【お遊戯】
小さな州牧二人が来てから、不本意ながらますます不夜城と化している執務室へ、
燕青は手に小さな箱とお茶を載せた盆を持って移動していた。
キィと小さく扉の軋む音をさせて部屋の中へ入る。
ちょど窓の外の夕暮れの橙が差し込んできて、一歩進めた燕青は少しだけ眩しそうに目を細めた。
机の前には秀麗しかいない。
「あれ、姫さん、影月は?」
盆の上のお茶を零さないように机の端へ置きながら燕青が聞く。
聞かれた秀麗は、お茶に気付き御礼を述べると、
そのまま書簡から目を上げないで、財政官のとこで打ち合わせ、とだけ答えた。
よっぽど今取り掛かってる案件を中断されたくないらしい。
燕青はやれやれと小さく溜め息をつくと、影月が座っていたらしい向かいの席へ腰を下ろした。
「はいはい姫さーん、ちょっと中断」
「うん、ちょっと待ってここだけ」
「俺がせーっかく淹れた茶が冷めてもいいってのー?」
う・・・、と固まった秀麗は観念したようにようやく目線を上げた。
「燕青、その言い方はちょっと卑怯・・・」
手を止めて、少しだけ恨みがましそうに上目で訴える秀麗を全く意に介さず、
燕青はさっさと盆から茶托を下ろして秀麗へ手渡した。
「熱いもんは熱いうちに。これ基本な」
「・・・・・・ごめんなさい」
ろくに休憩を取らず、睡眠も少ない自分はこんな風にしょっちゅう優秀な部下に諭される。
早く助けになれるようになりたいから、どうしても無理をしてしまうのだけれど、
結局は逆に迷惑をかけているようで、それがもどかしい。
全力を出すのと、無理をしない、その境が上手にわかるようになるのはいつだろう。
両手で小さな椀を持ち、その縁に唇をつける。
わずかに傾けると、暖かさとふわりと広がった香りが心地いい。
焦らなくてもいい、と目の前の燕青に言われている様な気がした。
「やーっと眉間のしわ取れたな。俺の茶の腕上がった?」
「うん、そうね美味しいわ」
ありがとう、とちゃんとお礼を言うと、グリグリと頭を撫でられた。
「あと、今日の茶菓子にちょっと面白いもの手に入れた」
食ってみる?と燕青は言いながら、平たい小ぶりの箱から、
枝よりも細い棒状のものを取り出す。
「な、何?串?え、それ食べられるの?」
「そうそう、でもちゃんと食べ方があるらしいけどな」
串のようなそれは、秀麗の手のひらを広げた親指と小指の間くらいの長さだった。
指先で摘む辺りは薄茶色、そしてそこから先端までは黒にも近い焦げ茶になっている。
疑うような顔つきの秀麗に、燕青はその『食べ方』を説明し始めた。
「要するに、度胸試し、らしい」
「これで?」
「そそ、とりあえず、一人がまず薄茶色の方咥えて、そんで反対側から相手が齧る」
「は?」
「で、食えるとこまで食ったらまた新しい棒で役割交代な」
「・・・ふーん」
「相手より短く残せた方が勝ち、ってことらしいぜ」
「それが度胸試しになるの?」
さっぱりよくわからない、と首を捻る秀麗に、燕青は二カッと笑うと、
じゃ、やってみる?と細い菓子を一本振って誘った。
「ついでに、負けたほうは何でも言うことひとつ聞くこと」
賞品がかかる方が姫さん燃えるだろ?という悪戯を仕掛けるような表情に、
秀麗はまんまと煽られた。
*
「じゃ、俺先行」
姫さんこれ咥えてて、と渡された細い菓子を秀麗は恐る恐る口へ運んだ。
これでいい?と聞こうとしてしゃべれないことに気付く。
唇に挟むようにしているので口を開くと菓子を落としてしまうのだ。
んん?と伺うような音を出すと、
「バッチリ。んじゃ悪いけど手加減なしな」
言い終わるやいなや、机の向こうからすっと燕青の顔が近づき、パキッという乾いた音がした。
(ちょ、!?)
