いつの間にか、当たり前のように馴染んでいた気配だった。
いつの間にか、そばにあった気配だった。
“相変わらず、人の霊圧を読めないんだな、君は”
呆れたように返る声。
眼鏡のブリッジを押さえては、じろりと見てくる。
“うっせー、別にいーじゃん、んなこと”
“そうやって何度同じことを繰り返せば気が済むんだい?”
そんなふうに、気が付けばいつも、言い合っていた。
“誰が繰り返してるってんだッ! つーか、オメー、猫みたいに気配消してくんじゃねーよ!!”
“へー、消しているって云うのは、感じてるんだ? 鈍かった頃に比べれば、かなりの進歩だね”
“オメーなぁ……”
そこまで俺、鈍くねぇぞ…と、睨めば、そうかい? と、華麗にスルーする。
“自分の霊圧も御せない君に、言われたくないな”
そんな捨て台詞の後、するりと…本当に猫のように、背を向けて向かっていく。
その背を見て……悔しかったような、なんてーか……何とも云えないものが、胸ん中にあった。
(……………)
虚圏から、そして、尸魂界から帰ってきたとき。
反発しながらも、俺の言葉を聴いてくれたときから。
それ以前に、何より。
“黒崎を、よろしくお願いします。
朽木さんを救えるのは、彼しかいない”
ルキアが恋次と白哉に連れ去られたとき、俺が力を無くした時、浦原さんから伝え聞いた言葉。
顔を合わせれば、文句ばかり言うくせに、俺の知らないところで…誰かに、そんなことを、言うもんだから。
尸魂界で十二番隊隊長と戦って力を無くした事も、また、力を戻したことも、後になって、俺は知った。
誰かに聞かされなければ、自分のことでいっぱいいっぱいで、知ろうともしなかったのに。
当たり前という、怠惰に浸かっていた。
共に在れるという、日常に、浸かっていた。
そんなものは一番壊れやすいと、自分が一番痛感しているくせに、だ。
別れたあの日から、まったく姿を見なくなった。
最後に見たのは、あの白い姿だった。
誰かがいなくなる、と言うのを、自分は、感じたことがあるくせに。
斜め前、誰もいない、がらんと空いた席。
ルキアがいなくなったときとは違う、ちゃんと、現実の出来事。
“石田君、休みなんだって?”
“最近よく休んでるよね〜結構身体弱いのかなぁ”
ざわざわと教室で騒ぐクラスメイトの声すら、素通りする。
誰の記憶にもあって、でも、ない姿。
越智さんが、親御さんから病欠だと連絡があったと言った。
それは、本当なのか?
最後の最後に、ある意味、石田に会ったのは自分だ。
けれど、厳密には違う。
それでも……最後に見た、と言う所為か、酷く…気になった。
親から連絡があったから、間違いじゃない。
自分の病欠だって……無理やり、やってもらったことで、越智さんにかなり怒られた。
そういうのなら、石田もそうかもしれない。
でも。
何かが違うと、胸中が揺らぐ。
空っぽの席を、見ながら。
ずっと、ずっと………見つめながら。
(………こんなふうに、見てたのか………あいつ)
出逢った頃を、思い出す。
気づかなかったと、きつく睨んできた姿。
ずっと見ていた、高い霊力も知っている、死神の力を手にしたのもわかったといって。
そんなふうに、ずっと。
(………一人で)
関わったのは、ほんの数ヶ月。
喧嘩を売られたことから始まって、半ば戦いに巻き込んで。
(………バカやろう……)
云える立場でないのは、重々承知の上だ。
きっと本人に言えば、罵詈雑言のうえに、足蹴にされそうだ。
けれど。
(………バカやろう……)
気になっていたのに、どうにもしなかった自分に、腹が立ったんだ。
「…つーか、ホント、オレはわかんネェなぁ…」
まぁ、オレの身体直すあの手さばきは、すげぇけどなと、コンが頷くのに、
もっとちゃんと見ときゃよかった…と、一護が溜息をついた。
「は?」
「もっと………見ときゃよかった」
思い出すのが、あの白い背中ばかりなのは、切な過ぎる。
「……一護、オメー……」
ホントにマジなんだな、と、コンはぽんと一護の頭を叩いた。
(……嘘だ)
身体が、震えているのが、解る。
寒さだとか、そんなのじゃない。
(黒崎が、僕を、好き、だなんて)
ありえない。
「なぁーぅ……」
「何だ、腹減ったのか? ちょっと待ってろ、ミルク、持ってきてやっから」
心の声が出たのか、僕の声に黒崎は気づいて、お腹が空いたのだと勘違いして、下に下りていった。
(…出て行かなきゃ、今のうちに)
早く、出て、それから。
(姿を、見せないようにするんだ)
今の自分の状態を知ったら、黒崎は。
「はぁー、なんか、くだらねーことしちまったなぁ、オイ」
気分転換に散歩に行くか…と、からからとコンが窓を開けた。
(今だ!)
