マホウ ノ ジカン 〜 I started your magic. 〜

 

 

 

 

 

天高く、馬肥ゆる秋。

少し高くなった空の下、マグダラ修道会は活気に満ちていた。

 

「収穫祭?」

読んでいた本から顔を上げて、クロノは突然やってきた来訪者――ロゼットの方を見た。

「そ。秋の収穫を祝って、地元の農家の人を中心に屋台やらなんやらを出すの。それに、マグダラも参加するわけ。
たーのしいわよー!色んな出し物があるし、何より屋台がたくさんでるんだから!」

「いや、それはいいんだけど、確かキリスト教の収穫祭って12月じゃなかった?」

「細かい事は気にしない!ようは、楽しけりゃいいのよ。準備が終われば、少しは自由時間がもらえるらしいし」

そしたら、アレと、コレと…と、さっそく屋台めぐりの計画を立て始めるロゼットを見て、クロノはくすくすと笑った。

こんな時のロゼットは、見ている方もついついその気になってしまう。

あれやこれやと(主にロゼットが)騒いでいると、唐突に、戸口から声がかかった。

「随分楽しそうだね」

突然聞こえた男性の声に、ロゼットは勢い良く戸口のほうへ振り向いた。

「レ、レミントン牧師!」

や。と軽く挨拶をしながら、レミントンは一歩部屋の中に踏み出した。ロゼットより薄い金髪が、サラリと揺れる。

「何やら楽しそうな声が聞こえたんで、覗いてみたんだけど…お邪魔だったかな?」

「いえ、とんでもありません!」

後半の言葉はクロノに向けられたものだったが、ロゼットは気付いていないらしく、頬まで染めている。

対してバッチリ気付いていたクロノは、恨めしそうな視線をレミントンに向けた。

「レミントン牧師も、お祭りに参加されるんですよね?」

「ああ。もっとも、僕は君たちのように自由時間は取れないけどね」

本来なら局長のシスターケイトが全体の指揮をとるべきなのだが、所用で出かけている今、レミントンがその代行をしている。

いくらなんでも、責任者がフラフラするわけにはいかないらしい。

「ほんと、残念!最後の花火を一緒に見られないなんて!」

「…花火?」

新しく出てきた単語に、クロノがピクリと反応する。

「あれ?言ってなかったっけ?最後に、大きな花火を打ち上げるの。…それをこーんなおチビさんと見ることになるなんて…残酷よねー」

「な、おチビさんってなんだよ!嫌なら一人で見ればいいだろ!」

「一人より二人、二人で見る方がマシでしょ?あんたも一人で虚しく花火見たいわけ!?」

「う゛。それは…」

 

「ぷっ…」

二人の不毛な言いあいは、レミントンの笑い声で中断された。

「くっくっく…あ、いや、これは失礼。二人とも、その辺にしておきなさい。ロゼットも、素直にクロノと行きたいって言ったらどうだい?」

なっ…!と、ロゼットは顔を赤く染めて、とんでもない!と一気に捲くし立てた。

「そ、そんな事あるわけないじゃないですか!私はもっと背のすらっと高い素敵な男性と一緒に行きたかったんですけど、ただ偶々一緒に行く人も居ないし、クロノも一人じゃ寂しいだろうなぁと思っただけで…!」

「はいはい、それじゃぁ僕はこの辺で失礼するよ。二人とも、これからしっかり働いてくれ」

バタン。

爽やかな笑みと息切れするロゼットを残して、レミントンは颯爽と部屋を出て行った。

残されたクロノとロゼットは、どちらからともなく顔をあわせ…

「…で、行くの?」

「…行くに決まってんでしょ」

少々気まずいながらも、お互い顔をあわせて笑った。

 

(…背の高い、素敵な男性…ね…)

 

 

 

 

 

それから収穫祭までの1週間は、目まぐるしくすぎていった。

屋台の骨組みや料理の発注、飾りつけ、近辺の農家との打ち合わせ…。途中で何度か、クロノが珍しくさぼるという事があったものの、

準備はおおむね上手くいっていた。

そして、収穫祭の当日。

夕方から本格的に始まった祭りは、今やかなりの人ごみと熱気に包まれていた。

そこかしこから威勢のいい声が飛び交い、歓声と笑い声が響く。秋の長い夜も、収穫の喜びに打ち消されていくようだった。

しかし、例外がここに一人。

「…遅い」

ロゼットは腕を組んで足をコツコツと打ち鳴らし、ひたすら広場の噴水の前――クロノとの待ち合わせ場所――に立っていた。

クロノは昼間の準備のときに『ちょっと用事があるから』と抜け出し、何故かエルダー経由でこの待ち合わせ場所を聞かされたのだ。

更に、待たされているイライラに空腹のイライラも加わって、ロゼットの機嫌は最悪も最悪だった。

「…ったく、準備もサボって、あまつさえこの私を待たせるなんて、クロノったら一体何考えてんのかしら!合流したら、ああしてこうして…」

ちょっぴり口に出しては言えない様な事を考えていると、突然周りの空気が変わった。

「?」

道行く人の視線の先が自分ではない事から、原因は他にあるらしい。

囁き声と、視線の先を追っていくと…一人の青年が、歩いていた。

さらりとした、夜の闇より黒い髪。

すらりと背が高いが、体は適度に引き締まっている事がうかがえる。
         . . . . . . . .
そして何より、人間とは思えないほどに整った顔と、琥珀色の瞳。それは間違いなく…