反射で目を瞑った秀麗は、小さな音に隠された破壊力を今更ながら思い知った。
なぜ燕青が度胸試し、と言ったのかも。
そして反動で口元の菓子を自分で折ってしまったことに気付く。
恐る恐る目を開けると、随分長く残った菓子を摘んでそのまま何度か噛み砕いて
いる燕青を目があった。
「相手より先に自分が折ったら負け、な」
言い忘れたとばかりに燕青が付け足す。
指の先に残った焦げ茶色のものをペロリと舐めると、
どうずる?勝負放棄?とそうならないと知っている声が聞いてきた。
秀麗は口の中に残った小さな欠片を砕いて飲み込む。
意外にもそれはとても美味しかった。
「そのルールは知らなかったもの」
それにやり方わかったから、私から先行がいい、と心中の動揺をなるべく殺して訴えた。
「さすが姫さん。そうこなくちゃなー」
はい、いつでもどーぞ、と気軽にひょいと咥えると、
燕青は肘を突いて秀麗が向ってくるのを待った。
自分だけが何故か分からないか動揺しているのだとわかって、
秀麗はそれが悔しくて仕方がない。
負けるものかと息巻いて、机の上に身を乗り出すようにして、燕青が咥えた端へ
ぱくんと噛み付いた。
パキ、・・・パキン、と遠慮がちな音が響く。
一番最初に燕青と至近距離で目があってから、
無性に恥ずかしくなって秀麗は目を閉じているように燕青に頼んだ。
なので、燕青にはいま自分の赤くなった顔は見られていない、はずである。
(あー、もうこの辺で限界かも)
目を閉じていると、燕青は驚くほど端正な顔立ちなのがよくわかる。
そこに自分から近づくのは、見られてないとはいえ、
なかなかに心臓に悪い。
断続的だった音が止んだからか、燕青が窺うように片目を開けた。
その顔には、もう降参?と書いてある。
「!・・・じょ、上等じゃないわ。絶対負けないんだから!」
煽られたのはわかっているが、それで引き下がれるわけがない。
秀麗は何かを決意したようにぎゅっと目を瞑ると、
残り少ない菓子へ顔を寄せた。
*
「あー、こりゃちょっと旗色悪いかも」
話せるようになった燕青が、さっきまで咥えていた菓子を眺めながら言った。
小皿の上に乗ったそれは、確かにかなり短い。
「フフン、結構頑張ったでしょ」
「んー、こりゃちょっと本気出さんと」
「別に降参してもいいのよ?」
そしたら、お掃除と、買出しと、あーあれも頼めるわね、
早くも算段をし始めた秀麗に燕青は新しい菓子を一本取り出すと、
チッチッチ、と目の前で振ってそれを制した。
「取らぬ狸のなんとやら。まだ早ぇよ?」
ひょいと秀麗の口に菓子の薄茶色部分を押し込み、
椅子から立ち上がると、秀麗の傍まで歩み寄る。
そして秀麗の脇に手を差し込むようにして持ち上げた。
「ん゛ー!?」
「暴れると折るぞー」
言外で負けるぞ、と言われて、秀麗はピタリと動きを止めた。
静かになった体を燕青は軽々浮かせて、机の端へ座らせた。
行儀悪い、と怒った目をした秀麗だが、直ぐに近づいてくる燕青の気配に慌てて目を瞑る。
「姫さん、もうちょい顎上げて?」
食いづらい、といつもよりトーンが落ちた声で言われたのは、
会話する距離よりうんと近いところに今燕青がいるからだ。
確かに乗せられた机の上、俯く様にしていたのは自分だから、
きゅっと目を瞑ったまま、こう?と言うつもりで「ん」と声が出た。
そしてゆるゆると顎を上げる。
「最高」
パキン、と音がする前に、知らない声音が聞こえた。
燕青の右腕は少しだけ伸ばされ、
その先の手のひらは秀麗を乗せたすぐ横の机にトンと置かれる。
それがわかって、秀麗はますます固まった。
いたたまれなさ過ぎる。
でも、動けば負ける。
何の罠なんだろう。
ただの遊びなのに・・・。
パキ、パキ、と一定の間隔で続く音の果てに、
ふわりと燕青の髪が額に触れた。
(!?)
突然の感覚に秀麗が一瞬体をビクリと縮こまらせると、
フイと燕青の体は離れて行った。
(あ・・・れ?)
