カァカァと、烏のなく声が聞こえる。
山並みは一時的な赤に染まり、それは街道を行く人も例外ではない。
和穂は全身を赤に染めながら、一心不乱に沈み行く夕陽を見ていた。
066.赤の色
手元の地図とにらみ合っていた殷雷は、安全な順路を割り出し終えたらしく、ようやく顔を上げた。
時刻は夕暮れ。間もなく夜の帳がこの一帯に降りてしまうだろう。殷雷は先を急ごうと、じっと山間部を見つめる和穂を呼んだ。
「おい和穂。さっさと街に進むぞ。早くしないと、日が暮れっちまう」
「うん」
殷雷は、苛立たしそうに棍で肩をたたいた。きらきらと、夕日が棍に反射する。
こういう返事をするときの和穂は、まったく話を聞いていない事を、今までの経験から知っていた。
そんなに珍しい山だろうか?
「あぁあぁ、和穂お嬢様はあの山に恋をされたようだ。次はあの山に声でもかけてみるか?」
大袈裟な声と身振りで嘆いてみると、ようやく和穂がこちらを向いた。いささか、気分を害したようだ。
「別に、山を見ていたわけじゃないよ。夕陽を見ていたの」
気が済んだのか、くるりと夕日に背を向けてこちらへ向かってくる。
しかし殷雷にとっては、山でも夕陽でもどちらでもよかった。結果として、ようやく街へと進むことが出来るのだから。
和穂が後ろを付いてくるのをしっかりと確認してから、殷雷は街道を東へと歩き始めた。
しばらく黙って歩いていたが、ふと和穂が殷雷に声をかけた。
「ねぇ殷雷、夕陽って何色だと思う?」
「夕陽?」
なんとも突然な質問だったが、黙っているのも暇なので、殷雷は「そうさな」と顎に手を当て考え始めた。
「橙じゃないのか?」
「そうかな、もうちょっと赤くない?」
「…じゃぁ、紅色か?」
「うーん、そこまで赤くない気もするけど…」
「…それなら、橙と紅の中間ってことにしとけ」
「そんな投げやりな」
気の短い殷雷は、出口の見えない会話にウンザリと決着をつけようとした。
「じゃぁお前は何色だと思うんだよ?」
「うん、私もさっきそれを考えてた」
「夕陽は、兄さんの色だと思う」
殷雷は、あからさまに眉間にしわを寄せた。
「わけがわからんぞ。というか、それってありか?」
「うーん。なしかもしれない」
和穂は、困っているような楽しんでいるような笑みを浮かべた。
「ただなんとなく、夕陽といったら兄さんなの」
そう言うと、和穂は会話を打ち止めするように殷雷の前を歩き始めた。
殷雷もまた、それ以上会話を続けようとせずに――理由を聞こうとせずに――再び、黙々と歩き始めた。
思い出すのも無理はない。彼ら兄妹は夕陽の下に始まり、夕陽の下で夕陽より赤い血で終わったのだから。
夕陽の色。滲み出す赤の色。それに滴る肉の色。刺し貫いた銀の色。
恐らくそれらは、和穂の背負った重みの証明なのだろう。
赤の色の下に集った色たちよ。