「ク・・・ロノ・・・?」

「遅くなってゴメン、ロゼット」

悪びれたように笑うそれは、間違いなくクロノの本来の姿だった。

「な、な…!?あんた、なん…!ふ、封印は!?」

「あぁ、これはね、エルダーのおかげなんだ」

そう言うと、クロノは掌サイズの機械を取り出した。

「これは、簡単に言うと大気中の霊素を集めて僕の生命力に変換するんだ。
懐中時計をヒントに、ずっとエルダーが研究してたんだよ。…まぁ、まだ擬態を大きくするぐらいの力しか集められないんだけど…」

そう言われて見れば、体は大きいものの、悪魔特有のとがった耳やでっかい尻尾(?)のようなものは見えない。

まさしく、いつもの擬態がそのまま成長したような姿だった。

「じ、じゃぁ、最近準備をサボってたのもその為…!?」

他にもっと言う事や、聞きたい事があるような気もするが、今のロゼットにはこれが精一杯だった。

何せ、さっきから心臓がバクバクと跳ね、確実に熱が顔に集中しているのだから。

「うん。色んな調整とか…今日は、霊素があと少し足りなくて、いつもの湖に…。あそこは、霊素が集まりやすいから」

「でも、なんでそこまで…」

言いかけたところで、ピタっと口に指をあてたれた。琥珀色の瞳に、ロゼットの顔が映る。

 

「僕は、意外と負けず嫌いなんだ」

 

「・・・・・・・・・っ!?」

「さ、行こうか」

耳まで真っ赤になったロゼットの手を引いて、クロノは人ごみの中へと向かった。

 

 

 

 

最初こそとまどったものの、見慣れれば悪くない眺めだった。

擬態のクロノはほとんど人間にしか見えず、黒いジャケットなんかを着流しているものだから、大抵の女性はクロノを振り返っていく。

待たされたイライラはどこへ行ったやら…優越感に似たものを感じながら、ロゼットは上機嫌で屋台を回っていた。

「あ!クロノ、次あそこのフルーツアイスにしましょ!」

「ロゼット、まだ食べるの!?いい加減にしないと、お腹壊すよ?」

「何言ってんのよ、まだ腹八分ってとこじゃない!っていうかクロノ、大きくなっても言う事変わってないわよ?」

「そりゃ、いきなり変わってもおかしいと思うけど…」

他愛無い会話をしていた、その時。

ピュ――――……ドォォン!

一瞬で空が真昼のような明かりを取り戻し、色とりどりの花が咲いた。

「そうだ、花火…!もうそんな時間だっけ!?」

「ロゼットが見境なく、飲み食いしてるから…アイタっ!」

「余計な事は言わなくて言いの!それより、早く見やすいところに移動しないと…」

「あぁ、それなら良い所を知ってるよ。でも…」

「そこにしましょ!さ、早く!」

有無を言わさず急かすロゼットに苦笑しつつ、クロノは「こっち」と歩き出した。

そして着いたのは、人ごみから離れた小さな丘。正確には、丘にある林のわずかに開いた部分である。

そこからは、遮るもの無く綺麗な花火を満喫できた。

「スゴイスゴイ!綺麗ねー!」

「だろ?この場所も、エルダーに教えてもらったんだ」

「エルダーに?なんか胡散臭いわねー」

花火を見ながら、くすくすと冗談交じりに言うロゼット。首を目一杯そらして、余すことなく花火を見ようとしている。

「…ロゼット、あんまり上ばっかり見てると転ぶよ」

「え?」

ズルっ!

「ぅわっ…!!!」

お約束というかなんと言うか、草に足をとられて見事に後ろに転ぶロゼット。

次に来る衝撃に目をギュっと瞑るが、何故か痛みも衝撃も感じなかった。背中に伝わるのは、冷たい地面ではない暖かさ。

「…っぶないなー、もう。だから言ったのに」

耳に届く声は、いつもより遥かに近い。

 

ロゼットは、クロノに後ろから抱きとめられていた。

 

「大体、君はいつも注意が足りなさすぎるんだよ。この前の任務だって…」

「わ!わかった!わかったからはははは、離してくんない!?」

顔が近い。いつもは下から聞こえる高い声が、吐息が触れるほどの距離から低く聞こえる。後ろから回された腕が熱い。

心臓が、自分のものではないようにバクバクと跳ねていた。

「…どうして?」

「どどど、どうしてって、どうしたもこうしたも…!!」

「ねぇロゼット、知ってた?」

完全にこちらの意思を無視したペースに、とうとう怒りを感じ怒鳴ろうとしたが…

 

「この場所には、あるジンクスがあってね。ここでキスをすると、その二人は必ず結ばれるらしいよ」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?

