Il y a美味しい詩









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          ◆ Mon Dico 愛の動詞Ⅳ


   raconter
   話すこと。語ること。旅の話を。若かった頃の思い出を。何でもいい。話すことはとても
   いいこと。昔むかし、女たちは井戸の周りで真っ暗になるまでお喋りしたわ。洗濯をしな
   がらね。暖炉のそばで聞いている犬。言葉はわからなくても知っている。ひとつの家の
   古い歴史を。命の限りお喋りしましょう。あなたについて。わたしについて。ちっぽけな
   蜥蜴のしっぽの話でも。ラコンテ。きっと思い出すわ。懐かしい歌。

   
tirer
   引っ張ること。伸ばすこと。カーテンをサラサラと。抽斗をよいしょ、っと。何か出てくる
   かもしれない。カーテンの後から、抽斗の中から。春の香りのする風。古い手紙。探し
   あぐねていた結論。それらはみんな同じものよ。引っ張りさえすればいいこと。禁断の
   栓を抜いてみて。樽から熟成されたワインが出てくるのはその時。ティレ。ためらいは
   捨てて。

   
croiser
   交差すること。十字の形に組むこと。すれ違うこと。通りでピエールと。その時一瞬視
   線が交わること。覚えていたのはピエールの栗色のコート。別のひとと並んで足早に
   過ぎていった。あの優しい微笑みはもう私のところへは届かないけど。永久に交差し
   ない愛。猫のように足を忍ばせて通り過ぎてゆく時。哀しみの交差点から私は立ち去
   る。クルワゼ。そして背筋を伸ばして、もっと大きな通りへと歩く。

   
aimer
   愛すること。好きだってこと。これは一番大切な動詞。すべての答えはここにあると思
   うの。コーヒーが好き。にんじんが嫌い。サッカーが好き。それからもっともっと好きな
   もの。サティの音楽よりも、有機野菜の新鮮サラダよりも、もっともっと好きなもの。か
   けがえのないもの。飢えて倒れた時のいっぱいの水。私が小さな草だとしたら太陽の
   ひかり。冷たい雨から守ってくれる一本の傘。エメ。永遠の神のことば。

   
etre
   ・・・である、こと。・・・になる、こと。ここにいる、こと。あそこにある、こと。とても不思議
   なことば。本は机の上にある。今は夏。私は学生。今日は月曜日。ああ、あまりにもた
   くさんで書ききれない。「我思う、故に我あり」とおっしゃったのはデカルトおじさま。「存在
   と無」はムッシュー・サルトル。存在するとは。ここにあることとは。謎だらけなエートル。
   わかっているのはただひとつだけ。私はすっかりあなたのもの、だってこと。


   
vivre
   生きること。生きていること。生活すること。暮らすこと。田舎に。都市に。誰かと。誰と?
   みんな生きている。たとえ戦いの中でも。たとえ貧しい日々であっても。うさぎも、蛙も、
   蛇だってみんな。踏まれても蹴られても生きている。砂漠の蠍。熱帯の蝶。暗い海の底
   の魚だって。思い出の中で大好きだったひとがいつまでも生き続けるように。ヴィーヴル。
   たとえようもなくやさしい地球の上で。

   
devenir
   ・・・になる、こと。なりたかったものに。変転、生成すること。ますます美しくなっていく娘。
   将来何になりたいか、決められない青年。二人の未来はどうなるのだろう。破産した父は。
   家を出てしまった母は。見えないことは何と不安なことだろう。霧の野原のように見え隠れ
   する明日。けれど大丈夫。大事なものさえ離さなければ。どんなものにもなれる魔法のこと
   ば。ドゥヴニール。何てたって先のことだもの。




                                  (2010年.2月1日。UP.)








             ◆  
          
左子真由美


   誰かが擦ったマッチが
   昏い夜に投げ込まれると

   誰かがそれで
   つかのまの夢を見る

   たくさんのキャンドル
   たったひとつの灯火

   街じゅうにともるあかり
   小さな窓のかよわいひかり

   どれひとつとっても
   燃えるものはみな美しい

   心が点火するとき
   ひとは小さな炎になる

   誰かが擦ったマッチが
   またひとつ昏い夜を点火する





                  (2010年.1月15日。UP.)


 


        ◆ パラボラアンテナ








                          尾崎まこと


   今があのときになれないこと

   光る海に向かい
   今が今であることに
   言葉を失った少年は
   パラボラアンテナのごとく
   身を反らし陽を受けて
   野鳥のような
   一声を発する

   目覚めた
   記憶たちは
   人よりも先に飛び立ち
   人よりも早く
   時の海を
   渡ってゆくだろう

   
   懐かしい羽音とともに
   明日という対岸へ
   私たちを待つために




          (2010年1月3日。UP.)


           そのあとで
             
                 
 左子真由美



   ひつじさんは
   もういっぴきのひつじさんと
   ようやく
   じょうずに
   さよならができるようになった
   いつも
   うまくわかれられずに
   えきで
   なきそうになっていたのに

   わらって
   てをふって
   かいだんをおりて
   きっぷをかって
   でんしゃにとびのると

   からだのおくから
   ふきあげてくる
   かぜに
   かみをなびかせ
   しばらくのあいだ
   たえる

   そうして
   おもいだす
   もういっぴきのひつじさんの
   ことばを
   ひとつひとつ
   おさらいする
   
   たとえば
   きのうのあとに
   きょうがきたと
   きょうのあとには
   あしたがくると

   それから
   それだけでも
   いきてゆけるとわかる



       
  (2009.12.3UP.)



      ◆ 一日

                 尾崎まこと


     一日が
   明けていくとき
   その一日は
   私たちへの
   なんと白く美しい
   答案用紙なのだろう

   一日が
   暮れていくとき
   その一日は
   たとえ
   金釘文字であっても
   私たちそれぞれの
   けなげな答えである



             
 (2009..11.8.UP.)



      ◆ マーブルビーチの永遠


                        尾崎まこと




   昨日の雨はあがったけれど
   
   わたしが誰か
   あなたが誰か
   ほんとうに生きているといえるか

   世界が何か
   今日がいつか
   明日は来るか

   そんなことなど
   さっぱり分からないけれど

   わたしが
   一人として数えられているとしても
   あなたが
   まったく違う一人として数えられているとしても
   いつかわたしたちが
   二人として数えられるとがあるとしても

   渚の潮騒にまぎれてしまう
   まるで一人の人のような
   わたしたちの
   夕べの語らいが
   虹の約束の
   永遠のなかにあることだけは
   確かだね



                         (2009..10.24.UP.)





