何だ、僕、黒崎のこと、好きなのか。
ぼんやりした頭で思うのは、そんなこと。
今更な感じも、しないでもないけれど、浮かぶのは、そんなこと。
今、猫の姿で見る彼の、一挙一動に、揺らされている。
これからどうするかなんて、思い浮かばなくて。
先ほどの一連を思い返しては、痛む胸に悩んだ。
大嫌いだった、のに。
憎んでいたのに。
いつの間に彼は、自分の中で大きくなっていたことだろう。
もうすぐ、今日が終わる。
慌しかった一日が、終わる。
明日、日曜日だから…こっそり、出て行こう。
出ていけなくても、出してもらってそのまま…何処かへ。
しばらく、また、学校には行けないけど、何とか元に戻る方法を探して、戻らなきゃ。
戻って………それから。
極力、関わらないように、距離を。
黒崎のベッドの上、丸まって考える。
今彼は、夕飯のため下に降りていて、自分はここで待っていろと、また優しく抱き上げられてベッドの上だ。
学校でしか見たことのない彼を、自宅で見た。
前にも見たけれど、そのときはまた、様子が違って。
あの時は………好きなんて自覚、なかったから。
「……………」
ここは……黒崎の気配が濃すぎる。
猫の嗅覚はどうかわからないけれど、匂いとか、自分が感じる気配、霊圧だとかを、全身で感じるから。
黒崎に、溺れそうになる。
このままいたら、離れられなくなる。
そう感じていた。
「ッたく、相変わらずうるせー親父だ…」
一人ごちて、一護はドアを開け、部屋に入る。
片手には小さなお皿。そこに、鰹節とご飯を混ぜたものが乗っていた。
俗に言う、猫まんまである。
隠すと後々面倒なので、夕食時にあっさり猫を拾ったというと、親父が一目散に「見せろ!」と駆け寄ってきた。
「うっせーよ!!」
「なんだとーぉ! 父さんに見せたくないほど美猫なのかっ?」
「美猫って、何言ってんだ…?!」
「じゃぁ、ご飯、どうしてあげたらいいのかな?」
ぽつりといってきたのは遊子だ。食事関連は彼女の範囲なので、どうしようかと思ったのだろうか。
「んーさっきミルクやったし…猫まんまでいいんじゃね?
もしあれなら、明日、キャットフード買ってくっし…」
「でも最近は猫の年齢にあわせたものが出てるから、ちゃんと見てからの方がいいと思うよ、一兄」
「それもそっか……」
ご飯をちゃんと噛み飲み込んでから、一護は返す。
「妙に詳しいな、夏梨」
「んー、遊子がね、どっかの怪しい店に入っていった黒猫が奇麗だって言って、
見に行ったことがあんの。
そこの怪しい店主さんが、そんなこと言ってたから」
「…怪しい店?」
まさか…と思いつつも、一護はサラダのゆで卵を突き刺した。
「変なお店でね? 店長さんは変なもの着て、変な帽子被ってるし、変なおじさんはいるし、ホント、変なお店なの」
お兄ちゃん、お代わりは? と手を出され、いや、いいわ…と、一護は断った。
(……予感的中…)
十中八九、浦原商店だ。
(…てーか、浦原さん、夜一さんにキャットフード、あげたこと…あるわけねーか)
んなことすりゃ、あの人なら蹴りをくれてやるだろうし…と、味噌汁を口にする。
いや、でもあの人のことだしな…と、呆れながら、一護はご飯を掻き込んだ。
「ごちそうさま」
「はい」
一護が手を合わせると、遊子がにこやかにお茶を出してくる。
その傍ら、はいと、置かれる小皿に盛られたもの。
「お、サンキュー」
「あぁ…猫まんまだ?」
「取りあえず、これなら食べられるだろ」
お茶をすすりながら、一護は一息つく。
「もしかすっと、腹減らしてるかもしんねーから、持って行ってくるわ」
そういって、湯飲みを置くと、小皿を持って、一護はさくさくと部屋へ挙がる。
お兄ちゃん、食べ終わったら、お皿持って降りて来てねーという遊子の言葉を、背中で聞きながら。
ドアを開くと、耳をピンと立てた黒猫が、こちらを見ていた。
「お、起こしちまったか?」
