たまたま休みが一緒になった。
平日だし、他の奴らは他の仕事があるとかでスケジュールが合わなかった。
こうしてみると、このメンバーがスケジュール的に合ったのいうのが、奇跡に思える。
こないだのチャドと啓吾の誕生日会なんて、その奇跡の賜物だ。
スタッフが気を利かせてくれたのかもしれないけれど、この大所帯での誕生日会は圧巻だった。
…それの準備に関するごたごたは…まぁ、胸に秘めるとして。
個々の仕事がありつつも、撮影に差し支えない程度で融通が利く。
先のスケジュールなんて判らないけれど、今を見る限りは大丈夫なようだ。
ルキアはあー見えてもアイドルだし、井上もグラビアがあるって言ってた。
チャドは本業のアクション事務所の手伝いに行ってる。
クラスメイトの大半も他に仕事があり、一同に揃うことはない。
舞台をメインにやってる奴もいるから、なかなかだ。
それに、みんなが揃っても自分が都合がつかなかったり、すれ違ったりとかで、
下手したらドタキャンも多く、何度かジュースを奢らされた。
ジュースで許されてるあたり、まぁ、クラスメイトとしてはいい感じだ。
そーなると、つるむ相手は絞られてきて。
…結局はいつもの相手になるわけだが。
「ホント、面白いほどスケジュール合わないね、皆と。
…まさか僕、避けられてる?」
隣でポツリと呟く言葉に、んなわけねーだろと、心中で突っ込む。
誰が嫌うってんだよ、お前を。
口からは、出さない。
いつも、いつもというわけではないが、大抵……気づけば、石田とつるんでいる。
休み時間だとか、撮影所に向かう道端たでとかで遭遇するのが多いのだ。
そんな辺りからきっと、水色はああ言ったのだろうとは、思うけれど…
そんなんじゃ、ねぇよ。
………たぶん。
「あほ、たまたま重なっただけだっつーの。
クラスに静かに沈んでる石田でそんなだったら、オレンジ頭の俺はどーなるんだよ」
一護が帽子で隠した頭を指差すと、そうかなぁ? と、不思議そうに雨竜は見る。
「黒崎は主役だし、それに二役やってて大変だから仕方ないよ。
でも、僕は」
口元に手をやり、考え込むように雨竜は眉根を寄せる。
「だーもー考えすぎだっつーの!」
そのまま下を向いてしまう雨竜の頭を、柔らかく一護は小突く。
「啓吾のやつは舞台の練習控えてっし、水色は他のドラマと掛け持ちだから仕方ねえの。
たつきだって雑誌の撮影あるし、おのおの仕事があんの。
たまたまが重なっただけなんだ、判ったかっ」
「うわっ」
「タイミングが合わなかっただけだから、考え込むなよ」
くしゃくしゃと一護に髪を掻き撫でられ、雨竜は驚いた。
「う…うん」
「おら、電車来るぞ」
「あ、ホントだ」
もうすぐ電車が入りますのアナウンスが流れ、お知らせ電灯がつく。
遠くに真ん中に緑のラインを引いた電車が見えた。
ブワーッと、電車特有の風がたなびく。
「って言うか、今思ったんだけど」
くしゃくしゃにされた髪を直しながら、雨竜は隣に立つ一護を見る。
「ん?」
「キミ、監督に言われてたよね?