     ■ 蝶
                   
佐古祐二


   先になったり後になったり
   歩いてる うちのねきを
   ひらひらひらひら
   どこまでもついてくんのん
   どなたはんどす
   もしかして
   先年 逝ってしまわはった
   あんさんどすか
   うちをえろう好いとおくれやした
   あんさんに
   ちがいあらしまへんなあ
   きっとそうどっしゃろ
   どうりで
   ちどりあしやわ
   ひらひらひらひらひらひらひらひら
   まっすぐ
   よう飛ばれしまへんのどすなあ

   まつごには
   しろおいあたまして
   うちのてえにぎって
   さいごに おまえのはだか みせてくれ
   なんて てんごいわはって
   うちをこまらせはったん
   わすれられへんわ
   しょうがあらへんよってに
   うち みせたげた
   あんさん
   めえに涙ためて
   うちを愛でてくれはった
   あんさん
   ぽつり ひとこと
   くろうかけたな かんにんやで
   そうして 
   ひらひら 飛んでいってしまわはった

   そやのに
   あんさん
   みれんたらしい
   また逢いにきてくれはったんどすか
   そやけど
   そんなひらひら ちどりあしやったら
   うちのほてったからだ
   しずめられへんえ
 




    
 ■ 停車場
                   
   佐古祐二


   心の重荷を降ろせる停車場はないものか
   あるいは
   そこに行けば私を待っていてくれる人がいる
   そんな停車場はないものか

   私には
   荷物を積み込むばかりの
   空虚ばかりが私を待っている
   そんな停車場しかないようだ

   ただ
   列車をやり過ごすための待避場のある停車場では
   暫しの間
   そよ吹く風にこの身を浸していることはできる

   休んでいる私に
   停車場を見下ろしている天空の存在から
   走り出す先を指し示す信号が
   送られて来ることがある






   
  ■ 虹が顕つ
                        
佐古祐二


   夕暮れ間近
   東の空を
   ほほの赤い子どもが
   指さしている

   そのちいさな人さし指に虹がかかっている

   ひとりごとか子に語りかけたか
   母と思
(おぼ)しき人が
   明日への希望のように
     ああ
     あしたは晴だね
   という
   子はたずねる
     どうしてわかるの
   母はこたえる
     朝虹がたてば雨 夕虹がたてば晴 なのよ

   虹の顕
(た)つ空を見遣(みや)って母と子は立ち尽くす






    
■ 風の恋文
                    
佐古祐二


   玉の砌
(みぎり)で花(あなた)の細部に見入っていると
   内からあらわれでて在る
   美のかがやき
   いのちのほほえみの無限が
   ぼくのすべてを目覚めさせ爆発させる



            (
注) 玉の砌…美しい庭






  
  ■ 麗かな日に
                       
 佐古祐二


   蒲公英
(たんぽぽ)の絮(わた)
   蝶の番いか
   愛のように
   折からの風に舞いあがり
   かろがろと
   くんずほぐれつ
   大空を
   渡ってゆくのは






     
■ カムイミンタラの翼   
                       
佐古祐二


   大雪山系のやわらかなうねりは
   美しい女だ

   宝石のような割れ目から
   雪煙が
   大いなるディーバの歌声となって
   翼のように飛び立ってゆく

   その傍らに
   雪解けのあとの
   神々の遊ぶ庭
   夥しい花の群れが風に吹かれている

   いのち芽吹く春に死にゆくものもあれば
   いのち枯れる冬に生まれいずるものもあって
   カムイミンタラ、カムイミンタラ、……

   風の韻律は季節のように巡っている


 
 
         (注)カムイミンタラ…「神々の遊ぶ庭」という意味のアイヌの言葉
            ディーバ   …歌姫




                          (2009.9.21UP,)





    ■  愛について
              
                     左子真由美



   初めにことばがあったと
   誰か信じてくれるだろうか
   ことばのなかに
   わたしは見つけた
   限りなく広く深い
   そして永遠であるひとつの場所
   悲しんでいるみずうみのようでもあった
   静かに降り注ぐ木漏れ日のようでもあった
   懐かしい夕べの鐘の音のよう
   けれど何より
   絶望から起き上がった
   木のようであった

   それからことばがあったと
   誰か信じてくれるだろうか
   たくさんのことば
   木々の梢のざわめきのような
   ぽとぽと と落ちる
   水滴のような
   ふつふつ とわき上がる
   希望のような
   時には負傷した
   戦士の呻きのような
   けれど何より
   暖かい南風のような
   世界に触れては
   また遠ざかることばの
   ざわめきときらめきの
   彼方

   ああ あなたはいた
   道端の一輪の花のように
   ただ無心に陽をあびて
   激しい嵐に言葉の落ち葉が
   すっかり吹き飛ばされたあと
   しんと静まりかえった世界に
   たったひとつ
   残ったことばを伝えるために

   愛している・・・と


         

                        (2009.9.21UP,)


  ■  高松塚君が、ラーメンの汁をすする時

                尾崎まこと



   生きている人の言葉は
   まるで覚えることができないでいるのに
   死んだ人の言葉ばかりを
   牛の涎のように顔面に垂らしながら
   沸かしすぎたコーヒーで
   舌の先に血豆を作り
   朝食の痛いトーストをかじっているのは
   僕だけだろうか
   そんな朝はきまって
   一日中、亀山博士の言葉を
   呪文のように唱えているんだ
   (生きておればきっとこう言って僕を励ましてくれたと思う
    さよう、君、思い出と現代詩と写真で結界を造るんだ!)

   親は子を食うんだよ
   子は親を食うんだよ
   そうして人は生きてきたんだ
   そうして人は生きてゆくんだ

   …と亀山博士は
   まるで海のような
   ラーメンのにごった汁(なんておいしい死者たちだこと)
   ををすすりながら
   赤くなっておっしゃったんだ

   親は子を食うんだよ
   子は親を食うんだよ
   …だから
   神が存在する、なんて
   いうんじゃないんだよ
   だから
   人間が存在し
   その人間はどうしても
   どうしてもなんだ、神を必要とする
   というお話さ
   これが僕の作り話なら
   人類なんて全く神様
   の作り話
   さ、わかるか高松塚君!

   と、忘れもしない
   空(から)のラーメンの鉢を
   箸でパチンと叩かれたんだ
   こんな風にね
   好きな女の白い尻を叩くように
   パチン!パチン!だよ
   博士は実に
   海を飲み干されたんだね
   -そう僕は思ってみるんだ
   ラーメンの汁をすする時にはね


       (2009.9/8UP)


    





  ■  詩人

           左子真由美




   空も海も大地も森も
   真っ暗闇だったにちがいない
   暗い暗い闇の畑に
   ひとは黙って暗い苗を植えたにちがいない

   ――あなたという光なしでは

   この絵は永遠に
   仕上がらなかったにちがいない
   わたしという輪郭だけで
   まだ肉体を持たない一枚の絵は

   ――あなたという絵の具なしでは





        (2009.6/28UP)






   ■空の駅


           尾崎まこと



   突然、荒ぶることがある
   あるいは投げられた独楽のように
   シンと静まることがある
   心は
   僕らの皮膚が抱える
   もうひとつの自然であろう

   蒔くにしろ
   植えるにしろ
   刈り入れるにしろ
   だから
   その時を
   待たなければならない
   なにも
   待たないものを
   心と呼んではいけない

   あるときは雨を
   あるときは光を
   あるときは風を
   あるときは嵐さえも
   ずっとずっと
   あなたを

   心は
   明日へと
   果てしなくつづく大空の
   いつも
   今日の駅



                (2009.6/3UP.)


