まっかなお鼻のトナカイさんは
いつもみんなの笑いもの
でもその年のクリスマスの日
サンタのおじさんは言いました
いつも泣いてたトナカイさんは
今宵こそはと喜びました
星の見えない夜。
この冷え込み様からして、明日は雪が降るだろう…
そんな事をぼーっと考えながら、殷雷は眼下に見える街の明かりを見つめた。
ここは、たくさんのサンタとたくさんのトナカイが住む、大きな大きな山。
毎年12月25日のクリスマスに、世界中の子供達へプレゼントを届けるために、日夜色々な努力が行われている。
プレゼントの用意。
世界中の良い子探し。
ソリの整備。
そして…ソリを引く、トナカイの育成。
「あら殷雷、こんなところで何してるの?」
「恵潤か…。別に。街を眺めていただけだ」
「明日はクリスマスよ?みんな、明日の準備をしてるわ。こんなところで油を売ってていいの?」
恵潤の言葉を聞いて、殷雷はふっと自嘲気味に笑った。
「クリスマス、ね。だが俺は、見ての通り欠陥…じゃない、赤っ鼻なんでね。どのサンタも俺を連れて行こうなんて思わないさ。
連れて行ったが最後。いい笑い者だ」
「殷雷…」
もう一度恵潤が声を掛けようとした瞬間、幼い呼び声がこちらに向かって来た。
「恵潤ー!何やってるんだい!ソリの手入れを手伝っておくれよ!」
「勇吾」
勇吾は、恵潤のひくソリに乗るサンタだった。
まだ幼いが、その熱意を買われて去年、晴れてサンタになったのだ。
「行ってやれ、恵潤。あいつ一人じゃ心許ない」
殷雷は、街の方を向いたまま、しっしと手を振った。
「…殷雷。私達は、完璧じゃない。あなたを受け入れてくれるサンタが、必ずいるはずよ」
恵潤はそう言うと、勇吾の下へとかけて行った。
「いるはず…ねぇ」
「…おや。あんたがこっちに来るなんて珍しいね」
ガヤガヤと言う賑やかな声をバックに、きらきらと着飾った女サンタが言った。
「ちょいと気が向いたんでな。…相変わらず、忙しそうだなここは」
殷雷が目を向けた先には、瓢箪…もとい『袋』にプレゼントを詰め込むサンタ、届ける子供のリストに目を通すサンタ、
ソリを丁寧に拭くサンタなど、赤い服を着た集団が忙しそうに動いていた。
「当たり前だろ?明日はクリスマスだぞ。暇ならお前も手伝え」
「やなこった。それに、俺が居ると…」
「おい赤っ鼻!こんな所で何してるんだ?」
「龍華には、もう四海獄っつうトナカイがいるの知らないのか?
まぁどっちにしろ、お前みたいな赤っ鼻連れてく奴はいないだろうがな!」
はっはっはっはと、笑いながら通りすがりのトナカイ達は去って行った。
「…あんな輩がいて、仕事にならんだろ」
辟易した顔で、殷雷は龍華に告げた。
「それもそうか。…それに、敵はトナカイだけじゃなさそうだ」
「何?」
殷雷が眉をひそめると、背後から一番聞きたくない声が聞こえてきた。
「おいなまくらトナカイ。こんなところで何をやっている」
「程穫…」
顔満面に不機嫌の表情を浮かべながら、殷雷は振りかえった。
そこには当然のように、赤い服を着て、何故か偉そうな態度で仁王立ちする程穫の姿があった。
「…なんだ?俺がここにいちゃいけないのか?」
「ああ。お前が居ると、周りの奴等の気が散って仕事にならんのでな」
「はん。ここのサンタは修行が足りないようだな」
そう言って、殷雷はどっかと手近にあった箱に座った。
「…貴様、まだサンタを諦めてないのか?
