時計が指し示すのは、20時。
後、二時間ほどで撮影を切り上げなければならない。
自分に年齢制限のリミットがあるからだ。

「ルキア、そろそろ来るんじゃね?」
「あ、そういえば」
今日の撮りが終了したルキアは、まだ衣装のまま一護と遊んでいた。
それを見越してか……向こうは早めに迎えに来る。

「……すごいよね、ほぼ毎日……白哉さん、何してんだろ」
仕事もあるのに…と雨竜が感心したように呟けば
「あーあれはただの妹馬鹿だから。後、大事な歌姫に寄る虫を追い払うため」
「…君、虫なの?」
「………違うっつーの」
遠めに現れた、背の高い姿と周りのスタッフの反応に、白哉が来たのだと知れた。
こちらに向けられる視線は……劇中と変わらない。

「たまたま学校が一緒だっただけ…学年も違うのに」
「そうだよね。彼女まだ、中等部だし」
今年高校受験かー…と、しみじみ言う姿に、ほんとにいくつだよ…と突っ込みたくなる。

「お兄ちゃんが一番好きだって言ってんのにさ、あいつ」
「あはは、通じてないんだ」
「あの兄妹は、変なんだよ」
まあ、二人でこの業界を渡ってきたから、並みの絆よりは深いだろうけれど。

「そういえば、無事?」
隣に立つ姿が、顔を覗き込んでくる。
さらりと、黒髪が揺れた。
「……卒業できました。その節は、お世話に」
「いやいや」
手を振った。

高校生活最後の年と今回のドラマが被って、後半、授業に出られることが少なく、
卒業を危ぶまれていたとき、勉強を教えてもらったのは、目の前の石田だ。

“短期間の山掛けくらいなら、教えられるけど?”
山掛けどころか、基礎応用、国社数理英…いや、家庭科もか。何でもござれ。
時間配分といい、その他もろもろのことといい、すばらしいものだった。

“そんなに誉めなくてもいいよ。別にたいしたことじゃないし”
そういって、笑う。

“君よりは、二年歳食ってるし。それくらい助言できなきゃ、情けないだろ?”
きっと眼鏡をはめていたら、ブリッジを上げかねないような感じだった。

「僕だってアクション教えてもらったからね。あれくらい」

昨年から入ったアクション練習を、舞台のため遅れていた石田に教えたのは自分だ。
滅却師自体は弓を引くことが多いので、弓道の練習に似ていたが、
他にも戦うシーンがあるらしいので、怪我をしないようにとの鍛錬もかねていた。

「でも滅却師ってほとんど」
「ナイよね、アクション」
くすりと笑う。

「けど、面白かったなぁー…僕でもこんなこと出来るんだって」
「石田、筋いいのに…なんで」
「んー、のめりこんじゃうから…かな。寝食忘れるから駄目って、上田さんに言われた」
「あーわかる。目が違うもんな」
演技のときと素が、かなり違うってと返せば、酷いなぁと笑う。

コーヒー飲むかい? といわれ、あ、と、行きかけた足を止められる。

「寒いんだろ? ちょっと待っててよ」
「あー…」

(年上に行かせてしまった…)

芸暦は自分のほうが二年上とはいえ、年上に持ってきてもらうってのはなんだかと、思う。
そんなこと、別にいいのに…と、相手は笑うけれど。

(………カッコ、つけたいんだよ)

 なんか。

一人、胸中にごちる。

ゆっくりと、コーヒーをこぼさないように静かに歩んでくる姿。
はいと、渡され、あぁ、と、受け取る。
「悪りぃ、サンキュー…」
「? どしたの、神妙な顔して」
「…別に」
そういって、もらったコーヒーを一口すする。
砂糖少な目、ミルク大目の、自分の好みのもの。

(…あーあ)

優しい、気遣い。

「変なの。でも、僕、途中参加で不安だったけど…君にだけでも先に会えて、よかったよ。」
「…え」
はっとして顔を上げると、ふわりと微笑まれる。

「出来上がってる場所に入るのは、結構勇気いるし。
それまでは舞台で過ごしてたから…ドラマの撮影に馴染めるか心配だったんだ」
一人でも知った顔がいると、安心するだろ? と、笑われ、そうだなと頷く。