   ■キューブリック・ハウス
            
                  尾崎まこと

        



   恋人たちが去ったあと
   冬の公園の日だまりを
   見知らぬ鳩が埋めていた
   ノアの放った鳩の末裔だろう
   噴水が高くなると水を怖れ
   噴水の形で飛び去った

   私の部屋
   キューブリック・ハウス

   その夜 
   見知らぬ詩の一行目が降りてきた
   音符のように咥えられている
   オリーブの葉を探したけれど
   見出し得ないまま
   終わりの行が
   ふんわり着地した

   私の部屋
   キューブリック・ハウス

   灯りを消すと
   丸い思い出の日だまりでは
   すくめる首でリズムをとって
   昼間の鳩が遠ざかっていく
   そうさ男まで
   糧を求めてさまよう一日の終わりには
   平和の象徴の鳥と同じ大きさに
   縮んでしまう

   その名前のない男の物語を
   僕は今日も生きた

   羽ばたきのかわりに
   寝返りをうって
   彼の一行を明日へと改行すると
   私の部屋
   キューブリック・ハウス
   ここはなお
   古代の方舟(はこぶね)の底ではないか
   お前こそノアの末裔
   とばかりに闇が揺れるのだ

   陽はまた昇り
   自分をまぶしい空へ
   放つだろう

   おおい鳩よ




     ※鳩は夕方になってノアのもとに帰ってきた。  
      見よ、鳩はくちばしにオリーブの葉をくわえていた。
      ノアは水が地上からひいたことを知った。  
      彼は更に七日待って、鳩を放した。
      鳩はもはやノアのもとに帰ってこなかった。
                 (創世記八章十一~十二節)



       (2009.5.6UP)




 


     ■ 

           左子真由美




   簡単そうでむつかしい
   こうやって立っているのはね
   ki
   だからといって
   みんなうまく立てるわけではない
   chikyuという小さな島の
   波打ち際で
   ひかりの方へ
   いじらしいほど手をひろげて
   soraを向いている
   木
   のようなわたしたち
   生きるということは
   立つということ
   なら
   見習わなくてはね
   本物の
   ki

   君のなかでは
   どんな嵐が吹き荒れているのだろう
   手をあててみても
   コトリ と音もしない
   静かな
   静かな
   泣きたくなるほど静かな
   その内側では

    
  

                             (2009.4.6UP)


     ■ 晴れわたる空を

佐古祐二

 



  亡き王女のためのパヴァーヌの

   深く沈みこむような旋律を

  静けさのなかに聴いていると

  見わたすかぎりの大地を俯瞰して

   晴れわたる空をすべっていくようだ

 

   咲きみだれる花々や樹々の緑は

   風にやさしく吹かれており

   吹かれているにもかかわらずなのか

  吹かれているからなのか

  ぼくは不意に涙する

 

   繚乱の花々 森の樹々は

   瑞々しく滴る美の鼓動であり

  晴れわたる空から祝福されて在る

  燃える夕陽にほかならず

   同時に死を孕んで揺れてもいる

 

   すべてのvie()

   鮮やかに

   風のなか

    風とともに

  死に縁取られつつ悠久の時を流れゆく




                  (2009.3.16UP.)



   ■ 半分の馬

         尾崎まこと



 
  凍った湖面に半身を沈め
  半分になった白い馬
  のんきに氷柱を抱え
  前歯で シャーシャー
  こそばい摩擦音を奏でている

  その透きとおる音楽を聞きつけ
  雪山を降りてきたつむじ風は
  馬のまわりを三周して
  自分に助ける力はないと知ると
  たてがみの霜を払ってやりながら
  やさしく尋ねた

   どうして氷を削っているのですか

  生涯
  嘘をついたことはないだろう
  つるつるの馬は
  ゆっくりふり返り
  濡れた蒼い目を
  ぱちくりさせて答えた

   いいえ わたしは
   歯を磨いているのです

  つむじ風はその答えに
  満足したわけではなかったが
  藤色の遠雷がまるで
  なにかの合図のように点滅し
  あちらこちら
  雪崩が走り出したとき
  自分と馬との
  見えない半身の苦労を思い
  存在するとはそもそも
  こんな奇妙きてれつだと結論し
 
   おれだって何故か回転している

  美しい半透明の半分の馬を
  北の国に置き去りにして
  歌いながら
  ダンスしながら
  真っ白い舞台から
  去っていくしかなかったのだ



       (2009.2/4UP)



    ■ カーニバルの夜 

佐古祐二

 

   仮面をつけた男が足を踏み鳴らし

   妖しい女が腰をくねらせる

   何かが起こりそうな気配

   喧騒から遠く離れた裏通りの闇の向こう

  そこだけ輝く床屋のサインポール

   青と白と赤の螺旋が

  空高く昇っていく

  空には

   傾いだ器のような月がかかり

  煌めく銀輪回転しながら

  静かにゆるゆると

  星空をよぎって翔けてゆく

   男の子の自転車

  風が

  どこからともなく

   あまやかな香りを運び来て

  通りの向こうから

  白い衣を靡かせながら

   ひとりの女がやって来る

   彼女は囁きかける

  人生は急ぎ足の郵便配達夫のようなもの

  いのちの言葉を運び届けるのだ

  愛する人に

  果樹園の小鳥に

   風にふるえるカンパニュラに

   堤の光へ

  さあ

  行くがいい


       
       (2009.1/7UP)


     ■45秒
                 尾崎まこと



   それでも私は考えるのだ
   あなたを愛してしまった
   そしてあなたをゆっくり忘れたので
   こうして雲一つない
   青い青い愛だけが
   ひとりぼっちで残ってしまった、と

   それでも私は思うのだ
   愛をすっかり忘れて
   ぽかんと浮かぶはぐれ雲のような
   あなただけが空にあるよりも
   とても幸せであると

   それでも私は願うのだ
   名前まで忘れてしまったあなただけれど
   夢の中でもう一度だけ
   30秒でいいから
   しっかり抱きしめたいと

   その後の15秒で
   サヨナラを交わしてから
   あなたも愛も私も
   そう、私たちを
   忘れてしまおうと



        (2009.1/1UP.)


       ■ 出帆
         
尾崎まこと


   わたし 
   という帆をあげ
   今日
   という風をはらむ

   限りない紺碧を
   真新しい傷のような
   白い軌跡を曳いて





        (2008.12/14UP)




   ■   白い秋


                     左子真由美




   こんなにも冷え込まねばならなかった
   あなたの姿を見つけるためには

   夏の衣を着たままで
   急ぎ足で消えたひとよ

   はらはらと落ちる枯葉のまにまに
   見え隠れするあなたの白いふくらはぎ

   わたしは思い出す
   泣きながらあなたを追いかけた日のことを

   こんなにも冷え込んだ秋の日には
   こんなにも美しい黄昏には

   あなたの眩い背中を
   望みながら

   わたしはあなたと二人
   もっと深い森の中へと彷徨うことを願う





                   (2008.11/24UP.)

