夜が更ける。闇が落ちる。
静まり返った林の中で、微かに聞こえる寝息と、小さな焚き火だけが生命の全て。
殷雷は、動かなかった。
まるでそうした造りの人形のように、睫毛の一本も揺らす事はなかった。
微かに聞こえる寝息と、小さな焚き火だけが生命の全て。

頑なに動こうとしないその姿は、まるで生命を否定するそれ。









62.眩暈







いつからか頭の片隅で、ずっと恐れていた事があった。
思い起こすたびに、馬鹿な、だとか、自惚れだ、といって、明確な焦点を結ぶ前にうやむやにしてきた不安。
しかしそれも、今回の回収騒動によって無視し続けるわけにはいかなくなった。


いつか俺が、和穂を殺す。


結果的に幻覚だったとはいえ、仙界に届きかけていた和穂の手を最後に遮ったのは自分だった。
絶望的といわれた旅路の果て、涙が枯れるほど会いたいと願った人々、それらと本来比べるべくもない自分。
だが彼女はあの一瞬、比べたのだ。
『俺』と、故郷を。

(…最悪だ)

今回は無害だったからいい。だが本当にその時がきたら?それ以前に、殷雷刀の『命』と引き換えに、他の全ての宝貝を差し出せと言われたら?


和穂の命を、差し出す事に、なったら?


(和穂はきっと、俺を、選ぶ)

確信に似た予感。自惚れでも彼女を軽んじるのでもなく、武器としての状況判断が叫ぶ危険性。和穂は、俺を、選ぶ。

(そんな事の為に、護ってきたわけではないのに)

今でも、宝貝回収なんかより和穂の方が何倍も大切だと思っている。しかしそれは決して、無下に宝貝回収を諦めさせたいわけではない。
何度倒れても立ち上がり、絶望に決して目を向けないで歩み続ける彼女を誇りに思っている。そんな彼女を護る事はあっても、その歩みを不本意に自分が邪魔する事などあってはならないのだ。

側にいなければ、彼女は護れない。だが側にいても、いつか彼女の邪魔となる。

(頼む、頼む和穂)

護りたい。護れない。いつからか選択肢を失った不甲斐ない両手。

(俺を選ぶな…)

いつか彼女の為に選ぼうとしていた夢の中の平穏な死とは、全く違う。自分との引き換えに得た死の先には、何もない。

知らず固く閉じていた両目をゆっくりと開く。視界の中に眠る少女を収め、万が一の選択を固める。

(もしお前が俺を選んだら、俺は真っ先に俺を見捨てる)

たとえ残る可能性が過酷であっても、彼女の歩む道だけは閉ざさない。そんな選択をした自分を、彼女は恨むかもしれない。

(恨んでもいい。しばし絶望してもいい)

だが

「必ず、生き延びてくれ…」











『最後の宝貝』その後。こんな暗いのできちゃいました。