よもや忘れてはいないだろうな。以前街に出たとき、散々子供に笑われたことを」
忘れるはずが無い。
殷雷の顔に、苦虫を噛み潰したような表情が浮かぶ。
あの時は、たまたま用事を頼まれて下の町まで出ていたのだ。
しかし、道端で遊んでいた子供に散々『赤っ鼻!赤っ鼻!』と叫ばれたのは、そう古い記憶ではなかった。
「屈辱的な思いをしたくなかったら、明日出ないことだな。
お前は、ソリ引きに向いてない」
ズキリと、殷雷の心に言葉が突き刺さる。
殷雷は、無言で建物を出て行った。
別に、今さら仕事場に行ったって、自分を使ってくれるサンタが見つかるとは思っていなかった。
また、笑われるのもわかっていた。
だが。
だがすこしだけ、期待していたのかもしれない。
『お前は、ソリ引きに向いていない』
先程の、程穫の言葉がふと蘇る。
こんな言葉は聞き慣れていたはずだったが、何故か今夜は胸が痛んだ。
ふわ…
「雪…?」
目の前に舞い降りてきた白い結晶を見て、殷雷はつぶやいた。
とうとう降ってきたか…
そう思って空を見上げた瞬間。
サンタが、降ってきた。
「うわわわわわあぁーーーー!」
「は!?え…ちょっと待ておいコラ!!!」
どさぁ!
「…いってぇ…なんなんだ一体…」
殷雷はなんとか受け止めた赤い物体…もといサンタと一緒に、ゆっくりと起きあがった。
「ご、ごめんなさい!煙突にから入る練習をしてて…大丈夫ですか!?;;」
「大丈夫なわけねぇだろ!どこに煙突から落ちるサンタが…」
言いかけて、殷雷は言葉をつぐんだ。
意思の強そうな、黒瑪瑙のような瞳と、少し太めの眉毛。ほっそりとした顎。
15,6歳だろうか。まだまだ少女と言える歳ごろ。
「…お前、新人か?」
「は、はい。和穂と申します」
やや緊張した面持ちで、和穂は答えた。
「そうか。俺の名は殷雷。見ての通りのトナカイ…と言っても、仕事はまったくしてないがな」
「 ? どうしてですか?」
「どうしてって…お前、この赤っ鼻が見えないのか?」
きょとんと、和穂は殷雷の顔をみつめた。
「その鼻が…どうかしたんですか?」
…こいつ…喧嘩を売っているのか?
「おまえな、明らかにおかしいだろーがこの鼻」
「おかしい…?こんなに綺麗なのに」
ピタリと、殷雷の動きが止まった。
綺麗?
この鼻が?
和穂は、すっと殷雷の顔に手を伸ばした。
「赤鼻なんて、すごいじゃないですか。そうそういませんよ?」
「…こんなのがたくさん居てたまるか」
「ふふ。それもそうですね」
そう言って笑う和穂の笑顔は、とても綺麗だった。
「…そうだ。殷雷さん、もし良かったら私のソリを引いてくれませんか?」
「おまえの…ソリを?」
「ええ。私のソリを引いてくれるトナカイが見つからなくて…でも、もう明日がクリスマスだし…」
「…そんなヤバイ状況で、おまえは屋根から落ちてきたってわけか」
ははは…と、和穂は気恥ずかしそうに笑った。
「まぁいい。どうせ暇だしな。引いてやるよ」
「本当ですか!?良かった!」
「ただし、敬語は止めろ。よそよそしいのは苦手なんでな」
「…わかった、ありがとう殷雷!」
君のソリなら、引きたいと思った。
初めて俺を受け入れてくれた、たった一人の小さなサンタクロースなのだから。
そして、深々と雪の降る聖夜。
殷雷は、今宵こそはと喜びました。
END
+あとがきもどき+
ぎゃっはあああ!!赤っ鼻殷雷!!!(笑)
いやいや…ここまで真面目に読んでくださった方、ありがとうございます。(いる事を願って)
某会報誌で赤鼻殷雷を頂き、突発的に思いついたネタで書いて見ました。
なんか、欠陥宝貝達の境遇と似てませんか?
もっと明るくするつもりが、いつのまにやらこんなに暗く…スンマセン;
一応、この世界では宝貝→トナカイ 人間(仙人?)→サンタとなっております。
サンタの長は神農様で。(笑)
所々、『あのね、サンタの国ではね…』と言う絵本を参考にさせてもらいました。面白いんですよー。
では。Have a nice X'mas!