開かれた扉。差し込む光。教会の中にキラキラと舞う光は、どこか幻想めいていた。

そしてそれを背に立つ人影・・・・・愛しい、人。

待って待って、待ち焦がれた人。

言葉を紡ぎだすのももどかしく、重い体を引きずり走る。自分の顔がぐしゃりと歪み、子供のように泣きじゃくっているのも自覚している。

…知るもんか。こんなときくらい、それこそ子供みたいに泣いてやる。泣いて、泣いて、文句をいって、そして、そして…


「――――クロノ!!!」


倒れこむように飛び込んだ胸。受け止めてくれる腕。それは、ずっとずっと忘れることのなかったぬくもり。

「ロゼット…」

「…ンの馬鹿!今まで何してたのよ!」

再開して早々怒鳴るロゼットに、クロノは思わず微笑んだ。変わらない。それが、何より嬉しい。

片方しかない腕で、かみしめるようにロゼットを抱きしめた。

「ごめん、遅くなって。…眠っていたんだ、ずっと。レギオンの損傷が激しい上に、急激な力の使いすぎで、休息をとらざるをえなくて」

「…随分長い昼寝だったわね」

「だから、ごめんって」

「―――アイオーンとの決着は?」

ロゼットの言葉に、一瞬の沈黙が降りた。

「―――『生きろ』と言ってくれた。それが生者の義務だと」

「…そう」

多くは語らないが、それで十分だった。―――私が土足で踏み込むには、あまりにも深すぎる。



    それに、もう時間がない。



「ロゼット?」

突然会話が途切れ、不思議に思ったクロノがロゼットの顔を覗き込んだ。そして、その顔の白さに始めて気づく。

「ロゼット!?」

「…ハハ、情けないけど、そろそろ限界みたい」

「馬鹿な!なんでもっと早く…!クソっ、ロゼット!」

自分の迂闊さに吐き気がした。彼女の魂を喰らい続けたのは、他でもない自分なのに。

心臓が、嫌な音を立てて脈打つ。


「早く医者に!誰か、誰かいないのか!?アズ!ヨシュア!」

「…クロノ」

血相を変えて叫ぶクロノの服を、ロゼットが弱々しく引っ張った。

「いいから、ちょっと、あそこの教壇まで…運んで」

ロゼットが指差したのは、教会の前方。神々しいまでの十字架と、御母の像の眼下だった。

「何言ってるんだロゼット、そんな事より早く…!」

「いいから!」

血の気が引き、苦悶に歪んだ顔の中でも、その青い瞳には強い意思が見て取れた。クロノは激しい葛藤の後、器用に片腕でロゼットを抱えると急ぎ教壇へ向かった。

荒い息の中、ロゼットは御母の像と目を合わせる。そして、かすかに微笑んだ。―――何かの許しを得るように。

「汝、悩める時も、健やかなる時も…ロゼット=クリストファを妻とし、愛することを誓いますか?」


「…え?」

突然ロゼットの口から出た言葉を、クロノは一瞬理解できなかった。当の
ロゼットはもどかしいような、気恥ずかしいような顔でクロノを睨む。

「誓うの、誓わないの?」

「いや、えっと…」

誓うか誓わないかと言われれば、答えは決まっている。しかし…

「意味なら、あるわ」

それは、確固たる自信。



「私が、死なないためよ。貴方の中で、私が少しでも長く生き続けるため」



欺瞞かもしれない。わがままかもしれない。貴方の中で、いつまでも光り輝き続ける自分でありたいなんて



「それでも、私は貴方と共にいたい




神様でもない、神父様でもない、他でもない貴方に許して欲しい



「…誓うよ」

切なさにぎゅっと歪んだ笑顔で、クロノはロゼットにつぶやいた。

「汝、悩めるときも健やかなる時も、クロノを夫とし、愛することを誓いますか?」


「誓うわ」

2人はどちらからともなく微笑み…そっと、唇を合わせた。


  ドクン



「…っか、はっ…!」

「ロゼット!?」

今までとは違う苦しみ方をするロゼットに、最悪の予感がよぎる。

「ロゼット、い――…」





『――逝かないで』





紡ごうとした言葉に、思わず口を閉じた。自分に、この言葉を言う資格があるだろうか?



「…言いなさいよ」

クロノの心を見透かしたように、ロゼットは震える手をクロノの頬にのばした。

「言って、引き止めて、力一杯…っぁ、惜しんでよ…!」



あいする人が、じぶんを惜しんでくれる。最大のしあわせ。


「…っ、ロゼット…!」

その魂を繋ぎとめるかのように、強く、強く、ロゼットの体を抱きしめる。片方しかない目から、ボロボロと生温かいものが流れた。

「逝くな、逝くなロゼット!」

君から貰ったものを、何一つ返していない

「逝かないでくれ…!」


君と作る未来が、まだまだそこにあるんだ

「お願い…お願いだから…」


この人までも奪わないで










ありがとう










「…ロゼット?」

君の声が、聞こえない

「…ロゼット!」

生々しく徐々に体温を失っていく体を、もう一度強く抱きしめる。

「…ロゼット…」









大丈夫。君はずっと生き続けるよ。

ずっと

ずっと

「…約束だ」

クロノはつぶやいて、横たえたロゼットの胸にそっと懐中時計を置いた。遠くで、アズマリアの声がする。じきにここへ来るだろう。

「僕は行くよ。…アズマリア達には、会わずにおく」

きっと、彼女達の優しさにおぼれてしまうから。










「またね、ロゼット」













扉の、閉まる音が響いた。












fin.









+++++
原作8巻、ロゼットとクロノが再会した後の一人妄想。
暗。
自分で書いてて泣きそうになりました。それでも書いてしまう自分っていったい…
最初のプロットでは誓いのキスをする寸前にロゼットが事切れるようになってたんですが、力いっぱいロゼットを惜しむクロノが書きたくて急遽変更。
自分の死に対して誰かが本気で泣いてくれるなら、それ以上に幸せな事はないとおもう。身勝手だけどね。