今更だけど、僕とつるんでていいの?」
直された黒髪が、風になびく。
それに、どきりとする。
“まだまだ、打ち解けてちゃ駄目なんだよね”
脳裏をよぎった言葉。
それに関しては、自分ひとりではどうしようもないので、
喧嘩相手になる相手に聴いてみると、わかった、と笑うだけで。
“とりあえず、まだ仲良くなってちゃ、駄目ってワケだよね。
変なの、大丈夫なのに”
黒崎が黒崎である限り。
そういって、また、笑う。
今はまだ、撮影的には、そこに行き着いてはいない。
けれど、脚本的に見れば、そこに行き着くのは、もうすぐで。
逸っているわけでは、ないけれど。
そんなのでいちいち、振り回されたくないというか。
縛られたくない、って言うか。
「……別に、休みんときぐらいいーだろ」
一護はぼそりと呟いて、横目で雨竜を見て、電車の到着を待つ。
「ふーーん…」
「…なんだよ、その顔」
「別に」
答えが聞こえたのか、聞こえなかったのか、雨竜はそんな返事を返し、一護は首をかしげる。
電車が到着し扉が開くと、仏頂面のまま一護は進み、雨竜もついて、出る人を避けて中に入っていく。
大体のいつもの定位置に一護が陣取ると、そばに来た雨竜が笑ったまま
「…なんか、さ」
「あ?」
駆け込みがあったのか、すぐに出発のはずが、いったん閉じた扉がまた開いた。
「ち、危ねぇなぁ」
そのドアの様子を見て一護がぼやくと、
「悪い遊びみたいだね、それ」
隠れてつるむのって。
囁くように、雨竜が言った。
隠された言葉の裏は、どういう意味なのか、わからなかったが。
その呟きと共に、扉は閉まった。
Bonnie Butterfly
〜キミヲモットカンジタイ〜
悪い遊びなんて トンと思いつかないけど
一緒にいるのが悪い遊びなら
俺は それでもかまわない
遊びに行くとはいっても、足は、撮影所に向いていた。
ついてくる相手も知ったもので、何もなくそのまま進む。
いつもの休みなら、ゲームをするか、本屋に行くか、服を見に行くとかだが、
今回はちょっとした自分の我侭に付き合わせるところだった。
だから、さり気なく誘導するつもりではいた。我侭につき合わせるのだから。
そんなふうに考えた自分が提示した、電車に乗る時刻なのだが、相手にはあっという間に先を読まれてしまった。
『何、撮影でも見に行くの?』
開口一番、そう言われて、一護は唖然としてしまった。
「なんでわかんだよっ」
電話越しに声をあげると、静かな声が返ってくる。
『何で…って、聞いた時間からして、撮影所に向かうようなものじゃないか。
タイムテーブル的にもそういうふうにしか回せない、当たり前の時間だろ?
これで解らないなんて、よっぽど鈍いとしかいえない気がするんだけど』
何か僕、おかしいこと言った? と、劇中の雨竜さながらに鋭く突いてくる相手に、
いや、おかしくねぇけど…と、一護は口ごもった。
ちょろっとだけ寄りたかっただけなので、ちゃんと見に行くと思われてなんとも複雑だったのだ。
それだけのことなのに、行く場所まで知られて、一護としてはなんだかな、なのだ。
『普段は車の癖に、何で詳しいんだよ』
「バカだな、車だからこそだよ。
渋滞に巻き込まれたら、とっさに取れる手段は電車じゃないか」
それに、撮影所には電車で行くことのほうが多いからね。
さらりと雨竜が返せば、向こうからは、また、怒った声が上がる。
『バカっていうなよ、バカって!! しかも石田口調で!! あーもーっ!!』
騒ぐ一護に、雨竜は口元を綻ばせる。
『スタッフさんに聞いてたの見たから、そう思っただけなんだけど…なんだ、大当たり?』
「大当たりも何もねーよッ。あー、気ぃ使って損した」
『何だ、気を使ってくれてたの?』
「だってよー、たまには撮影から離れたいと思わねぇ?」
『そんなことないよー、まぁ、待ち時間が長いのが辛いけど』
「そりゃ言えるな」
電話をしながら一護はスケジュール帳を探る。
オフと書かれたところに、電車の時間を書く。
「そこまで読まれてたら、仕方ねーよな。
じゃぁ、明日、恵比寿駅、西口で。いいよな?」
『了解』
口を尖らせつつも、一護が伝えた言葉に、雨竜はやさしく返した。
恵比寿駅で乗って、池袋で降りて、他の路線に乗り換えて20分。
降りた駅から20分ほど歩けば、撮影所だ。
閑静で、けれど、壮大な場所を見ながらの通いなれつつある道を歩きながら
「なんか、仕事熱心みたいだね僕ら」