2008年11月の詩

          夕映え

 

佐古祐二

 

   川べりに

   夕陽を浴びて座っている

   男は両の足首を掴んで

   女は膝を抱えて

   二人並んで落陽を見つめている

   (あ・り・が・と・う)

  包む夕映えのかがやき

  風が愛撫して

  二人を運び去ってゆく

  遠いとおいあの日へと

 

      *

 

  じゃれあってははしゃいで

   幼い二人は

   疲れを知らないように

   いつまでも

  堤を転げたり走り回ったりして

   やがて

  仲良く折った紙飛行機を

  飛ばし始めた

  しばらくは楽しげにいたけれど

  力いっぱい投げ上げた

   紙飛行機は

  ずうーっと向こうの方まで

   飛んでいってしまった

 

      *

 

  遠いとおい空の上から

   美しく色づいた枯葉のように

   静かにやわらかく

  小さな機影が近づいてくる

 

  川べりに

  風に吹かれ

   夕陽を浴びて座っている

  二人の足許に

  今

  その紙飛行機が




              (2008.11/13UP.)




   白秋
        
           尾崎まこと




   秋よ
   あなたの美しさは
   白い背中ばかり
   だから
   傾斜に耳を押しあて
   両手は
   おいしい乳房を
   探っています




   秋

         尾崎まこと



   黄色い葉っぱの
   並木に挟まれた
   青い空
   風が吹くと震えています
   季節のあばら骨?
   いいえ、秋は
   いつも後ろ姿です



     ((2008.11/11UP.)

2008年10月の詩

   ■  片恋

            佐古祐二

    


   遠いとおい空の向こう

   はんなりふるふる降るものがある



   燐寸(マッチ)の熱き炎に焦れる指のように

   この胸のときめきは

   とてつもなく苦渋に充ちているというのに



   深いふかい湖(うみ)の底

   すきとおるものばかりが漲っている




            (2008.10/14UP.)




    ■  長い夜

            尾崎まこと



   十四才の冬だった
   蘇生のために
   世界で一番長いキスを
   父と交わした
   僕の息が木枯らしのように
   ひゅーひゅー
   父の胸を回っていた

   駆けつけた救急隊員は
   人工呼吸は無用ですと
   世界一不幸な少年に
   言えなかった

   世間を逆恨みしたこともあった
   あの夜の 世の人の
   思んばかりに気がつくには
   一五ほど父の年を
   越えなければならなかった


         (2008.10/5UP)


2008年9月の詩

    ■ふう ふう
                 
         尾崎 まこと



   ふう ふう
   なあ おっさん
   夢も希望ももういらんな
   若いときはええけど
   中年過ぎたら
   しんどいだけや
   いるのは
   やらしい欲望やで
   残っとる欲望を
   ふう
   うどん粉みたいに
   こねて叩いてな
   うすく延ばすこっちゃ
   おのれの命のまな板の
   端っこまでな

   ふう おっさん
   曇った眼鏡ふいて
   ほら見てみい…
   ちゃう、ちゃう
   誰がねえちゃんのミニスカート
   覗いてみいゆうた
   びっくり箱ちゃうさかい
   あんなもん百年たっても
   なにも出てけえへん

   新聞にのっとる
   政治家の顔やがな、顔
   生き残っとるのは
   顔見ただけで
   ふう 
   どすけべやんけ
   夢も希望も関係あれへん 
   こいつら
   すけべいの順番で
   えらなっとる

   なあ おっさん
   黙っとるけど
   この素うどん
   ほんまにうまいなあ

   ごっそうさん ふう 




          (2008.9/1UP)


2008年8月の詩



    ■ 丈高い赤いカンナの花よ

                                                            佐古祐二

 


   どうかした拍子に思い出すことがある
   丈高い赤いカンナの花のことを

   まだ年端もいかない頃
   日々を過ごした
   古びた借家の裏庭に咲いていた
   丈高い赤いカンナの花よ
   おまえが訪れると ぼくには
   三年前に世を去った母が若く 輝いていたことも
   たくましかった父が
   建具屋の職人として額に汗して働いていたことも
   いっしょに遊んだ女の子の はにかんだような笑顔も
   まざまざとよみがえってきて
   たとえば
   明日から幼稚園 という春の日に
   なぜか心細くなって泣きとおし
   そのまま寝入ってしまった夜のことも
   それなのに
   若くやさしい娘のような受持ちの先生に憧れて
   嬉々として通うようになったことさえ
   鮮やかに思い出されるのだ

   遠い旅路の想い出の品のように
   普段は
   奥深い場所に大事にしまわれて
   忘れられてしまっているものたちよ
   ぼくのなかに降り積もって融けることのない
   記憶の根雪が
   静かな光を浴びて明るんでいる

   丈高い赤いカンナの花が
   どうかした拍子にぼくを訪れるのだ




      (2008.8/4UP)




2008年7月の詩



   夢の交差点
           
           尾崎まこと


   梅雨が
   幾度明けても
   日本には
   明けぬものがある

   今年も
   人はついに
   帰ってこなかった
   飯を喰らい
   今日の生をつなぐ私に
   帰ってくるのは 
   彼等の喰い残した
   夢ではないか

   交差点の手前
   熱せられたアスファルトに
   風がそよぐと
   かげろうが揺れ
   人よりも多く
   夢が立つのだ

   君、ほんとうに腹が減るって
   知ってるかい?
   君、ほんとうに女が欲しいって
   覚えているかい?

   正午のサイレンが
   夢を醒まし
   そして信号の瞳は
   青

   永遠に見ず知らずの
   私たちは
   儀式のように
   渉りはじめ
   静かに
   まぶしく
   銀色に
   すれ違ってゆく



       (2008.7/24.UP)


tennouji.jpg


      ここ

                左子真由美



   そやから
   どうなん
   そやから
   かえってきたんや
   ここや
   ここ
   ここがいちばん
   ほんまに
   かってやなあ
   よういうなあ
   そやけど
   それでええのん
   そやな
   それでええんや
   ここが
   さいごのすみかや
   うちしらんし
   ほんまにしらんし
   おかしいて
   わらけるわ
   そやけど
   ええなあ
   やっぱりええなあ
   ここが
   ここがいちばん
   あったかいねん
   ここや
   ここや て
   おかしいて
   なみだがでるわ
   なんて
   けったいなひと
   ここは
   あんたのうちやんか
   ほら
   はよう
   くつ ぬぎ



      
(2008.7/13.UP)



2008年6月の詩


     ■  神の階段

            
 左子真由美



   ときには
   落ちそうになっても
   登らなければならない
   階段がある
   空のガラス窓に映る
   美しい蝶のために




        
Stairs to the God


   Stairs in my heart-
   I am afraid of falling
   But I have to go up

   For a beautiful butterfly image
   In a pane glass
   Under the sky.



