『ごめん、ロゼット。課題の提出期限が早まっちゃって…それで、今日の映画は…』

「あー、わかったわかった、中止ね。了解」

『突然ごめん。…あ!もしかして、もう家を出てた!?』

「何いってんの、待ち合わせまであと2時間もあるじゃない。まだ家でテレビ見てたとこ」

『そっか…でも、僕に構わず一人で観てくれてもいいからね』

「ハイハイ。それじゃ、そろそろ切るわよ。勉強頑張ってね〜」

『うん』

ブツリ

「・・・・・・・・・・・・・」

思わず出そうになったため息を、寸でのところで飲み込んだ。用済みになった携帯をカバンに押し込んで、あたりを見渡す。

人ごみ、交差点、排気ガスの臭い。それからついでに、待ち合わせの映画館前のチケット売り場。

さっきため息を飲み込んだ事が急にアホらしくなって、ロゼットは盛大にため息をついた。







028.嫌いだよ。







今日は映画を見に行く約束をしていた。

公開終了間際の見たい映画があって、たまたまクロノも見たがってた映画で、じゃぁ一緒に観に行こうか〜なんて、そんな軽いノリで。

でもクロノが一緒にいくことになった時点で、それはもう『映画を観に行く事』じゃなくて『クロノと映画を見に行くこと』という予定として頭にインプットされていた。

(だからつまり、今から一人で映画を観るっていうのは目的とは違うわけよ、クロノ)


映画館の前に座り込みながら、大学で課題に奮闘しているであろう相手に言葉をはいた。

(午前中は研究室に呼ばれてるから、映画は午後に…って言ってた時点で、もっと慎重に事を運ぶべきだったんだわ)

うっかり、そう、不本意に、物凄く舞い上がってしまって、約束の2時間半前に家を出た。

30分で目的地について、あとの2時間はブラブラお店を覗いたりしながらすごそうと思っていたら、このザマだ。アホらしすぎて、鼻がツンとする。

(どうしようかな…一人で映画を見るなんて論外だし、楽しくウィンドウショッピング…って気分でもないわね)

悶々と考え込んでいる間にも、確実に時は経っていった。

チケット売り場のおばさんはチラチラこちらを見ているし、映画館の中に入っていくお客達も好奇の視線を寄せている。

2回ナンパされて、2回とも無視してやった。ザマーミロ!

今の自分は、きっと相当に険悪な顔をしている。眉間にしわをよせて、口なんてきっとツンと尖らせている。目だって半目に違いない。


ただダラダラと拗ねること――不本意だけど――にも飽きてきて、とりあえず怒ってみる事にした。

(だいたいなんなのよ課題って!そんなのホッポリ出して、ここまで来なさいよ!仕事と私、どっちが大切なの!って一回言ってみたかったのよねあーあでも一人じゃ効果半減よ、どうしてくれるのよクロノ、もうアンタっていっつもそうよね私の期待を良い意味でも悪い意味でも裏切るのよ、いっつも…)

人ごみ、交差点、排気ガスの臭い。

それから向こうに見知った黒髪。

(…いっつも私が踊らされてばかりなのよ、悔しいわ悔しいわ。だいたいもう真っ暗よ!?何時間経ってると思うのよ、待ってないわよ普通!)

遠目からでも分かる深紅の瞳は、なんだかとても一生懸命で、肩に下げたカバンが大きく揺れている。

(…なによ、走ってきても許さないんだから。私は今、とても怒ってるんだから。クロノなんて嫌いよ、嫌い、嫌い、嫌い・・・・・・・・)

「…ロゼット、こんなところで何してるの?」

目の前に現れた人物は、息を荒くしながらあろうことかこんなことを言い放った。

「…ここまで走ってきた人が、それを言うの?っていうか、私の台詞よそれは。アンタ、何でこんな所にいるのよ!?」

今の顔――力を入れなければ、泣いてしまいそうな頬――を見られたくなくて、地面に怒鳴りつけた。

「…なんとなく、ロゼットなら待ってる気がして…」

っていうか、実は電話した時には外にいたでしょ?なんてあっさり言い当てるもんだから、思わず一発殴ってやろうかと思った。

「気付いてたんなら、もっと早く来なさいよ!」

「…またムチャクチャな事を…」

ムチャクチャな事してるのはアンタよ、アンタ!普通、待ってるかどうかわからない相手のために人ごみの中走ったりしないんだから!

なんて言い返してやろうかと考えていると、突然グイっと腕を掴まれた。その反動で、思わず立ち上がる。

「ち、ちょっと、なに…」

「映画。最終幕なら間に合う」

こちらが再び何か言う前に、クロノは私の腕を掴んだままスタスタとチケット売り場に歩いていった。売り子のおばちゃんの視線もものともせず、『大人二枚』と当然のようにチケットを買うクロノを、私は上手く直視できなかった。

ねえ知ってる?嬉しいっていう字は、『女』が『喜』ぶって書くのよ。とっても理不尽じゃない?

嫌い嫌い、クロノなんて嫌いよ。喜ばされるだけの私なんてたまったもんじゃない。


それでも掴まれた私の腕は、ジンジンと熱い。つられる足は、思いのほか軽い。



ねぇどうしてくれるの?






Fin.