「…君がいて、ちょっと安心した」
「………」
「特殊な枠だから心配も山ほどあったけど…スタッフさんとも、キャストとも仲良くなれそうだし、
雰囲気もいいし…受かってよかったって思う」

(お世辞とか、社交辞令かもしれなくても)

すげぇ嬉しいと、当初から関わる自分は、思った。

「何言ってんだか…製作発表であんだけ冷静でいたくせに」
「あれは……テンぱると何言い出すかわかんないから…黙ってたんだ」
知ってるだろ、僕がアドリブ利かないの、と、拗ねた目で見られる。

「雰囲気はいいったってなぁ……あーストップ」
コーヒーを飲もうとした相手を、すんでで止める。
「俺、これ持ってるから、先、着替えてきな? 時間かかるんだろ、それ」
湯気立つコーヒを持つコートの下の白い衣装を指せば、大丈夫だよと笑う。
ほぼ雨竜の撮影も終了しているが、いつ何時、どうなるかわからないので、彼は衣装を着っぱなしだ。

「もう慣れたし。前みたいに迷惑かけないよ」
はーあったかい…と、両手で持つ相手に
「そーいうことじゃなくて。汚すとまずいだろ。衣装さんと美術部が泣く」
「えー、そこまで僕はドジじゃないよ」
おっとりした口調で言われても、と、内心思いつつも。
「ドジじゃなくても、うっかり屋なんだから、気をつけろ」
「はいはい」
僕の分、おいといてねーと、去り際に言われたので、両手で持ってその温かみを感じていた。

「……あれと、あれが一緒だなんて……ありえねー…」
コーヒーを啜って…一護は溜息をついた。

キャストのチェストに移動し、腰を下ろして、またコーヒーを口にする。

ようは寒いから、あったかいものを口にしていたいのだ。

「………」

先ほどまで殺気を持って自分と対峙していた相手。
演技と知っていても…心から凍らされるような、視線。

…柔らかな笑顔を知ってるから余計、ギャップに驚く。

「……白哉とはまた違った変貌だよな」
呟いて、また、コーヒーを啜る。


「あれで俺より年上なんて」

 おかしい。

「………なんで」

 こんなに、気になんだよ。

小さく胸中に呟いた。

雨竜が一護に「君は、僕の存在にも気づかなかった」と言っていた台詞が、妙に心に響いた。



「黒崎ー」
コーヒーが底だまりになった頃。
パタパタと、向こうから…また衣装とは違った白い服を着て、相手が駆けてくる。

“あー気をつけろよー”
と胸中に思いながら、片手を上げる。

「冷めてない? 僕のコーヒー」
「冷めてねーよ。猫舌の癖になんで、熱いの欲しがるかな…」
おら、と渡すと、でも、こういうのはあったかいほうがおいしくない? と、チェストに座る。
「でも猫舌だから、多少は冷めてないと駄目だと?」
「…うん」
頷いて、コーヒーを口にした。

「多少は冷めてっか?」
「…うん」
ちびっと飲む雨竜に、一護は眉を顰める。
「……どれ」
「っ!」
雨竜より大きな手のひらが、コーヒーを持つ雨竜の手を包んだ。
「…まだ熱いじゃねーか」
「だ、大丈夫、だよ…」
「やっぱ、寒いッつっても、なかなか冷めねーか…って言うか、お前、手、冷たくね?」
「へ?」
コーヒーを持つ手を放し、片方の空いた手を、一護は握る。

「………」
「そ……かな」
「……寒いんじゃねーか?」
「………」
コーヒーを手にして、雨竜は黙り込んでしまう。
「でも、もともと冷たい手だからなぁ…僕」
「ちゃんと重ねてきたろうな? お前、熱あっても絶対言わねぇからよ」
覗き込むように、一護は雨竜を見上げる。



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