和穂は、ここ数日腑に落ちない点がいくつかあった。
時は、クリスマスを少し過ぎた頃。
殷雷に程穫とおそろいの手編みセーターを贈り、クリスマスパーティーで騒いだ日が五日前。
そして、殷雷の行動がおかしくなったのが、つい一昨日だった。
「はー。最近、すっかり寒くなったよね殷雷。」
「何当たり前のこと言ってやがる。もう年末だぞ?年末といえば、鍋やしるこや甘酒が美味くなる季節だろうが。」
手をこすり合わせ、少しでも暖を取ろうとする和穂に、殷雷は少々食い意地が張った答えを返した。
商店街を行き交う人々の息は白く、夕方という時間帯もあって気温はひたすら低かった。
「いや待てよ・・・。今の季節なら、こたつで熱燗というのもいけるな。」
「もう、殷雷はそんなんばっかりなんだから・・・。」
はぁ、と、手に息を吐きかける和穂。
ふと殷雷は、さっきから和穂がしきりに手を温めようとしていることに気がついた。
「・・・ときに和穂。お前、手袋はどうしたんだ・・・?」
「え?ああ、ちょっと穴が開いちゃって・・・。もう、寿命みたい。」
和穂の言葉を、何故かよくかみしめながら殷雷は頷いた。
「そう・・・・か。」
「?」
時は少し進み昨日。
和穂の兄程穫と、ちょいとばかり遠くのデパートへ出かけた時のことだった。
「おい、和穂。あれはなまくらじゃないか・・・?」
冬物のコートを見ていた程穫の手が止まり、その口からは突然意外な人物の名がこぼれ出た。
「え?」
程穫の言葉に、和穂は反射的に手元の服から顔をあげた。
「ほれ。あそこで何か選んでる、無意味に髪の長い男。」
程穫の指差した方を見やると、客たちの隙間からではあるが、確かに殷雷らしき人影が見えた。
客のざわめきや場内アナウンスで良く聞はこえないが、どうやら店員と何か話しているようである。
「何で殷雷がこんなところに・・・それに、確かあそこはギフトコーナーだよ?
だれかにプレゼントでもあげるのかな?」
「さあな。案外、女でも出来たのかもしれんぞ?・・・まぁ、なんにしても俺たちが気にすることじゃない。
行くぞ和穂。」
「う、うん・・・。」
こちらに気づかない殷雷の方を振り返りながら、和穂は人込みを抜けていく兄の背を追った。
そして今日。
早朝、いきなり殷雷から電話がかかってきた。
「もしもし?」
『ああ、和穂か?』
「殷雷・・・?どうしたの、こんなに朝早く。」
『まぁその、色々あってだな・・・。それより、今日程穫が一緒じゃない時はいつだ?』
「・・・・は?」
あまりに唐突な殷雷の問に、和穂は思わず声をあげた。
「一緒じゃないって・・・・何が?」
『だから、あの腐れ外道のシスコン兄貴が、お前から離れる時はいつだと聞いてるんだ。』
「今日は・・・バイトがあるって言ってたから、たぶん学校から帰る時は居ないんじゃないかな?」
『・・・そうか。お前、放課後暇か?』
「うん。特に予定はないけど。」
『じゃぁ、少し付き合え。五時にお前の学校の前で待っているから、忘れるなよ。』
「あ、ちょっと殷雷・・・・!」
『ツー、ツー、ツー、ツー・・・』
「・・・・・?」
強引に切られた電話を訝しげに見ていると、がちゃりと扉が開き、眠そうな面持ちをした程穫が顔をだした。
「・・・今、電話がかかってこなかったか・・?」
「ううん、なんでもないよ。それより、朝ごはんにしよう。」
程穫を台所へ押しやりながら、和穂はこっそり受話器を置いた。
「じゃぁ、お先に失礼します。」
和穂はカバンを持つと、トテトテと急ぎ足で部室を出て行った。
本当は、次回のボタンティア部の活動についてもう少し話しをしたかったのだが、そうも言ってられない。
時計の針は、五時を少し過ぎた所をさしている。
日暮れの早くなった空を見やりながら、和穂は小走りに校庭を横切った。口からは、呼吸に合わせて白い息が吐き出される。
校門のあたりで女子生徒のかたまりを見つけると、和穂はその輪の中心の人物に声をかけた。