            
Translated by Mariko Sumikura



2008.6/12UP


        ■林檎ランプ
      

             尾崎まこと




   林檎山の林檎の木
   風が吹くと
   まだ青くて小さいけれど
   鈴なりの子供たちが
   かりん こりん かりん
   いい香で鳴り響きます

   昼間は見えないけれど
   一つ一つのまんなかには
   小さな灯が
   灯っているのです
   夜になると皮をすかして
   ほんのり明るむので
   林檎山全体まるで
   輝く童話の森のようです

   林檎ランプは
   夕焼けの空と同じように
   だんだん水色からピンクへ
   ピンクから茜色に偏光し
   私たちのために美しく
   美味しく熟していくのです

   今の秋
   ナイフでさくっと割っていただく時
   林檎ランプ
   つまりまんなか
   灯し続けた炎のあとを
   確かめてごらんなさい



2008年5月の詩

↑ポインターを写真の上に載せてみてね♪

    ■  点灯夫

                 尾崎まこと


   わたしだけが住んでいる
   この小さな天体

   暗いと思えば
   夜より暗くなる
   明るいと思えば
   真昼より明るい

   わたしが灯す
   わたしが消す
   わたしという天体
   そのミステリアス




2008.5/14UP.






          ■  整列


                左子真由美   


    子どものころから
    苦手だった
    整えることはみんな
    大人になってからは
    整えたふりをしている
    けれど
    こころは
    いつまでたっても
    整列しない



2008.5/4UP.






    
■ リリカルな夜

                                      佐古祐二

 


    うたうように

    月明かりの静かな海を

    とんでゆく

 

    翼を得たわたし

 

    眼下遠く

    海がつぶやいている
    
    わたしは

    風をうけ

    薄衣(うすぎぬ)がはためいて

 

    胸のふくらみも
   
    腰のくびれも

    両の脚も

    風のささやきに

    紅潮し

 

    ジャジーなピアノのしらべは

    リリカルに

    夜の底を

    たゆたっている




2008.5/3UP




       ■ 5月の風

               尾崎まこと



   本と申しますものは
   まん中で開き横から見ると
   とても形の良い
   二つの山でありますが
   真上からみますと
   深い海だとわかります
   その時 
   にわかに風が吹けば
   しぶきがあがり
   ぱたぱたぱたぱたぱた…
   これはもう
   羽ばたく白い海鳥(うみどり)ですね

   こうして5月には恋のように
   本を失うことがあるものです


                       


2008.5/1.up.










                    ★2008年四月の詩

                       ■   便り

                                        左子真由美




                  sakura.jpg




    はなびらは
    あのひとからの
    たより
    ふうっと ひとひら
    胸に舞い込んだ
    ひかえめな文字で
    もっと生きよ と
    書いてある

(2008.4/13UP.)

  



                      ■  約束

                                        左子真由美


                    byciclette.jpg




    いつも
    わたしのうえに
    訪れる
    あなたは
    いったい誰なのだろう
    口笛を吹きながら
    走っていたり
    泣きながら
    夜道を駆けたりする

    時には
    わたしを置き去りにするけれど
    約束したみたいに
    戻ってくるひと
    だから
    わたしは
    約束したみたいに
    ずっと
    待っている




 (2008.4/13UP.)


 
                 




           ■ アリス、壁
      
                          尾崎まこと
   

   何も信じない と裏切りの度に
   私たちは宣言するのだけれど
   秘められた祈りはさそれなりに切実である

   都市のアリスが
   ウサギのようなたわいのない罠?
   あるいは象徴のために走り出し
   次の瞬間時間の狭間に落ちてゆくとしても
   私たちは私たちの時代の既視感のうちにあるので
   誰もふり向きやしないだろう

   ただ記憶が音のように浸みてゆく壁
   壁!壁!壁!だけがある
   それは物質の乾式フィルムである
   「…そしてみんないなくなった」という近代の説話
   つまり資本の論理の帰結であるところの
   私どもの最後の信仰さえ
   一瞬のうちに吸い込でしまう

   たぶん人は
   神の前ですべてを言い尽くしている
   愚かさは詩の責任ではない
   愚かさはその行為である
   いずれ
   まじめで愛らしい植物たち動物たちを巻き込みながら
   戯れの神真似の系譜
   私たちが私たちでなくなるとしても
   地球が脳である
   宇宙がボディである


       
 (2008.4/13UP.)

 
                      ■ 赤い観覧車

                                       尾崎まこと




              



 


   花散らす雨の夜には
   あなた どこか 
   命がけなんだ

   真夜中にだって回ることがあるんだよ
   って見せてくれた
   あなたの赤い観覧車の写真
   ほらっと言って
   天井までまっすぐくゆらせた煙草の煙
   
   セックスだって
   いびきだって
   離さないこの手だって



(2008.4/13UP.)

         ★2008年三月の詩



  
 ■ 9のはしっこ

               左子真由美




   9のはしっこに
   ぶら下がっている1がある
   落っこちそうで
   落っこちない

   9は
   自信満々
   堂々と胸をはって並んでいるけど
   1は
   時々うなだれていたり
   世間の片隅でいじけていたりする

   9のお荷物で
   きっぱりと10になれない原因で
   いかにも頼りなげであるけれど
   9は
   その1が大好きだ

   ! のようであり
   ?   のようでもあり
   いわゆる無限の可能性を秘めた
   9の最後の夢
   9を急かし
   9を励まし
   9を苦しめ
   9を悩ませ
   9を愛する
   永遠の迷い子

   けれど
   ある日ふと
   9を奮い立たせ
   宇宙の神秘に目覚めさせるのは
   きまってそんな
   1だ




            (2008.3.7UP)


   沈むラジオ
         
              尾崎まこと

  熱い石に
  耳を押しあてると
  つまった水が
  抜け
  きゅっと鳴って
  景色まで開ける

  その黒い染み
  ロールシャッハテスト
  あなた すごく飢えてるよ
  覚えておくのよ
  その感覚
  吠えてあげよう

  石の代わりに
  白い乳房をあてたら
  きゅっと鳴って
  紡錘形の海中を
  ラジオがねじれながら
  沈んでいった

  女に飢える
  ということは
  はて
  どんなことであったのか
  腕の代わりに
  記憶の神経を伸ばしても
  届くことはない
  塩辛い
  八雲立つ
  出雲の浜辺

  海底へ
  いまだ
  到着しない
  飢えている
  神様のラジオ

  その
  波のように
  吠えている
  短波放送



       (2008.3.7UP)



   ■ 夢で会いましょう

           尾崎まこと




   きっと
   むかしむかし
   二人は
   夢で会いましょう
   と約束したのだろう

   たとえば雨上がり
   校庭の
   ジャングルジムで

   だから僕らは
   パンをちぎって
   ほおばっても
   夢のようである

   都会の
   ジャングルジムで



       (2008.2.17UP.)



             
  


   ■太陽にまるっちいくしゃみをして 
                                
                  尾崎まこと


   いつか
   あなたのために
   ほんとうの詩を
   たったひとつ
   書いてみたい

   その朝は
   生まれたばかりの
   赤ん坊が
   初めてするような
   あくびを
   ひとつ
   するだろう
   
   それから
   外に出て太陽に
   まるっちい
   くしゃみを
   ひとつ
   するだろう

   くしゃくしゃに
   丸まった
   この詩と
   あの詩と
   つまり書き損じた
   千の詩
   二千の詩
   三千の詩と共に
   喜んで
   ほんとうの
   旅に出ようと思う

   その日のために
   今夜も
   ひとつ
   丸めたね



      
(2008.2/11.UP)






■ 八本指
    
   尾崎まこと


   生きている
   指を十本
   前に差しだすと
   その間に
   差しこまれる
   透けた
   八本指よ

   君は
   誰?



