「それは…別に。僕は熱があっても動けるから…」
眉間に劇中張りに深い皺を寄せて、一護はガシガシと頭を掻く。
「そーじゃなくて。…あーもぅ…もう一枚、これ着とけ」
「ちょ、」
「俺、熊さんのパーカー借りっから。それ、着とけ」
「黒崎っ」
「風邪引くと長引くって、マネージャーさんに聞いた。
隠して仕事して余計酷くなるから早めに対処しなきゃ駄目なんだと、
胃をきりきりさせてるって聞いたけど?」
「うー……上田さんてばぁ…」
肩にもう一枚コートをかけられたまま、雨竜は唸る。

「上田さん、怒んなよ? 俺がちょっと気になっただけだからさ」
「へ?」
「……こないだの撮影のとき、熱あんのかなって、思ったから」
「あ……」
ぐいっとコーヒーを飲み干して、くしゃっと、紙コップを一護は握りつぶす。

「腕掴むだか、背中合わせるだか、あったっけなぁ…そのとき、なんか、温度高いなって感じて」

 そんで、気になってた。

「聞いたら8度超えてたんだって? 平熱が低い奴がそんなのって、すっげぇ辛いんじゃねぇの?」

 しかも、あの時も長回しで大変じゃなかったっけ。

そういわれて、こくりと、だいぶ冷めたコーヒーを雨竜は口にした。

あのときの撮影は、大虚を相手にするまでの、序章とも言うべき、一護との再びの対峙のシーンで。
最初はコンで現れて、次は死覇装での撮影となったのだ。

死神のシーンはデジタル処理が掛かっているため、同時にいけるときは同時に撮影することが多かった。
こちらの武器もデジタル処理が入るため、早め早めの撮影になっていたのだ。

「でもよく持ったし、やったよなぁー…後が大変だったけど」
「ご、ごめん……」
「ほとんど終わった後だから、そーでもねーけどよ」

 倒れられたときはどうしようかと思った。

言われた言葉に、ずきんと来た。

迷惑をかけるつもりはなかったけど…自分の見解が、甘かった。
もう少し持つと思ったけど……思ったより、厳しかったようで。

「微熱には慣れてるし…大丈夫だと、思ったんだ。それに」
 
 僕よりシーンが多い君に、迷惑をかけたくなかったんだ。

紙コップを包み込むように持って、雨竜は呟く。

「……ばーか、大丈夫だよ」
からりと、一護とは違う顔で、笑う。

いざとなりゃ、CG使うって言う手もあるんだしよ…と一護が返せば、自分が嫌な癖にと、雨竜が笑う。

 その笑顔に、いつも見惚れる。

「なるべく自分でやりたいって言ったろ…だから…うん…気をつけるよ」

 自分が製作発表で言ってたことを、覚えててくれたから。

「君が、この作品を、とても大事にしてるのは、知ってるし、判ってるから……気をつけるよ」

 だから、そんなもんだと、思ってたんだ。

「ありがとう、黒崎」

 恋だとか、そんなんじゃ、ないんだって。

「……わ、わかってくれたら、いいんだよ…」

 でも、違うんだ。

「これからコンビを組むんだからさ、やっぱ、わかんねーと、駄目だろ?」

 そういうのじゃ、なくて。

「コンビ…? あぁ……でも、親友役は、茶渡君だろ?」

 僕じゃない。

…そう言って…残念そうな顔をするのは…なんでだ…って、聞きたい。

「しばらくは一緒じゃねーか。だから」
 
 だから、なんだ。

「あー、一年は一緒だもんね。…そうだよね」

 だから、なんだ。

「一護ー! 次、コンのシーンだよー」
「やべ、忘れてた!!」
「黒崎」
「後少しで終わる。だから…待っててくんね?」
「………しょーがないな」

予習でもしているよ。

ふと笑うのに、今度は胸を衝かれる。

「すぐに終わらせる」
「無理しないように」
「無理じゃねーよ、やるときはやるぜ?」
「……知ってるよ」

 君が優秀な役者なのは。

「じゃ、いってくんな」
「…いってらっしゃい」

手を上げれば、掴まれる。
柔らかく握りこまれ、はっと気づいたときには、オレンジの髪は向こうへ行っていた。

「………おかしいよ、君」

 年下なのに。

「……そりゃ、芸歴では、先輩だけど」

 なんで。

握りこまれた温度が、消えないように。
また自分の手を、護るように重ねた。


知らない温度じゃ、ないのに。

…どきどき、した。