第一、病院に動物が居ることがありえない。
動物病院ならまだしも、総合病院には。
何とかあちこちを探して、出口を探してみるも、なかなか進めず。
猫になっても、探査能力だけは変わらないと体感してからは、うまく探せるようになった。
けれども、人と猫、違いすぎる。
たくさんたくさん歩いているはずなのに、ぜんぜん先が見えない。
前足、後ろ足、動かしているのに、ぜんぜん。
(ね、猫って、こんなにしんどいのか…?)
すたすたと歩いてるイメージがあったんだけど…と、尸魂界での夜一のあり方に、雨竜は思った。
かといって、飛廉脚…と思っても、猫で使えるのかは解らない。
なんか、調子悪いなーと思ったら、朝は食べる気が起きなくて、昼も食べないまま、ここに来たのだ。
帰りに駅前のスーパーに寄って、買い物…と思ったのに、とんだ誤算だ。
もっと誤算は、方向感覚。
猫の目は、人間と同じ正面だけれど、また、見え方が微妙に違う。
目まぐるしい景色に、酔いそうになる。
早くしないと、今日が終わってしまう。
学校の支度とか、いろいろあるのに。
普通の、高校生活に、戻るのに。
……あの姿を、見たいのに。
やっと外に出た頃には、空が赤く染まりかけていて。
ここ何処だろう……と、車に引かれない様に壁際を歩いていて…気を失った。
…妙に、音がクリアに聞こえる。
耳障りな、大きな音。
うるさい、黙っててくれないか?
睨みつけようと開けた瞳の先には……鮮やかな橙色があった。
「っっっ!!!」
「お、眼が覚めたようだな」
酷く優しい声が、耳に響く。
この声は。
「やっぱ、ただ、へたれてただけかー。よかったよかった」
うりゃうりゃと頭を撫でられて、その強さに頭が下がる。
「けッ、どこの猫だかしんねーが、道でへたれるとは、根性ねーな、そいつ。
オレ様なんて見ろ! ぬいぐるみだけど、サバイバルには強いぜぇ!」
そう言って拳を突き上げるのは…いつか修繕した、あの、ライオンのぬいぐるみ。
「おい、コン! 人間相手じゃねーからって、ぺらぺらしゃべってんじゃねーよ」
その言いあいを見て…あぁ、もしかしたらここは…と、周りを見回す。
いつか来た、黒崎の、部屋。
どうやら自分は、ベッドの上に寝かされていたらしかった。
なんとも面映いというか、なんだかだが…それは仕方ない。
黒崎はといえば、床に座ってじっと……自分を、見ていたらしい。
目線が、とても近いから。
「何きょろきょろしてんだ…って、あれか?
猫ってのは、見えないものも見えるから……見えちゃったり、するわけか?」
すとんと下りてきて、猫の雨竜の前に、コンが立つ。
「オメー、見えんの?」
覗き込むようにして、大きな顔を、コンが近づけてくる。
(うわー、近くで見ると、怖いなぁ)
思わずひいてしまう。
人として見るとそうでもないけれど、猫の姿からして見ると…巨大な怪物に見える。
引いてしまっても…猫の姿だから、どうしようもないけれど。
「何やってんだ、この馬鹿がッ!」
「おぶぅっ!」
それに気づいたのか、黒崎の手が、ばふっと、コン君を押し潰した。
「ビビッてんじゃねーか、おい。オメーも、反撃しろよ」
そう言って、人差し指で、顎の辺りを撫で上げてきた。
「にゃ……ッ」
ゾクリと、来た。
「おいおい、みょーに色っぽい声、あげんじゃねーかよ。
おい一護っ、お前、猫もタラせるのか?」
「あほかっ!」
「はぶぅっ!!」
押しつぶされていたコン君の言葉に、黒崎の鉄拳がまた入った。
危ない危ない。
今のはきっと、僕が悪かったんだ。
紅くなってるのなんて判んないだろうけど、思わず隠すように、慌てて顔を洗う仕種をした。
猫がその場所を撫でられるのが気持ちいいって言うのは、竜弦のあの仕種で了承済みだ。
屈辱的に知らされた。
けど、これは。
また、別で。
「動物相手に盛んじゃねー! まったく…取り合えず、ミルクでも飲むか?」
僕が起きるのを待っていたかのように、準備された皿が床にある。
(あぁ、そういえば、僕は今)
猫だった。
起きたら冷める夢だと思いたかったけど、それは現実で。
僕はこれから、猫として生きていかなきゃ、いけないんだ。
ようやく飲み込めた現実だけど…ベッドから床までは、高く思えて。
猫の身体能力的には大丈夫だと、頭では解ってても…身体が動かない。
いつの間にかシーツに爪を立てて…僕は、じっと床を見つめていた。
怖い、怖い。
床に当たるかもしれない衝撃が、怖い。
そうやって動物は体感していくのに、人間でも、そうなのに。
こんなに怖いなんて、知らなかった。
「どうした?」
じっと、黒崎が見てくる。琥珀色の、瞳で。
怖がっているのを、感じられたくない。
弱みなんて、見せたくない。
けれど、動けない。
「ビビってんじゃねーの?」
また、茶々を入れるような、コンの声。
(あぁ、見透かされている)
睨みつけてやりたいけれど、正直なところ、そうだから、惨めなだけだ。
そうやって、僕がびくついているところ。
「そりゃ、そーだよな。しらねーとこに、いるわけだし…ビビるか」
ぽりぽりと、納得いったかのように、黒崎が頭を掻く。
「怖いかもしんねーけど、許せな?」
その声が、近くでしたかと思ったら。
「にゃ……ッ」
僕は、黒崎の両手に、抱え上げられていた。
驚かせないように、優しく。
すぐに下には下ろさず、自分の肩に寄せて、よいせっと座って。
それから、ゆっくり、僕を、下ろした。
「これで大丈夫だろ?」
そういって、頭をまた、撫でられた。
胸が痛くなった。
無条件に与えられるような、愛情にも似たもの。
そんな顔…見たこと、ない。
いつもいつも、眉間に皺寄せて、睨んでくるのに…。
「誰も、お前を傷つけたりしねーよ」
そんな優しい声、僕は、傍的にしか、知らない。
うまく飲めるかわからないミルクは、ちょびちょびだけど、舐め取れて。
お腹が空いていた所為か、酷く甘くて、でも、ちょっと、苦かった。
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