と、雨竜が笑うのに、そうかもな、と一護は笑い返す。
放送は4月からで、この間、2話が放送された。
ルキアとの出会いで、一護がこれから死神の力を手にするところの、大事な話だ。
撮影はかなり進んでいて、今は8話あたりを編集中で、撮影は11話に入っていた。
いつぞやの撮影に感じた寒さは和らぎ、桜の綺麗な時期になった。
道すがら咲く桜を二人して眺めながら、撮影所への岐路を辿る。
今日は確か、隣にサスペンスドラマが撮影に入ってたよーと、雨竜が桜を見上げながら言う。
空は青く、快晴で。
ある意味、絶好のロケ日和だった。
今日の撮影は、一護と雨竜である。
もちろん、今、収録中の<滅却師篇>の主役である。
が、しかし、本日は自分たちでなく『ちび』のほうであるが。
一つは<滅却師篇>のメインである、雨竜の過去の話。
彼が何故、滅却師を志したのか。宗弦との昔話を、展開する。
もう一つは、それに対するように、一護の過去の話を展開させるのだ。
それによって、何故、雨竜が死神を憎むのか。
そして、二人が考えが違いながらも共同戦線を張り『虚と戦う』ことの理由が、
はっきりするようになるからだ。
「これって完璧オリジナル要素だよねー。
原作、アニメともども、雨竜の過去しかやってなかったのに」
雨竜の黒髪と空色のシャツが、風に揺れる。
ドラマでは、グレーの制服か、白のカッターシャツ。
後は滅却師衣装しか見ないので、私服はある意味、珍しい…他の人にとっては。
「まぁ、あってもいいんじゃねーの? 本、読んで違和感はなかったし」
一護にとっては珍しいことでもなく、普通に捉えられる。
どちらかといえば、劇中のあの衣装のインパクトのほうが強すぎて、
普通の服を着たらきっと、誰も石田には気づかないかもと思えるほどだ。
そんな一護は、劇中の一護に似たファッションで、けれど色味を抑えたものである。
劇中の一護はタイトなものが多いが、一護自身はワイドパンツも好きである。
服の好みを見るにつれ、雨竜本人は青を好むらしく、メインにしたりアクセントにしたりして、青を肌身離さず纏っているらしい。
本人曰く『落ち着くから』らしい。
「うん、僕も違和感なかったよ。
むしろ入ることで、もっと話が深くなる気がする」
うんうんと、雨竜は頷く。
原作、アニメ、ミュージカルにもない要素を入れていこう。
それが、今回のドラマの主軸だった。
各種のいいところを見習い取り入れながらも、ドラマ独自の世界を、ドラマでしか描けないものを創っていこうと、
キャスト、スタッフたちが決起して作り上げているものなのである。
それはある意味、もともとのファンを裏切ることになるのかもしれないけれど、
新たな世界の可能性が広がることを、見せたいのだ。
「俺の場合は、まぁ、二番煎じになるけどよ。
使い回ししないで新録ってあたりが、すげーよな」
「うん。でも…」
「なに?」
「…予算、大丈夫かな…」
「……不吉なこというなよ」
そういって、一護と雨竜は、撮影所の門をくぐった。
子供と動物には勝てないというけれど、そうかもしれない。
以前の回で知っている一護は、思いを新たにする。
あの、雨のシーン。
見てみないと感情が、続かないというか、見えない何かを、受け止められないというか。
たとえ演じる人間が別としても『黒崎一護』としての人間の記憶は、
継がなくてはいけない、そんな気がして。
そんなことをスタッフに告げると「いいよ」と返事をもらったので、来たのだ。
アニメのアフレコなら、すぐそばで見られるものの、実写はそうはいかない。
前回はビデオをもらったが、自分的に微妙な、本当に微妙なズレがあって、
それを直せないままだったから、気になったのだ。
前回のが駄目というわけではない。
自分でもちゃんと出来たし、OKももらって、大丈夫だった。
でも何となく、しっくりこないというか。
ようは自分の気持ちで、傍から見れば役者の我侭だ。
でも、それを許してくれた。この現場は。
様子を見てみたいだけだと、伝えただけなのに。
今は、それがありがたく、そして、誇りに思う。
心血こめて創っているのだと、感じる。
まぁ、その我侭に……石田雨竜を、巻き込んだのだけれど。
「そーいや、ちびうりは、今日初めてだよな?」
「ちびうりって、なんだい、それ…うん。後、宗弦さん」
廊下に声が響く。
控え室を覗いては見たものの、時間的にテストを始めかけている感じなので、そのままスタジオに向かおうということになった。