          (2008.2/1UP)


 

  ■ ふう ふう
                 尾崎まこと


  ふう ふう
  なあ おっさん
  希望はもういらんな
  若いときはええけど
  今となっては
  しんどいだけや
  いるのは
  やらしい欲望やで
  欲望を
  ふう
  うどん粉みたいに
  こねて叩いて
  うすく延ばすこっちゃ
  おれらの
  まな板の端までな

  ふう おっさん
  曇った目がね拭いて
  見てみい…
  ちゃう、ちゃう
  誰がねえちゃんのミニスカート
  覗いてみいゆうた
  びっくり箱
  ちゃうさかい
  百年たっても
  なにも出てけえへん

  新聞の顔やがな、顔
  生き残っとるのは
  顔見ただけで
  ふう 
  どすけべいやがな
  希望なんか
  関係あれへん
  すけべいの順番で
  えらなりよった

  なあ おっさん
  黙っとるけど
  この素うどん
  うまいなあ

  ふう 







   左子真由美 一月の詩


                           



  Cacher


   隠すこと。秘めること。洞窟のなかに宝物を。甘い言葉の裏にするどい爪を。ベールの影
  にもうひとつの顔を。隠しているから見たくなるわ。後ろにまわしたあなたの手の中のも
  の。運命のコイン? もしかしたらただの木の実? ひとは見せられないものを隠す。サテ
  ンの下着のようにキラリと光る誘惑。キャッシェ。暗闇に永遠に眠る真実。

 


  Courir

  走ること。ひとが、動物が。流れること。川が。原っぱを駆けていった野うさぎ。しっぽ
  を置いて逃げ出した蜥蜴。大好きなひとのもとへ走ってゆく少女。泥棒を追いかける警官。
  逃げた女を性懲りもなく追いかける男。みんなみんな、のっぴきならない用があってのこ
  と。クーリール。止まらない。運命の川が海に注ぐまで。


 

  Couvrir

   覆うこと。かぶせること。夜のとばりがすっぽりと街を。冷えた身体を暖かい服で。包帯
  が傷口を。何でもくるんでしまうこと。花びらが広場を埋めつくすこと。キスの雨であな
  たを。かけてあげたい。もしも見えない毛布があるのなら。まだ見たことのない友よ。地
  球のどこかで泣きながら眠る友よ。クーヴリール。哀しみの器を覆う一枚の毛布。



  Dormir

  眠ること。新しい朝のために。みんなみんな眠る。森のなかで、木の上で、水のなかで
  暖かなベッドで。リスも熊も蛙も。夜がそっとヴェールをかける。お月さまの上ではうさ
  ぎが跳ねているけど。愛するひとのそばで眠れるのは一番の幸せ。武器を置いて、鎧をは
  ずして。ドルミール。おしゃべりもやめて。

 


  Imaginer

   想像すること。思い描くこと。見えないから。ここにないから。想像してみて。たったひ
  とりで無人島にいるとしたら。何でも願いが叶うとしたら。アダムがりんごを取らなかっ
  たら。イマジネは自由に飛び跳ねる魚。広々とした海に描く新しい曲線。あるいは鳥のつ
  ばさ。目には見えないけれど。これから言葉になろうとする限りなくやわらかい形。

 

  Sentir

 

  感じること。寒さを。痛みを。空腹を。花の香りを。感じることは生きていること。それ
  は夕暮れによくやってくる。昼間のざわめきがなくなったあとで。慣れ親しんだ沈黙。夜
  の砂丘のように。足裏に冷たく乾いた感覚。でも嫌いではない。私はそのとき石。砂を感
  じている石。サンティール。触れ合ったところから痛みのように入ってくる感情。




  Signer


  署名すること。名前を書くこと。長い時間をかけてようやく描いた一枚の絵に。邪魔にな
  らないように片隅に、でもくっきりと。名前を入れて絵は完成する。契約書だってそう。
  丁寧に、間違えないように。あの壁に、あのノートに、ひとは繰り返し名前を書いてきた。
  陽にさらされて消えることがあっても。シニエ。いつも忘れない。青空の真ん中に書いた
  君の名前。

 



  Rêver

  夢を見ること。夢見ること。人生は夢、って誰の言葉だったか。しだれ柳も夢見る。風に
  葉を翻しながら。向こう岸へ渡る夢。パイ生地も夢見る。火の中へくべられるのは苦痛だ
  けど、誰よりも立派なパイになること。夢はちいさな紙風船。折ってたたんで隠しておく
  こともできる。愛するひとのそばへ飛んでいくことも。レヴェ。もっと高く。

 

  Pleuvoir

   雨が降ること。海に、街に。屋根に、舗道に。どこにでもわけへだてなく。小雨、霧雨、
  五月雨、時雨、それから名前のない雨。喫茶店の窓から見ている。いくつもいくつもすれ
  違う雨傘。雨だよ。ええ、雨ね。これまでたくさんの雨に濡れたわ。暖かい雨、冷たい雨。
  でももう傘があるから大丈夫。プルヴワール。蝙蝠傘が一本だけあればいい。人生には。


 

  Prier

  祈ること。神に、天に。懇願すること。何かを。静かな朝の聖堂に祈りの声が響きわたる。
  死者のために、生きているもののために。声をあげて、またはひっそりと。誰もみな祈る。
  大切なもののために。失ってはいけないもののために。世界をいまひとつの歌声が流れる。
  最も深い闇の中で、今誰かが手を合わせる。プリエ。静かに頭を垂れて。



 
               (2008.1/12UP)


 


   ■ 睫毛(まつげ)

佐古祐二

 

   諍いの後の

   (あなた)の背中に

  声もなく泣いた日の

  切なくも甘い記憶の

  疼きの癒える

  時は流れ

 

   わたしの膝で

  無防備にまどろむ

  男

   睫毛に(いだ)いた

  これ以上もなくやさしい

  感情だけが

   去りゆくことなく

  いま

  わたしの中に

  たゆたっている

 

  風の吹く(みぎわ)

  波が泡立ち

  光が戯れるように

  

            (2008.1/1UP)

 

   

   ■  林檎

佐古祐二

 

   トゥーシューズで

   爪先立ちしている

   美少女ひとり

   真っ赤な林檎ひとつ

   ささげもっている

   白い時間

 

   秋の

  日溜りの匂いを

   胸いっぱい吸い込む

  祈りの時間

 

   *

 

  突然

   銃声がして

 

   ひとりの兵士が

  地に斃れ

   真っ赤な林檎は

   美少女の

   掌から

  転げ落ちる





             (2008.1/1UP)







 ■ 宇宙のパズル(新春版)

              尾崎まこと

          


