037.恋愛方程式






バタン!と大きな音がしたかと思うと、同僚が金色の髪を振り乱しながら部屋から出てきた。そしてそのまま、自分に気付かずズタズタと去っていく。

開いたままの扉から部屋を覗き込んでみれば、同僚の相棒(つまりは同僚なのだが)が、いつものように曖昧な笑みを浮かべた。

「やぁアンナ。書類整理?」

「えぇ、まぁね」

自分の腕の中に収まっているファイルの束を指差して、クロノは無難な話題転換をした。

そう、話題転換。きっと彼は訊かれることを既に察知していて、尚且つその話題に触れて欲しくないだろうから話題転換という表現が一番正しい。

「で?今度は何でケンカしたの?」

「…そこで、あえて訊くかなぁ」

「だって、あなたたちの話題ほど、退屈しのぎになるものはないもの」


わざとしれっとした顔で言ってやれば、クロノは苦笑いをしながら席を勧めてくれた。本当に、いい子だと思う。

腕の中のファイルを机に一時放棄して、さっきと同じ台詞をもう一度投げかけた。

「で?今度は何でケンカしたの?」

「ケンカ…っていうか、八つ当たりみたいなもんかな?ここ最近の疲れと眠さが手伝って、お互いちょっとイライラしてたから」


「へー、クロノでも八つ当たりすることがあるのね」

クロノが、再度なんともいえない苦笑いを浮かべてから、しまったと思った。つまりは、クロノでさえ我を忘れて八つ当たりしてしまうような事を言い合ったのだろう。
軽く土足で踏み入ってしまったことに後悔しながらも、クロノがやけに落ち着いているのが気になった。

「八つ当たりのケンカの後にしては、冷静ね?」

「八つ当たりの後のケンカだから、だよ。さすがにもう頭は冷えたさ。あとは、ロゼットの頭が冷えるのを待つだけ」

妙な言い方だが、ケンカ慣れした風のクロノがなんだかおかしかった。よっぽど何度もケンカをしていないと、ここまで冷静にはなれないんじゃないだろうか。


「クロノも大変ね、あんな機関銃娘と四六時中一緒に仕事して。事あるごとに言い合いしてるし、嫌にならない?」

少し意地悪を言ってみると、クロノは笑いながらも意外なほどに真面目な声で答えを返してきた。

「そうだね、確かに僕らはよくケンカする。でも、僕らはそこから何度でも立ち上がるんだ。
ケンカも何にもない、穏やかな関係…っていうのもアリかもしれないけど、それは僕らの強さじゃないし、ガラでもないしね」

「逆境から立ち直る強さ?でも、もし立ち上がれなかったら?」

「うーん…考えたこと無かったな。でも、多分それはないと思うよ」

顎に手を当て、窓の外を見つめながら考えたフリをして(私にはお見通しだ)、クロノはあっさりと言い切った。

「何それ。予感?希望的観測?」

「確信…かな?」

またもあっさりと言い切ったクロノに、小さくゴチソウサマ、と呟いた。

これは方程式なのだ。お互いにとって同じ当たり前のことが、見えないイコールで繋がっているのだろう。

途中思い悩んでも、結局は1つの答えにたどり着いてしまうのだ。

方程式を解いた同僚が戻ってくる前に立ち去ろうと、私は再びファイルへ手を伸ばした。