今日の撮影に入る人たちを浮かべつつ、一護は顔をしかめる。
「宗弦さん……あー……あの、エロじじい」
「エロじじい?」
「…なんでもねーよ」
雨竜が問うた言葉に、声を濁しつつ、一護はドアを開けた。
「おはよーございまーす」
「おはようございます〜」
静かに開いた扉の向こう、ざわざわとした人だかりが出来ており、声を掛ければ、あ、おはよーと、軽やかな声が返ってきた。
「おはようございます」
「おはよーございます」
挨拶をして、中に入っていく。
遠くにセッティングされたセットに、照明。
細部にまでこだわられたそのセットは、とある室内のようだ。
「あれ、今日休みじゃなかったっけ?」
「んーちょっと、様子見?」
「なかなか勉強熱心でいいねぇー」
セッティング中のスタッフに返事を返すと、あっちに皆いるよーと、指した所に、わいわいとにぎやかな集団があった。
背の高い姿が二人、真ん中ぐらいが二人、小さいのが二人。
リハのため衣装でスタンバッているが、和やかに団欒している。
一際賑やかなのは、子供がいるからだろう。
その集団に、二人は歩を進めていった。
「よぉ、一護に、雨竜くんじゃねーか」
気づいて大きな声をあげたのは一心だ。
ぶんぶんと腕を振ったため、他のメンバーも来訪に気づいたようだ。
その傍らにあるのは。
「何だ、暇なのか? お前ら」
さらりとキツイことを言うのは、カッターにネクタイの竜弦。
紙コップを手に、呆れたように見てくる。
「あら、いらっしゃい、一護、石田君」
にこやかに返すのは、ポッキーをふる真咲で。
「あ、いちごだ、いちごー!」
と飛びながら叫ぶ、ちび一護。
「……………」
黙ったまま、宗弦の服に掴まって一護たちを見る、ちび雨竜。
そして。
「久しぶりじゃのう、一護」
朗らかに笑うのは、宗弦その人だった。
「…判ってたけど…相変わらず、濃いメンバーだよな」
にこやかに腕を振られて、それに返すも、うんざりといった具合に一護が呟く。
「…遠くからでも、目立つというか…」
ぼそぼそと小さな声で言い合っていると、ちょっと行ってくるよといった具合に
ちび雨竜をなだめてから、宗弦がこちらにやってくる。
「…………」
眼鏡こそないが出で立ちはそのまま宗弦である。
白い滅却師衣装に、長いマント。
柔らかく見える白髪を撫で付けて、笑みで皺の深くなった顔。
口元を覆う白い髭は、奇麗に整えられている。
劇中、私専に眼鏡が必要なのは竜弦だけで、今、自分と宗弦には眼鏡はない。
しかし、宗弦が眼鏡をかけたら…と想像した姿を思い浮かべて…雨竜はどきりとする。
想像の中だけだった師匠が、目の前にいる。
「おーでかくなったのう、一護」
「久しぶり、じっちゃん」
「あぁ」
目線を合わせて、互いに笑いあう。
親しげに宗弦と話す一護に、雨竜はあぁ、知り合いなんだ、と感じる。
(そういえば、お世話になった人だって、聞いたような)
キャスト表やスタッフ表を見るなり唸っていた一護に、どうしたのかと聞いてみれば、
知ってる人ばかりでやりやすくてやりづらいとぼやいていたのだ。
“スタッフさんがほとんどだけど、キャストも被ってくるしな…
こりゃがんばんねーと、怒られちまう”
そうぼやいて、笑った。
そんなふうに受け止めるから……彼は、揺らがない。
「あのチビじゃった一護がここまで育つとはなぁー」
「ちびは余計だ。あれからもう5年だぜ? 大きくもなるっつーの」
「ほうほう」
「ほうほうじゃねーだろ?」
呆れた口調に聞こえつつも、表情はとてもにこやかだ。
口調もかなり砕けているのは、本当に親しいからだろう。
今は『一護』じゃないから、眉間に皺もない。
『コン』のときとはまた違った、表情。
黒崎一護、本人の顔。
「…ま、元気そうじゃん?」
「まだまだ負けんよ」
「…そっか」
ぽんぽんと叩き合う姿に、昔のじゃれあっていたことを垣間見て、雨竜は微笑む。
(ホント、仲いいよねぇ…)
一護が周りを大切にするのは、現場を一緒にする前からも知っていた。
アクションの練習時からも周りに気を使う、気の付く人間だった。
だからこそ、5年という年月が経ったとしてもこのような関係が続けられるのは、彼が大切にしてきたものだからだと思う。
「ときに、一護」
「ん?」
「お前の隣におる別嬪は、お前の彼女かの?」
「……は?」
今、なんてった…?
一瞬、フリーズしてしまう。
………彼女?
