きっと あれは初恋だったのだ
 それは 晴れた空に浮かんだ 虹のように 煌いた


 繋いだ手は 離れてしまった





 
Brilliant Days





高くて青い空、風に揺らめく蒼い水面、碧く覆い茂る、緑。
鮮明に思い出せる、色褪せない景色。

波の音も、風が木々を揺らす音も。
陽光に立ち上る、緑の匂いも。

『誰かといた』初めてのときで。
『誰かがいて』嬉しいかもしれない、と思ったときで。
いてもいなくても同じ、邪魔者な自分を『誰かが』認識した。
他でもない『誰か』。
だから、印象に残っても、自分に深く根付いてしまっても、仕方がない。

自分に触れる白い手は暖かく、流れる言葉は自分とは違ったけれど綺麗で歌うよう。
抱きしめられるといい匂いがして、その声で呼ばれると、自分じゃないようで変にも感じたけど、嫌じゃなかった。
花のような微笑を浮かべる美貌、それを柔らかく覆う、蜂蜜みたいな髪の色。
そして何より、その顔にある、海のような深い、深い、蒼が。
酷く、残ったのだ。

見掛けは綺麗だから中身にはだまされたけれど、それでも、傷つけられるよりは、ましだった。
…誰かから、呪いの言葉を贈られたり、矢を射られるよりは、ましだ。
ただ、何の態もなく、後々、それが、侵略の足掛かりだったとしても。
あの無邪気な時間は、嘘じゃなかった。

 たとえ何もかもを、その相手に、奪われたのだとしても。

同じ存在だと感じたから、惹かれたのか。
それとも。
あぁ、それでも。
初めて何かが『綺麗だ』と、思わせたものだった。

ずっと、ずっと…見ていたいと、思ったものだった。
できるなら、あぁ、ずっと、そばで。

それができないなら、海の底へ、深い森へ、沈めてほしい。
泡となって、消えてしまいたい。


――――触れられないなら、意味がない。











「く…っ…あ……」
追い詰められ、追い上げられた熱が、果てる。
目も眩む悦楽に身体が痙攣して、びくびくと太腿辺りが引きつったのを感じた。
「っ……は……」
荒い息を、何とか整える。生理的な涙が零れ落ちたが、別段気にならなかった。
解放後の倦怠は、ゆるゆると身体を包み、受け止めた重みを、邪魔に感じ始めていた。
それに、べたべたする肌も、自分の放った衝動も、気持ち悪い。

「…果てたんなら、とっととどきやがれ、メタボ野郎」
「なんだい、その言い草は。こっちは突き合わされたんだぞ」
「…冗談抜かせ。取引だっつったのは、そっちだ」
『特別な関係』と揶揄されるほどの、それ。
まぁ、あながち間違いでもないのだろうが、それはそれ、これはこれ、である。
イギリスに腕を立てて起こされたアメリカは、慣れたように起き上がる。

「君が勝手に盛って乗ってきたんじゃないか。こっちは不可抗力だよ」
「それに流されて乗って来たのはそっちだろ。おっ勃てるだけの回数ばかりでテクのねぇやつが、ごたごた抜かすんじゃねぇ」
「変態の君と一緒にしないでくれるかな」
「誰が変態だ、誰がっ」
「だから君だよ」
あーお腹空いたんだぞ☆と、余韻も何もなく、下着一枚だけですたすたと、アメリカは歩き出し、部屋を出る。
「まったく、デリカシーっつうか、羞恥心もねぇのかよ」
まぁ、あったら、こんなことしてねぇか…と、イギリスは皮肉気に笑った。

青臭い匂いが立ち込める寝室。
皺になったシーツ、脱ぎ散らかされた衣服なんて、見るものにはわかる現状だ。
とりあえず、洗濯するシーツで、身体を拭う。
あいつは、やるにはやるが、後始末というものをしない。
まぁ、こっちもわざわざ教えたりはしないが、女相手にも同じことしてないだろうな…と、心配にも成る。
避妊具も使っているし、後始末は楽だが、何となく、気分が違う。

「…………」

アメリカと寝るようになったのも、いつからか。
思い出せないな…と、イギリスはぼんやりと思う。
いつからどうしてこうなったのか、皆目付かないのだ。
独立する前なんて、こんなことは微塵もなかったし、独立後も、自分の心情的に、こんなことにはなりえなかったのだ。
なのに。

――――アメリカ以外とも、関係を持った国は、他にもあって。
まぁ、どの辺りかなんて、一度寝ただけとか、何回か、とかと、あって完璧に覚えてるわけではないけれど、
聞いたらきっと呆れて「ホント、君はエロ大使といわれてもしょうがないね」と、言われるほどだろう。

