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蝉丸(せみまる) その1(ワキの蝉丸) 延喜の帝(醍醐天皇)第4の皇子である蝉丸の宮は、生まれながらの盲目であった。 父帝は蝉丸の来世の幸せを願って、侍臣の清貫に命じて蝉丸を逢坂山に捨てさせる。 蝉丸は、自分が盲目なのは前世の戒行の拙さゆえであり、逢坂山に捨てられるのは、この世で過去の業障を果たし、後世を助けるための親の慈悲と悟っている。 清貫は悲しみながらも蝉丸を剃髪して出家させ、蓑と傘、杖を渡して都へと帰ってゆく。後に残された皇子は、さすがに淋しくなり、琵琶を抱いて杖を持ち、伏し転んで泣く。(中入り) 此処で間狂言があり、博雅の三位と名乗る男が出てきて、藁屋をしつらえて中に導き、また尋ねてくることを約束して帰ってゆく。 中入り後は、姉宮の逆髪との再会、はかない身の上の述懐、やがて行く当ても無く去ってゆく姉宮との別離と続いてゆく。 (蝉丸・その2 「逆髪」を参照ください) この能は、皇国史観の強かった大日本帝国の時代には、不敬にあたるとして上演できなかった由である・ |