一護と宗弦のまったり会話を聞いていたはずなのに……いきなり、矛先が自分に向いてきた。
矛先って言うか、ネタって言うか。
「そーか、そーか、やっと一護にも彼女が出来たか。
しかも美人じゃ。あの奥手じゃった一護がのう〜」
「って、おい、ちょ、待て、待て!
てーか、人の話聞けよ、おい!」
うんうんと頷く宗弦に、フリーズしていた一護は、我に返ってがなる。
「そ、その、何、勘違いしてんだよじっちゃん!」
「そ、そうですよ! 僕は黒崎の彼女じゃありません!!」
赤くなってまくし立てる一護と、一護の声で我に返った雨竜が、いっせいに宗弦に告げる。
「…え?」
「こいつは石田雨竜! あんたに引っ付いてたちびがおっきくなった姿だよ!!」
一護が大きな声をあげると、きょとんとした顔で宗弦は見てきて。
「……チッ」
と、盛大に舌打ちをした。
「…え?」
その様子に、今度は雨竜が面食らった。
「………冗談の通じん奴じゃ」
哀れむような感じで一護を見る宗弦に、一護がむっとした。
「……こんの、くそジジィ…」
喧嘩上等の不良すら逃げてしまいそうな気迫とドスの聞いた声に、雨竜は震え上がる。
「え……冗談、て?」
それを堪えながら返すと、あ、悪い…と、まるで戦闘状態を解いたように一護の様子が変わる。
「…冗談。さっきの彼女どーこーは、じっちゃんの冗談だ」
「……えぇぇ……」
「すまんかったな」
ごめんといった具合に頭を下げる一護と、宗弦にペロッと舌を出されて、
謝られた雨竜は、どっと疲れた。
「………なんだよ、機嫌悪いな」
「……別に、機嫌なんぞ悪かない」
「…弓でも射そうな面して、何言ってんだか」
「うるさい」
その様子を、遠くから長身の二人が見ていた。
真咲は、ちび一護と共に、雨のシーンに向かった。
ちび雨竜は、向こうのほうでDSをやっている。
「あの関わりようは、あの爺さん特有だろ?
初対面の人間には面食らうことだけど、一度体験したら、大丈夫だって」
飄々と言う一心に、竜弦は眉を顰める。
「体験したからといって、受け止められるわけじゃない。
それに、あれは繊細だ。のほほんとして見えるかもしれんがな」
ふぅっと溜息をついて、コーヒーを口にする。
忙しなく視線は、向こうのやり取りを見つめている。
「…ってーか、一護が居るから大丈夫だっての。
何とかしてくれるさ。なんせ、俺の、自慢の甥っ子だからなっ」
うんうんと頷く一心に、呆れた視線を竜弦はやる。
「…自慢の息子だか甥っ子だか知らんが、雨竜に近づきすぎじゃないか? あいつ」
「へ? んなの、気にしたことねーなぁ。何、早くもお父さん気分か?」
いいことだいいことだと、バンバン一心は竜弦の肩を叩く。
「っ! 痛い、力を入れて叩くな、馬鹿力!!
役じゃ親父かも知れんが、オレはれっきとしたあいつの叔父だ!