しかし、今のところ続いている…と言っていいのは、アメリカで。
まぁ、それこそ、年に何回、と、頻度の差こそあるにせよ、続いている、といってもよかった。
そういう関係であるのだから甘くもなりそうだが、それは変わらず、自分は口うるさく、アメリカは反抗する。
時々ドキリ、とはさせられるが、胸を突かれるようなものではなく。
むしろ、上記の言葉通り、特別、でありながら、希薄でややこしい感じになっている。

「何やってんだよ、オレは…」

 何を、忘れたいんだよ。

口唇から漏れた言葉は、静かに消えた。



 何を指して 忘れたくて
 何を 思い出したくないのか

 綺麗なそれか それとも――――?
















きっと『綺麗過ぎた』のだ。
あのときの自分も、相手も。
光り輝いていて、優しくて、柔らかくて。
『幸せ』と言うのかは判らないが、ただ、ただ、美しい、優しい、そんな思いだったのだ。
綺麗過ぎるから、綺麗過ぎたから、焦がされるのだ。
『今』の自分が。

生命の息づく色が、じっと自分を見つめていた。
泣いたら零れ落ちそうな大きな翠の瞳は、ただただ自分を見て。
柔らかく、笑ったのだ。一度だけでも。

小さな痩躯、小さな手のひら。傷だらけ。
ぱさぱさの金の髪は、梳けば綺麗になるのに、誰もそうしてやらなかった。
かさかさの肌は、手入れをしてやれば、子供特有の柔らかい肌になり、薔薇色になるのに。
何より、あの、翠の瞳が、もっともっと…きらきらと煌くのに。

深い森に隠れられるように、同じ色のローブで身体を包み、自分より大きな弓と矢筒を背負う。
小さいくせに、いっぱしの戦士で、騎士だった。
敵を見つけての視線の変わりようは、空恐ろしかった。
なのに、時々ふわふわと周りを漂う光を見ては、嬉しそうに微笑む。
擦り寄る動物を撫で、木の根で丸まって寝る。

時々水辺に下りては、はしゃいでずぶ濡れになって。
何度か拭っては、ほっとけ、勝手に乾く、なんて、口唇を尖らせて顔を赤くした。

最初でこそ、暇つぶしで、どんなものかとかまっていたのに。
いや、最初から打算的に、侵略したいってのはあったけど。

―――――楽しかった、から。

海に囲まれた、島国。
目に見えない不思議な生き物たちがいる、不思議な緑の深い森。
それを体現した、小さな生き物。

アングルテール、と、呼んだら、最初は、何を言っているんだ? とばかりの顔をした。
びゃーか、と、舌ったらずに言い返していたのに、ずいぶんと反抗するようになって。
でも、その反抗具合が面白くて。
他の相手とは違った、変わった、関係だった。

海を挟んでの隣国。
大陸と島国と、根本が違うのに、頂く王の人種が元で、争いが起こった。
いや、もともと『国』と言う概念がなかったから、それを成立させるための何かだったのだと、
振り返ってみれば今は思うが、あの時はただ、自分の意志で動いていたから。
動けたから。
―――欲しいと、思ってしまったから。

奪ってしまった後の騒動は、まぁ、そのとおりで。
百年単位で争い、他国を巻き込んで争い、荒らしつくした。


「…なにやってんでしょうね…お兄さんは…」

とりあえず、自分も争った相手も隆盛の時は過ぎ、老大国として、引いて居る。
世界は変わり、あの時とはまた違った方向へ動き始めている。
なのに、自分たちは、あの頃から…変わっていない。

戯れに口づけても、肌を重ねても。
全てを奪ったのは自分だから、好かれるわけは、ないけれど。


「…………」

自分が帰る、と言っては、文句を言いながら、服の裾を引いていた、緑の子供。
出逢った頃より感情豊かになって、酷く、愛おしかった。

あんなに難しくて、ややこしくて、でも、かわいいと、愛おしいと誰かを思えることなんて、知らなかった。

「…今でも『欲しい』なんてね」

国だとか、そういうのは関係なく、ただ、ただ。

「ねぇ、お前が欲しいよ……アングルテール」

もう一度、触れたいよ、の囁きは掠れて。

酷く、甘かった。



―――――触れられないと、意味がない。









 あのときを忘れたい
 あの姿を忘れたい
 あの声を 指先を 温度を

 あの戯れの時間を 愛しいと思う 心を


 『離れない』と した約束も 


 綺麗なまま 消せたら いいのに