開き直れば本当に簡単で。
腹を括れば、僕にとっては何も問題がなかった。
腹を括る…と言うのも可笑しなものだが、それが一番近い心情だ。
気づいたら最後、あやふやにしても仕方ないから。

でも、僕は、それを伝える術を…知っていても、素直に表せない。
そうか、素直すぎて、駄目なのかも、知れない。

もっと馬鹿な話、恋なんて、したこと、なかったから。

こんなふうに誰かのことを思い、感じるなんて、知らなかった。

こんなに、こんなに。
誰かのそばにいたいなんて、思ってもみなかった。







「なーう」
「お、ただいま」
ドアが開かれる。
見慣れたセーター姿から、鞄が滑り落ちる。

「今日も大人しくしてたか?」
「なーう」
ベッドの上におとなしくいる僕の頭を撫でてから、黒崎は鞄を机に置く。
それは、いつの間にか、当たり前になった。

いろいろ悩んだけれど、結局離れがたいまま、一週間が過ぎた。
と言うよりは、出ようもなかったのだが、自分が離れがたかったのは、真実だ。

「あー久しぶりに6時間も授業受けッと、疲れんなー」
机にじっと座ってるっつーのが苦痛だぜと、セーターを脱いで丁寧にハンガーに掛ける。
いったん伸びをして、ネクタイもついでに掛けて、カッターシャツを脱いでから薄手のトレーナーを着込んだ。
着替えてるのをそのまま見てしまったけど、ふと気づいて、目を逸らした。

 馬鹿だなぁ、学校でも、見た事あるくせに。

猫だから、抱きしめられる。でも毛皮から感じる体温を思い出すと、どきりとする。
手の大きさや、腕の太さなんて、僕が乗っかったって大丈夫なほどだ。
大事に大事に、触れられる。
心苦しいほど。


「ッたく…しょーがねぇっつーか」
なにやらぶつぶつと呟きながら、黒崎は着替え終わって、僕のところにやってきた。
ここんとこ、眉間の皺が深い、と感じている。

「なぅ?」
尻尾を揺らして見上げると、あぁ、お前のことじゃねーよと、携帯を取り出し、溜息をついた。

「…電話しても、一向に出やがらねーから……心配になってよ」

 石田の奴。

囁きにも似た声色に、どきりとした。

僕が人間の姿であり、言葉が話せた頃、一番最後に話した他人は、黒崎だけだ。
そんな状態で、何日も姿を見せないとなれば…心配にもなるだろう。

「…ちょっとした、友達で。野暮用で家に戻ったらしいんだけど…連絡、つかねーんだよ」

傍から見れば独り言のような会話だ。
コンくんが聞いていても、ぬいぐるみに話しかけているのと同じで、
それが動物に変わっただけなのだけど、やっぱり、傍から見たらおかしいし、独り言だ。

「学校には、病欠って出てンだけどよ。
それってやっぱ、あの戦いが原因だったりすんのかな…って。
……前にも似たことして…あいつに、すげぇ、迷惑、掛けたから…」

 また、あいつ自身に、なんか、あったら。

「……さすがに、へこむわ」

(能力を失うことがまた、あったとしたら。俺は、俺は)

そういって、一護はベッドに突っ伏した。


(黒崎……)

目前に広がるオレンジを見て、雨竜は目を細める。

(迷惑も何も、僕自身が決めて参加したことなのに。
……チカラを無くしたことを言わなかったのも、戻したことを言わなかったのも、自分なのに)

 馬鹿だな、君は。

そう思うたびに、愛しくなる。
誰にも告げないであろうことを、何より自分には言わないであろうことを今、告げられていることで。
愛しさが増し、そして。
独占欲にも似たものが渦巻いてるなんて、知らないだろうに。




「…にゃ」
「…なんだよ、宥めてんのかよ、おい」
ぽんぽんと一護の頭に雨竜が手を乗せると、呆れたような、けれど、笑うような声が返る。

「…お前、ホント………あいつみてぇ」
「ッ………」
「虚は感知するし、俺が身体抜けるの見ても鳴きもしねぇし」

 おかしな猫だな、お前。

そういって、手のひらで、一護は雨竜を撫でた。

ふと感じた虚の気配に目を覚まし、起き上がると、なんだぁと黒崎が起きた夜があった。
その時、同時に代行証が高らかに鳴り、驚いた黒崎が、僕を見た。

“お前……虚の気配、わかんのか?”