「殷雷!」
輪の中心・・・しきりに女子生徒に話し掛けられていた殷雷は、和穂に気づくと強引に輪の中から這い出してきた。
「・・・ったく、遅いぞ和穂。俺がどんな苦労をしたと思っているんだ!」
足早に校門から離れながら、殷雷は和穂に毒づいた。
いつもの事なのか、多少呆れ気味な口調で和穂も言い返す。
「苦労って・・・・女の子達に話し掛けられてただけでしょ?うちの学校では、『殷雷先輩』は人気があるんだから。」
「ああああ。何が悲しゅうて、『好きな食べ物は何ですか?』『彼女は居るんですか?』などと聞かれにゃならんのだ。和穂に用があるだけで、一苦労じゃないか!全くもって割に合わんぞ!」
殷雷の言葉に、和穂はそうだそうだと呟きをもらす。
「殷雷、今日はなあに?電話じゃ、用件を聞く前に切っちゃったからわからなかったんだけど・・・。」
しきりに文句を言っていた殷雷の口が、ピタリと止まった。
そして文句の代わりに、何とも言えない曖昧な声が流れ出す。
「あー・・・そのー、なんだ。」
「?」
殷雷は、頭をガリガリとかきながら言葉を濁した。その顔は、どこか赤い。
そうこうしている内にすっかり日は暮れ、クリスマスの名残らしいライトアップが町に灯り始めた。
それは公園も例外ではなく、涼やかな音を立てて吹き上がる噴水も、美しく照らし出されていた。
さながら、キラキラと宙を舞う星屑のようである。
「・・・ほらよ。」
意を決したのか、殷雷は小さな紙袋を取り出し、和穂に放り投げた。
袋にはシンプルだがラッピングがしてあり、雪の結晶を象った白いコサージュが綺麗だった。
「殷雷、これ・・・」
不思議そうに見つめる和穂に、決して視線を合わそうとはせず殷雷が怒鳴った。
「・・・いいから、開けてみろ!」
「う、うん・・・」
殷雷の不思議な気迫に押され、和穂はガサガサと丁寧に袋を開けた。
そして、中身を見て和穂は思わすつぶやいた。
「あ・・・手袋・・・。」
袋の中から出てきたのは、楚々とした印象をもつ和穂には、よく似合うと思われる桜色の手袋だった。
甲には、白い綺麗な模様が入っている。
「殷雷、これ、私に・・・?でも、何で・・・」
和穂のちょいとばかり間の抜けた問に頭痛を覚えながら、殷雷はつぶやいた。
「セーター・・・」
「え?」
ガリガリと、頭を書く音が益々大きくなる。
「こないだの・・・セーターの、お返しだ。・・・・ありがと・・・な・・・。」
和穂は一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、すぐに柔らかな笑みに変わった。
「えへへ・・・ありがと、殷雷。
あ、そうか。こないだデパートで選んでたのは、これだったんだね?」
さっそく手袋をはめ、暖かさをかみ締めながら和穂が言う。
「げ!?見てたのか!?」
「うん。兄さんは、彼女でも出来たんじゃないか、って言ってたけど、やっぱり違ったんだね」
どこか、安堵したような顔で和穂が微笑んだ。
「・・・・・馬鹿が。」
ぐいっと、殷雷は和穂を自分の腕の中へ引き寄せながらつぶやいた。
「・・・・俺の大切な・・・護るべきやつは・・・一人だけだろうが・・・。」
「・・・・・・・うん・・。」
――そして、二人は肌に刺さる寒さの中、しばらく互いのぬくもりを感じていた――
終。
** 後書きもどき **
きさるりさんには、いつも美しいイラストを貰ったり、素晴らしいSSを頂いたりしているのに、自分はほとんど何もしていない事に気づきまして・・・;;(遅い) 及ばずながら、このような超短編SSを貢ぎたいと思います。 設定は、きさるりさんの『匿名希望のサンタクロース』の後日だという設定で。 やはりあたしは、人様の後追いしかできない人間なようで・・・勝手なネタの引用、お許しください;; 今回は、何気に和殷を狙ってみたりしたのですが、見事に玉砕。(死) うーん;;ネタ第二段で頑張りたいと思います;; では。 凛龍