよう”

自分の熱は何とかできるとして…問題は、今、待たされている相手のことだ。

“…ただでさえ…あれなのに”

どうしよう…と、考えている雨竜の背中に、触れる手が、あった。

「っ!!」
びくうっとして、一瞬、携帯を取り落としそうになった。
瞬間無言になって、向こうから、どうしたんですか? と問う声が帰ってきた。

「え、いや、別に、何も…」
取り繕うように返すと、今度は、その手のひらが前に回り…シャツの上から、撫でさすってきた。

「ッ…」
尖りだした先にかすかに触れ、すっと離れていく。
離れた後再度、そこに触れ、つんつんと撫でてくる。

「っ!」
漏れそうになる声を、慌てて片手で覆い隠した。
電話越しに、石田さん? といわれ、あ、ごめんと、また返す。

そのそば。

「…なぁ」

受話器を当てていない右耳で、囁かれる。
なるべく…電話越しの相手に、聞こえないように。

「……まだ…終わんねぇ?」
そのまま、耳朶を齧られる。

「…ッ…」
先ほどまで理性が帰ってきていたのに…触れられたとたん本能に戻るのは、なんと言うか。

収まりかけていた熱が、再び競りあがってくるのを感じる。

「石田」

苗字を呼ばれるだけでどうして、こんなにぐらりとくるのか。

ぴたりとくっつくでもなく、でも、触れられる距離。
自分より高い体温が、自分の肌を滑っていく。

“……止め…”

力が、抜けてくる。

電話の声も、遠くに聞こえて…取り落として、しまいそうな。

そんな瞬間。

「あ、遊子か。悪ぃな、飯、作っててくれたのに」

先ほどの声とは違う、冷静な…兄の声が、響く。

「うん、置いといてくれりゃ、食べるから。え、もっと早く言えって? 悪かった」

気づけば、携帯のある左手は相手に取られ…自分の身体は、右腕に、落ちていた。

「はいはい、って、掛けてねーよ、迷惑。うん、わかった、言っとく。んじゃな」

そういって、ボタンを押して、もう一度ボタンを長く押し。
パタンと閉じて、鞄に放り投げた。

「……」
「…なんだ、って顔、してんな」
腕の中を覗き込むようにして、見てくる。

「なんか、会話が途切れ途切れになるから、具合でも悪いんじゃないかって、言ってたんだよ」
さらりと言って……何とかして留めたボタンを、あっさり外していく。
腕の中、捕まったまま。

「具合は、悪くねぇよなぁ……ただ、タイミングが悪かっただけな」

 俺たちの。

その潜んだ声に、かっと赤くなる。

「き、君が…早く、連絡をしないか、ら……」
「…あの状況、状態で連絡できるほうが、おかしーんだよ」
お前、妙なところで冷静だもんな…
額にキスされて、思わず瞳を閉じる。
そのまま瞼に落ちて、頬に落ちて、口唇に落ちる。

「だからって、あんな…」
「電話中なのに、って? 邪魔してねぇだろ?」

 触ってただけだし。

「…ッ、そ、れが……」
「あーもー、うるせー……」

 黙ってろ。

深く差し込まれた舌に、言葉と声を取られた。



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