見つけたのは古いピアノ。そして、遠い遠い記憶。

 

 

 

 

『ピアノ』

 

 

 

「…っゴホ!ゴホ!あーもうひっどい埃!なんで私がこんな所の片づけしなくちゃいけないのよ!」

「低級悪魔相手に、キレてゴスペルなんか撃つからだろ…っていうか、なんで僕まで…」

はぁーと、半ば諦め気味のため息をつきながら、クロノは重い本の束を持ち上げた。

今からさかのぼる事半日前。いつものように悪魔退治に赴いたクロノとロゼットは、いつものように悪魔を退治した。

…頭から噴水の水をかけられ、キレたロゼットがゴスペルを撃って、だが。

当然の如くシスターケイトに怒鳴られた二人(というかロゼット)は、物置の掃除と片付けを命じられて今にいたる。

「だってだって、このくっそ寒い中、水をかけるなんてセコイ手で悪あがきするなんて許せないと思わない!?」

口元に埃よけを巻いて、ロゼットは八つ当たり気味にハタキを振った。

「まぁ、セコイ悪あがきって所は否定しないけど…でもゴスペルはやりすぎだよ…」

現場の惨劇を思い出しながら、クロノは隅の箱をどけていった。毎度の事とはいえ、こう無茶が続いてはこちらの体と心臓がもたない。

クロノはもう一度、今度はこっそり、深ぁぁいため息をついた。心の重荷をどけるように、足元のダンボールもずりずりと向こうによせる。

次のダンボールに取り掛かろうと近づくと、ふとそれの違和感に気付いた。ダンボールにしては、シルエットがいびつである。

「 ? なんだろこれ。布がかかってるけど…」

言いながら、埃だらけの布をそっととりはらう。下から現れたのは…

「…ピアノ?」

こげ茶色の、教会によくあるごく普通のライトアップピアノ。おそらく、新しいものに新調したときに、古い型がいらなくなったのだろう。

ロゼットもそれに気付いたのか、ハタキを振る手を止めて近づいてきた。

「なに、ピアノ?…壊れてるのかしら」

「どうだろ。見た感じは、まだ使えるみたいだけど…」

クロノは年季の入った蓋を押し上げ、軽く鍵盤に触れてみた。キン…と、澄んだ綺麗な音が、物置に響く。

どうやら酷く破損しているわけではないらしい。そのまま、なんとなく惹きつけられるようにピアノを弾く。

小さく細い指が、静かに、そっと触れるように鍵盤を叩いた。そして紡がれるのは、穏やかで優しい旋律。子守唄だろうか?

「…所々少し音がおかしいけど、壊れてはいないみたいだ。調律しなおせば、まだ使えるんじゃない?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「ロゼット?」

「え!?あ、ごめん、なに?」

「いや…どうかしたの?」

心配気味に問われ、ロゼットはハハっと気恥ずかしそうに笑った。

「ううん、ただ、クロノピアノ弾けたんだーと思って。すごいわねー、まるで…」

 

――――『まるで…』

 

「魔法みたい」

 

「!」

ロゼットのささいな言葉が、クロノの記憶の琴線に触れる。思い出すのは、遠い…遠い昔。

まだ5人の仲間、そして1人の女性と過ごしていた日々。今でも鮮やかな記憶達の中で、『それ』はそっとクロノの脳裏に蘇った。

 

 

********

 

 

「マグダレーナー!」

自分を呼ぶ声に、マグダレーナは洗濯物を干す手を止めた。声のする方…走り寄ってくるシェーダの方を振り返る。

「マグダレーナー!『例のヤツ』ができたヨン♪」

「まぁ!本当に?」

ふわりと、マグダレーナは花がほころぶように笑う。それを見て、洗濯物を干すのを手伝っていたもう一人が声を上げた。

「…『例のヤツ』?」

「えぇ、私が前に頼んでおいたものなんです。…いきましょう、クロノ!」

手を引かれ、半ば強引に青年…クロノは『楽園』の中へとひっぱられていった。

「ちょ、マグダレーナ。どこに行くんだ?」

「まずは、ボクの研究室かナ。あれを広間まで運ばなくちゃネ♪」

「・・・・・・?」

 

 

