「ハーイ、カット!! 一護、お疲れ!」
カチンコが鳴って、手が挙がる。
今日の肯定、終了の合図だ。
今日はうまく、スケジュールどおり、動いたらしい。
コンに関しては、後から声を変えてアフレコをしてもらわないといけないから、早く回さなくてはいけない。
ほぼ同時録音だが、キャラが変わる場合は仕方がない。
自分が一度やったけれど、どうにもそぐわなかったらしく、他の人に当ててもらうことになった。
こういうあたり、アニメの影響は強いなぁと感心した。
似たような姿かたち、そして声。
そのどれを取っても……石田雨竜は、想像通りだった。
眩暈がするほど。
「お疲れ、一護」
「お疲れさーン、一護君」
「お疲れぇー」
ぽんぽんと投げられるお疲れの言葉に、ありがとうございます、と挨拶をして返し、歩き出す。
これから片付けに入るスタッフたちとは別のところにある姿を、目にして。
その先へ向かって。
「……よぉ」
「うぁ……なんだ、黒崎か……終わった?」
後ろから覗き込んで、声を掛けると、驚いて肩をあげた。
予習といっていたのは、裁縫か…と、覗き込んで思った。
「…終わったから、ここにいんだけど…」
「へ? あ、もうそんな時間か……」
腕時計を見て、あぁ、と驚いたように言う。
俺は、有限実行だぜ? と返せば、そうだね、と笑う。
「お疲れ、黒崎」
ふわりと、笑う。
劇中では絶対に、もらえないもの。
「…あぁ」
「…黒崎?」
「それ、今度のシーンの予習か?」
指差すと、え、あぁ…と、持ち上げる。
「ほら、教室で君と井上さんが覗くシーンだからね。
ちゃんと裁縫できる腕をみせとかないと…いくらCGでスピード上げてるとしても、
もともとの僕がきちんと出来てないと、意味がないから」
「ッつっても、ちゃんとできんだろ?」
「それは今、落ち着いてるからだよ。第一、撮影のときにきちんとできるなんて…思えない」
「あいっかわらず慎重派だよなぁ、石田は」
「…悪かったね」
眼鏡がなくても、切れ長の黒い瞳の、強い視線は健在で。
やはり……どうしようもないものが、胸中に巡る。
「今度は…何組?」
「今度は…小田山組だから、井上さんメインかな。井上さん、かわいく撮ってもらえるよ」
「あー…小田山さんか……あの人、アイドル好きだから」
「ちなみに本は、井川さん」
「……アイドル好きコンビかよ…ギャグチックになりそうだな」
「本編は緊張感にあふれるはずなんだけどね」
くすくすと、口元を隠して笑う。
そのそば、疲れた…といって、一護はチェストに座る。
「でも、皆川、岸田コンビでこられたら、しんどいな」
納得いくまでの本読みと、映画張りの長回し撮影に…と一護が返せば。
「しんどいけど……僕は、好きだな」
「え?」
「………より深く、考えられるから」
より深く、彼らに近づけると思う…と、笑う。
「…第一、その二人に鍛えてもらった君が言うのは、駄目だよ」
「…鍛えてもらったからだよ」
ガシガシと頭を掻くと、肘を足に着いて頬付けをして、雨竜が見てくる。
「……怖かったり、する?」
「……何が」
「………うまく、捉えられてるか、って」
じっと見つめてくる視線に、吸い込まれそうな気になる。
「…それは……」
「…僕も、人のこと、言えないけどね」
ふっと、また笑って、空気を解く。
「大丈夫だよ、みんな、君を信頼してるし、信じてるから」
「ッ……」
「お腹空いてるから、ちょっとセンチになるんだよ。早く、ご飯食べに行こう?」
こないだの店で食べた鯖の味噌煮、また食べたいんだと、ごぞごそと雨竜は片づけを始める。
「……ッたく…」
「…どうかした?」
こういうところが、芸暦は上だとしても、人生の暦が違うのだと、言われてるようで。
まだまだ自分は、子供なんだと、感じてしまう。
「………話してたらほんとに、腹減ってきやがった…」
ぐぅぅぅ……と、言う音が響き、雨竜はまた、笑う。
「あらら……じゃぁ、早く支度しないとね。着替えておいで」
「了解」
「車、回すから。焦らなくてもいいよ」
「って、あそこ、ラストオーダー、早くなかったか?」
「え、嘘…ま。そんときはそんときだよ」
「……なんか、アバウトだな」
「とにかく、いっといで」
ぽんと、一護の肩を、雨竜は促すように叩く。
「……今度、本屋付き合う」
「なに言ってんだ、ほら」
行った行ったと、くしゃくしゃと、今度は一護の髪を、雨竜は掻き撫ぜた。
「ッ…!」
「あ、井上さんにしてもらったほうがよかった…?」
「…あほかっ」
一瞬驚いて、顔を赤くして…それだけを言って、一護は背を向けて、着替えに向かった。
いくら自分よりも芸暦が上とはいえ、まだ、揺れる年頃、だから。
手を差し伸べずには、いられないんだ。
「大丈夫だよ。君は、しっかり立ってる。君がそうやって大きく構えてるから…僕も、立てるんだと、思うよ」
原作とも、アニメとも、ミュージカルとも違う、君だけが作る、創れる、黒崎一護。
どんなに揺れようとも、めちゃくちゃに、されようとも。
「僕の中の黒崎一護は、君だから」
君だけだから。
小さく、雨竜は呟いた。
影響を受けないなんて、世の中にはない。
影響を受けて変わるものなんて、ありすぎるほどだ。
変わらないほうが、おかしい。
時代は、人は、いつだって刺激や変化に飢えていて。
安穏とした、当たり前のものに、退屈している。
でも、いざ、その世界に放り込まれてごらん。
きっと、泣くか喚くか、茫然自失としか、出来なくなるよ。
そんな中、揺らされても。
自分が感じた、思うものを、表現しようとする姿を…僕は、愛おしいと、思う。
今のあり方に、痛みを覚える、君だから。
「…男の闘争本能って言う、単純明快なものに準じたら、何となくわかるワケだけど」
君は、優しいから。
「…………」
僕はずるいから、こう思っちゃうよ。
僕の中の石田は、結構強い。
胃をやられたぐらいで、ぐだぐだ言うな。
いまや医学は発達してる、半分あれば、生きてけるんだ。
君がぐだぐだ考える必要はない。
君がぐだぐだやってる間に、時間だけが過ぎていく。
それが僕は我慢ならない!!
さっさと片付けて、さっさと帰るぞ。
もちろん、みんな助けて。
戦いたかったら、生身でやってろ。
茶渡君レベルなら、十分だろ。
スポーツしろ! だから力が有り余るんだ。
あぁ、まったく、ほんッと、君は馬鹿だな、ほんとに!!
……僕のことなんかで、揺れるんじゃないよ、黒崎一護。
「…………」
責任転嫁。
て言うか、これって、電波系?
「……年下の癖に、気を使いすぎ」
ふわりとまた、雨竜は…傍が見れば、微笑んでしまいそうな微笑みを、浮かべていた。