姉貴に頼まれてるから、仕方なく…」
「はいはい、そういう面倒見いいとこが、お前のいいとこだよなー、竜」
「…名前で呼ぶな」
ずうずうしさは役以上だな…と、眼鏡のブリッジを上げながら竜弦は返す。
「しょうがないだろ、オーディションも一緒の組だったらしいし、アクションの練習もしあったもんだからなぁ。
役柄的には敵対してっけど、プライベートでまでは何も言えんだろ」
俺もコーヒー飲もうっとと、一心は竜弦の手から、紙コップを取る。
あ、自分で淹れろ! と、竜弦が柳眉を逆立てるのも気にせず、飲み干す。
「いや、プライベートでも少々言われてるらしいが…うまくやってるとは、聞いてる」
「へぇ…雨竜くんから?」
「そうだが……なんだ、その顔」
もう一度自分の分とばかりに、他のカップにコーヒーを入れて、竜弦はすする。
それを見て、一心が首をかしげる。
「いやー、これから先のこと思えば、一護たちより、お前のほうが問題なんじゃねーかと」
遠く記憶を探るように視線をやる一心に、ああそれか…とばかりに竜弦が返す。
「…本的には、そこまでには至らないらしい。だからここで結構出番を割いてくれてるらしい」
ドラマ枠の尺や話の展開にも寄るらしいが、原作全部を出来るわけではない。
ので、尸魂界篇終了までを軸に、話は展開していくらしい。
要望があれば、スペシャルか劇場版で先を進めるかも…と、噂では聞く。
「ちぇー…お前と同じフレームに収まることがあるのかと思ったのによ」
「残念だったな」
「残念だ」
心底残念そうに呟く一心を見て、ふっと、竜弦の眼鏡の奥の視線が柔らかくなる。
「でも、数字を取れれば、スペシャルもありだ」
「目指せ、死神装束って感じかな」
「…じゃぁオレは、白スーツなのか…」
「…似合うから、いいんじゃねーの?」
「……でも、弓は撃ってみたいな…」
「好きそうだもんな、ああいうのな」
いろいろ話しているうちに、向こうは何とか落ち着いた様子になっていた。
「お、うまくやったようだな、一護の奴」
「そうか…」
そろそろそっちが出番なんじゃないか、と竜弦が一心に返すと、おお、そろそろだな、と、伸びをする。
「じゃ、また後でな」
「…あぁ」
そういって、二人は手を振って分かれた。
「…たく、冗談じゃないよ! コミュニケーションのための冗談に、僕を巻き込まないでくれるかなっ」
「だーから、悪かった、悪かったって!」
そろそろ準備してくださいーと呼ばれた宗弦を見送って、雨竜は一護に向かい、怒りを露にした。
「真に受けて返した僕が馬鹿みたいじゃないかっ」
「いや、でも、俺も、最初はえっ?! て思ったんだよ。
でも、じっちゃんの顔見たら、なんか違うって思って…こう、うまく、伝えらんなくて」
ホント、悪かった、とぼそりという一護に、雨竜は呆れた顔を返す。
「ま、この件で、そういう冗談をやりあってた…ってのは、わかったよ。
僕も今度、そんなこと言われたら、違うこと返してやるくらいにならなくちゃ」
「…お前って変なとこ、負けず嫌いだよなぁ…」
「なんだよ」
「…いや」
眼鏡なしなのに、纏う雰囲気はあの石田雨竜で。
俺、射殺されるかも、と思った。
テストだけでいいからと見に来たのに、自分の見る分はほとんど終わっていて、
俺、来たイミあんのかよ…と、一護はがっくりと肩を落とした。
さっきの冗談の罰が当たったんだねと、さっくり返す雨竜に、お前ーと、一護は睨みを効かせたが、
何処吹く風、年上のしたたかさで流された。
「むかつくから、じっちゃんの奴見て帰るぞ。
久しぶりに子供相手だから、緊張するわいとぼやいてたけど」
「緊張する? あの人が? さっきのやり取りじゃ、信じられないなぁ」
よほどさっきの冗談が腹に据えかねたのか、雨竜の返す言葉は棘が多い。
「そう言うなって。まぁ、石田にとっては重要シーンだから、さっきのは抜きで、見ていかね?」
やっぱり他の人が演じるのは気になるのか、そわそわする一護に、しょうがないなぁーと思いながらも、いいよと雨竜は折れた。
自分のほうがどうかなるかなんて、知らないで。
青い青い、空の下。
陽光降り注ぐ、病院の屋上を模したセットの中、宗弦と幼い雨竜はいた。
風にはためく白い洗濯物。
それと共に、宗弦の長いマントもはためいた。
「師匠、師匠っ」
「何じゃ、雨竜?」
二人向かい合って、ケーキを食べている。
質素なそれは、きっと、宗弦の手作りなのだろう。
その前に、幼い……自分が、居る。