  今日は
  かわいい小鳥のさえずりが
  はじめて人の言葉に
  翻訳できた日

  ティル ティル
  ティラララ ティラララ

  宇宙のパズルが
  解けたのだろう
  次から次へ
  人々の額が明るくなって
  頬をふくらませ手を組んで
  小鳥の言葉で
  歌いはじめた

  子供たちは
  辞書をほうりなげ
  検事は
  六法全書をほうりなげ
  指揮者は
  指揮棒と楽譜をほうりなげ
  兵士は
  武器をほうりなげ

  ティル ティル
  ティラララ ティラララ






           (2008.1.1UP)




  ■ 沈黙
                尾崎まこと



  一つの言葉で
  少なく見積もって
  十の言葉が死んでいくのでしょう
  ね
  ほら
  といって
  彼女の指の方を見ると
  雪のようなものが
  ちらちら
  光って降りてきた

  ええ
  そうして
  死んだ言葉が降り積もり
  あなたも ぼくも
  できているのでしょう
  と言いかけて
  また
  なにか
  殺す気がして
  曇天をにらんだまま
  そのままになった

  そのままである


                 (2007.12/27UP)







■  奇妙な形
 
           尾崎まこと




 初めて会った
 奇妙な形の白い雲が
 縁を光らせて
 僕に言った
   やあ、また
   お会いましたね

 二度と会えないに違いないのに
 奇妙な形の白い雲が
 僕に言った
   また会いましょう

 それから僕は
 ずいぶん歩いてきたもんだ
 やはり
 そんな形の雲には
 二度と会えなかったが
 ずいぶん歩くうちに
 僕が
 奇妙な形になってきた

 すべての風景が
 なつかしくって
 みんなに
 挨拶している

 無口なときは
 影を地に曳き
 やっと人を見つけて
 口を開けば
   やあ、また
   お会いましたね
 淡い燐光を放つのだ
 こんな形は
 風のせいだろう
   では、お元気で



         (2007.12/20UP.)



■ 鳥と地図

            左子真由美




 旋回する鳥が
 風を起こすたび
 新しい波が寄せて
 地形をすこしずつ
 変えていった
 果てしない思いだけが
 いつか
 届く
 見果てぬ地図に

 それは
 神よ
 あなたの
 やさしい企み?

 そのほかに
 何があるだろうか
 風も 波も
 孤独な鳥と地図をむすぶ
 不器用な
 ひとつの文脈




         (2007.12/3UP.)







 誰なんだろう
             
              尾崎まこと



あなたは誰なんだろう
こんなに赤茶けてしまったのに
終わりの方は
虫まで食っているのに
はじめの方は
失われてしまったのに

正午
生きるために
母だって
置きざりにした一冊を
黄昏
もう一度
手にしたあなたは

あなたは誰なんだろう
真夜中
星座が天井であるような
こんな大きな図書館で
一番みすぼらしい
一冊を選んで
ていねいに
ページを繰っているのは

恋人だって
読み飽きて
誰かにくれてやったのに
最後の最後
手放さないあなたは

あなたは誰なんだろう
いろいろ
書きなぐってきたけれど
ほんとうは後書に
ひとこと
さびしい
と、しか書いていない本なのに

東雲(しののめ)
金色の息をして
そこんところを
優しくなぞる人差し指の
あたたかい
その持ち主は

あなたは
あなたとしか呼べない
あなたは


        (2007.11.29UP)







宣言

                            佐古祐二

 


くるくると動く

澄んだいたずらっぽい目

ぼくの心をくすぐることばが

ころがり出てくる

ぷっくりとしたかわいい唇

 

 “きみの笑顔はプリムラのようだ”

などと喩えるうちに

きみの笑顔の

今そこにある素敵さは

ことばの隙間を

うかうかと

こぼれ落ちてゆく

 

それでもなお

形容への欲求の

くるおしい疼きは

抑えがたく

花の

色かたち匂いの

もたらす連想は

きみの

かがやかしいいのちのあり様を

確かに

指し示していて

 

ぼくは

やはり

 “きみはプリムラだ”

と宣言するほかないのだ

ぼくのことばの全重量をかけて



 

   (注)プリムラ

春一番に花開く小ぶりのかわいい花。多くの品種があり、色かたちは様々。
バラ咲きユミシリーズは、甘い香りがするのが特徴。




            (2007.11.1UP)





人の世のよろこびの

                              佐古祐二

 


男のちょっとした言葉に

女の頬に紅がさし

はにかむしぐさの可愛いさよ

はたまた

ドラマのちょっとした展開に

女の目に涙があふれ

頬ぬらすこころの愛しさよ

 

あゝ

人の世のよろこびの

ささやかでありながら

胸深くうるおすひとときの

回転木馬のような日々に

 

空は

太陽のように

恋をし

海は

月のように

言葉少なになる






(2007.10.17UP.)








■ 名前

        左子真由美



区別するためではなくて
よりわけるためでもなくて
呼ぶという行為よりは
もっと深いわけがあって

ひとは名付けられる
ひとつの身体に
ひとつの名前
呼ばれるたびに思い出すため
世界にたったひとつの 
命であること

いつも 朝が
まっさらな朝であるように
すみずみにまで
血が流れはじめるのは
そのときからだ

名前を呼ばれると
わたしの身体は 
ぴくん と跳ねて
地球という椅子から
起立する



   (2007.9/15UP.)





■ 左子真由美 九月の詩



Attendre

 

待つこと。ずっとずっと。たくさんの人の波の中からひとりの人が現れるのを。海に沈んだ貝のように時の潮が引くのを。郵便ポストに手紙が落ちるのを。木の実が熟して落ちるのを。薄目を開けてはだめ。いつか波の上に月が映る。どこからか人魚の歌声が聞こえる。あのひとが歩いてくる。アターンドル。聞き慣れた足音で。

 

 

Arriver

到着すること。届くこと。どこかに。待っていたものが。やってくる。どこからか。ここではないもうひとつの場所から。小さな舟が南の島に。夜のバスが終点に。長い旅の果てにようやく着く。もうあきらめた頃に。アリベ。待っていた、ずっと。五月、低い空を飛ぶ初めての燕。

 

 

Briller

光ること。輝くこと。星が、水面が、砂が。ひとが。あらゆるものが輝くときがある。内から溢れてくるひかり。とめどなく、きらめく、あるいは、ひっそりとしみ出してくるもの。それはどんなものにも隠れている。ただの石にも。道端のささやかな草にも。葉っぱの先の零れ落ちそうな水玉。よく見るとわかる。ブリエ。今にも輝きだそうとしている何か。

 

Frapper

 

たたくこと。キーを。扉を。胸を。たたくことは呼びかけること。信号を送ること。思いを伝えること。小さく、または激しく。キツツキが樹をたたく。木枯らしが窓を打つ。少女がピアノを弾き始める。耳をすますと聞こえる。誰かが誰かのドアをノックする音。決意を込めた音。フラッペ。たたく時は始まる時。

 