 

「ちょ、ちょっと待ってよ、それって…」

「確かめてみる?」

流れる動作で、つい…と顎を持ち上げられた。潤んだ琥珀色の瞳と、視線が交わる。何故か、抵抗できなかった。

あと少しで、二人の距離がゼロになろうとした、その時。

 

ドオォォォンっ!

 

「・・・・・・・・・あれ?」

最後の締めの花火が打ちあがったと共に、体の自由が戻った。代わりにあるのは、足の辺りにもたれかかる何か。

「・・・・・・・・・ク、クロノ?」

そう呼びかけた相手は、いつも通りの小さな擬態の姿で寝入っていた。大きなジャケットから、手がちょこんとはみ出している。

どうやら、溜めていた霊素の効力が切れたらしい。

「それはいいわ…いや、あんまり良くない気もするけど…でも…」

わなわなと拳を握り締めながら、ロゼットは力の限り叫んだ。

 

「なんで酔いつぶれてんのよーーーーー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「いや、どうやらどっかで間違えてお酒をもらってたみたいで…丘に行った後から、記憶が曖昧なんだ。
…だからその、運んでもらったのは、悪かったよロゼット」

「ンな事で怒ってるんじゃないの!」

翌日。クロノの部屋で二日酔いの看病(?)をしながら、ロゼットはクロノの頭をどついていた。

「イタイイタイイタタタタタ…!じ、じゃあなんで怒ってるのさ!言ってくれなきゃわかんないだろ!?」

「そ、それは…」

思い出しただけで、顔が熱くなっていくのがわかる。言えるわけが無かった。

それに…

(キスされそうになった事に怒ってるのか、キスされなかった事に怒ってるのか、自分でもわからないのよ!)

正直なところ、それがロゼットのイライラの原因だった。ザク!ザク!っと、憎い敵のように林檎を切り分けていく。

コンコン。

「クロノはいるかの?…おぉ、ロゼットも一緒か」

入ってきたのは、怪しい眼鏡をかけた白衣の老人――エルダーだった。

「クロノ、例の機械の調子はどうじゃった?」

「良好でしたよ。ただ、やっぱり擬態を大きくする事しか…それも、長時間は持ちません」

「ふむ、まぁ仕方ない事じゃの。懐中時計はブラックボックスじゃ。そう簡単に、ニューモデルは作れんじゃろう」

エルダーはふむふむと納得して、備え付けの椅子に腰掛けた。ロゼットの剥いた林檎に手を伸ばしながら、ニヤリと口元をゆがめる。

「…して、あっちの方はどうじゃったんじゃ?」

「あっちの方…?」

「何を言うとる、せっかくあの場所を教えて、嘘のジンクスまで仕立て上げたんじゃ。何かあったじゃろ?」

エルダーの言葉に、ロゼットとクロノは一瞬固まった。

『嘘!?』

「なんじゃ、気付いとらんかったんか?第一、そんなジンクスがあるなら、もっとカップルが集まって来とるわい」

確かに、言われてみればそうなのだが…

「…そう、嘘…嘘…。ふふふふふ…」

「ロ、ロゼット?」

クロノが心配そうに声をかけるが、時既に遅し。

「……あんたのせいでこんなややこしいことになったのよこのクソエロジジィーーーーー!!!!」

「うぉ、な、なんじゃ、落ち着けロゼッ…ぎゃぁぁぁーーーーー!!!」

 

 

ガシャーン…

 

 

そして今日も、マグダラには爽やかな秋の風が吹いた。

 

 

Fin.

 

 

 

 

 

おつかれさまでしたー!!!

いかがでしたでしょう、初クロクル小説。ワタシはもう一杯一杯デス
ンヶ月ぶりに小説書いたら、小説の書き方忘れてるんですね、この人。ダメダメです。
それでも愛をこめて、なんと一気に書き上げましたこの話。正確には3時間弱ぐらい?
「クロクルの小説を書こう!」と思ったときから温めてた(といってもつい最近ですが)話で、
とにもかくにもデカイクロノを出してやろうと。
最近の楽しみは、もっぱら「如何にしてクロノをデカくするか」を考える事でした。
うっかり封印を解くわけにも行かないし…。で、行き着いたのがこの設定。
イメージ画像が見たい、という方はコチラ。

それでは。