横目で見た相手は、熱心に布に向かっている。
雨が降るにかこつけて…寄ってはみたものの、気はなんとなく重く。
どんよりとした空を見ては、気が滅入った。
そんなことを言ったなら、直ちにさっさと帰れ! と追い出されただろう、前なら。
でも今は…少し、様子を見る。
一年経って見てきた、スタンス。
本当に駄目なときは死神姿でも追い出されんだってことは、体感した。
そして、勝手にすればいい…と、放っておかれる。
最低限のことをして、自分の世界へ没頭する。
この放って置かれる距離がなんというか…家族とはまた違った距離で…落ち着く。
他人に気を使われる、気を使うのはあまり得意じゃねぇ。
言われなきゃわかんねぇ事のほうが多いし、言ってもわかんねぇ。
でもこの相手は…なんというか。
沈黙すらも愛おしいと、思わせてしまう。
静かな空間が、心地いいときも、あるのだと。
騒がしい我が家が嫌というわけではないが、ただ、ひっそりと、静かに過ごしたいときもあって。
そういう時は大抵…此処に逃げ込んだりする。
…他の理由も、あれど。
ある意味、他人ではないのだが、それを露骨に出せば逃げるから。
それでも…少しは、滲み出て。
誰かの姿や感じる霊圧がなければ…外で触れることにも、多少は慣れてくれた。
過剰な触れ方はしないが、触れられなれていない相手だったから、難しかった。
触れたい自分が、手を伸ばせば伸ばすほど、逃げる。
そして無理に伸ばした自分は、相手にどやされることのほうが、大変多い。
(馬鹿か君は! ほんとに、まったく…)
それでも…あの頃よりは、とても近くなった気がした。
とても、とても。
(気をつけなよ、一護)
不意に言われた言葉。
(何が?)
屋上で昼飯を食おうと待っているとき、水色が来て。
隣に座って、そうなんだー、ふーんといった風に、自分を見てきて。
(まぁ、一護の皺はデフォルトだから、ほんと、解る人にしか解んないんだろうけど)
ほんと、気をつけたほうがいいよと、再度、念を押された。
(…だから、何に気をつけろって言ってんだか、わかん…)
(雰囲気、柔らかくなってきたからねー、石田君)
最初の頃の彼とはかなり違うよねぇーと、意味深に笑って言う水色の言葉は、
そのときはよく解らなかったが、落ち着いて反芻してみると…それは。
(………っ…!!)
(だーから、気をつけなよ。一護もね)
視線が石田君にばっかり向いてるときがあるよ?
恋愛事情に聡い友人には、何を言わんかや、何を言わずとも、雰囲気だけで読み取られているようで。
もともと最初に昼飯を一緒にしようと言ってた時にも、自分たちを『似たもの同志』といった相手だ。
恋愛に関してはリベラルというか、なんと言うか、自分より経験値は上の相手なので何とも言えないが
……そんなに、出ていたのか。
(…その……水色…?)
(まだまだ清い感じで焦れったいのは解るけど、ああいう相手は無理に押したら駄目だからね〜)
人と接するのも、そんなになかったようだし、と、見てきたことのように語る友人に、
自分は胸中で白旗をあげるしかなかったのだ。
…まったくもって、そのとおりだったから。
(まぁ…なんだ)
忠告、ありがとよ…と返せば、そこが、なんか一護なんだよねと、水色はまた笑い。
(で……また、似てんだよね)
彼と。
そう言われて。
顔が赤くなったのを、感じた。
それから一年。
あっという間だったような……まだまだ、なような。
こうやってそばにあることを許してくれているけれど…いつか、離れていってしまいそうな。
一人で立てるやつだし、一人で生きていける奴だってのは、この一年で痛感している。
……いろいろな背景も含めて。
すり抜けていくというか、遠く、遠く…在ろうと、するような。
“……焦れったくはねぇけど、もどかしいとは、思うぜ…”
外を見ながらも、気配は相手を感じていて。
熱心に刺繍を刺している姿は、布の擦る音で解る。
丁寧に刺されているそれは頼まれ物で、今日中に終わらせたいから邪魔するなと、最初に言われていた。
インターフォンを押す前にドアが開いて、なんだよ、という顔で、部屋に招きいれられる。
(いちいち押さなくても、君の霊圧はすぐに解るからいらないんだけど)
麦茶でいい? の声に頷けば、座ってていいよ、と、ふっと、微笑まれる。
…最近は、そんな微笑を、返してくれるようになった。
呆れた様にも見えるが…その色の違いは、解る。
テストも何とか終わり、あとは平常授業をこなすだけだ。
その合間、虚が出れば、虚退治に向かう。
テスト中に出てこなかったのが不幸中の幸いだったが、
君のほかに死神は配置されてないのかい? と冷静に言われ、
あーそういえば…と、多少は不安が残りつつも、担当者に適当に任せて、その場は乗り切ったのだ。
ただでさえ…一年の半ばで出席日数がやばかった自分だ。
同じ愚を犯すのもまずいと思い、任せられないが、心を鬼にして、任せた。
まぁ、幸い大きな虚も出ず、ややこしいこともなく、テスト期間は過ぎた。
二年の夏なんて進路決定の大事なときじゃないか、と、自分と同じように現場に向かう相手に言われて、
そういえば、と思ったのだ。
(とにかく、死神代行業で成績に影響が出るのは駄目だ。
黒崎、進路は決めてあるんだろ?)