『楽園』の上層部である、共同居住区。その中心である広間には、大きな天窓からさんさんと日が差し込んでいた。

その光を優しく反射するのは、出来たばかりの真新しい…ピアノ。それをここまで運んできたクロノは、横でゼェゼェと荒い息をついた。

「…お、重かった…」

さすがの悪魔でも、幅が身の丈程もあるピアノを1人で担ぐのは辛かったらしい。

…それでも女性であるマグダレーナやシェーダに運ばせなかったのは、彼の優しさであろう。

「ありがとう、助かったヨクロノ〜♪」

「…それより、なんでピアノを?」

「私が修道会にいたころ、よく弾いていたんです。その話をしたら、シェーダが作ってくれるというので、お言葉に甘えました」

そう言いながら、マグダレーナはいそいそとピアノの前に座った。鍵盤に手をそえ、ゆっくりと弾き始める。

流れ出すメロディー。弾き手を表すように、それは優しく聴き手を包み込んだ。緩やかな音の波を、体全体で受け止める。

さらさらと流れるメロディーと、淀みなく鍵盤の上を走る指はまるで…

「魔法みたいだ」

「あら、クロノも案外ロマンチックな事を言うんですね」

「 ! い、いや別に、そういうわけじゃ…」

変に慌てるクロノを見て、2人の女性はくすくすと笑いあった。そうだ、とマグダレーナがクロノのほうへ向き直る。

「クロノも弾いてみます?よかったら教えますよ」

「…僕が?ピアノを?」

「えぇ。簡単な事でしたら、私にも教えられますし。クロノも魔法使いになれますよ」

再びくすくすと笑われて、クロノはむっと顔をしかめた。

しかし、ピアノを弾く事には少々興味がある。…以前の自分では考えられない事で、自分自身驚かずにはいられなかった。

「…じゃぁ、ちょっと弾いてみようかな」

その変化の原因であろう女性が、嬉しそうにうなずいた。

 

 

元々物覚えの良いクロノは、ものの数週間でそれなりの曲を弾けるようになっていた。

弾ければ自分で音を紡ぎ出すというのは楽しいもので、暇があるときは、なんとなく1人でピアノに向かっていた。

その日もいつものように1人でピアノを弾いていると、アイオーンがひょっこりと顔を出した。

「またピアノの音が聞こえると思ったら、お前か。マグダレーナは?」

「シェーダのところだと思う。記憶の抽出完了まで、あと少しらしい」

「そうか、やったな!まぁ、お前もそれまでマグダレーナを貸してやれ」

「…どういう意味だよそれ。マグダレーナは別に…」

「ハハ!照れるな照れるな!」

からかうようにクロノの肩を叩くと、アイオーンはふとピアノに目を向けた。色とりどりのメロディーを生み出す事が出来る、不思議なモノ。

「…『剣』であるお前が、何かを生み出すとはな」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

――キン…

小さく、鍵盤がはじかれた。

 

 

*********

 

 

 

「…ロノ、クロノ?」

ロゼットの呼ぶ声で、クロノはハっと顔を上げた。どうやら、ぼーっと考え込んでしまったらしい。

「…あ、ごめん。なんだっけ?」

「もう、ちゃんと人の話聞きなさいよね。だから、私にも弾けるかなって言ってたの」

「さーどうかな。ロゼットは不器用だから…」

思わず漏れた本音に、ロゼットはボコっ!とクロノの頭を殴った。

「うるさいわね!それじゃぁ、器用なクロノ大先生はさぞかしおじょーずなんでしょうね。私に一曲お願いできるかしら?」

「でもロゼット、まだ片付けが…」

「問答無用!いいから、なんか弾いてよ。さっきの調子でさ」

「…しょうがないなぁ…」

渋々と、しかし顔には優しい笑みを浮かべながら、クロノは再び鍵盤に指を添えた。

 

 

 

――…今でも変わらず奪ってばかりの僕だけど、何かを生み出し、君に与える事が出来るかな?

せめてこの一瞬だけ、音に乗せて花束を。

大切な君に、せいいっぱいの花束を。

 

 

Fin.

 

 

 

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はー、やっと書き終わりました〜
この話は友人が音楽室のピアノを弾いていた時に思いつきました。
ホント、滑らかにピアノを弾くのって魔法みたいですごいと思います。ワタシも少しは弾けるんですが、ダメダメで…
そこで、クロノがピアノに挑戦☆
よく考えてみたら、当時のあの格好でピアノ弾いてる姿って、結構笑えますよね!アハハ!