ひらりと身を翻して、雨竜はベッドから窓の端に飛び乗った。
「って、おい!」
そしてコンの身体を蹴って、雨竜は窓の外に飛び出した。
「ちょっと寒くなってきたから、温めてきたぞ」
でもぬるいからなーと、ドアを開くと、冷たい風が吹いていて。
「お、おい、一護! あいつ、あいつ、出ていっちまったッ!!」
しかもオレを蹴りやがったんだぁーと、ベッドに突っ伏してコンが叫ぶ。
「な、なんだと…」
あいつ、ここから出たことなんて、一度もなかったのに。
「…どっち行ったか、解るか?」
「んなモン、しらねーよ。あの箱入りに行く場所なんてあんのかよ!」
あーもー、オレ様のパーフェクトボディに足型付けやがってぇと、コンはいきり立った。
「そんなモン、洗えば落ちる。ったく、どーしたってんだ」
今までおとなしく、この部屋に、この家に、いたというのに。
「……なんか、ヤなことでも、あったのか…?」
それともやっぱ、俺が、愚痴りすぎたのか?
虚の気配読むの頼りすぎたか?
いろいろ脳裏を巡るが、ぶんぶんと振り払い、椅子に掛けてあったパーカーを羽織って、
一護は下に駆け下りた。
「悪い、遊子、あいつ、逃げた!」
「え、逃げたって、お兄ちゃん、何やってるのっ」
「今から探しに行ってくッから。晩飯、遅くなる」
「わかった。お兄ちゃんも気をつけてね」
車多いから、と言う声に、あぁ、と、一護は返事を返した。
「…何処行ったんだよ、あいつ……」
一週間も一緒にいれば、情も湧く。
また、拾ったときのように野たれていたら、心配だ。
「……無事で、いろよ」
あいつのように、俺の前から消えんなよ。
祈るような思いを抱いて、一護は駆け出した。
「にゃ…にゃにゃにゃ…にゃ…(だ…大丈夫…だ…)」
空に届くように伸びる木々に、視線を合わせる。
屋根伝いに何とか跳んだものの、下に下りるには少々、高すぎる。
(甘やかされていたからだ)
あの、優しい手に。
(甘えるな)
降りられるはずだ。
息を整えて、一気に下に向かい、駆け下りる。
手足にチカラを入れて、けれどバランスよくチカラを分けて。
スピードを殺しながら、降りていく。
(痛…)
時々、木の皮が手を傷つけるけれど、気にしてられない。
(早く…ここから、離れなければ)
僕の正体が、ばれる前に。
(そうじゃない)
嫌われる、前に。
「にゃぅっ!」
うまく着地できなくて、ほんの少し、もんどりうった。
思い切り砂を被って、気持ち悪かったけれど、先を急ぐほうが先だった。
ほんの一週間だったのに、なんて、なんて…思いは募ったことだろう。
しかも、彼は学校に行っていたから、本当に少ししか、一緒じゃなかったのに。
(…違う)
自分のいない席を見て、どう思ったのか。
電話に出ない自分を、どう思ったのか。
姿を見せない自分を、どう思ったのか。
それを遠まわしに、愚痴に聞いて。
嬉しさに似た高揚感と、申し訳なさに似た罪悪感が、心をよぎった。
君の所為じゃ、ないのに。
僕が決めた、ことなのに。
なのにこんなのになって、あまつさえ…盗み聞きというわけではないけれど、
本位でないところで彼の感情を、聞いて。
正体が、ばれたら。
僕は。
僕は。
いつの間にか歩みは止まり、僕は止まって空を見ていた。
空の蒼と、夕暮れの橙が、混じる。
そういや…あの時も、こんな空を、見た。
「!」
キインと、感じる霊圧。
荒々しい、けれど、力強い、間違えようのない、霊圧。
「…見つけた」
お前、方向音痴の癖に、出歩くなよな。
そう言って。
黒崎は、大きく息をついてしゃがみこんで、僕を見てきたんだ。
「あーぁ、砂被ったのか、お前」
真っ白になってっぞ…と、僕を抱き上げて、見てきた。
撫でられたら少し、砂が落ち。
肌から感じる彼の鼓動は…かなり、早い。
(もしかして……走り回って、探してくれたのか…?)
「お前が方向音痴で助かった…近所だしな、この辺り」
もう少し先に行ったら川だったから、危なかったかも知れねーし、車も多いから…と、苦く言った。
「まったく…箱入りが、危ねーコトすんじゃねーよ」
心配すんだろが、と、頭をつつかれた。
「…なーぁう」
それが酷く、切ないような、嬉しいような、複雑な思いを呼ぶ。
「怪我は……あー、ちょっと、してっか」
慣れねー高飛びすっからだよと、左手の人差し指と中指を、撫でた。
「ほら、帰っぞ」
そういって当たり前のように、大事に抱きしめて。
僕を、閉じ込めるんだ。
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