コトリ、と、ふいに響いた小さな音に、燕青は書簡から顔を上げた。
見れば秀麗がごしごしと目元をこすっている所で、どうやら先ほどの音は、筆を持ったまま舟をこいだ結果らしい。
窓から月をうかがえば、時刻は真夜中をとうに過ぎたころ。
燕青は書簡を適当に転がして、椅子に座ったままバキバキと体を伸ばした。

「姫さん、ちょっと休憩しよーぜ」
「あー…ごめん、もうちょっと…この供述だけ読み終わってから…」
「ダーメ。んな状態で続けても、能率悪いだけだから。徹夜仕事の先輩の言うことは素直に聞いとけって」

ぴしゃりとした物言いに、秀麗はうぅ、と唸りながら筆をおいた。
それに満足した燕青は、部屋の隅からひょいと厚手の大きな毛布を取りあげ、自分のひざをぽんぽんと叩いた。

「徹夜を乗り切る必勝法その1、ほんの少し仮眠をとること。完全に横にならないで、暖かくして寝るのがコツだな」

燕青の言わんとする事を理解した秀麗は、しかしなけなしの理性で踏みとどまった。

「や、さすがにそこまでしてもらうのは悪いわよ…第一それじゃ、燕青が休めないじゃない」
「へーきへーき。俺はどこでもどんな状況でも寝れるようになってるから。むしろこっち来てもらったほうが、二人ともあったかくてチョーお得」

だから、ほら。

毛布をはおり、両手を広げる燕青を前に三拍ほど最後の抵抗してみるが、結局は疲れと眠さに負けた。
すとんと燕青の腿に腰を下ろし、体を預けると、ふわりとした温かさが肩口に降りた。
温かさはじわりじわりと、体全体を包み込んでいく。

「時間がきたら起こすから」
「ん…」

まだまだ仕事が残っているとか重いだろうなとか、そういう事が、考えるそばから温かさに溶けていく。
自分の鼓動と燕青のそれが、トクトクと聞こえ、重なり、いつしか境がわからなくなる。
すぐ耳元で燕青が何かささやいた気がしたが、意識する前に眠りに落ちた。




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李侍郎弁護に奔走してる最中。