「和穂を出せ」

礼儀も遠慮もへったくれもなく言い放った程穫は、ギロリと殷雷をにらみつけた。

「何のことだ?」
「しらばっくれるな。おまえが和穂を拉致監禁している事はバレてるんだ。さっさと吐いた方が身のためだぜ」
「人を犯罪者みたいに言うな!大体、拉致監禁ってのはなんだ、拉致監禁ってのは」
「フン、まぁいい。お前の不完全犯罪を立証してやろう」
「だから犯罪ってなんだ犯罪って!?」

 

 

 

 

041.真偽の程は?

 

 

 

 

「事の始まりは、一昨日だ。和穂が2泊3日で友達の家に泊まりに行くと言って、家を出た日だ」
「別に珍しい事じゃないだろ」

殷雷は程穫が開け放った扉を閉め、自分の椅子に腰掛けた。
程穫がベッドに座っているため、床に座ると程穫を見上げる姿勢になってしまう。それだけは避けたかった。

「ところがその夜、和穂が泊まっているはずの友人の家から、電話があった。ご丁寧に、『和穂ちゃんいますか?』ときたもんだ
おまけに、携帯もつながらん」
「・・・・それが、なんで俺とつながるんだよ」
「は、聞いて驚け。さっき道で恵潤から『あら、殷雷も一昨日から出かけてたわよ』という決定的な状況証拠を聞き出したのだ!」
「・・・・まぁ、それは誰でもピンとくるわな。でも、和穂が俺の部屋にいる証拠にはならないんじゃないか?王様よ」

程穫は平然と、しかし得意げに言い放った。

「玄関に和穂の靴があった」
「それを早く言え!
…ったく、あー無駄な力を使っちまった。和穂、出て来い!」

殷雷が声をかけると、ギシ…っとクローゼットの扉が開き、中からおずおずと和穂が顔を見せた。

「えっと…あの、兄さん、これはね」
「事情は後で聞く。とりあえず、妙な事をしたりされたりしてないな?」

程穫のその言葉に、和穂はピクリと肩を震わせた。双子の兄である程穫には、それで十分だった。
暑さのせいではない汗を流し、程穫は恐る恐る口を開いた。

「か、和穂…まさか…?」
「・・・・・・ごめんなさい、兄さん。でも、殷雷は悪くないの」

和穂が弁解しようと顔を上げたとき、すでに目の前では程穫が殷雷に殴りかかっていた。
しかし殷雷も武人の端くれ。ガッチリと程穫の拳を受け止めていた。ニヤニヤと、意地の悪い表情を浮かべている。

「おやおやお兄様、妹君の話は最後まで聞かないといかんぞ?」
「…黙れ恥知らずが」
「やめて兄さん!」
「ええい、止めるな和穂!こいつはお前をキズモノにした張本人だぞ!」
「何言ってるのよ!殷雷は、コンサートについてきてくれただけなんだから!」

 

「・・・・・・・・・コンサート?」

 

「そう、コンサート!…ちょっと遠いところだったから、泊りがけで…殷雷も一緒についてきてもらって…でも、兄さんに言ったら絶対反対されると思ったから…」

これ、と言って、ポケットからコンサートチケットの半券を出してみせる。それは確か、自分が前に『趣味に合わん』と一蹴したバンドだった。

「…部屋はどうした?」
「部屋って…あぁ、ホテルのこと?1日目は近くのビジネスホテルに泊まって、帰りは夜行バスで…
あ!も、もちろん部屋は別々に取ったよ?」

何心配してるのよ、兄さん!と、背中をバンバンと叩かれた。どうやら、「妙な事」とは「無断でコンサートに行ったこと」だったらしい。
はぁぁぁぁぁ・・・・・・と長い安堵のため息をつき、ふと拳を殷雷に掴まれたままなのに気付いた。

「何をしている。さっさと離せなまくら」
「おま…いきなり誤解で殴りかかっておいて、それはないだろ。…あーイタタ。受け止めた左手が痛いなー。こりゃ折れてるかもなー」
「え!?い、殷雷ちょっと、大丈夫?」

イタイイタイと繰り返す殷雷を、あっさりと信じる和穂。殷雷は和穂から見えない角度で――程穫に良く見える角度で――ベッと舌を出した。

(へっ、ざまー見やがれこのシスコンが)
(・・・・・いつか殺してやる、このロリコンなまくら!)

 

飛び散る火花に気付かない和穂が一人、2人の間を右往左往していた。