静かに返して、一護はそれを持ったまま、床に座る。
気配は…感じていた。
猫になっても、探査能力は相変わらず鋭くて。
猫になったからか、余計音が気になって、目が覚めた。
それまでは眠りに落ちていたのに……足音と…霊圧で。
揺り起こされたというか、起きてしまった。
落ちてしまったのには気づかなかったけれど、それを感じて目が覚めたということは、眠っていて。
今までの自分では、ありえなかったことだ。
(こんな、場所で…)
知らない場所で眠りに付くなんて、ありえないのに。
(…知らないわけじゃ、ないから)
でも、知らないのに。
(……黒崎の部屋、だからだ)
そこかしこに黒崎一護の気配が、あるから。
(…結構ゲンキンで、逞しかったんだ…僕)
思わず、笑ってしまう。どちらかといえば、苦笑。
疲れが取れていないせいもあるけれど、これは、あんまりだ。
しょげたように下を向いていると、どした? と、覗き込んでくる。
まるで、小さい子を相手にするような仕草だ。
座った黒崎と、ベッドにいる自分の目線は、近い。
「……なーぅ」
「…なんだ、お前、声、出んじゃん」
視線を逸らそうと、鳴いてみる。
それに驚いたように、半ば、安心したように、今度は、頭を撫でられた。
「あんまりにも泣かねぇから……声が出ねぇのかと思ったぜ」
そっか、そっか…と、無骨な手のひらで、撫でてくる。
「なーぅ…」
猫って、あんまり鳴かないと思うんだけど。
夜一さんだって、鳴いてなかったし、道端にいる猫も、鳴いてないと思うけどな。
そんな風に感じはしたけれど、鳴くと言うことで意思表示をしたのがよかったのか、先ほどよりもっと…黒崎は顔を近づけて見てきた。
「ッ…!」
「お、何だ、逃げんのか? よしよし、猫らしいぞ」
驚いて引いた身体を見て、よく判らないことを言って、また、頭を撫でた。ぐしゃぐしゃと。
頭を振られてる感じがして、くらくらする。もっと別の意味でも、くらくらと。
「まぁ、取りあえず、飯だ。おらっ」
「っ、にゃぁっ!」
また、あっさり、がっつり掴まれて、声が出た。
それにも、おーおー、生きてる生きてると、声をあげて笑う。
声をあげて笑うところを見たのもあんまりないから、驚いた。
そんななか
「やっぱ……生きてるって、いいよな……」
呟かれた小さな言葉は、嫌になるほど、よく聞こえた。
死線を潜り抜けた所為もあるのだろう、それはとても重く感じて。
彼の心に残った傷を、感じた。
「おーどーした、黙り込んで」
そう言って覗き込んでくるから、じっと見返すと、じっと、黒崎が見返してきた。
「…お前、見透かすような目、してんな…」
零れ落ちた囁きは、少し苦笑に満ちていて。
実際それは、少ない彼の表情にも表れていて。
見たくなくて、逸らした。
「ま、黒猫は賢いって聞くしな……言葉なんて解らなくてもなんか、
感じるモンでも、あったのかもしんねーし」
目を逸らした僕の頭を、優しく黒崎の手が撫でる。
「…それは、お前と俺の、秘密って、ことで」
そう言って、ふっと…優しく、笑う。
動物相手に何言ってんだかとか、馬鹿じゃないのかとか、いろいろ、思ったけれど…
浮かんだ笑みの切なさに、苦しくなって…返事を返すように、僕は、黒崎の手に、頭を擦り付けてしまった。
いつも学校じゃ、馬鹿な面と言うか、人に見せられるそういう面しか、見えなかった。
彼が帰宅して、部屋に一人、いて。
何をどう考え、どう思い、過ごしているかなんて…知る由もなかった。
知るはずも無かった。
なのにそんな一面を今、垣間見て。
ほんの少し、自分と似た面を見て。
ますます、彼が、自分の中で大きくなっていく。
それは、吹き荒れる嵐のように、巻き込んでいく。
そして、それらが連れてくる答えは、おのずと。
単純で、純粋で、けれど、僕にとっては難しいものだった。
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