へぇー、黒猫ってホント、かしこいんだなぁと、抜けたようなことを言って、僕を見ていた。

普通の動物が、人間の身体から魂が抜けるのを見ることが出来るのかわからないが、
やはり驚くか、危険を察知して何か起こすだろうにそれがないというのは、おかしいと言われてもしょうがない。
それでも、猫になったとしても、自分は自分だから。

 自分でしか、ありえないから。



「何だぁ恋の悩みか、いちごぉ」
「…なんだコン、いたのか」
あちこち行くのはかまわねーけど、治してくれる奴はいねーからなと、一護が告げれば、
ふふふーん、へーきに決まってんだろーが、と、窓からコンが飛び降りた。
「よぉ、相変わらず一護の野郎の愚痴聞かされてんな、オメー」
嫌ならとっとと逃げろよと、雨竜はコンに肩を叩かれる。

「なーぅ」
「別に、愚痴ってんじゃねーよ」
眉間に皺を深くして、一護はコンを睨む。
「つーか、恋の悩みって、何だ、おい」
さらっと流したが、聞き捨てならねーなの声に、お前、鈍いなぁーと、コンが呆れて一護を見る。
「相手のことが気になるっつーか、なんてーか。
誰かに問いかけて、うねうね悩んでる当たり、ほら、よくある話だろ恋の悩みって奴で。
そーいうので言っちまったとしたら」

 お前、石田に惚れてんだろ?

コンの言った一言に、一護が固まった。

「……な、何言ってんだよ、コン」
少しの硬直の後、何とか己を取り戻したのか、一護が反論する。
「べ、別に、俺、石田のことなんて、これっぽっちも…」
「そぉかぁ? 今までそいつに愚痴ってんのスルーしてきたけどよぉ。
…思い出したらぜぇーんぶ、石田のことだったぜぇ、一護」

 そこまで来たら、恋患いじゃねぇ?

ビシィと、コンに指を突きつけられ、一護は今度こそ固まった。

「一緒に同居してたネェさんはともかく、あの、特盛バストの井上さんにすらまったく関心なかったってーのに、
まッさか、男に、しかも、あの眼鏡に走るとは」
オメー、どっかおかしーんじゃねーの? と呆れた声をあげられ、一護は返す言葉もなく突っ伏した。


(いや、俺は、至って、至って…)


胸中に叫ぶも、かき消されてしまいそうに、鼓動が激しい。

出会いは最悪で。
何かにつけて突っ込んで、揚げ足とって、自分の感情を逆撫でする奴だった。
なのに、自分を認めてくれる奴で、自分を信じてくれる奴で。
必ず、そばにいてくれる、奴だった。

離れたと、しても。
当たり前のように、現れて。
当たり前のように、接してくる。

かけがえのない、存在。


(……なんだ、俺)


人を拒絶してそうで、結構お人よしで。
冷たいことを言いながらも、面倒見がよくて。
それから、前を見て、揺らがない。

あの、意志の強い瞳に。


(………惚れちまってたのか)


 とっくに。

「……かもな」
「そーだろ、そーだろ…て、へ?!」

 マ、マジッすか、黒崎一護サン。

思わず敬語になるほど、コンは驚いた。

てっきり否定すると思っていたのだ。
いや、冗談で笑って流すんじゃないかと。
たとえ本当であっても、こうやって突いても、素直に認めるわけはナイだろうと。
それが素直に認められて、こちらがびっくりする。

「あ、あの、一護…?」
「……別に、何ともねぇよ。ただ、納得がいっただけだ。
あるべきところに、落ち着いたっつーか」
自分の中にもやもやあったものの正体も掴めたしと、すっきりしたように一護は言う。

「…うだうだ悩むのは、性にあわねぇ…明日、学校の帰りにでも、空座総合によってみるさ」

 その行動によって見せられる事実が、自分をどう導くかわからないけれど。

「俺は、俺のやり方でしか、動けねぇんだ…」

 石田雨竜を、見つけるために。

一護はまっすぐ、先を見る。

「…決めちまったんなら、オレはなんもいわねーよ」
くだらねーと、コンは溜息をついて、お手上げといった具合に手を上げた。



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