じゃないと、今、理数クラスにいる意味ないじゃないか、と、
同じ理数クラスにいる相手が言った。
(決まってるけどよ…ちょっと、ぎりぎり…かもしれねぇ)
(なら、なおさらだ! 無駄な戦いはせずに、効率よく勉強することだね)
(無、無駄な戦いって……虚退治は無駄って言うのかよ?!)
月明かりの元、自分の影はないが、相手の影が長く伸びる。
虚を魂葬した後の、静かな時間。
本当なら、もう少し……たわいない話を、したかった気が、した。
…久しぶりに、逢えた相手、だったから。
拳を握り、下を向いて口唇を、噛み締めてたら。
(そういう意味じゃ、なくて……)
言い過ぎた…と、気づいたような声音に、顔を上げる。
(…そうやって……魂を返すことも大事だけど……
君の人生も、大事じゃないか)
ふ…と、消えるように笑う表情に……胸を衝かれた。
……うすうすと…わかりかけてはいた。
護りたいものが必ずしも、護ることが出来ることは、ないのだと。
あの激闘の中で、肌で知っているのに、やはり自分は、絵空事しか、手にできないのだろうか。
世界を、人を護ることも大事だけど……自分を大事に思う人のためにも、
自分を大事にしないと駄目なんだと、痛感させたのは、目の前の相手なのに。
(……悪い)
(…気にしてないよ。まぁ僕も結論しか言わないしね。怒るのもわかってたけど)
(…おい)
(…まだまだ、だってことだよ。お互い)
もう遅いから、早く戻りなよ…と、自分より先に言われ、また、臍を噛む。
自分は死神姿だから、常人には見えないけれど、相手は人間だから…余計目立つ。
しかも……月をバックに……綺麗過ぎるほどで。
(んー、今から帰ったら…何とか四時間は寝られるかな。
こういうとき、学校が近いって言うのは、強みだね)
(嫌味か、それ)
(ナニ言ってんだよ。死神姿なんだから、僕より速く家に帰れるだろう?)
(瞬歩は結構疲れんだよ!!)
静かに、相手は足を進めだす。
ゆっくりとした足取りに、どうかしたのか? と、後ろから付いていると、
んー、月が、綺麗だなと思って、と、笑う。
(…………)
(……余計なことは、言わないように)
(余計なことって、なんだよ)
(………僕の気のせいか)
眼鏡のブリッジを押し上げて、ゆっくりと進んでいく。
わざわざ言うかよ。
馬鹿かと一蹴されるか、鉄拳が飛んでくるのがわかんのに。
でも……やっぱり、月明かりの下の石田は、綺麗だった。
(……結局は、こういうことになるんだ?)
(うっせーな、ちゃんと帰るよ)
相手の住むアパートまで着いて行って、ドアの前まで見送る。
(過保護だなぁ…君も。妹さんたちを心配するおじさんのこと、言えないんじゃないか?)
(それとこれとは別……また、意味が違う。ってか、お前、俺がいないときに来てたのか?)
(え、あぁ……遊子さんに、ひまわりソーイングで会ってね。
一緒に買い物をして帰ったんだけど、商品が入れ替わっちゃってて。それを届けに)
(学校で言やいいだろ?)
深夜だから、声を潜めて話す。
でも、聞こえにくいから、自然と、相手に近づく。
(……昼寝の邪魔を、したくはないからね)
頑張ってるみたいだから。
(っ……)
近くで、頬にかかる息と共に発せられる、言葉。
触れたくなっても、仕方ない。
そう思って伸ばした腕は、するりと避けられ。
(じゃぁ、お休み)
送ってくれてありがとう。
そう言って、扉の向こうに、相手は消えた。
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