恐る恐る目を開けると、
既に燕青は自分に背を向けて打ち合わせから戻ってきた影月に話しかけていた。
秀麗はなるべく気付かれないように、ストンと机の上から降りて、
そして唇の端に残っていた菓子の残りを指先で摘む。
(え、影月くん、何で慌ててるのかしら・・・)
「お。影月、お前も食うか?」
「え・・・あ・・・あの、」
「?何だ、どうかした?」
「いえいえ!!あ、一本いただきますー」
ほい、と影月に一本を差し出した燕青は、
くるりと向き直ると秀麗に聞いた。
「で?姫さんどっちよ」
「え?ああ、ちょっと待って」
小皿の上のを比べてみると、ほんのわずか今まで秀麗が加えていた方が長かった
。
「あーーーーー、負けたかー」
派手に悔しがる燕青を見て、影月はポリポリともらった一本を齧りながら聞く。
「何かの勝負をしていたんですか?」
「あはははは、そ、そうなのよー」
どんな勝負でどんなやりとりをしたのかは、
なぜだか無性に悟られたくなくて秀麗は慌ててガッツポーズを作った。
「勝った私は負けた燕青に何でも一つ言うことを聞かせられるの!」
「わぁ、それはすごいですねー」
「ま、それはあとでゆっくり聞くからさ、とりあえず二人ともお仕事お仕事」
ひょい、と小皿に残った二本の短い欠片を口へ放り込むと、
燕青は茶器と盆を片付け始めた。
「でも、燕青さん負けたのに何だか嬉しそうですね」
食べ終わって席へ付いた影月は、秀麗へ言った。
「心広いんですねー、燕青さんは」
「燕青、別に普通に食べても良かったんじゃない・・・」
散々恥ずかしい思いをした後で、ポリポリと普通に食べている影月の姿は脱力を誘った。
恨みがましい視線は茶器を持って立ち去ろうとする燕青の背中にかかり、
そしてその当人を振り向かせる。
「でも、おかげで姫さんは俺になんでも一つ言うこと聞かせられる権利手に入れたろ?」
「そりゃ・・・そうだけど」
「じゃ、万事それでオッケーじゃん」
それじゃぁ、お仕事頑張れよ、と後ろ手でひらひらと振られて、
秀麗は言い返せなかった。
「じゃぁ秀麗さん、美味しいお菓子も食べましたし、また頑張りましょうね」
ニコニコと聞いてくる影月の台詞には、秀麗はどうしても頷くことができず、
逆に勝ったはずの自分が何故こんなに釈然としないのか、
目の前の案件よりやっかいな疑問に頭を抱えることになる。
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奇跡の燕秀パートナー・ハナノリさんが、うちのポッキー絵を見て書いてくださった小説。
えろーーーーーーーす!!!
燕青のいけない大人っぷりがたまらんですね!!逃げてー!逃げて姫さんーーー!たぶん逃げらんないけど!
それから、ワイロ(少々背後注意)の成果か(笑)上の話の後の燕青を書いていただきましたので、そっちも掲載↓↓
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【遊戯のあと】
茶器を乗せた盆を持って、パタン、と執務室の扉を出た。
完全に扉の前を移動して、それから中の二人に気取られないように長い息を吐く。
「・・・やりすぎた」
無意識のとんでもない仕返しをされて、
思わず口からは反省の台詞がこぼれる。
あんな表情が、秀麗から出るとは思わなかった。
煽ったのは自分で、そして予想通り秀麗はまんまと罠にはまった。
その単純さは綺麗で愛しい。
結局秀麗が最後まで口にしていた菓子だって、さっさと自分が食べた。
特にそこは問題視されず、
間接的にどうこう、というところまで頭が全く回っていないことに思わず内心で笑う。
純粋、というより少々鈍い。
そこに漬け込みたくなる、と言ったらどんな顔をするだろう。
可愛い男の性だとはわかってもらえない気がした。
「にしても、」
姫さん反則だぜ、と人気のない壁にトンと背をついて苦笑した。
食いづらいから顔の向きを変えてくれるように、小さく頼んだ。
声色が違うことに秀麗は気付いたんだろうか。
ん、と肯定の返事のあと、
ゆるゆると上げた秀麗の顔を見たとき、
心底目を閉じていてくれてよかったと、思った。
たぶん、自分は結構不埒な顔をしていたから。
影月が来たからよかったものの、
来なかったらあのまま、
「あのままどーしたよ俺」
一瞬目の前しか見えなくなったことに少なからず動揺した。
齧りかけた秀麗、じゃなくてあの菓子から離れるのに、
理性にも瞬発力が居るとわかり内心で焦った。
「もー、ホント危ねぇ」
絶大な信頼を、こんな形で裏切るわけにはいかない。
うやむやに騙されていてくれる段階で止めとかなければいけない。
この先こんな遊戯をすれば、また後々一人こんな風に苦笑するのは何となく予想が付いた。
先を読む力と、周囲を読む力、
仕事をする上で不可欠なその力が、
矛盾した欲を持つこの身に少々痛い。
よっ、と背を預けていた壁から反動をつけて離れる。
ちょっとした後悔の気持ちがあるのは事実なのに、
それでも先の秀麗のすべてが、しばらく頭の隅から離れなくて参った。
心広くて大人だと影月が称していた台詞が、
すっと頭を掠めてまた苦笑する。
「大人、ねぇ・・・」
もう二度とあんな遊戯を仕掛けないで居る約束ができないでいる自分に、
その呼称は相応しくないのだが、そんなこと説明できるわけもない。
今夜は眠れそうもなかった。
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はい、燕青はむっつりだというお話でした。さいこう(^0^)/
ハナノリさんいわく、「食べ残しを 『あ、間接キスできるじゃーん』と思い及んだ燕青がムッツリである」とのこと。たーしーかーにー!
そんで夜眠れないのはもちろん、一人でホニャララなことに及んじゃうからですね★
「んで、あーーーーーーぁって自己嫌悪とかしてください。『俺いくつだよ・・・』とかな」って神が言ってました。神が。
ほんとハナノリさん大好き(^0^)/
ありがとうございましたー!