Habiter

住むこと。どこに? どこにでも。なるたけ居心地のいいところ。わたしがわたしでいられる場所に。干し草の匂いのする納屋。欅の木陰。蓑虫の蓑の中でも。わたしのための家があればそれほど幸せなことはない。ひとは住処をさがすために生きる。アビテ。あるときは形のない処に。誰かのこころの中に。

 

Joindre

結びあわせること。別々だったものを。運河が海と海を結ぶように。星と星とを結んで星座を作るように。そこに関係が生まれる。海と海はお互いを知る。星と星は新しい絆で結ばれる。その時初めて海は自分について知るだろう。星は星の美しさに気づくだろう。ジョワンドル。祈りのために結び合わされる手と手。

 

Oublier

忘れること。雨傘を。本を。サラダに胡椒を入れるのを。約束の時間を。あの人の顔を。忘れたものはどこへ行くのだろう。どこかに大きな忘れものの箱があって、その中にみんな詰まっているのかしら。ちっちゃな部屋から飛びだしたものたち、入りきらなかった思い出。みんなみんなどこに?  ウブリエ。まだ雨のしずくのしたたっている雨傘。

 

Regarder

見つめること。風景を。絵を。人を。りんごを。見つめていると思い出すことがある。あの時見えなかったもの。見たかったのに見えなかった垣根の向こうの果樹園。あの向こうには何があったのだろうか。幼いわたしはいつも垣根の外にいた。美しい洋館建の家。ライラックと薔薇で囲まれたあの家の中には。ルギャルデ。隠されていた世界の秘密。

 

Remplir

いっぱいにすること。籠にりんごを。コップに水を。空っぽだった空間が満たされるのは不思議。コップのなかに生まれた海。風にざわめく波。身体もことばで波立つことがある。波のように潮のように押し寄せてくることばで。ことばの静かな氾濫に包まれた幸せな身体。ランプリール。それは籠のなかで甘く熟れてゆくりんご。夕焼けを両手いっぱいに抱えた空。

 

Tomber

 

転ぶこと。倒れること。落ちること。秋に木の葉が、椅子から帽子が。太陽が沈んで日が暮れること。そうなってしまうこと。恋だってそう。恋するのではなくて恋に落ちてしまう。運命の落とし穴に。けれどうっかり足を踏み外して落ちてしまっても、そんなに居心地の悪いところではない。トンべ。そこは「永遠」に通じる入り口かもしれない。

 



  (2007.9/5UP.)

















■ 地球の上で

                 左子真由美

 



どう?

ってあなたは聞くけど

答えようがない

いい

と しか

 

詩人なら

何か思いつくわね

画家なら

炎の絵を描くかしら

赤と黒の絵の具で

 

太古のむかしから

男と

女は

こうやって

生きてきた

 

洞穴のなかでも

爆撃機の下でも

どう? と

いい を

繰り返しながら

 

地球の上で

限りあるいのちを

二匹の

昆虫のように

愛しみあって






  (2007.7/27UP)

 

 

■ 人生

                                       佐古祐二

 

楽しい音楽のなかにも

かなしい調べが
されている

    *

ある種の絵には

画面いっぱいを様々な色がうねっている

端から丹念にみてゆくと

色の粒の上を

風が走ったり

とどまったりして

ゆったりと流れてゆく

風の流れには音が寄り添っている

画布の表面から

いじらしくあふれてくるたくさんな音符たち

ついでにあふれてくる

ぼくの涙

    *

楽しい音楽がかなしいのは

モーツァルトだけではない




(2007.7/26UP)




■ 何することについて
  
             佐 古 祐 二

 

もうながいこと、ぼくはおまえと何していない。何することの意味などないことは、先刻承知しているが、ぼくはおまえと何することの熱さをおぼえている。おまえのまなじりにあふれてくるものの意味を問うことはしない。ぼくはもとよりおまえ自身がそれを知らないのだから。あゝ、不意に燃えさかるものを、ぼくはおまえにそそぎたい。堅く屹立したものをおまえの海が包みこむとき、ぼくは、アンドロメダのはるかかなたを想っている。

 

ぼくは、心の奥にみずみずしく滴るものを、おまえのかがやく白い大地にぶちまけたい。くもの糸が風に光って舞い上がるやさしさのように、おまえの恥じらいの丘にまばらにそよぐものを、指できれいにそろえてあげよう。おまえの朝焼け、おまえの虹、おまえの花びら、おまえの目覚め、おまえの夕暮れが、空を愛するために。

 

おまえのからだから乾草の匂いがしたことを、ぼくはもう忘れかけている。だが、八月の太陽から吹く風が、おまえの冷たくもなく熱くもない乳房の弾力に宿ることを、ぼくはまだ忘れていない。ぼくの指がおまえにくいこむとき、おまえから一斉に飛び立つものがある。それは、よろこびやかなしみやくるしさやいとしさといった名付けられたものでなく、世界の中心に向けて一斉に飛び立つ鳥の群だ。あゝ、空が落ち、海が割れても、ぼくはおまえをつよく抱きしめているだろう。

 

おまえは、大きな書物で、すべてのことが書かれている。ぼくは、それを遂に読み尽くすことができない。黄昏に点る街灯の光のもとでは、おまえに書かれた秘密を、ほかならぬぼく自身の指で、ひとつひとつ探りつづけるしかないのだ。問いが答であり、答が問いである、メビウスの輪のようなおまえの肉体をさぐるとき、ぼくは、やわらかな堂々めぐりを、おまえの美しい潮騒のなかで夢見ているだろう。




(2007.7/26UP)





 

  

■ 希望

         佐古祐二

 



椿の花が

真っ赤にこぼれた

黒い地面を

青く光る蜥蜴がよぎっていく

長い尾を

ひきずりながら

 

それは

病苦の湖底に沈められた

あの日の

わが身に残された

隠微な希望にほかならない




            (2007.6/7UP)




■ 

        佐古祐二




常に頭が重く 血圧が自動計測でき
ないほど高く 通勤途上で嘔吐した
日々があった 病状増悪の一途であ
った 透析導入前の日々

 

ぼくの中に

あの日の星が残っている

 

生きることの苦悩を背負っていた

あの日の星は

月並みだが

ぼくにとって一つの希望だった

 

月影のない漆黒の夜空にこそ

一際明るく輝いて見えるちいさな星

 

生きることの苦悩は

消えてなくなったわけでなく

降ろせぬ荷物のように

ぼくの肩に食い込んでいるが

 

あの日の星が

明けもどろの空を呼んでいる

 

 

   (注)明けもどろ
           琉球の古語で、東の空に赤々と昇る太陽
        の光が空を染めること。



      (2007.6/7UP)





■ 夜汽車
          
         左子真由美



夜の底を走っているのは
寂しい夜汽車です
一両だけの
乗客のいない
古ぼけた列車です

泣きだしたいときも
逃げ出したいときも
シュッポポ シュッポポ
笑っているような
音がしています

そんな汽車を見たなら
どうか手をふって
あげてください
あなたの夜の底で
そんな夜汽車を見かけたら

彼は
たぶん本気で走っているのです
夢の駅へ向けて
思い出の駅からの
長い鉄道を




     (2007.6/5UP)