聞いている話は…空の下で聞くにしては、苦いもの。
きっと雨竜は、興味があって聞いたのだと思う。
どうして、滅却師は滅ぼされなくてはいけなかったのか。
尸魂界、と言う世界に対して、何もしていない。
ただ、ただ…守るために、してきたことなのに、こんな仕打ちを受けるなんて。
「なぜですかっ!? 全滅したのは、滅却師のほうなのに…」
幼い自分が返す。
冷静に感じていて、わかっているはずなのに、返してしまう、幼さ。
どうして、どうして。
けれど。
「その通りじゃ」
静かに、静かに、返される声。
遠く空を見つめ、そして…また、ゆっくり、幼い自分に、視線を返す。
…慈しみを、こめて。
「…たくさんの人が、死んだんじゃよ。
人が死んだ以上、どちらが良くてどちらが悪かったなどと考えることに意味はない」
寂しそうな顔。
それを見て……幼い自分は、目を見開く。
「考えなければならんのは、どうしたら2度とそういう事態を起こさずにすむか、それだけじゃ」
そして、瞳を細めて、哀しそうに、呟く。
「人でも死神でも、悲しい顔を見るのは、わしゃつらい」
一陣の風。
それが……まるで、宗弦の心のようにも、思えた。
悲しいと、啼く、声。
ここに、自分の言葉が、被る。
あの思いが、被る。
でも、何より、何より。
今、目の前に。
師匠が、居る。
「……おい」
「え…」
「おいっ…」
呼ばれて振り向くと……黒崎の顔が、ゆがんで見えた。
「………」
「……え…」
瞬きをすると、するり、と頬を落ちる感触があった。
遠くでは、これから本番入りますーと、わさわさと準備を始めていた。
そんな声が、遠くに聞こえる。
「石田」
「え、あ、あぁ…ごめ」
「……そうじゃねーよ…」
ぐいっと腕をひかれて、引っ張って行かれる。
あぁ、撮影の邪魔になるから…と、ぼんやり思って、引かれるままについていった。
「黒、さ……」
「…黙ってろ」
皆が出払っていないセット裏に、通される。
見慣れた景色にほっとしつつも、前に居る黒崎は、ゆがんだまま。
「…なんだ、どうしたの? それにしても、なんか、やられちゃったーて言う感じだなぁ。
あんな冗談をかましてくれたくせに、あんなふうに変わっちゃうなんて、ホント…」
「…石田」
「負けてられないよね。あの小さい雨竜も上手だったし。
足、引っ張らないようにしなきゃ…」
「石田」
低い声が、耳元をよぎった。
何で、こんな、近くに聞こえるんだろう。
「……馬鹿だろ、お前」
優しい声で、酷いことを言われる。
「……泣いてんじゃ、ねぇよ……」
クシャリと髪を掻き撫でられた仕草は柔らかく。
抱きしめられた感触は、優しかった。
「べ、つに、泣いて、なんか………」
「…涙流して言う台詞じゃねーな」
「…うるさいよ」
「うーわー石田雨竜だ」
笑う声が、響く。
それに誘われて…涙が零れ落ちていく。
何で、気づくかな。
ほっときゃいいのに。
誰もがじゃないけど、自分のためにしか、動かないのに。
何でこんな………優しいんだよ。
年下の、癖に。
「………」
隣を見たとき、驚いた。
瞳を見開いたまま、溢れて落ちる、雫。
綺麗で、綺麗で、それでいて…切ない。
シーン的にも、石田雨竜の核ともなるところで。
見ているこちらも、胸に突き刺さった。
何より、先ほど冗談を飛ばしてくれた宗弦が、まんま……宗弦だったものだから。
余計、キタのだろうと、思う。
何も、言わないけれど。
あの、真咲を見たときの自分に、似ているような。
邪魔にならないところで見ていたとしても、騒がれるのはたまらない。
どうかしたのかといちいち聞かれるのもめんどくさい。
それに…………誰にも、見せたくなかったから。
石田雨竜が泣くはずがないとか、そう思ってるわけじゃなく、ただ、ただ…見せたく、なかったというか。
自分の我侭を通して、ここに連れてきた。
慰めるすべも、泣きやますことも出来なくて、ただ……抱きしめた。
(まるで、子供にするみたいだな)
ぽんぽんと、宥めるように肩を叩き、髪を掻き撫でる。
小さいころ、泣いてた妹たちを、こうやって宥めたなぁと思い返しては、でもまた違った思いに、口を閉ざしてしまう。
「……………」
「…………」
離れがたい、温度に、なっていた。
いつの間にか。
「………」
「………」
震える肩も落ち着いて、肩を叩く手も、なくなった。
それでも、服を掴んだ手が、回した腕が、離れがたかった。
離れたくない、と、思った。
「…落ち着いたか」
どのくらいそうしていたか解らないけれど、短かったような、長かったような静寂は、その声で途切れた。
