「あれ?こんなところにソファがある」
和穂が意外そうに声を上げたのは、部室に入ってしばらくしての事だった。
048.ソファ
「なんだ?ソファ?」
ボランティア部の部室…それも、つづきになっている隣の倉庫。
ちょいとばかり場違いな単語に、殷雷は思わず中をのぞいた。
OBの名簿が必要だかなんだかで、滅多に開けない隣の倉庫を開けたのだ。付き合いで来ただけの殷雷でも、中には多少の興味があった。
「うん。ほら、その窓の下。布がかけてたったから、何かと思ったんだけど…」
確かに和穂の手には、古い名簿と、それから大きくて厚手の布が握られていた。
おそらく、元はカーテンなのだろう。布の端に、バラバラと金具が付けっぱなしになっていた。
そして、問題のソファはというと――
「ほぉ、こりゃ立派なもんだ。少し古いが…校長室かどっかのやつじゃないか?」
殷雷はそう言うと、ドッカとソファに座った。布がかけてあったおかげか、埃はほとんど飛ばない。
窓から差し込む春の日差しが、たまらなく眠気を誘った。
「…このソファをここにおいた奴は、狡賢いが、あまり律儀な性格じゃなかったようだな」
「どうして?」
和穂が、自身も殷雷の隣に腰掛けながら問う。
「まず、このソファをココに置いたのは正解だ。日当たりもいいし、滅多に人も来ない。布は目隠しにも埃よけにもなる」
「うんうん」
「だが、こんなソファをどこから持ってきた?
大方、学校のゴミ捨て場なんぞから『いいから持ってきちまおう』ぐらいの気持ちで持ってきたに違いねぇ」
「でも、先生に頼み込んで譲ってもらったのかも」
殷雷は閉じかけた眼を和穂に向け、コツリと手の甲をぶつけた。
「そういうやつは、こんな所に隠すように置かねぇよ」
「…それもそうだね」
「あと、カーテンの金具のつき方だ。所々付きっぱなしで、中にはひしゃげてるのもある。
…途中まで律儀に金具を外してたんだが、面倒くさくなって引っ張り取ったんだろうよ」
「…豪快な人だね。OBの先輩たちかな?」
まぶたを完全に閉じ、ソファに身を沈めながら殷雷は答えた。
「さぁな」
「なに?あのソファ、まだあるのか?」
コツコツと、2人分の足音が廊下に響き、時折シャラシャラと金属の触れ合う音が聞こえる。
「あぁ。和穂に名簿を取りに行かせて思い出した。確か昔、ゴミ捨て場から引っ張り込んでそのままのはずだよ。
――そうそう、護玄先生に手伝ってもらったんだったかな?」
「…手伝ったも何も、俺が一人で運ばされたんだ!龍華、お前にな!」
怒鳴られた本人…龍華は明後日の方を向いて、口笛なんぞを吹いていた。
「大体、俺は悪事の片棒を担ぐなんていやだったんだ。それを無理矢理お前に…」
「別に悪事なんて働いてないじゃないか」
「ゴミ捨て場からソファを無断で持ち出して、夜中の学校に忍び込むのがか!?おまけにカーテンまで引きちぎりやがって」
「ソファもカーテンも、古くなって用なしだっただろ?有効活用して何が悪いんだい」
「そういう問題じゃ…」
「はいはい。文句は後で聞くよ」
無理矢理会話に終止符を打つと、龍華は目的の部屋――ボランティア部部室の扉を開けた。
あまりにも和穂の帰りが遅いので、様子を見にきたのだ。
「和穂、一体何をやって――…」
「なんだ?何かあったのか?」
「静かにしな」
龍華の視線の先…懐かしい古ぼけたソファでは、1組の男女が気持ちよさそうに眠っていた。
お互いの肩や頭を枕にし、寄り添うように。
「なに、私の悪事も役に立つだろ?」
龍華は口の端を吊り上げ、後ろに立ち尽くす護玄に笑いかけた。