「……とりあえず」
声をあげて泣いたわけではないから、嗄れることはないにしても、
鼻に掛かったような声だから、まだ、泣いているように、思われるかもしれない。
「……悪かったね」
そう言って、雨竜が顔を上げると……意外なほど近くに、一護の顔があった。
「……ッ…」
「へ…悪いって、何が?」
じっと見てくる視線が、とても優しい。
「その……」
その視線を受けるのが居たたまれなくて、雨竜は顔を下に向ける。
「……泣いたこと、か?」
柔らかい声が、響く。
ちょうど一護と自分の身長差は8センチ。
自分の耳元辺りに一護の顔の半分が来るから、近くに聞こえるのだが、それでも…近すぎる気が、する。
けれど、それが不思議と……変に、思わない。
どうして近くにいるのかも。
「…おかしいと思ってくれてもいいよ。でも、僕は…」
あそこに、師匠が、生きて、しゃべっていて、笑っている。
それを、見ただけで。
「どうしようもなく、苦しくて、切なくなって……」
小さな雨竜しか見られなかった、生きている師匠。
それが、今、『15歳になった』雨竜が、見ていて。
酷く酷く、後悔や、いろんなものが、綯い交ぜになった、気持ちで、見ていて。
「馬鹿かと思われるかもしれない。でも、でも、僕の中の雨竜が…」
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
そう言って、泣く。
今、ここにある雨竜も。
これから先、自分が演じるだろう雨竜も、泣く。
ただ、ただ、生きた姿を見て、泣く。
師匠の姿を見て。
呟いているうちに、止まった涙が、また、溢れ出してきて。
雨竜は、口を閉ざしてしまう。
「…お、か…しぃ、だろ…」
虚像の世界のことなのに、自分のことじゃないのに、何故こんなに苦しいのか。
役にのめりこみやすい自分が、嫌になる。
うまく切り替えられなくて、人に、迷惑かけて。
こんな、自分、なんて。
「―――おかしくねぇよ」
「…え…」
降って来る言葉は、とても静かで、とても、力強かった。
「おかしくねぇよ、ちっとも。それだけ……石田が、石田雨竜って人間のことを、思ってるって、ことだろ?」
顔を上げると、苦笑いにも似た顔で、一護が見ていた。
「俺、一護やってるけど、まだそこまで…思えてねぇ気がするんだ。
石田が石田を思うほど……一護のこと、考えられてねぇ」
それからポリポリと、照れ隠しのように、一護は自分の頭を掻く。
「だから……そこまで石田に思われてる、石田雨竜が、俺は、羨ましい」
呟いて、一護は笑った。
「…羨ましい…?」
「…うん」
羨ましい。
彼を、彼の心を、こうまで揺さぶれる、彼が。
俺には、出来ないから。
「…馬鹿だなぁ、黒崎」
その言葉を聞いて、雨竜は泣き笑いの顔になる。
「へ?」
「考えられないんじゃなくて……君自身が、黒崎一護になってるから、
だから、考えなくてすむんじゃないの…?」
君自身が、黒崎一護だから。
何処の誰とも違う、黒崎一護だから。
だから。
「…羨ましがる必要なんて、ないんじゃない…?」
酷く、愛しいんだ。
「…そっか?」
「…そうだよ」
あぁ、ごめんなさい。
気づいてしまいました。
気づきたくなかったけど、どうしようもなかった。
隠れてようと思ったけど、駄目だった。
「…とりあえず、黒崎」
「ん?」
「……離してくれないかな」
「あ……」
今までの問答が抱き合ったままなのにやっと気づいたらしく、一護は顔を赤くして、慌てて腕を離した。
「……井上さんだったら、喜んだかもしれない慰め方かもしれないけど」
でも、隠してなきゃ、駄目なんだよね。
「は?」
「…誰彼かまわず、こんなふうな慰め方、しちゃ駄目だよ、黒崎」
涙を拭いて、ふっと、雨竜は笑う。
「勘違いされるから」
そう告げると、何ワケわかんないこと言ってんだ? という顔をする。
「……優しいのも、考えもの、だってことだよ」
その言葉は、僕の心に、深く刺さった。
僕、用事思い出したんだ。先に帰ってもいい?
そういわれて、引き止めることも出来ず。
見送るしか、なかった。
そのとき、軽く触れられた場所が。
………酷く、痛んだ。
――――泣きたくなるほど。
似たところを見つけて、また少し、近づけたと思ったのに。
遠く、なったようで。
なのに、いつまで経っても、あの腕の中の感触が、消えなくて。
あの温度が、消えなくて。
また、泣きそうになった。
なんでなんだ。